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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
3.

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29/42

きらびやかな会場で④

 目の前にいる少女の瞳が、ステラシアを嘲るものから、冷然なものに変わる。その様子をつぶさに見つめ、ゾクリと背筋が粟立った。


「殿下も、趣味が変わったのかしら? こんな慎ましやかな子をご自身の相手とするなんて。あまりにも目立たない恰好すぎて、殿下まで霞んで見えましたわ。ねえ、みなさん。そう思いませんこと?」


 ミシッと音をさせた扇を両手に持ちながら、表面上はにこやかに少女が言う。続く言葉は、ステラシアでも聞いていられないほどに、歪だ。


「まったくですわ。礼儀もない、教養もない、まとうドレスすら素朴でみすぼらしいなんて」


「与えた者の常識を疑いますわね」


 ええ、そうね。そうよ、そうよ。クスクスという笑い声が、この会場の一角で渦を巻いて、空気を黒く淀ませている気がする。

 ステラシアは、唇を噛み締めた。握りしめた手のひらに、爪が刺さって痛い。


(……わたしは、いくらでも見下されて構わない。でも……)


 ドレスのデザインを選んだときのことを思い出す。布地も、ステラシアがこれがいいと望んで、あの場にいたみんなでデザインを詰めたのだ。

 もともとできてはいたけれど、ダンスもたくさん練習した。アルトラシオンから課された宿題も必死になってこなした。

 そして今日、ドレスを着たステラシアを、アルトラシオンは「綺麗だ」と褒めてくれたのだ。


(殿下に釣り合わないなんて、わかってる……わかってるけど、でも――!)


 そんなこと、いつだってわかっている。それで一人で傷ついて、胸の奥が痛かった。

 身に余ると、思う。重いとも、思う。


 ――けれど、わたしは。


「や、やめて、ください……」


「……なにか仰った?」


 小さく震える声でも、彼女たちの耳には届いたらしい。訝るようにステラシアを見下ろす視線に、一度唇を噛んで、息を吸う。


「わ、わたしのことなら、いくらでも言ってくれて構いません。で、でも! 殿下のことを悪く言うのはやめてください!」


 思ったよりも大きな声が出た。はぁはぁ、と肩で息をするステラシアに、シンと周りが静まり返る。逆に、人々のざわめきが、大きくなって聞こえた。


「な、なんですの? いきなり大きな声を出して。これだから教養のなっていない庶民は……」


「そんなに眉を釣り上げて、はしたないわ」


「ねぇ、でもあの子の顔、どこかで……いえ、誰かと……?」


「――それで? その教養とやらに、貴女がたの品位は含まれていないのかな?」


 ざわめきとともに、低い男性の声が割り込んできて、少女たちの壁が外側からあっという間に瓦解する。

 慌てたようにスカートを摘み頭を下げる令嬢たちを一瞥すると、割れた壁の間を長い足でアルトラシオンが進んでくる。その後ろから、泣きそうになっているマリンと、焦ったような表情のイアンとクリフォードが現れた。彼らの隣にはもう一人、名前の知らない青年もいる。


「すまない、ステラ。一人にしてしまった」


 ステラシアの目の前まで来たアルトラシオンが、腕を伸ばす。そっと、指先がステラシアの目の下に触れる。そのささやかな温かさが、ジワリと染み込んで、うっかり視界が潤んでしまう。


「だ、だいじょうぶ、です」


「いいや。今にも泣きそうだろう。……悪かった。よく、頑張ったな」


「泣いて、ません」


「ん……そうか」


 ゆっくりと、腰に触れられ引き寄せられる。トン、と胸元に頭を押し付けられた瞬間、溢れた雫が布地に吸い取られ、黒い騎士服に淡くシミを作る。

 きっと、ステラシアが「泣いてない」と言ったから。そうやって、無かったことにしてくれるのだ。

 そろ……と大きな手のひらがステラシアのハーフアップした頭を撫でる。そのまま撫で下ろされ、長い髪の一房を掬い取られた。

 持ち上げて、落とされるのは、アルトラシオンの唇だ。たまにされるその行為は、場所によってぜんぜん慣れないものだということを、ステラシアは身を持って知ることとなった。


「でん……っ!?」


 きゃあ! と悲鳴が上がったのはどこからだっただろうか。どよ、という動揺が広がったのは、男性たちか。

 顔が、熱くなっているのがわかる。そもそもここは第一王子宮ではなく、王城で、周りにはこの国の貴族すべてが集まっていて――。だから、この状況はちょっと、さすがに。


(ど、どっ、どうしたら……!?)


「ステラに教養がないというのなら、公衆の面前でこのような行為をする私も、同様だな?」


 焦るステラシアを見つめながら、緩やかに口角を上げる第一王子の姿を、貴族たちは驚いたように凝視していた。

 そんなことは些末なこととでも言いたげに、アルトラシオンはステラシアの手を取った。腰を抱き、どよめきの中を堂々と歩いて会場の外に出る。

 しばらくすると、背後からは止んでいたはずの音楽が聞こえてきた。もしかしたら、国王が再開を促したのかもしれない。


 どこかの部屋のバルコニーから階段を使い、庭へと降りる。王城の中庭をさらに奥に入ると、植栽に沿ってポツリポツリとベンチが置かれている。その一つにステラシアを座らせると、アルトラシオンも横にドサリと座り込む。

 首元のボタンを緩め、背もたれに寄りかかるとふぅーと長く息を吐き出す。

 疲れたようなその姿に、ステラシアは勢いよく頭を下げた。


「申し訳ありませんでした!」


「……ステラ」


「わ、わたし……もっと、ちゃんと……なのにこんな、ご迷惑おかけして……その」


 もう一度、名を呼ばれて顔を上げる。けれど、見返すことはできなくて、俯いた。そんなステラシアの背後から肩を抱くように腕を回し、アルトラシオンが顎に触れてくる。ゆっくり力を込められ、上を向かされる。視線がバチリと合って、ステラシアは固まった。

 紫の瞳の奥で、夜空に瞬く星のように銀色がゆらゆらと揺れていた。ジッと見つめられると、なんだか妙に体の奥が熱くなる。胸の奥がザワザワとして、痛かったところがすぐにくすぐったくなってしまう。


「さっき言っただろう。俺がおまえを一人にしたせいだ、と。気に病む必要はない」


「で、でも! わたしは今日、殿下のパー……っ」


 顎に添えられていた指先が、背後からそっと唇を押さえた。それだけで、ステラシアは続く言葉を失ってしまう。


「俺がお前を守る……とは言ってなかったが、守るつもりでいた。俺の側にいれば大丈夫だと豪語したのにこの体たらくだ。悪いのは俺であって、おまえじゃない。……何もされてないか? どこか、痛くしたとかは?」


 スル……と唇を撫でられ、声を出せずに首だけを振る。夜風が吹いて、熱くなった頬を適度に冷やしていく。

 必死に首を振るステラシアの肩を、アルトラシオンの腕が引き寄せる。会場のときのように、広く硬い胸へと頭を押し付ける状態になり、ステラシアは咄嗟に腕を伸ばして胸元を押した。

 そんな力ではビクともしないけれど、肩を抱く腕は強くなる。頭上から、今度は盛大な吐息が聞こえてきた。その安堵したような音色にステラシアの胸の奥がジンワリと熱くなっていく。


「良かった……何かされていたら、俺はあの場を半壊していた」


「え……」


 冗談を言っているような声音ではない。だから、どう反応するのが正解かわからない。

 アルトラシオンの腕の中で固まっていると、彼がゆっくりと上を向いたのがわかった。


「星が、綺麗だな」


「……はい」


 秋は星がどの季節よりも輝いて見えるのは、この大陸だからなのかもしれない。星の女神に守護された大陸。短い――ひと月しかない秋に、目一杯の祝福を降らせているのかも。そんなふうに考えて、ステラシアはふふっ、と笑ってしまう。

 その笑い声に、アルトラシオンが優しく目を細めていることを、ステラシアは知らないけれど。


「さて、腹が減ったろう? 会場から持ってこさせた。ここなら誰も見ていないから、二人で食べてしまおう」


 その声でよく見てみれば、遠くにマリーたちが控えているのが見える。カラカラと手押しのワゴンを押してくるのは、先ほど見た見慣れない青年だ。


「殿下。ステラ……様。お食事をお持ちしました」


「ああ、悪いな、ウィル」


 ベンチの端には小さなテーブルが備え付けられていて、そこに会場から運んできたらしい皿がどんどん載せられていく。

 すべてを載せ終わり、ワゴンを押して去ろうとする青年を、アルトラシオンは呼び止めた。


「ステラ。この男は、ウィルフレッドという。そのうちお前の護衛にも回すから、仲良くしろよ」


 アルトラシオンに呼び寄せられたウィルフレッドは、ステラの前で膝を突き頭を垂れる。


「ウィルフレッド・ベイル=ギーナンと申します。以後、お見知りおきを」


「えっ!? あ、あの……ステラと言います。よ、よろしくお願いします」


 顎にかかるほどの無造作な黒髪に、燃えるような赤い瞳のウィルフレッドは、一つ頷くとすぐに立ち上がる。深く一礼すると、ワゴンを押して去っていく。

 隻眼の男の赤い瞳が、立ち去る寸前、ステラシアを探るように見ていたことに、アルトラシオンだけが気がついた。

 顎に手を当て、なにかを考えるような仕草をするアルトラシオンに、ステラシアは恐る恐る声をかける。


「あの……ウィルフレッドさん……"ギーナン"ということは、星の名を関する筆頭伯爵五家のうち、名門の辺境伯家って言われてる……あの?」


 ふ、と笑ったアルトラシオンが肩から腕を離し、ステラシアの頭を撫でた。


「ああ、よく勉強している……と言いたいが、その情報は元々知っていたものだな?」


「あ……は、はい」


「まあ、それでもよく知っている、と言わざるを得ないが」


 よし、よし、と褒めるように撫でられると、その心地よさにステラシアはうっとりと目を細めた。瞬間、アルトラシオンの手の動きが止まる。それが勿体無くて、やめてほしくなくて、ステラシアは自ら手のひらに頭を擦り付ける。

 ビクッと震えたそれが、強さを変えて今度はステラシアの髪を撫で下ろす。首の後ろに添えられた手にぐ、と力が入ったが、その手の熱に蕩かされているステラシアはされるがままだ。


「ステラ……」


「殿下、あの」


 言葉が被り、ステラシアはうっとりと細めていた目を上に向けた。なんですか? と瞬きで促すも、「どうした?」と柔らかに尋ねられれば先に話さないわけにいかない。


「わたし、パートナーとしてどうでしたか?」


 まだ夜会は終わっていない。始まってそうそうやらかした自覚もある。令嬢たちに囲まれて迷惑をかけたことも。それでも、ここで認められれば、師匠の捜索を手伝ってくれると思ったから。どこまで、アルトラシオンを満足させればいいのか、わからないから。

 ゆっくりと、腕が離れていき緩やかな抱擁が終わる。秋の少し冷えた風がステラシアを包んだ。


「そうだな……まあ、及第点、というところか」


「そんなぁ……」


「次は、もう少し着飾って、他の奴らをギャフンと言わせような?」


「つぎ……」


 次が、あるのか。

 それを聞いて、胸の内に熱いなにかがこみ上げてくる。


(次……そっか、次も、わたしは殿下のパートナーになれるんだ……)


 ドレスの胸元をキュウと握りしめた。そんなに握ったら皺になるぞ? と不思議そうな顔で見られても、この胸の内のポカポカしたものをどう表していいかわからず、ステラシアは曖昧な微笑みを返す。


「……ほら、冷める前に食べるぞ」


「はい、いただきます。……ここでダメだったら、再来週の誕生日プレゼントにおねだりしようかと思ったのですが、次があるなら、わたしもっともっと頑張りますね!」


「ゴホッ……!? た、誕生日……っ!?」


 ちょうどよくサラダのシュリンプを咀嚼していたアルトラシオンが盛大に咽る。

 慌てて護衛たちを呼んで水を用意してもらい、ステラシアはおかしそうに笑いを零した。

 

 ところで、アルトラシオンを満足させることと、周囲をギャフンと言わせることになんの因果があるのか?

 その疑問だけは解けないまま、初めての夜会の夜は過ぎていった。

予定にない会話が差し込まれました…

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