招待状
後書きに設定とかを載せようか考える2026年…
第一王子宮の食堂から中庭に移る回廊で、ステラシアは自身の両手に息を吹きかけた。
はぁーと吐き出した呼気が、白く塊となって空へと昇っていく。
ふるっと震えた肩に、ふわりと柔らかく暖かなものが乗せられて、驚きに足を止める。
「もう、冬が始まりましたね」
ステラシアを見下ろすのは、薄い茶色の瞳に、長い紺色の髪をゆるく結って背に流した美丈夫――ステラシアの護衛騎士である、イアン・ヒューバート=アリオトルだ。
肩にはいつの間に持ってきたのか、厚手のショールが掛けられている。
「ありがとうございます。イアンさん」
首元でショールをかき合わせて、ステラシアはイアンに微笑んだ。
その様子に、護衛である彼もニッコリと微笑んでみせる。
「はい、マリンさんの分も持ってきましたよ」
「ううっ……ありがとうございます、イアン様〜……っ」
僅かに鼻を啜るような声音を上げる彼女は、ステラシアの専属側仕えである、マリン・マーガレット=シスル・ミモザラスだ。
マリンは、シスル子爵家の長女だが、星の乙女としてミモザラス家に保護され、彼の家に引き取られ養女となった。
生まれは子爵家だが、立派な筆頭伯爵五家のご令嬢だ。
かく言うイアンは、四大侯爵家のご令息。
森で育った平民のステラシアとは身分もなにもかも違う。
それでも、彼らがステラシア専属となっても文句も言わないのは、偏に彼らの主であるこのポーラリア星王国の第一王子が、ステラシアを気に入っているからなのだろう。
「うーん……そろそろ、お庭の散歩はやめましょうか」
ショールを肩に掛けても寒さに震えるマリンの姿を見て、ステラシアは今後の散歩をどうしようかな、と考え始める。
そんなマリンに少しだけ呆れたような瞳を向けるのは、いつも穏やかなはずのイアンである。
「マリンさん……あなた、騎士でしょう。いままでどうしていたんです?」
イアンの言葉に若干傷ついたような表情を見せ、マリンは指先を胸の前で合わせて捏ね回している。
「そっ、そのぉ〜……、わたしは魔法騎士団所属ですから……同僚に温熱魔法をかけてもらっていて……」
その言葉に、イアンがいい笑顔を見せる。
マリンの腰が、逃げるように後ろへと引かれた。
「魔法騎士団とか、近衛騎士団とか関係ありませんからね。魔法学院を次席で卒業して、騎士課を通さず試験で実力を示してこの国の騎士団に入ったのですから、たとえ女性であろうと鍛錬を怠ることは私が許しませんけれど」
「ふぇ……っ、い、イアン様が、鬼……!」
「ま、まあまあ、イアンさん……。寒いのは仕方ないですよ」
「いいえ、ステラ様。鍛えれば寒さなどいくらでもどうとでもなるのですよ。護らなければならない方がいらっしゃるのですから、そこを疎かにすることは、騎士としてあってはならないことなのです」
いい笑顔から一転、真剣な表情で諭すイアンを、ステラシアは食い入るように見つめてしまう。
普段穏やかなお兄さんという雰囲気のイアンが、真顔で言葉を発すると、とても冷たく聞こえるのだから不思議だった。
そして、責められたと感じたのはステラシアだけではなかったらしい。
ステラシアの背後で、マリンの気配が地の底まで沈んでいるような気がする。
(冷たいというか、たぶん厳しいんだろうな……)
きっと、自分にも、他人にも。
イアンの求めるものは、なぜかとても高く遠くにあるような気がする。
背後のマリンの冷え切った手をぎゅっと握りしめて、ステラシアはイアンに微笑んだ。
「ごめんなさい、イアンさん。騎士の方を軽んじたつもりは、なかったんですけど……」
ステラシアの謝罪に、イアンの薄茶の瞳が軽く瞠られた。一瞬射した陽の光で、瞬きの間金色に光る。
「……いえ、私こそ申し訳ありません。ステラ様にそのようなつもりで申し上げたつもりはありませんでした」
頭を下げるイアンに、落ち込んでいたマリンが勢いよく顔を上げる。
「申し訳ありません。イアン様! わたし、もっと鍛錬を頑張りますから!」
大きなヘーゼルの瞳を強くして、彼女はイアンを見上げていた。繋いでいたステラシアの手を、強く握りしめられる。
数秒ほどマリンを見つめたイアンが、いつものように表情を和らげる。
「……ええ。私もステラ様の護衛ですから。マリンさんに負けないくらい、鍛錬させていただきますよ」
ステラシアの耳元で、「イアン様がこれ以上強くなったらどうすればいいんですか」というマリンの小さな呟きが落とされて、思わず笑ってしまう。
彼は、このポーラリア星王国で五本の指に入るほどの剣の腕前を持っているのだと、以前マリンに聞いたことがあった。もちろん、一番はアルトラシオンで、二番目はクリフォード。どちらかが入れ替わることはあっても上位二名の名が変わることはないようだけれど。
季節は黄昏星の月を過ぎ、小夜星の月へと移っていた。
アルトラシオンが戻ってくると言っていた一ヶ月を、もうとっくに過ぎている。
それでも、第一王子はまだ王都に戻っては来ない。
このままだと、雪の降り始める夜翔星の月になってしまう。そうなるときっと、戻ってくるまでにもっと時間がかかるだろう。
いまのところ、魔獣討伐騎士団に何かがあったという報告は来ていないらしい。だから、誰一人欠けることなく戻ってこられるとは、信じている。
(でも、早く、会いたいなぁ……)
ステラシアをからかうような、あの紫水晶の瞳を見たい。
朝、おはようを言い合って。夜、おやすみと伝えられる。そんな日々を、ステラシアはもうすっかり日常と思ってしまっていた。
薄曇りの空から、勢いの落ちた光が降り注いでいる。いまにも星の欠片が舞い落ちそうな寒さに、ステラシアは冷えてしまった指先にまたひとつ息を吹きかけた。
そうして日々を過ごしていたある日のこと。
ステラシアの生活している第一王子宮に封書が届いた。
透かしの入った薄紅色の封筒に、それよりも僅かに濃い赤い色のカードが入っている。
マリンから差し出されるそれに恐る恐る手を伸ばし、ステラシアは徐に後ろへとひっくり返す。
「この、紋章、は……」
薔薇の意匠が封蝋に押されていた。表には「ステラ様」とあり、裏には"R・C"と可愛らしい文字で署名がされている。
ここから考えられる人物が、ステラシアにはひとりしか思い浮かばない。
――ローゼリア・シエラ=ポーラリアス。
この国の、第一王女。
二ヶ月ほど前の豊穣祭の夜会で知り合った、あの方だ。
ふわふわした淡い金の髪に、薄い紫色の瞳を持った、愛らしい容姿の少女。
「ええと……これは、どうしたら」
「そうですねぇ。まずは、中身を確認するところから、でしょうか」
どうぞ、と差し出されたペーパーナイフを差し込んで封を開ける。瞬間、ふわりと冬薔薇の香りが漂った。カードを取り出すと、薄桃色がひとつ軽やかに舞って卓上に落ちた。
「……薔薇?」
「それは、ロイヤルガーデンにあるという、王女殿下のアスターローズの花びら、でしょうか……?」
「アスターローズ……」
星の名を持つ薔薇、とは。
昔、こっそり見て回った市場にも、図書館の本でも見たことも聞いたこともない種類の薔薇の名前だった。
眉を寄せるマリンが「たしか、王女殿下のためにどこかの貴族が作って献上したと、聞いたような……」と呟く声を怖々と聞く。
(それって、とても貴重なものなのでは……!?)
ロイヤルガーデンと言うからには、きっと王族にしか開放されていない庭園のはずだ。完全に私的空間。そんなところで育てられている花をこんな無造作に封筒に入れていいものなのか。
(ううっ、怖いよぉ……)
深呼吸をしてから、ステラシアは手元のカードに目を通す。
呼吸をするたびに、強くないが弱くもない薔薇の香りが花をくすぐっていく。
高貴な紙面に綴られた嫋やかな文字を目で追って、ステラシアは目だけではなく口もぽかんと開けて固まった。
「ステラ様?」
「……お茶会?」
マリンの呼びかけにぼんやりしながらステラシアは返す。ただし、単語だけのそれにマリンは首を傾げる。
「もしかして、殿下にお茶化に誘われたのですか?」
なにも言わずとも、ステラシアのその一言だけで殆どを察するマリンはとても有能だな、と動かない思考でそんなことを考える。
コクリ、と言葉もなく頷くステラシアを傍目に、マリンの表情がみるみるうちに明るくなる。
「ステラ様! いつ! いつですか!? 当日のドレスを! アルトラシオン殿下がデイドレスもいくつか用意してくださってました!」
「へ、ど、ドレス?? いや、ちょ、マリンさん落ち着いて……!」
「あ、薄ピンク色は被る可能性があるので、避けないといけませんね。ステラ様なら……あの、白地に茶色のデイドレスで、薄紫のリボンがありましたよね。当日は髪はハーフアップにして、リボンを編み込んで……靴はミルク色の踵の低いものがあったはず! いかがですか!?」
いかがですか、と言われても困る。
それが正しいのかどうか、服飾に関してはステラシアは疎い。他のことであれば、本で得た知識も師匠から叩き込まれた作法もありなんとかなるけれど。
だから、彼女はマリンの意見に全面的に任せることにした。訳もわからず、コクコクと首を縦に振る。
一気に盛り上がるマリンに押されながら、ステラシアは王女殿下にお礼の手紙を書くことにした。
◆ ◆ ◆
手紙が届いてから二日後、ステラシアは王城の最奥――王族の私的空間にある一室に向かって歩いていた。
先導して歩いているのは、彼女の専属護衛であるイアンである。
本来なら、王城近衛騎士の誰かがその役を担うのだろうが、みながみなイアンの顔を見た瞬間黙り込み、そのまま通されることになったのだ。
明らかにイアンより年上の騎士でさえも、曖昧に……多少引きつりながら笑い、顔パスで通すのだから彼の実力は推して知るべし、だろう。第一王子殿下付きの護衛だったのは伊達ではないようだ。
その前に、第一王子と幼馴染というのが強いのだろうか。そうなると、クリフォードも同様かもしれない。
ちなみに、ステラシアの後ろにはマリンも控えており、ステラシアと同様にしずしずと歩いている。
普段と違うのは、いつものように側仕えのお仕着せではなく、魔法騎士団の団服を身に着けていることだろうか。
彼女のその姿を見たのは、アルトラシオンがマリンを紹介がてら連れてきた時以来だったので、とても新鮮だ。
「ステラ様、こちらです。私は外で待機しておりますので、なにかあれば必ず声をかけてください」
どんなことがあっても駆けつける。そう最後に付け加えたイアンが、扉をノックして開ける。
逸る胸の音を宥めながら、ステラシアは明るい室内へと足を踏み入れた。
その部屋は、まるで温室のようだった。
別に、汗ばむほどに温かいとか、そういうことではなく、彩りにあふれていたのだ。
(ぜんぶ、薔薇……。黄色や赤もあるけど、ピンク色が多い)
窓辺だけではなく、壁際にも、至るところに花瓶が置かれ、全てに薔薇が生けられている。
それでも煩く感じないのは、家具が全て白色で統一されているからだろうか。
気づかないほどのさり気なさで、甘い香りが部屋に漂っている。
「ステラ! いらっしゃい!」
ぼんやりと部屋を眺めてしまっていたステラシアに鈴を転がすような声がかけられる。
日当たりの良さそうな窓際に用意されていた椅子から、少女が立ち上がってステラシアに手を振った。
「――お招きいただきありがとうございます。王女殿下」
デイドレスをつまんで、ステラシアは型通りの挨拶を返す。けれど、それを彼女は良しとしない。
「もう! ステラ、そんな硬いあいさつなんかしないで。それに、わたくしのことは『ローゼ』って呼んでちょうだいってお願いしたじゃない」
頬を膨らませて抗議するローゼリアは、同性のステラシアから見ても可愛らしい。
今日は、以前の夜会とは違うふわりとしたドレスを着ていた。色はやはり薄いピンク色。
髪を結っているブルーグレーのリボンが彼女のふんわりした雰囲気を少しだけ引き締めているように見える。
「申し訳ありません。ローゼ様」
「もう……いいわ。許します。……なんて、ね。ねぇステラ、今日は美味しそうなお菓子をたくさん作ってもらったのよ。だから、たくさん食べていってね」
こっちよ、と近づいてきたローゼリアに手を引かれ、ステラシアは椅子に腰掛ける。
まさか王女殿下に椅子を引かれるとは思わなくて、彼女の動きはぎこちない。
いくら『お友だちになりましょう』と言われたとしても、相手は一国の王女で、ステラシア自身はただの森育ちの平民だ。
(身分が違いすぎるのに……なんでここの王族の方たちは……)
怖い。平民も貴族も王族も関係なく接してくる彼らの感性が怖い。恐縮しきって心臓が口から飛び出しそう。
「ね、ステラ。あれからどうしていたの? お兄様が城下にお忍びで出ていったのは知っているのよ。もしかしてステラも一緒だった?」
「よく、ご存知ですね……」
それはもう、お忍びではないのでは? もしかして、陛下もご存知なのだろうか。そんなふうに考えて、ステラシアは唇の端を僅かに引き攣らせた。
【備忘録】
春は長く、夏は少し長く、秋は短く、冬は長い
日はすべての月で1の日〜25の日まで
【春】
暁星の月 まだ少し肌寒い(1年の始まり)
黎明星の月(春たけなわ)
有明星の月(春の終わり)
【初夏】
東雲星の月 (春が終わり夏が始まる)
【夏】
紅星の月(夏の盛り)
双星の月(夏の終わり)
【秋】
薄暮星の月(秋が深まる)
【初冬】
黄昏星の月(秋が過ぎ)
小夜星の月(冬が近づく)
【冬】
夜翔星の月(雪が降る)
闇夜星の月(雪が降る)
白夜星の月(雪が降る)
うおおお。厨二病くさぁ!好き!←




