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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
3.

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30/42

【Side:A&I&C&W】夜会のあと。男たちの夜。

 夜の執務室は、魔光燈に照らされて陰影を濃くしていた。

 執務室と言っても、ここは王城より少し離れ、第一王子宮にほど近い、魔獣討伐騎士団舎の団長に与えられた部屋だ。つまり、ポーラリアス星王国騎士団総括団長であり、魔獣討伐騎士団長でもあるアルトラシオンの部屋なのだが。

 第一王子宮で公務をこなし、団舎には鍛錬のときにしか顔を出さないアルトラシオンがこの部屋にいることが、今は異例中の異例だとも言えよう。

 そんな騎士団長室には、いまや男が四人。手に手にグラスを持ちながら、好きなように腰を下ろしている。

 応接用のローテーブルには様々な形の瓶がいくつも載せられ、各々が持ち寄ったツマミを肴にグラスを傾ける。

 そうしてしばらく無言で酒を楽しんてから、口火を切ったのは、クリフォード・グレン=アルカイディスだった。いつもはツンツンとした赤い髪を、今日だけは撫でつけていたが、今は硬っ苦しくなったのかクシャクシャと片手で乱してしまっている。


「いやな、見た目はそこまで似てるってわけじゃないが、各パーツだけ見れば酷似してるんだよ」


 その唐突な話しぶりに、呆れたように視線を向けるのはウィルフレッド・ベイル=ギーナン。黒髪に赤眼、隻眼で眼帯、という要素を盛りに盛ったような男だが、口数は多くない。薄っすらと眉を寄せたかと思えばあっさりとクリフォードから視線を外す。

 その様子を近くから眺めていたのは、紺色の長髪を首元で結わえたイアン・ヒューバート=アリオトルだ。クスリ、と小さく笑みを浮かべ、考えるように下唇を指でなぞる。


「まあ、髪の色は似通っていましたね」


「だが、瞳の色は別です、殿下」


 イアンに続けて、ウィルフレッドが口を挟んだ。それに頷き返し、アルトラシオンはグラスの中身を飲み干した。

 

「それで、どこの家の誰だ?」

 

「……ウィルの情報通りなら、スターリア・エル=アクルークス。星の名を冠する筆頭伯爵五家のうちが一家、アクルークス伯爵家のご令嬢ですね。自領ではなく王都の魔法学院に通っているようです」


 アルトラシオンの端的な質問に、イアンが的確に応えを返す。追加の情報もさりげない。

 

「アクルークスか……」

 

「っかぁー! まためんどくせぇ!」


 アルトラシオンの呟きに被さるように、クリフォードが声を上げる。グラスの中身を一気に喉に流し込み、ダン! とローテーブルに打ち付ける。思いの外大きく響いた音にウィルフレッドが眉を寄せ、噛み付いた。

 

「クリフォード、 殿下の御前だぞ! お前はいつもいつもどうしてそう……っ、……殿下!」


 なんとか言ってやってください! と振り向くウィルフレッドを尻目に、机の上に無造作に置かれた酒瓶を手にとって眺めながら、アルトラシオンは首を振る。

 

「いい、いつものことだ。構わん」


 情けなく喉の奥で唸り声を上げるウィルフレッドに苦笑しながら、イアンは、今にも手酌でグラスに注ごうとしたアルトラシオンから、瓶を取り上げる。そのまま主人のグラスになみなみと酒を注ぐと、空になったクリフォードのグラスにも同様にした。

 で? と誰からともなく口を開け、チン、とグラスを打ち付け合う。

 

「……ステラ様はアクルークス家の縁の方と見て、間違いないかと思いますよ、アルト様」

 

「……そうか」


 チビチビと酒を舐めながら、アルトラシオンは考えるように目を閉じる。誰も、言葉を発さない。沈黙が部屋を満たす。

 そして、こういう静寂を必ずぶち壊すのは、いつだって賑やかな男だ。


「なぁ、アルト、おまえどうするんだ?」


 黙ったまま酒を飲む主に焦れたのか、クリフォードがグラスの底で机の天板を小突く。行儀が悪いですよ、と嗜めるイアンの言葉に鼻を鳴らすと、再びグイッとグラスの中身を呷る。

 

「なにがだ?」


 ややあってから落とされたアルトラシオンの言の葉が、ヒラリと執務室の中を漂った。

 それが自身の問いかけへの答えだと気づいたクリフォードは、胡乱気な視線を自身の主へと向ける。

 

「いや、だってアクルークス……」

 

「別に、どうもしない。アクルークスだろうがどこかの貴族家だろうが、ステラはステラだろ」

 

「いや、でも、あそこ少し前から、なんかきな臭いんだぞ?」


 クリフォードの言葉を歯牙にもかけない様子でアルトラシオンはグラスを傾ける。自身の発言をまるっと無視された男は、拗ねたように唇を尖らせた。

 ウィルフレッドが「やめろ気色悪い」と放った言葉こそ、クリフォードは気づかないふりで無視をする。

 そして、場を諌めて整えるのはいつだってイアンの役割だ。緩く笑いながら肩に落ちた髪を払い、口を開く。

 

「アクルークスは確か、数年前に代替わりしませんでしたか?」


「……成人してすぐ、嫡男が後を継いだ」


 さらに、イアンの発言に的確に乗って返すのが、ウィルフレッドである。アルトラシオンの手足として諜報を生業とするウィルフレッドは、この場にいる誰よりも情報を持っているのだ。

 

「成人してすぐっておかしいだろ。十六歳だぞ」


「いや……もっと前、十歳を過ぎたあたりから、あそこは前伯爵の影響が薄れていた」

 

「うーん。まだ、アクルークス前伯爵夫妻はお元気なはずなんですけどねぇ」


 それはそうだな、とアルトラシオンも頷き返した。一体何があったのか。そこまで考えて、アルトラシオンはクツリと喉の奥で笑う。

 今までは"他の伯爵家よりは重要だ"としか思わなかった筆頭伯爵五家だが、ステラシアと関わりのある家だと思うと、途端に気になりだすのだから、可笑しいことこの上ない。

 そうして、特に口を挟むことなく、僅かに口角を上げると、アルトラシオンは側近たちの会話に耳を向ける。


「そういや、スターリアって子、カインって男と来てたんだろ? 」


 グラスの中身を水のようにカパカパ空けるクリフォードに、さすがのイアンも眉を顰めてその視界に映る酒瓶を遠ざけている。

 

「ノーラン伯爵家の子息だな。最近スターリア嬢がご執心の男だ」


 ウィルフレッドは、イアンの動きを読みながらクリフォードの目の前にツマミだけを押しやった。

 

「スターリア嬢は、他のご令嬢方と話していても、あまり良い噂は聞きませんでしたね」

 

「……ワガママで、傲慢、金遣いが荒く男に取り入るのがうまい。だったな」


「なんともまぁ、散々な言われようですね。事実なのでしょうか」

 

「…………まぁ、あながち間違いでもないようだが」


 苦笑いしながら酒を舐めるイアンに対し、ウィルフレッドがボソリと呟いた。その声は小さく、隣にいたアルトラシオンでさえも聞き取れない。

 

「ウィル?」


「――いや、なんでもない」


 訝しげにウィルフレッドに問うイアンから視線を外し、ウィルフレッドはゆるりと首を振った。顎のあたりで無造作に切り揃えられた黒髪がパサリと音を立てる。

 この二人は、案外仲が良い。イアンはクリフォードとも仲良くやっているから、本当に恐ろしいほどに対人関係が上手い。

 あの、ダリオ・エウリコ=ミザーリですら、イアンの対人能力に舌を巻くくらいだ。

 自身の側近の有能さに、アルトラシオンはやはり喉の奥で小さく笑う。気分が高揚し、身の内に収まりきらない魔力がトロトロと溢れ出す。

 ユラリと、酒宴のテーブルを照らす魔光燈が揺らめいた。


「ノーラン、ね……」

 

「どうした、クリフォード」


「いや……」


 しばらく黙り込んでいたクリフォードが、卓上に肘を突きながら、グラスに口を付ける。その中にすでに酒がないことを、本人だけが気づいていない。

 アルトラシオンは、ウィルフレッドが隠した酒の瓶を取り上げると、クリフォードのグラスに溢れるほど注いでやる。驚いたらしい男の手の中で、琥珀の液体がゆるりと弧を描く。

 

「ところで殿下、アクルークスと言えば、六年前のガクルック伯爵領との魔獣の……」

 

「……そう、だな」


 言い難そうに口を開いたウィルフレッドから、いまだアルトラシオンの中で痛み続ける記憶が蘇る。オレンジ色をした髪の少年が、ますます憎らしげにこちらをにらみつけている気がする。

 勢いよく呷ったグラスの中で――カラン、と氷のぶつかる音。

 執務室に再び広がる静寂は、彼らに、ある日の後悔だけを連れてくる。

 それを振り切るように、アルトラシオンは、話の矛先を誰にともなく向けた。


「そういえば、アクルークスの嫡男は確か、魔法騎士団に所属していなかったか?」


「ん? ああ、そういえばなんか……いた、かも?」


 全員、無理矢理に話題を戻されたと気がついていた。けれど、どこかほっとした空気が流れるのは、思い出すことに誰もが躊躇しているからだ。

 主の意向に沿うようにクリフォードが惚ければ、すかさずウィルフレッドが眉を顰めてクリフォードに吠える。

 口数の少ないウィルフレッドだが、クリフォード相手だと饒舌になる。本人は気がついていないようだが、如何せん仲が悪い。相性は悪くないのだから、もう少し打ち解けあってもらえないかとアルトラシオンは常々思っているのだが。

 

「なぜお前はそんな曖昧なんだ。騎士団所属だろう! まったく……。殿下、魔法騎士団第二部隊に『エミール・ロジェ=アクルークス』が所属しています。貴重な三属性持ちで、魔力は特大です」


「三属性か。それはさぞ、引っ張りだこだろう。アストリオルが手放さないだろうな」


「はい。火、風、土と攻守に優れているため、休む暇もないようです」


 件の嫡男の状況に、イアンが驚いたように声を上げる。

 

「後を継いだというのにそれでは、いつか倒れますよ」

 

「苦労性なのか……?」


 イアンに視線を向け、クリフォードの発言を無かったものとして、ウィルフレッドはアルトラシオンへと向き直る。

 

「普段は騎士団の休みのときには領地に戻り、領地運営に精力しているようなのですが……」

 

 目線を下げ、なにか考えるような様子の己の腹心に、アルトラシオンは無言で先を促した。

 

「最近は、なにか探しものをしているようです」

 

「探しものって?」

 

「知ってたら言っている」


 クリフォードの茶々にウィルフレッドのこめかみがピクリと動く。すかさずイアンが取りなすが、クリフォードを睨むウィルフレッドの機嫌は悪い。

 かく言うクリフォードはウィルフレッドの睨みなどどこ吹く風と、目の前に山と積まれていた木の実をまとめて口に放り込んだ。

 

「まあ、まあ。それにしても、アクルークス……というより、エミール殿のことをよく知っているんですね、ウィル」

 

「ああ、ちょっと……彼のそばに、な」

 

 珍しく言い淀むウィルフレッドに、アルトラシオンが目を向け、そして何かを考えるように黙り込む。

 

「ん? アルト、どうした?」

 

「いや……『さがしもの』かと、思ってな。それが、俺のさがしているものとかぶっているのかどうか……」


 思案の瞳を窓の外に向けるアルトラシオンを、三人の男たちが見つめている。

 魔法騎士団と言えばアストリオルしか浮かんでこなかったが、ステラシアの側にも魔法騎士団と関係のある人物がいることに、アルトラシオンは気が付いた。

 ジッ、とクリフォードを見つめながら、


「マリン嬢なら、彼の嫡男について知っているだろうか……」


 そう言えば、面白いほどに目の前の男は慌てだす。すでに椅子ではなく床に直に座っていた男が、伸び上がりソファへとかじりつく。


(なにをやっているんだろうな、コイツは)


 呆れた視線を送るのは、なにもアルトラシオンだけではない。ウィルフレッドも、主と同じ色を乗せた瞳でクリフォードを眺めている。

 そんな三人の様子に楽しそうに笑いながら、イアンがクリフォードのグラスに酒を注ぎ足してやった。


「いいじゃないですか、グレン。マリンさんに話を聞いてきてください」


「…………っ、……わぁったよ!」


 最近態度のおかしいクリフォードに口の端だけで笑いながら、アルトラシオンは再度、窓の外へとその紫の瞳を向けた。

 空にはステラシアと見上げた以上の星が瞬いている。

 いつの間にか、他の三人も、同じように空を眺めていた。

 

 窓の向こうで、天を覆い尽くすほどの星が、強く、弱く、煌めいていた。

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