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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
3.

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27/42

きらびやかな会場で②

「え、あ……イアン、さん?」


 驚いたステラシアが振り返ると、イアンが口元に指を当てながら笑っていた。先ほど王族専用の出入り口で別れてから、いちども出会うことがなかったその姿に、ステラシアは目を瞠る。

 つい数刻前には騎士服を着ていた彼は、いまはきらびやかな夜会服を身にまとっていた。スラリとした彼によく似合う、細身のシルエット。彼の髪色よりも少し濃い紺の上下の揃いだが、胸元に覗くシトリアン色のチーフがアクセントになっている。

 その姿は、騎士として恭しくステラシアに接するときとは違い、とても華やかで堂に入っていた。そのことで、イアンがただの騎士ではなく四大侯爵家の子息だということを、改めて思い知らされてしまう。


「ステラ様のお言葉で、私もお聞きしたかったことを遠慮なく伺うことができるので、とても感謝しております」

 

 チラリとステラシアに視線を投げたイアンが、微笑んだまま胸に手を当ててステラシアに頭を下げる。その瞬間ざわりと揺れた周囲を気に留めることもなく、イアンはダリオへと視線を向けた。


「お久しぶりです、ミザーリ侯爵。ちょうど良かった。あちらに、我が領のワインがあるのですよ。今年の初物です。感想など、お聞かせ願えますか?」


 ゆっくりと歩み寄ってきたイアンが、ステラシアの視界を遮るようにダリオと対峙する。

 そうすると、ステラシアには彼の大きな背中しか見えなくなった。

 戸惑ったまま彷徨わせた視線の先で、可愛らしく着飾ったマリンがと目が合い、微笑みながら頭を下げられた。その傍らでは、イアンと同じく夜会服を身に着けたクリフォードが、おもしろそうに笑いながら手を振っている。

 

「……ちょっと待ちたまえ。私に貴殿と話すことなど何もないのだが」


 まあまあ、と宥められながら連れ去られていくダリオを呆然と見つめていたステラシアは、ハッとしてアルトラシオンに視線を向ける。


「殿下、あの……」


 気づいたアルトラシオンが、ステラシアに目を向けた。その瞬間、険しく顰められていた眉が解け、紫の瞳が柔らかく細められる。

 無表情のはずなのに、それだけで、彼が優しく笑ったのがわかる。

 そっと、指先がステラシアの頬を滑った。そのまま、アルトラシオンが口を開く。


「ミザーリ侯爵。星の力を持つ者は……などということを、その名を抱く家門の貴方には言わずともわかっていると、私は信じているのだが」


「え、ええ。もちろんですとも、殿下」


 イアンに伴われ去っていくダリオの後ろを、マリンが追いかける。その後ろをクリフォードがのんびりと付いていき、クルリと振り返った。パチンとウインクをしたその口元が「またあとでなー」と呟いている。

 ステラシアは、キョトンとしながら、四人の後ろ姿を見送った。


「いやぁ〜、実におもしろいものを見させてもらいました」


 ダリオが去ったあとをぼんやりと見つめていると、また別の声が二人の間に滑り込む。

 体ごと振り向いた先には、赤みの強い金髪を綺麗に撫でつけた男性が立っていた。高い背丈に、少しふくよかな体型。けれど、だらしない感じは微塵もなく清潔さを覚える。

 口元には笑みが浮かび、焦げ茶の瞳は柔和にステラシアを見ている。手には細身のワイングラス。先ほどイアンが言っていたものだろうか。

 ダリオとは真逆の様子に、ステラシアは戸惑った視線をアルトラシオンへと向けた。


「ドゥーベルク公爵……見ていたのなら、貴方が止めても良かったのでは?」


「いやぁー、ハッハッハ。どう転がるのか気になってしまったもので」


「……タチが悪いと思うのだが」


「そう仰る殿下も、様子見なさっていたではないですか。お互い様ですよ」


「…………」


 シレッと黙り込むアルトラシオンに声を上げて笑いながら、ドゥーベルクと呼ばれた男はステラシアへと向き直る。そのまま手を胸に当てて、軽く腰を曲げた。先ほどのイアンと同じ騎士の礼である。


「ふふっ、初めまして、かわいらしいお嬢さん。私はジェラルド・エスコルノ=ドゥーベルク。あなたのお名前を教えてもらえますかな?」


 柔らかく心地よい声がステラシアの耳に届く。きっと、若い頃はその見た目と声で数多くの女性を虜にしたに違いない。


(この方が三大公爵家のひとつ、ドゥーベルク公爵家のご当主……!)


 星の名を冠する貴族に爵位の差はほぼ無いと言うが、それでもステラシアが今日まで接してきた中で最高位の貴族だった。


「ステラ」

 

 ピシッと固まったステラシアの背に、アルトラシオンの手が触れる。その温もりはこの場に来てからずっと、ステラシアを慰めてくれている。

 そして思った。この中でいちばん高貴なのは、王族であるアルトラシオンではないか、と。


(あ……なんか、そう考えたら、あんまり怖くなくなってきたかも)

 

 おや、とジェラルドがおもしろそうに呟いた。

 その声音を耳にして、ステラシアは慌ててスカートをつまんで挨拶をする。師匠に徹底的に仕込まれた礼だ。慌てていても形が崩れはしない。


「ドゥーベルク公爵閣下にご挨拶申し上げます。ステラと申します。たしか……ドゥーベルク公爵閣下のお嬢様が、名付きの星の乙女様に認定されたとか。誠におめでとうございます」


 国で保護された星の乙女のうち、星の力の大きい乙女はその性質や得意な使い方によって、"名"を付けられることがある。

 星の力は女神からのささやかな贈り物。故に家に継がれるものではない。とはいえ、貴族が持ち合わせていることが多いのも事実。

 今回、ドゥーベルク公爵家の令嬢が引き継いだ星の乙女の"名"は明け星の乙女(あけぼしのおとめ)。"魔を焼き払う浄化の焔"を得意とする星の乙女の、最高峰に立つ存在である。

 現在、ふたつ名を持つ星の乙女は、現王妃である宵星の乙女(よいぼしのおとめ)と、このドゥーベルク公爵家の明け星の乙女だけだ。

 "名"を持つ星の乙女は代々国王の伴侶となっているのだから、ステラシアが"おめでとう"と伝えたことになにも違和感はないはずだった。

 ――隣に王の座にいちばん近い男を侍らせているステラシアでなければ。


「んん……っ」


 小さな咳払いが、聞こえた。 

 背中にあるアルトラシオンの手のひらが、ダリオと対面したときと同じくらいふるふると震えだす。訝しげに見上げるステラシアに、無表情のまま小首を傾げながら、アルトラシオンはなにも言わず前へと向き直ってしまう。

 ハハッという笑い声が、ジェラルドの口から溢れ出た。腹を押さえ、手にしたワイングラスの中身が波立つほどに体を震わせている。

 その様子にオロオロしていると、そっとアルトラシオンがステラシアの耳に口を寄せた。


「……公爵は笑い上戸なんだ」


「は、はぁ……」


 目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながら、ジェラルドがステラシアへと視線を向ける。その目は実に楽しそうだ。

 彼が持っていたワイングラスは、後ろに控えていた侍従らしき人物がサッと回収していった。良かった。そのまま溢れて床がワインまみれになる前で。


「はぁー……笑わせてもらった。お祝いの言葉をありがとう、ステラ嬢。うちの娘もあなたと同じくらいの年齢なんだ。こんど紹介するから、仲良くしてやっておくれ」


 まぁ、ちょーっと性格に難はあるかもしれないが……。

 と最後に付け足された言葉に不安を抱きながらも、ステラシアは了承の意を伝えた。

 そうこうしているうちに流れていた音楽が止まり、人々のざわめきが波を引くように静かになっていく。

 きょろ、と辺りを見回すステラシアの腰を再度引き寄せて、アルトラシオンが階段上を見上げた。


「ステラ。このあと陛下が入場したら、王族だけのファーストダンスがある。練習、したな? 俺と踊ってもらうぞ?」


 こそこそと耳元で囁かれる声がくすぐったくて、ステラシアは首をすくめながらコクリと頷いた。

 それに満足そうに微笑んで、アルトラシオンは更にステラシアの腰を引き寄せる。


「あの、殿……っ」


「しぃー。ダンスのあとは、父上と母上に挨拶だ。できるな? 勉強、したもんな?」


(それって国王陛下と王妃陛下……!?)


 焦って顔を上げるステラシアを、アルトラシオンの紫眼がおもしろそうに見ていた。

 口を開こうとする前に新たな口上があり、ステラシアたちが入場した扉よりも一段高いところから、この国の最高権力者が姿を表した。

 夜会の開催宣言が朗々と響き、王族が階段を降りてくる。貴族が捌けて開けた空間に、国王と王妃が進み出る。そしてその後ろから、明るい金褐色の髪をした青年が、ふわふわとした透けるような金髪の少女を伴って歩いてきた。

 青年の瞳は赤みの強い金色。少女の瞳はアルトラシオンよりも薄い紫色。その容姿と王族という肩書で、二人が第二王子と国唯一の王女だということはステラシアにも察せられた。

 ゆったりと、音楽が奏でられる。王と王妃、王子と王女が互いに手を取り合い、踊り始める。

 その姿を見ていると、横にいたはずのアルトラシオンが、いつの間にかステラシアの正面に回っていた。

 スッと、白い手袋に包まれた手のひらが、ステラシアへと差し出される。


「では、ステラ。私と踊っていただけますか?」


 瞳だけを柔らかく細めながら、アルトラシオンがステラシアをダンスへと誘う。途中からの参加となるが、アルトラシオンも王族だ。ダンスを踊らないわけにはいかないだろう。

 ――でも、そうしたら、自分はどうなるのだろう。

 ゴクリとステラシアの喉が上下する。

 裕福とは言えないし、友達もいない魔の森で、師匠と二人ただ生きていた。注目されることは怖いし、嫌いだ。でも、今この手を取らない理由を、ステラシアは見出せない。

 一度引き受けたことは最後までやり切ること。

 師匠の言葉をもう一度頭の中で反芻して、ステラシアは差し出された手に自分の手のひらを乗せた。


 ◆ ◆ ◆


 クル、クルと周りの風景が流れていく。ヒソヒソと囁かれる周囲の声、好奇心や嫉妬の混ざった突き刺さるような視線。それらを感じるたびに下を向きそうになるが、そのたびに力強くそして軽やかにステップを踏まれてリードされるから、うつむいている暇なんてなかった。

 しかも、


「……まさか、お前がミザーリ侯爵にあんなことを言うとは思わなかった。『わたしの身分をどうこう言う前に自身の身内をどうにかするべきでは?』という痛烈な皮肉だろう?」


 などと踊りながら言うものだから、ステラシアは思い切りステップを踏み間違えてしまう。

 危うく倒れそうになった体を、アルトラシオンがふわりと持ち上げて、そのままターン。

 青銀のスカートがゆるやかに靡いて広がり、緻密な刺繍が星に見立てた魔力光に照らされて輝いて見える。

 そのあまりにも幻想的な様子に、周囲から感嘆のため息が漏れ聞こえるが、アルトラシオンの言葉に動揺したステラシアには届かない。

 抱きあげられた体をストンと降ろされ、何事もなくダンスを再開する男を見上げ、彼女は小声で文句を言う。


「なんでそんな解釈になるんですか……! わたしは、ただ……!」


「事実を言っただけ、だろう?」


 それが端から見ていたら痛烈すぎて、腹が捩れるくらいおもしろかったのだ。

 そう言われてしまうと、ステラシアはなにも言えない。


(そんなつもりじゃなかったのに……まさかイアンさんたちが苦笑いして見えたのってそのせい!?)


 その後の、笑い上戸だと言う公爵の爆笑もそういうことなのだろう。

 まさかまた、ここでもやらかしてしまうとは思わなかった。

 気もそぞろにアルトラシオンに身を任せていると、いつの間にかダンスが終わっていたらしい。耳元で「行くぞ」と囁かれ、ステラシアは驚いて足を縺れさせる。

 腰を攫われ、つんのめりそうになったところを助けられ、ヨロヨロしながら連れて行かれたのは、会場より高い位置にある王族専用のスペースだった。

 音楽が一度途切れ、華やかなワルツへと切り替わる。先ほどファーストダンスの行われた場所では、招待された貴族たちがそれぞれのパートナーとともにダンスを始めている。

 その様子を椅子に座りながら眺めていた王と王妃の元へ連れて行かれ、ステラシアの喉がヒクリと戦慄いた。胃が、せり上がって口から飛び出てきそうだ。


「国王陛下、並びに王妃陛下、今宵もご機嫌麗しく」


 騎士とは違う、王族のひとりとして国王と王妃に挨拶をするアルトラシオンに続いて、ステラシアも慌てたようにスカートを摘んで腰を落とす。

 サラ……とかすかな衣擦れとともに刺繍が光を弾き、仄かに輝いた。チャリ、と耳元で金属の擦れ合う音がした。

「ふぅん……」と誰かの呟く声が聞こえたが、ステラシアは顔を上げることなく礼を取り続ける。

 今日の夜会について、取り仕切りをアルトラシオンが行っていたようで、ステラシアの頭上で、二言三言言葉が交わされる。


「それで、アルトラシオン……そちらの女性は?」


 アルトラシオンに似た低い声が、似つかわしくない柔らかな声音で彼に問う。


「ああ、すまないね。楽にしていいよお嬢さん」


「……ありがとうございます」

 

 許可がないため、ステラシアは腰を落としたままでいるが、そろそろ足が限界かもしれない。そう思い始めた頃、ようやく気がついたように許可が出て、ステラシアは顔を上げた。

 今まで、図書館にある姿絵でしか見たことのなかった国王が、ステラシアをじっと見つめていた。赤みの濃い金色の瞳。色味こそ違うが、アルトラシオンとよく似た強い眼差しにたじろぐ。目が合うと、国王は柔和にその表情を緩めた。髪色と同じ金の口ひげが、ゆるりと持ち上がる。


(この方が、アルフォレスタ・ディア=ポーラリアス……この国の王様)

 

 ポンポンと背中を叩かれる。その宥めるような手付きに、背中がじんわりと温かくなる。


「彼女は、ステラです。私が拾いました。森で」


 事実の一部でしかないことだけを淡々と話すアルトラシオンに続けてステラシアも名乗るが、「そうか」と一言発したきり国王は黙り込む。

 沈黙は数秒だった。けれど、その間が怖い。


(なんで黙ってるの……ん?)

 

 どこからか視線を感じて、ステラシアは目だけであたりを見渡した。ゆっくりと巡らせた視線が、パチリと合った瞬間、ステラシアは慌ててその目を伏せる。


(お、思わず目を逸らしちゃった……王妃様にすっごく見られてる……なんで!?)


 国王の隣に同じように腰掛けているのが、王妃であるクリスティア・シエナ=ポーラリアス。"瘴気を洗い清める清流"を扱うことに長けた星の乙女たちの、頂点に立つ宵星の乙女。

 さらりとした美しい銀の髪は結上げられ、おくれ毛が首筋を流れていっそ艶めかしい。年齢を感じさせない見た目は、淡く儚い。そして、銀の混じる紫色の瞳が、アルトラシオンにそっくりだ。


(違う……殿下が王妃様に似てるんだよ……)


「あなた……」


 小さな声で問いかけられ、ステラシアはそらした視線をノロノロと戻した。第一王子と同じ色合いの瞳と再度視線が重なった瞬間、ハッとしたようにクリスティアが息を呑む。

 なにかを言おうとして口を開き、けれど、小さく首を振ってステラシアから視線を逸らす。ふ、と微かな吐息が漏れ聞こえる。

 その音が、なにかを諦めたように聞こえて、ステラシアはそっと首を傾げた。隣に立つアルトラシオンに目を遣るが、彼は父である国王をジッと見つめたままだ。


「あとで、部屋に来なさい」


「……わかりました」


 沈黙を破った国王に小さく頭を下げると、アルトラシオンはもう用はないとばかりに、ステラシアの腰を引き寄せて踵を返そうとする。


「待ってよ兄上」


 会場のざわめきに乗るように、引き止める声が後方から届き、アルトラシオンが足を止める。つられたようにステラシアも後ろを振り向けば、先ほどまで国王と王妃の後ろにいた男性が近づいてくるところだった。


どんどん長くなる…

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