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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
短編SS

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36/42

アルトとステラと、リリアの花

デート中の、ちょっとした番外編。

前回の遊びすぎちゃった短編とも繋がっています。なんとなく。

 王都を二人で散策していると、前方に花屋が見えてきた。

 先日、ステラシアが出奔……ではなく勝手に外出したときに通りがかった花屋とはまた別の店だ。

 店内にもいくつか花を置いているようだが、店外もまた花で埋め尽くされている。店の中では、男性と若い女性が接客をしているのが見える。

 その店先にある花を目にして、ステラシアは思わず立ち止まった。淡いピンク色の花が、風に吹かれて揺れている。


「あ……」


「ステラ?」


 立ち止まったステラシアを振り返り、アルトラシオンが顔を覗き込んでくる。整った顔が近づいてきて、なんだかどぎまぎとして、ステラシアは慌てたように店頭の花を指差した。


「……ああ、リリアの花か」


 ステラシアと同じように、彼にもその花に思い入れがあるのだろうか。

 淡いピンク色は少し色が薄いが、先の細い反りながら垂れている花弁はまさしくリリアの花。

 綺麗な水辺にしか生息せず人の手を介してはなかなか栽培ができないため、珍しく、そして高価な花だと思っていたのだが、こんな下町でまさか店の外に置かれているとは思わなかった。

 そっと、手を伸ばし、花弁に触れてみる。ふるりと揺れて、花粉が溢れた。


(なんだかいい香りが漂ってるな、と思ってたけど、リリアの花があったからなんだわ……)


 値札を見て、目を瞬かせる。

 十本で銀貨一枚。普通の花よりは高価だけれど、リリアの花としては安価だ。


「普通、リリアの花一本で銀貨二枚はするんじゃ……」


「安いな」


 驚いて声に出してしまったステラシアに、同意するようにアルトラシオン頷いた。


「通常より色が薄いからか? 量産でもしているのか……」


「ですが、リリアの花は栽培が難しいって」


「難しいというだけで、できないわけではないからな。今までできた者がいないだけで」


 それはできないのとどう違うのか?

 首を傾げるステラシアに、その目を細めてアルトラシオンが問いかける。


「ステラは、リリアの花が好きだな?」


 それは、以前彼に花を貰ったときに、リリアの花にだけステラシアが反応したからだろうか。

 確信を持って問われた科白に、ステラシアは頬を染めてうつむいた。


「……むかし、森の中で、もらったことがあるんです」


「へぇ……」


 少しだけ低くなったアルトラシオンの声に気づくことなく、ステラシアは柔く笑みを浮かべる。


「師匠に頼まれた薬草を探しているときに、出会いました。怪我を、していたんです。だから――えっと、手当! そう、手当をしてあげて。それで、お礼にってくれたんです」


「…………男か?」


「へ? あ、はい。たぶん、少しだけ年上のお兄ちゃんじゃないかな、と。金髪……だったような気がします」


 傍らから、ひゅっと息を呑むような音が聞こえた気がして、ステラシアは顔を上げた。

 ゴクリと、喉を鳴らすアルトラシオンに、首を傾げる。少しだけ俯いた彼の表情を、陽に透けるような金髪が覆って隠してしまっている。

 一瞬、その髪色が記憶の縁に引っかかった。

 アルト様? そう呼びかけるステラシアの服の袖を、アルトラシオンが緩く摘んだ。


「……顔は、見たのか?」


「え? いえ……下ばっかり見てましたから。でも、その人の金髪は綺麗で長くてとても、印象に残ってます」


「顔は、見られなかったのか?」


「わたし、外套を羽織ってまして……フードも深く被っていたので、たぶんそのお兄ちゃんもわたしの顔は見てないんじゃないかと思うんです」


 お花をもらって、すぐに走って逃げてしまったので……。えへへと笑って誤魔化して、ステラシアはなんだか熱くなってしまった頬を隠すように、耳に髪をかけるふりをした。

 その頬を、なにかを確かめるようにゆっくりと、アルトラシオンの指が撫でていく。


「ステラ」


 人々の喧騒にかき消されそうな、小さな声がステラシアを呼んだ。

 掠れて、けれどそこになにか熱があるようで、返事の代わりに視線を向ける。

 なんとも言えない笑みを浮かべたアルトラシオンと目が合って、咄嗟に視線を逸した。

 そこにあるのは、淡いピンク色のリリアの花。

 それを、アルトラシオンが一つ抜き取って、ステラシアの耳の上へと差し込んだ。


「あ、アルト様……! お店のものを勝手に触っちゃだめですよ!」


 驚いて、引き抜こうとした手を、アルトラシオンに取られた。

 ゆっくりと指先に唇が近づき、そこに一つ熱を落とす。

 ちゅ……と小さな音がして顔が離れていく。

 茫然として見上げるステラシアに喉の奥で笑って離れると、アルトラシオンは花屋の扉を開いて中へと消えていった。

 途端に、離れて護衛をしていた騎士たちが近寄ってくる。

 さあっと吹いた秋の風が、耳の上のリリアの花を揺らめかせた。


 ◆ ◆ ◆


 花屋の元気な女性店員に、リリアの花の手配を頼みながら、アルトラシオンは数年前の記憶を遡っていた。


 あれは、五年ほど前。アルトラシオンが十四歳の頃だ。時期は春先……おそらく黎明星(れいめいぼし)の月だったはず。

 諸事情により一人様子を見に来たとある街の、少々南下した魔の森の中腹で、アルトラシオンはやたら強い魔獣と交戦した。

 そういえば、あのときも昼間だった……と今なら思う。

 数匹を相手取っていたが、不覚を取り負傷したせいで、魔の森で休息を取らざるを得なくなった。

 魔の森というには綺麗な泉の畔に、ちょうどよい大きさの木の根を見つけ、彼はそこに背を預けていたのだ。

 魔獣に負わされた傷は穢れる。咄嗟に体内の星の力を怪我した腕にかざしたが、元々が制御の苦手なアルトラシオンだ。瘴気を癒やすための繊細な使い方には慣れていないせいで、傷はジクジクと痛みを伴っていた。

 そして、殺してくれと願う者たちと同じだな、と自嘲する。


「……っ、誰だ?」


 カサリと、木の葉を踏む音がして、身を起こす。数歩先に、外套を頭からすっぽり被った小柄な人物が、戸惑ったように立ち尽くしていた。

 鼻から下しか見えないせいで、表情がわからない。

 殺気を感じることは無かったが、こんな近くに近づかれるまで気配に気づくことができなかった己を、アルトラシオンは恥じた。唇を、キリッと噛む。

 ――なにが、騎士団の死神なのだろうか。

 考えて、嘲笑う。

 そう呼ばれることに、なにも思わない。なにも感じない。自分はきっと一生、戦場で魔獣を狩って、求められるがまま人を殺して、そして……。

 ――お前を、一生許さない!!

 耳に突き刺さった言葉が、脳を抉る。思わず、ビクリと跳ねた体に、目の前の人物もビクリと体を揺らす。

 そして、唇を引き結ぶと、そろそろと近寄ってきた。


「怪我を、しているんですか?」


 掠れたような、性別をわからなくしたような声に恐る恐る尋ねられ、アルトラシオンは小さく頷いた。


「ああ……だが、気にするな」


 いいからさっさとどこかに行ってくれ、そう思いながら答えたアルトラシオンに、ビク付きながらもその人物は近づいてくる。

 よもや、弱った人間から金品を奪う物取りか? と身構えるも、傍らに膝をついた華奢な肢体に彼は戸惑った。


(女……? いや、少女、か?)

 

 外套の隙間から見える服装は、簡素だけれど仕立ての悪くなさそうなワンピース。清潔な身なりは、物取りをするようには見えない。

 目深に被ったフードの端から、珍しい色合いの髪がこぼれ落ちていて、目を引いた。


「あの、傷口、見せてください」


「いや……しかし……」


 躊躇うアルトラシオンに、若干強い口調で「早く」と澄んだ可愛らしい声が催促する。

 諦めて差し出した左腕に、小さな少女が両の手をかざした。


「えっと、動かないでくださいね」


 そう言った少女の手の平から、温かな光が溢れアルトラシオンの怪我を癒やしていく。それは、とても覚えのある感覚だった。

 言うなれば、王宮で保護している星の乙女に、治癒を施されたときのような。

 腕に纏わりついていた瘴気が、ゆるゆると浄化されてゆく。傷口が、ゆっくりとだが再生され、元の状態に戻っていく。

 ふぅ、と疲れたように息を吐いて、少女が立ち上がった。


「じゃ、じゃあ、あの、これで……!」


「まっ、待ってくれ!」


 片手でフードを押し下げ俯いて、あっという間に背を向けて走りだそうとした少女を、咄嗟に呼び止める。

 足を止めるも、関わりたくなさそうに口を閉ざす彼女に何を言えばいいのかわからない。

 その力は星の力じゃないのか、とか。

 こんなところにいるからには神殿に保護されているわけではないだろう。で、あるならば、王宮で保護させてくれないか、とか。

 言えることはたくさんあったのだろうけれど、その時のアルトラシオンは、それを言ったら彼女にはもう二度と会えないような気がしたのだ。

 だから、彼は仕方なく、手近に生えていたピンク色の花を手折って差し出した。


「あ! リリアの花!」


 嬉しそうに口元を綻ばす少女に、トクリと、心臓が動いた気がした。


「その……助かった。……あり、がとう」


 アルトラシオンのその言葉に、口元だけでパアッと笑みを見せると、少女はペコリと頭を下げて走り去っていく。

 そういえば、このとき初めて誰かに礼を言ったな、と思い出した。

 走り去る少女の背中を眺めながら、そのフードの下の表情を見てみたいと思った。

 木漏れ日の下、ひらりと一房舞った金とも銀ともつかないその髪を見て、その外套を引き剥がしてやりたいような気持ちになったのだ。


 城への花の手配を進めてくれる元気な店員に、目を戻し、アルトラシオンはふ、と笑みを浮かべた。


「きょ、今日の夕方にはお部屋まで届けられてると思います!!」


「ああ、ありがとう」


 少し挙動のおかしな店員だったが、仕事は丁寧だった。その働きに礼を言って、アルトラシオンは外で空を眺めているステラシアの元へと、急いで歩いていく。

 かつて森で出会った少女と、彼女の横顔が、二重に重なって見えた。

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