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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
4.アルトラシオン・ディア=ポーラリアス

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41/42

緊急招集②

ちょっと描写的にR15?

うーん……わからん。

 馬に飛び乗った、アルトラシオン、イアン、クリフォードは、最後尾からユージェフたちを追いかけた。姿は見えないが、おそらくウィルフレッドも付いてきているはずだ。

 隊を団長と副団長を筆頭に二つに分けながら、しかし、どちらもまず王都南下にあるアクルークス領へと向かっていた。

 アクルークス領は横長の領地で、北側のほとんどが王都に向けて開いている。

 もう一方のガクルック領は、アクルークスの南西に縦に広がる不整形地で、一部が魔の森に接している緩衝領である。

 アクルークス領とガクルック領の間には、いくつかの小さい領地が横たわっている。いずれも各領を各家が分割贈与した名残だ。

 そのため、ガクルック領に行くには一度アクルークス領に入り、どこかの領地を抜けるしかない。

 この場合は、西のハイネ領か、そのまま南下したクライス領か、どちらかになるだろう。

 頭の中でこの国の地図を広げながら、アルトラシオンはそう考えていた。

 そしておそらく、その見解は間違ってはいない。


「第二部隊はこのまま突っ切ってクライス領へ入ります!」


(なるほど、魔の森を避けたか)


 西のハイネ領はもともとアクルークスから割譲された土地だ。領主はハインズ子爵。アクルークスの分家筋で、アクルークスとガクルックに挟まれ大半を魔の森の街道に接している小さな領地だ。馬で駆ければ一刻半もあれば横断できてしまう。

 対してクライス領はガクルックからの割譲地。北のアクルークスだけではなく、東と南で三つの領地に接している、それなりに大きな土地だ。都会であるとも言う。領主はグラヴィス伯爵。元はガクルック伯爵の持つもう一つの爵位だった。


(確か、三男に相続させたんだったか……そういえば、ガクルックの次男はアクルークスに婿入りして、いまは当主だったな)


 アクルークスの領地が見えてきて、ユージェフの部隊が領主館のある首都アクシアを目指す。そこからさらに南に、アルフォンソの部隊は馬首を向ける。


「っ!? 総員、戦闘態勢!」


 ユージェフの部隊といくらか離れた途端、先頭の副団長が馬を止め、警戒したまま剣を抜いた。南から、瘴気が迫ってきているのが、アルトラシオンの目に映る。

 チラ、と後方へと視線を向ければ、ユージェフの部隊も、なだれてきた魔獣をすでに相手取っているようだった。

 剣戟の音がここまで響いてくる。誰かが、大規模な炎魔法を使ったのか、あたり一体が赤く染まり、照らされた。

 ゾロリと、闇の奥で瘴気の蠢く気配がした。


(……こんなところで足止めを食らうとは)


 チッと舌打ちが漏れる。行儀が悪いなどと考えている暇はない。

 胃の腑をひっかき回すような強烈な臭気が漂ってきて、訓練されているはずの馬が、怯えたように小さく嘶いた。


「仕方がない……」


「おい、アルト! 力は温存しておけ」


 呟いた声に、アルトラシオンが何をしようとしているのか気づいたらしいクリフォードが、小声で忠告を放ってくる。

 それを横に放り捨て、アルトラシオンは片手の平を前へと突き出した。


「水よ……光の雨となり、すべてを洗い流せ」


 体内の魔力ではなく、生命力と直結している星の力で水を生み出し、頭上から雨のように降らせる。

 魔獣にとって星の力は毒のようなものだ。瘴気が人間にとって毒なのと同じように。

 清流雨と名付けた雨が、ユージェフ側も含めて降り注ぎ、魔獣の体を覆う瘴気を洗い流していく。

 そもそも魔獣の体は瘴気そのものだ。雨に打たれて、瘴気を浄化され、苦しみながら弱体化していく。


(だが、広範囲に星の力を巡らせるこの技は、威力が落ちる)


 清流雨は本来、魔獣を討伐した後の、残り香のように漂う瘴気を洗い流し、場を清めるために編み出した技である。

 攻撃向きではないため、魔獣自体を消滅させることはできない。

 けれど、魔獣討伐騎士団にとっては、弱体化するだけでも御の字だった。


「助かります! 殿下!」


 馬を降り、先陣を駆け抜けながらアルフォンソが叫ぶ。他の騎士団も「助かる!」と言いながら駆け出していく。

 その後ろ姿を見ながら、アルトラシオンはアルフォンソへと声を投げかけた。


「副団長……いや、アルフォンソ! 私はハイネ領からガクルックへ入る。ここは、任せたぞ!」


「え、殿……アルト!? 待ちなさい!」


 止めようとする声を振り切って、アルトラシオンは馬を西へと向けた。第一部隊も無視して通り過ぎるとき、後方から「馬鹿野郎! アルト!」という声が追ってきたが、聞こえなかったことにした。

 後から付いてくる蹄の音は二頭分。イアンとクリフォードだ。

 何も言わずとも付き従う彼らに、ほんの僅か口の端で苦笑して、アルトラシオンはアクルークスの西端からハイネ領へと馬を走らせた。


 ◆ ◆ ◆


 ハイネ領の魔の森沿いの街道も、酷いものだった。

 魔獣が道幅いっぱいを徘徊している。街道脇や、近場の民家では、なにやら咀嚼音が聞こえ、群がる魔獣の下からは生白い人間の肌が覗いていた。

 集落では家畜も食い荒らされ、おそらくこの小さなハイネ領の人口は三分の一ほどが削られてしまうのではないかと思う。

 街道を馬でひた走りながら、アルトラシオンは剣を振るう。

 ビシャリと飛んだ瘴気を飛び越えながら、清流雨で場を浄化する。

 途中で、魔獣に食われる人間の下で瘴気に侵されながら泣く赤子を見つけ、その心臓に剣を突き立てた。

 背後から、物言いたげな視線が送られてくるが、素知らぬふりをする。イアンとクリフォードが口を挟んでくることはない。

 母親に群がっていた魔獣も切り裂いて、再び馬を南へ向かわせる。


「魔の森に行くぞ。森から回ってガクルーキアへ入る」


「……大丈夫か?」


「魔獣はいるだろうな」


 心配そうに眉を寄せるクリフォードにそう返し、アルトラシオンは馬上で剣を納めた。

 周囲を見回したイアンが、一帯の魔獣が掃討されたことを確認し、馬の脚を早める。


「街道沿いは魔獣で埋め尽くされてますからね。森からのほうが木々がある分、余計な戦闘は避けられますが……でも、」


「……だから、アルフォンソもハイネを避けたんだろ」


 魔の森が遠いクライス領からなら、団員たちも疲弊せずガクルックに入ることができる。それも、アクルークスの大量の魔獣により、意味をなさなかったようだが。

 イアンの続けようとした言葉を遮って、アルトラシオンはそう言った。吐き捨てた訳ではないが、避難めいた声音になってしまう。

 そして彼らもまた、己が騎士団と同じような選択をしようとしている。

 ――つまりは、ハイネ領を見捨てようと、している。


「……ま、考えても仕方ねぇ。森に入るなら、気を引き締めねぇとな」


 馬を止めて、アルトラシオンは数秒目を閉じた。どうすれば、良いのか。すべてを守ると決めた。すべてを殺してでも守ると。殺して殺して殺して、そうやって救うことが、己の愛だと。そう決めたはずなのに。

 いま、そこここで魔獣に喰われ、瘴気に侵されている人間を、殺して(救って)やることもできずに見捨てる自分が腹立たしい。


(なら……これしかないよな)


 両手を、街道からハイネ領へと向ける。そこから迸る光と水に、クリフォードとイアンが焦った声を上げるが、アルトラシオンは無視をした。

 雨が――降る。シュウシュウと瘴気が薄まって空へと立ち昇って消えていく。


「これで……少しは、勢いが、おさまる、だろう」


 肩で息をしながら、アルトラシオンは愛馬の首を魔の森へと向けた。「もう少し、頼むぞ」と告げて、馬を走らせる。

 夜明けが、近い。いつの間にか、深夜を越えていた。

 気温が下がり、吐く息は白い。走り通しの馬は、疲弊しているのか足が重い。森の中、途中で何度か魔獣を討伐し、馬を休ませたが、訓練された騎士の馬でもこの短時間で領地を二つ越えるのはキツかったようだ。体からモウモウと湯気が立っている。


「見えました。ガクルックの首都、ガクルーキアです」


 イアンの声を後ろに聞きながら、アルトラシオンは森からガクルーキアへ侵入する。

 そこは、領主館のある一領地の首都とは思えないほどに、閑散としていた。

 人の気配がまるで無い。その代わり、大通りは――いや、細い裏道にすら、魔獣がひしめき合うように蠢いている。

 カラン……とどこかの家から、なにかが転がる音がした。


「アルト様……これは」


「まさか、街全部の人間を喰らったわけじゃ……ねぇよな?」


「さすがにそれはないだろう。そこまで血臭はしていない。――臭気は酷いが」


 嗅ぎ続ければ、胃の中身をまるごと出してしまいかねないほどの、異臭だ。三人ともが、思わず片手で鼻を覆った。そんなことをしても、この臭いはどうにもならないとわかっていても。


「ウィル。人の気配を探れるか」


 暗闇に向けて、声を放つ。是という声を聞いて、馬から降りた。

 ここからは、馬はあまり意味がない。手綱を括ることもせず、そのまま放つ。

 逃げるなら、逃げればいい。むしろ逃げて、魔獣にやられることのないように。そう願う。


「殿下。目抜き通りの奥の領主館の地下に、大勢の人間の気配があります。それから、ここから少し離れた神殿にも」


「わかった。とりあえず、領主館を目指す」


 指示を出すアルトラシオンに三者三様の返事をして、イアンとクリフォードが剣を構える。

 ウィルフレッドは、闇に溶けるようにスゥッと姿を消した。彼はおそらく、一人で色々と探ってくるのだろう。


「イアン! クリフォード! あまり、一人で奥まで行くなよ!」


 歩き出した途端、後から後から襲ってくる魔獣を剣技だけで切り捨てながら、二人は先へ先へと進んでいく。アルトラシオンも剣を振りながら、二人に向かって声を張り上げた。

 街道に溢れていた魔獣を回避しつつ、魔の森で木々を使って魔獣を撒きながら、それでも幾度か戦闘を行ってきた。

 三人ともそれなりに疲労が蓄積している。

 なにかを間違えれば致命的な状況に陥るような、そんな気がする。


(この状態で、広範囲の清流雨は意味がない。だが、俺の水魔法では威力が足りない……)


 それなら、とばかりに、アルトラシオンは左手を剣身へと向けた。左手が熱くなり、炎が吹き出す。それを右手の剣に纏わせて、腕を振るう。

 柄を握る手が熱い。剣を握るとき、アルトラシオンは手袋をしない。少しでも隔たりがあると、剣を握っているという感覚が鈍くなるからだ。

 この雪の降り出しそうな小夜星の月最後の日、手綱を握りしめて風の中疾駆した今、指先は凍えるようだった。それが、焔に温められジンジンと熱を持って疼く。


「――星の力で生み出した炎……お前たちを屠る浄化の(ほむら)だ。――行くぞ」


 封印から解放したばかりの膨大な魔力を操作して、周囲に広範囲の雷を降らす。貫かれ、弱った個体をイアンとクリフォードの方へ追い立て、怯んで腰の引けた魔獣を、焔の剣で切り裂いていく。

 瘴気の塊の魔獣は、焔に触れた瞬間、燃え上がり浄化され、塵も残さず消えていく。


「殿下、東から騎馬隊の姿が見えます」


 屋根の上から、静かに傍らへと降り立ったウィルフレッドが、後ろから飛びかかろうとしていた魔獣を切り裂きながら、そう言った。


「……そうか。ならば――イアン、クリフォード!」


 アルトラシオンの呼びかけに、前方で剣を振るっていた二人が、近くまで後退してくる。


「ったく、後から後から湧いて出やがってキリがねぇ!」


「アルト様、どうなさるおつもりですか?」


「……動きを鈍らせる」


 剣先を地面へ向けて、石畳へと突き立てた。ブワリと、魔力と星の力が混ざり合い、足元から湧き上がる。アルトラシオンを中心に風が巻き起こり、四人の騎士服をバタバタとはためかせた。


「風よ、水よ、魔のモノを切り裂き、瘴気を洗い流せ」


 ビュウッと、目に見えない風の刃が、建物を貫通し魔獣を切り裂いた。街の端から領主館まで吹き渡り、頭上から清流が雨のように降り注ぐ。

 そこに、アルフォンソの第二部隊が到着し、動きの鈍った魔獣たちの息の根を止めていく。

 ガクリ、とアルトラシオンの膝が崩れた。咄嗟に、クリフォードが横から腕を掴む。広範囲に及ぶ、魔力と星の力による二属性複合魔法で、ごっそりと力を持っていかれたようだ。


「殿下!……いや、アルト! なにを考えている!? 一人で行くなど……お前たちもだ! イアン! クリフォード!」


 到着早々、ズカズカ近寄ってきたアルフォンソに特大の小言を落とされ、アルトラシオン以下二名の顔が、面倒臭そうに歪んだ。

 叱責の中にウィルフレッドの名が無いのは、彼が騎士団所属ではなく第一王子に使える者だからで、そして彼の生家が自らの家よりも格上の筆頭伯爵家だとわかっているからで。

 今この場で、アルトラシオンがその第一王子だとしても、アルフォンソはウィルフレッド以外を自分の部下として認識していた。


「アルフォンソ副団長。クライス領側のガクルック領内も魔獣で大変だったのだろう? ハイネ領側の街道沿いもなかなかだったが……随分早かったな?」


「早くありませんよっ!」


 そのまま説教を続けようとした男を無視して、到着した第二部隊をぐるりと見渡す。疲労が色濃いが、負傷者はいないようだ。

 ワナワナと震える副団長を横目で見遣り、アルトラシオンは顎に手をやった。

 いきなりの魔獣大発生に、ただでさえ人数の少ない魔獣討伐騎士団の分割。見たところ、星の力を持った者は等分されているようだが、こちら側の戦力がやや過多だろうか。

 魔力も星の力も極大なアルトラシオンと、魔力が大から特大のイアンにクリフォード。さらに星の力を持つウィルフレッドがここにいる。ユージェフは、大丈夫だろうか。


「アルフォンソ。領主館の地下と、神殿の方に人の気配が密集しているらしい。俺は、神殿の方へ向かう」


「……わかりました。では、私達は領主館へ向かいます。が、何人かはそちらに付けますからね」


 苦虫をかみ潰したような顔をするアルフォンソに、アルトラシオンは苦笑した。

 独断で先行した後ろめたさは多少なりともある。

 わかったわかったと返しながら横を通り過ぎるとき、「アルトラシオン。帰ったらお仕置きです」と低く告げられ、思わず片頬がヒク付いたのは、長年の経験から仕方のないことである。

 この副団長は、規律を破った者への制裁が容赦ないのだ。躾と称して仕置をしているとき、顔がとても生き生きとしているのだから。

これ、恋愛のはずなんだけどなぁ…。

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