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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
4.アルトラシオン・ディア=ポーラリアス

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緊急招集①

ちょっと短かったかも…

 星王国歴六四〇年。まるで今にも雪が降り出しそうな小夜星(さよぼし)の月の最後の日。

 誰もが寝静まる真夜中に緊急招集がかかり、アルトラシオンは第一王子宮――西の離宮から改名した――から魔獣討伐騎士団舎へと急行した。

 途中で、その辺にいたウィルフレッドに声をかける。

 団舎前にすでに集まっていた団員に何事かを尋ねれば、王都のすぐ南に位置するアクルークス領で、魔獣が大量発生していると言う。

 アルトラシオンはその紫眼を大きく見開いた。

 アクルークスは、星の名を冠する筆頭伯爵五家のうちの一つだ。

 ポーラリア星王国には、それこそ星の数と言われるほどに貴族家があるが、星の名を冠する十二貴族は国として失うことのできない土地と血筋だと言われている。

 なにがあったんだ? と尋ねるそばから体を押しやられ、いつの間にか最前列へと顔を出していた。気がつけば、背後にはイアンとクリフォードが控えている。

 前方には、騎士団長であるユージェフ、副団長、各部隊長が険しい顔をして話し合いをしていた。

 ユージェフと、アルトラシオンの視線が合う。すると、彼は「ガクルック領にも魔獣が溢れている」と小声で言った。後ろの方の団員には聞こえていなかったかもしれない。

 ガクルック領は、アクルークスと同格の伯爵領だ。つまり、星の名を冠する貴族家で、失うことのできない土地だ。

 アクルークス領からさらに西南に広がる、魔の森に一部接した緩衝領である。

 アルトラシオンは、無言で唇を引き結ぶと、ぎゅっと拳を握りしめた。

 前年の、暁星(あかつきぼし)の月、二の日。

 アルトラシオンは十二歳になると同時に、魔獣討伐騎士団へと正式に入団した。公式の入団履歴の中では、最年少の騎士だった。

 同時に、十歳の時に半ば無理矢理アルトラシオンの臣下として収まった、イアン・ヒューバート=アリオトルと、クリフォード・グレン=アルカイディスも同騎士団へと正式に入団したのだが、後から訓練に参加したにも拘らず実力がアルトラシオンと同程度だということを、彼だけは納得していない。

 二歳差ということを考えれば、どう考えてもアルトラシオンのほうが先を行っていると、他の団員たちは考えているのだが、それをアルトラシオンが良しとしないだろうこともわかっていて、皆しっかりと口を閉じている。

 ――まあ、若さというのは微笑ましいものだ。

 そうして切磋琢磨しながら魔獣討伐の実績を積み、一年が過ぎ、まもなく二年目を迎えようとしている。

 そんな過渡期での緊急大討伐命令だった。すでに、王令は降りているという。


「これから、部隊を二つに分ける。第一部隊は俺が率いてアクルークスに向かう。第二部隊はアルフォンソだ。ガクルックへ向かってもらう」


 アルフォンソは、魔獣討伐騎士団の副団長だ。とある伯爵家の三男である。騎士なんて嘘だろ? とひと目見て誰もが口を揃えて言うほどの、優美な顔立ちの男だ。だが、その体は鍛えられていて細く見えても逞しい。


「今回の討伐には、入団二年目以降の者を連れて行く」


 続く、ユージェフの言葉に、ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。鋭く、アルトラシオンを見据えた騎士団長が、スッと視線を逸す。

 そのまま、アルフォンソを連れて、振り分けを始めてしまう。

 おい……と低く押し殺したような声が、アルトラシオンの後ろから聞こえた。歯を噛み締めているのは、きっとクリフォードだろう。

 握りしめた拳が、手のひらにギリギリと食い込んだ。


「……置いていくつもりですねぇ」


 そう言ったのは、イアンだった。のんびりとした声音だが、そこに悔しさが滲んでいることを、アルトラシオンは感じ取っていた。

 現在、二年目以下の騎士は、昨年入団したアルトラシオンたち三人だけだ。

 どうして! と今にも叫びだしそうだった。

 団長、と、振り分けを終了し、今にも馬に飛び乗ろうとしているユージェフに、声をかける。


「なんだ?」


 こちらを見ようともしない男に、アルトラシオンは苛立ちを隠すように目を細めた。


「俺たちも、討伐に出ます」


「……言っただろ。連れて行くのは二年目以降の騎士だけだと」


「…………」


「いや、納得いかねぇ!」


 静かに告げるユージェフに、アルトラシオンが口を噤むと、案の定クリフォードが後ろから吠えた。

 今にも掴みかからんばかりの男の肩を、どうどうと宥めながら、イアンがユージェフへと視線を流す。普段は穏やかな薄茶の瞳が、今は鋭く金に光って見える。

 そのイアンの様子に、ユージェフは内心で驚きを顕にする。彼の気質を考えると、とても珍しいことだ。


「なぜです?」


 端的に問われた言葉に、ユージェフはふいっと顔を逸らす。

 そのまま準備を済ませていた馬に、ひらりと跨った。


「殿下。言わなくてもわかりますね? あなたはここで、待つのです」


 頭上から降ってくるユージェフの言葉に、アルトラシオンはギリリと奥歯を噛み締めた。

 あの日から、ユージェフはアルトラシオンを王子として扱わなくなった。それが、一人の人間として認められたような気がして、心地良いと思っていたのに。

 いま、この目の前の男は、アルトラシオンに臣下として接している。

 悔しい、と、思った。

 ――悔しい、悔しい、悔しい。


(俺はまだ、この男に認められてすらいなかったのか)


 左手で、剣の柄をこれでもかと握りしめる。

 団長、と呼びかけようとして、アルトラシオンは口を閉ざした。

 一度、目を閉じて、肺の奥から息を吐き出す。

 揺れ動く心を宥め賺し一切の感情を排して目を開く。


「ユージェフ。私たちも、討伐に出る」


「……それを、国王陛下がお許しになるのであれば」


 やはり、と溜め息を吐く。僅かな失望に、胸の奥でキシリと軋んだ音がする。

 そんな気はしていたのだ。

 ユージェフはおそらく、第一王子を置いていくのだろうと。

 それでも、もしかしたら、と期待していたのに。それすらも、望んではいけないことだったのか。

 ぶわりと、体の奥底から魔力が溢れ出た。足元から渦を巻いて、アルトラシオンの金の髪を巻き上げる。紫色の瞳の中で、銀の星がチカチカと瞬いている。

 幼い頃に封印された魔力は、アルトラシオンが力を付けるごとに徐々に戻ってきていた。

 もう、数年も前から、封印は解けかけていたのだ。母である王妃の力はなにも戻らぬまま。

 罪悪感だけは、いつまでもアルトラシオンの胸を苛み続けている。

 すべてを解き放つその最後の鍵を、彼は今、力ずくでぶっ壊す。パキン! と体の奥で何かが割れる音がした。

 

「ウィルフレッド」


 静かに呼んだ名に、傍らの闇が動いた。気がつけば、アルトラシオンの足元に、黒髪の男が膝を突いている。


「陛下の許可は得られました、我が主」


 ウィルフレッドのその言葉に、驚きを隠さなかったのは、ユージェフだった。


「な……いつの間に」


「こうなるだろうと、思っていた。だから、ウィルを父上の元へと行かせていた。ユージェフ。これで文句はないな?」


 顎を上げると、アルトラシオンは真っ直ぐに馬上の男を睨み据える。

 風に煽られて、灰色の髪の男の額の傷が、紫の瞳に映り込んだ。

 その傷を、初めて目にした血の赤を、頬に滴ったその生温かさを、思い出して頭の中が冷えていく。


「俺はこの国の王子で、国を守る責務がある」


 だから、こんなところで深窓の姫のように、守られているわけにはいかない。

 そもそも、何もかもを守るために、強さを手に入れたのだ。誰かに守られなくてもいいように。誰からも、己からも、国を守れるように。


(その俺の道行きを阻むと言うなら、たとえユージェフだろうと俺は許さない)


「…………はぁぁ……あーーったく……」


 張り詰めた空気の中、夜闇に盛大な溜め息が響き渡る。ガシガシと自身の灰色の髪を掻き回した腕が、馬上からアルトラシオンへと伸ばされ、艷やかな金髪をグシャグシャに乱した。


「なっ、なにを、する……!」


「うるせぇよ。……まだ子どもでいろよな、このバカタレ」


 あの時はふらついた体は、今はしっかりと地面へ縫い止められており、揺らぐことすらない。

 眩しいものを見るように目を細めたユージェフが、ポツリと零した言葉の最後のほうは、アルトラシオンには届かない。

 胡乱な瞳で見つめてくる教え子に人を食ったような笑みを浮かべ、次には真剣な瞳でアルトラシオンを見る。


「しかたねぇ。陛下がお認めになったんなら、連れて行く。ただし、アルト」


 初めから、そのつもりだったくせに、と内心で不貞腐れながら、アルトラシオンは「なんだ」と返す。

 そんな彼の額に指を押し付けながら、ユージェフは低い声で釘を刺した。


「今回は、大量発生しているという"魔獣"を討伐して、領民を救うのが任務だ。わかっているか?」


 夜の闇の中、団舎前の広場に灯る松明が、煌々と燃え上がる。パチパチと爆ぜて、風に舞った火の粉が、ユージェフの灰色の髪を赤く染めていた。

 鋭い瞳が、真剣な色を帯びてアルトラシオンを射抜く。

 その言葉に、イアンとクリフォードが小さく息を呑む。

 彼らには、アルトラシオンの危うさがわかっていた。

 第一王子アルトラシオン・ディア=ポーラリアスは、いま、騎士団の中でも問題児として有名だった。

 討伐に出れば、魔獣も、"人"も、容赦なく殺す。もしかしたら助かる可能性があるかもしれない命も、容赦なく刈り取っていく、まさに死神のような男だと。

 彼の年齢からしたら過分すぎるその二つ名は、そのうち市井にも広まってしまうかもしれない。

 魔獣討伐騎士団はそのことを危惧し、助かりそうな人間を見かけたら、なるべくアルトラシオンの目に触れないよう、秘密裏に回収していた。

 それがまあ、多大な苦労に繋がっているのだが。


「……当たり前だろう」


 そんな二人の――いや、団長含めた騎士団全員の心中など知らず、アルトラシオンは堂々と頷いてみせる。

 はぁ……と深く溜め息を吐いたユージェフに、アルトラシオンは片眉を器用に上げた。


「なら、いい。お前は、殺しすぎるからな……今回はあまり殺すな。救うんだぞ」


 早く準備してこい。そう言って、ユージェフはまた、アルトラシオンの髪をグシャグシャに撫で回した。

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