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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
5.

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夜明けの星

 王家主催の戦勝会なる夜会は、王城の東側にある離宮で行われることになった。

 前回は国中の貴族が集まる豊穣祭で大規模だったために、夜会そのものは王城で開催されたが、今回は領地に戻らず王都に残っていた貴族家や領地を持たない貴族家、この時期でも馬車で一日あれば辿り着けるほど近隣の領地の貴族家だけに招待状を出しているらしい。故に、小規模。

 東の離宮は、第一王子宮(元西の離宮)と真逆に位置しているため、王城に向かうより時間がかかる。

 ステラシアからしてみれば、離宮全体を使用した夜会など、まったく持って小規模ではないのだけれど。


「ステラ! お兄様と来ていたのね。いらっしゃい」


 前回のような呼び出しはなく、正面から堂々と入場したアルトラシオンとステラシアに、妖精のようにふわふわしたドレスを纏った少女が小走りで駆け寄ってくる。


「ローゼ、走ってはいけないよ」


 そんな彼女に対し、ステラシアには絶対かけられないような柔らかな声で嗜めるのは、アルトラシオンだ。

 ステラシアはなんだかモヤモヤする気持ちを抱えながら、スカートをつまんで妖精――ローゼリアに挨拶をする。


「ローゼ様、ご挨拶に伺うべきなのに、申し訳ありません……」


「なにを言ってるの。お兄様のお相手なのだから、わたくしがあなたのところまで挨拶に来るに決まっているじゃない」


「え……? い、いえ、でも……」


「ステラ、いいんだ。それで」


 キョトンとするローゼリアに戸惑うステラシアだったが、アルトラシオンにそう言われれば頷くしかない。

 わかりましたと伝えれば、無表情だったアルトラシオンの顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。

 今日の第一王子の服装は、魔獣討伐騎士団の正装だった。といっても、彼の場合は余分な装飾を限りなく削ぎ落としているせいで、黒一色にしか見えない。かろうじて、襟元と袖口に金の刺繍が見えるくらいか。

 団長の証として胸元に着けられた飾りが、異彩を放っているように感じられる。


「ステラのドレスは、今日もとても素敵ね! お兄様のお見立てかしら?」


 見つめ合う二人の間に入るように、ローゼリアが口を挟む。その声に、ステラシアは慌てて視線を向けた。


「は、はい……いつの間にかクローゼットに追加されてて」


「ふふっ、シオンお兄様ったら、随分とステラにご執心ね」


「えっ、ち、違いますよ!」


 口元に指を当て、王女らしくなくクスクス笑うローゼリアは、本当に可愛らしい。

 ふわふわの薄い金髪に、花のような薄紫の瞳。

 金とも銀ともつかない髪色に、黒に近い藍色の瞳をした冴えない自分とはなにもかも違う。髪だって真っ直ぐで、あんなにふわふわしてはいない。

 今日の夜会でマリンが出してきたのは、濃紺色のオフショルダーのドレスだった。胸元に銀の刺繍がされ、全体に小さな宝石が散りばめられている、あまりにも大人っぽいデザインで着ることを少し躊躇したくらいだ。

 耳飾りと首飾りは前回同様、アルトラシオンの瞳の色。

 髪はマリンがハーフアップにして、銀細工の髪飾りで留めてくれた。落としたらどうしようかと戦々恐々としている。


「とても、よく似合っている、ステラ」


 ステラシアの心のうちを読んだのかはわからない。けれど、周りに気づかれないようにアルトラシオンがステラシアの腰を引き寄せる。密着した体温にどぎまぎしていれば耳元に声が落とされ、飾りを揺らすように唇が触れていく。


「お兄様……そういうことは、なにもかも準備できてからにしてくださいな」


「すまないな、ローゼ。感謝する。ステラがあまりにも可愛いものだから、つい」


「……!?」


 扇で口元を隠したローゼリアが、ステラシアたちの前に背を向けて立っていた。傍らには、彼女の護衛騎士も背を向けて侍っている。

 彼女の言葉がどういう意味かはわからなかったステラシアだが、アルトラシオンの言葉には目を剥いた。


(だ、誰かに見られ……聞かれていたら……!)


 第一王子宮であればいざ知らず、ここはさすがに人の目が多すぎる。

 焦って周囲を見回すが、誰とも目が合わないことに安堵する。

 そして、いまになってようやく気がついた。ローゼリアと護衛の騎士が、壁になってくれていた。背後は窓で、柱の陰にもなっている。

 おそらく、アルトラシオンは全てわかっていてステラシアに触れている。

 ――触れてくる理由が、わからないけれど。


 戦勝会は、アルトラシオンたち魔獣討伐騎士団が戻ってきてから、三日後に行われていた。

 三日で夜会の用意などできるはずもないだろうから、もしかしたら息子帰還の初報を聞いて国王がすぐに準備を始めていたのかもしれない。

 以前アルトラシオンに過去の話を聞いたときにも思ったが、国王はだいぶお茶目な性格のようだ。甘い甘い林檎(アプルフェル)が好きなことといい。

 第一王子が帰還の途に付いている間に色々動いていてもおかしくはない。


(……たぶん)


「表向きはお父様がこの夜会を主催しているけれど、主導しているのはリオルお兄様なのよ」


 ローゼリアがこっそり教えてくれた内情に、ああ……と思う。

 アルフォレスタ国王とアストリオル第二王子は同類だ。


(おそらくアルトラシオン第一王(息子/お兄ちゃん)が大好きという一点においては特に……)


 ステラシアが遠い目をしている間に、アルトラシオンが身をかがめてローゼリアへとなにごとか耳打ちをする。

 少し驚いた顔をしたローゼリアは、可愛らしく頬を染めたあとステラシアの腕に手を絡ませてきた。


「え、ローゼ様?」


「ステラ。わたくしとお料理を見に行きましょう?」


「ダンスまではまだ時間がある。ステラ、すまないが、ローゼと一緒にいてくれるか?」


「アルト様……あの、はい。わかりました」


 小さく頷いたステラシアにクスリと笑い、アルトラシオンが会場の真ん中あたりへ去っていく。

 その背中を見つめるステラシアに、ローゼリアは苦笑した。


「さ、行きましょう、ステラ」


「あ……は、はい。ローゼ様」


「お兄様に『ステラを頼む』と言われてしまったもの。この前のように、あなたをひとりにはしないわ。ぜったいに。ねぇ、ステラ。……あのときはごめんなさいね」


 手を引かれ、料理の並ぶテーブルへと二人で歩く。その途中でローゼリアに小声で謝られてしまい、ステラシアは慌てて首を振った。


「や、やめてください、ローゼ様! わたしなんかにそのような、」


 まさか、王女殿下に頭を下げさせるわけにいかないのに。

 そんなステラシアに少しだけ唇を尖らせて、ローゼリアが拗ねたように言う。


「またそうやって、わたくしのことを王女扱いするのだから……」


(だって王女様ですよね!?)


 背後からついてきていた彼女の護衛が、二人分の飲み物を受け取って差し出してくる。ありがとうございますと伝えると、名も知らぬ騎士はにっこりと笑った。グラスに口をつけると、爽やかな酸味と甘みが喉を潤してくれる。口の中で微かにパチパチ跳ねるのは、微炭酸だからのようだ。


「あ、そうでした。ローゼ様、以前のお茶会で仰っていた、アルトラシオン殿下と二人でいるときにお会いするという話なのですが……」


 あの、薔薇の部屋でふたり……いや、三人で話をしたときのことを思い出し、ステラシアはローゼリアを振り返った。

 手渡された飲み物をさっさと飲んでしまったらしい王女殿下は、取り分け用の皿とトングを持って目の前の料理に狙いを定めていた。その傍らで、護衛騎士が「おやめください殿下!」と小声で慌てているのが目に映る。


「え? ああ、あのことね。そうねぇ……今日もう充分見させてもらったから……ええ、もう大丈夫よ」


 護衛騎士に皿とトングを奪われたローゼリアが、指先を顎に当てて考えるような仕草をする。しばらくして、なにかを口の中で呟いたあと、すぐににっこりといい笑顔をステラシアへと向けた。


「そう、ですか……?」

 

 その笑顔になにか含むところがあるものの、ステラシアは首を傾げるだけ。あまり深く突っ込まないほうが良いだろうと、なんとなくそう思った。


 それからしばらく、ステラシアはローゼリアと料理を楽しみ、いくつかお茶を飲み比べていた。

 その間に、珍しくクリフォードにエスコートされたマリンがやってきて、三人で他愛もない話に花を咲かせた。

 クリフォードがいつもの近衛騎士の団服ではなく、魔獣討伐騎士団の正装をしていたのは、今日の夜会が魔獣討伐騎士団を主役としたものだったからかもしれない。さすがにいつものように着崩してはいなかったので、三割増かっこよく見えたのだが。

 それを口にしたところ、ステラシアの斜め後ろにいたマリンの頬が微かに赤くなったことを、ローゼリアは見逃さなかった。ステラシアには、見えていなかったが。

 そして、今日のマリンの耳飾りが、どこかの騎士の髪と同じ真っ赤なガーネットであることにも気づいてしまう。まあ、マリンの髪色も秋の夕暮れのような赤なので、自分の色だと主張されたらそれまでだけれど。

 マリンを見つめながらによによしているローゼリアに訝しげな視線を送りながら、ステラシアは後ろを振り返った。

 そこには、いつもと同じ笑顔のマリンがいて、ホッとする。若干顔が赤いのは、夜会の熱気に充てられたからだろう。


「失礼いたします」


 そうして三人でダンスまでの時間を過ごしていたところ、割り込んできた落ち着いた声音に会話がピタリと止む。

 口元に扇を広げたローゼリアが小さく頷いてから一拍遅れて、真紅のドレスを優雅に着こなした女性がステラシアたちの前に現れた。

 豊かな金の髪に、吊り目がちな明るい瑠璃色の瞳。デコルテを大胆に出し、体のメリハリを程よく強調した美しい女性だ。おそらくまだ少女と言って良い年齢だとは思う。

 そんな彼女が、ローゼリアの前でとても綺麗なカーテシーを披露する。


「おかえりなさい。あなたもいらしていたのね、ドゥーベルク公爵令嬢。よく活躍してくれたと、話は伺っています。国のためにありがとう」


「ただいま戻りました。過分なお言葉、ありがたく頂戴いたしますわ。ローゼリア王女殿下。星の名を冠する公爵家として、明け星の名を賜った乙女として、国に奉仕できたことを嬉しく存じます」


 ラーゼリアの呼びかけた彼女の名前に、ステラシアの肩がビクリと跳ねる。そんな彼女の手を、後ろから伸ばした手でマリンが強く握りしめた。

 大丈夫ですよステラ様。そう言われているようで、ステラシアから力が抜ける。


(この人が、ドゥーベルク公爵令嬢――明け星の乙女さま。なんだか、とっても、豪華……)


 高位の貴族のため真っ直ぐ視線を向けることも憚られ、ステラシアはそっと目を伏せる。

 そんな彼女の視線を追うように、豪奢な金髪を巻いた美女が顔を上げる。その夜明けのような瞳の色に、一瞬見惚れた。


「マリン・マーガレット=シスル・ミモザラス……」


 その赤い唇から漏れる声は、先ほどよりも低い。


「あなた、騎士を辞めたんですの?」


 低く、糾弾するような声音に、ステラシアは思わず顔を上げた。「違う」と口を突こうとした言葉は、マリンに握られた手に引かれて、行き場を失ってしまう。


「お久しぶりです、ドゥーベルク公爵令嬢さま。誠に残念でしょうが、騎士を辞めてはおりませんよ」


 家名付きで名前を呼び捨てにされたというのに、マリンは怒るでもなくにこやかに金髪美女に返す。

 その台詞に不快そうに眉を寄せた彼女が、今度はステラシアへと視線を向ける。苛烈な瞳は何もかもを焼いてしまいそうなほどに、強い。なにも浮かばない表情でじっと見つめられると、まるで睨まれているように錯覚してしまう。

 隠している本心(こと)もなにもかも、暴かれてしまいそうで、少しだけ怖い。


「あなた……そう、あなたが」


 口中でなにかを呟き、美女がステラシアへと扇を突きつける。

 ステラシアの両隣で、ローゼリアとマリンが苦笑する気配を感じた。


「良いでしょう。わたくしに名乗ることを許します」


「…………?」


「〜〜〜〜っ、名は、なんと言うのですっ?」


 コテンと小首を傾げたステラシアに、美女の扇を持つ手がふるふると震えた。どこからか、押し殺したような笑い声が聞こえてくる。左隣からだから、もしかしたらローゼリアかもしれない。

 右手にいたっては、ふるふると震えている。顔を向けてみても、マリンはいつもどおりのにこやかさなので、いったいこの震えはなんだろう。

 正面に突きつけられた扇に視線を戻せば、ステラシアを見つめる美女の口元が引きつったような気がして、彼女は慌ててスカートを摘んで腰を落とした。


「申し訳ありません。ステラ……えと、ステラ・エル=フィールドと申します」


 ステラシアの挨拶に、ドゥーベルク公爵の令嬢は片眉を上げて訝しげな顔をする。

 突きつけていた扇を引き寄せ思案するようにステラシアを眺め、「まあ、いいでしょう」と囁いた。


「わたくしはユーフィリア・ラズリア=ドゥーベルク。星の名を冠する公爵家が一家、ドゥーベルク公爵家の一人娘にして、明け星の乙女の名を賜った、国に保護されている星の乙女ですわ。当然、ご存知でしょうけれど。そうですわね……あなた、ステラと言ったかしら」


「え、あっ、は、はい!」


「あなたにわたくしの名を呼ぶ栄誉を与えます。光栄に思いなさい」


「は、……は、い? あ、ありがとう、ござい……ます?」


「ちょっと! なんで疑問系なんです!? もっと喜びなさい!」


「え、えぇえ……いえ、でも……」


「あら、ではわたくしも、ユーフィリアと呼ばせてもらおうかしら?」


 夜明けの瞳がステラシアを鋭く射抜き、星空の瞳が戸惑って左右に揺れる。そこにローゼリアの鈴を転がしたような声が混ざり、ユーフィリアがカチンと固まった。


「ステラ様……お名前を呼んで差し上げてください。あの方、がんばって威厳あるご自身を作っているのです。そのせいでお友だちがひとりもおられないので……」


 コソッと耳打ちされたマリンのささやき声に、ステラシアは大きく瞳を見開いた。

 ローゼリアが乱入したせいで固まってしまったユーフィリアの手を、ステラシアが両手で包み込む。


「ユーフィリア様! ぜひ、お名前で呼ばせていただきます! お友だちがいない同盟ですね! これからもどうぞよろしくお願い致します!」


「ちょ、な……だ、誰がお友だちがいないのです!? いますわよ、それくらい!」


 ぎょっと目を剥いたユーファリアに、マリンが小さく首を傾げた。


「あら……そうなんですか? ごめんなさいラズリア様。わたし、まだおひとりで強がっているんだとばかり」


「マリン……先輩! あまりにも酷いのではなくて!?」


 キャン! と吠えるユーフィリアを、にこにこしながら転がすマリン。そんな妄想をしながら、「先輩?」とステラシアが呟く。


「魔法学院の先輩と後輩なのではないかしら?」


 ローゼリアがおもしろそうに笑いながら扇の陰からコソッと返してくる。

 なるほど、と頷く間にも、


「では、いまどなたがラズリア様のお友だちなのです?」


「そ、それは……ピアリ、とか……」


「それ、猫ですよね?」


 という不毛なやり取りが目の前で繰り広げられていて、ステラシアは思わず小さく吹き出していた。

【マリン・マーガレット=シスル・ミモザラス】

18歳。

南方のシスル子爵家の長女。星の力が強かったためミモザラス伯爵家に養女として引き取られる。王家に保護された星の乙女。

養家はいい人ばかりだけれど、気まずくて魔法学院は王都中央を選択し寮に入る。学院を次席で卒業。そして、そのまま騎士登用試験を受けて高成績で採用が決定。魔法騎士団に配属される。星の乙女が騎士になる異例の存在。実家にも養家にも実はほとんど戻っていない。騎士団宿舎にて生活していた。

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