星灯りの下でダンスを①
星灯りの下でダンスを①
ひと騒動あったあの日から数日が過ぎ、季節は初夏から本格的な夏へと変わった。暑い紅星の月を過ぎれば、双星の月がやってくる。夏の終わり。豊穣祭の開催される月だ。
そして――。
「夜会が……やってきちゃう……」
朝から体の周りを紐で測られ、レースの布地を手渡され、室内には様々な形のドレスを広げられている。ピンクや黄色やオレンジが、目に眩しい。
いまもまた、髪に飾りを当てられあれやこれやと鏡の前に立たされて、ステラシアはげんなりと小さく呟いた。
「お嬢様の御髪はとても美しいですね。このお色ですと、あちらに置いてあるドレスの色目では少々きつすぎる気がいたします」
ステラシアの髪に精緻な細工の飾りを当てながら、城下の服飾店から登城したという女性が口を開く。濃い茶色の髪を結い上げ、体の線に沿いながらも清楚なデイドレス。優美さと知的さを兼ね備えたとても洗練された装いだ。
「そうですね〜。でも、スタイルも良いですし、瞳の色も綺麗ですし、これは腕が鳴っちゃいますー!」
鏡の前でステラシアの全身を測っていた少女が、快活な笑顔で腕をまくるような仕草をする。そばかすの散った頬に、えくぼが一つ浮かんでいる。
「瞳なんて、別に綺麗じゃないです……」
スタイルだって良いわけではないのに。鏡に映る自身の体の線を見て、ステラシアは眉を下げた。
そんなステラシアの言葉は聞こえないとでも言うように、二人はせっせと手を動かしている。
泣き言に付き合ってくれる気はないようだ。
「まさか、殿下が王族からも指名の高いオートクチュール店から人を呼び寄せるとは思いませんでした」
部屋の中央で布に埋もれながら、マリンが言う。
ステラシアの髪や化粧をいちいち直しながら、並べられたドレスを手に取り選別していくのは、彼女だ。ステラシアを見て柔らかく目を細め、先ほどから何度も「これも違う」と言ってはドレスを脇へ寄せている。
「あの、お二人は五年先まで予約でいっぱいのデザイナーさんとお針子さんって聞いたのですが……」
鏡の前で別の髪飾りや布地を当てられながら、ステラシアは恐る恐る二人へ視線を向けた。
(だって、もう絶対……他の予約を無視したよね!? これ!)
恐縮しながら問いかけるステラシアを見て、彼女たちはニッコリと笑う。
「ええ。でも、殿下からたってのご依頼、となれば、足を運ばないわけに参りませんもの」
「それがこーんな可愛らしいお嬢様だなんて! お針子冥利に尽きますよ!」
「ステラ様。殿下はステラ様に最高のものをお召しになってほしいのですよ」
マリンも加わって口々にそう言われてしまえば、ステラシアには返す言葉もない。
(なに考えてるんだろ……殿下ってばもう……!)
なぜか頬が熱くなった気がして、ステラシアはパタパタと手を振った。
「とは申しましても、いちからデザインを起こして仕立てるには時間がとても足りませんから……まずは、既存のデザイン案から選んでしまいましょう」
「その後は、生地ですね!」
デザイナーの女性やお針子の少女がそれぞれ紙や布を手にするのを見て、ステラシアの口元がヒクリと戦慄いた。
仕方がない。諦めるしかない。そして――、やるしかない。
とはいえ、ドレスのデザインなど微塵も思い浮かばない。今まで森で暮らしていたステラシアには、ドレスなど縁のないものだった。流行なんてものもわからない、いきなり言われても困ってしまう。
助けを求めるようにマリンに視線を向けるが、「ステラ様のお好きなデザインで大丈夫ですよ」と微笑まれてしまう。
「……では、僭越ながら、私からご提案させていただいてもよろしいでしょうか」
「は、はい! ぜひとも!」
ステラシアとマリンの攻防を見かねたらしい女性が、コホンと咳払いをしてドレス画の描かれた紙の束をめくる。その提案に、ステラシアは一も二もなく飛びついた。
「こちらのデザインはいかがでしょうか。控えめなAラインの中に、エンパイアの軽やかさを取り入れております」
胸元から、流れるように広がるスカートがとても優雅に見えるデザインだ。そっとデザイン画に指を滑らせ、そして、ピタリと止まる。
「デコルテ部分は普段は出すのですが、お嬢様は慣れてらっしゃらないようなので、透け感のあるレースで覆いましょうか」
その指の先を見た女性の唇が柔らかく微笑んだ。一瞬の躊躇いを別の形で補完され、ステラシアはコクリと頷いた。
「わあ……これは、ステラ様によく似合いそうです」
ステラシアの後ろから身をかがめたマリンが、思わずといったように口を挟む。
彼女の口元が緩んでいるのが横目に映った。瞳がいつもより輝いて見える。普段は侍女としてステラシアに仕えているマリンだが、そもそも彼女は筆頭伯爵家の令嬢だ。
お仕着せや騎士服ばかり着ていても、相応にドレスも好きに違いない。
そんなマリンの表情を盗み見て、ステラシアもふふっと笑う。
「あ! それでしたら、生地はこちらなんかいかがですか?」
デザイナーの女性の手元を見ていた少女が、まだたくさんある布の中から、一つを手にとって戻ってくる。それをローテーブルに広げれば、ステラシアの口からため息が漏れた。
「……綺麗」
思わずこぼれた呟きに、三人の女性たちが顔をほころばせた。
「お気に召したようでなによりですわ。こちらの布に、銀の糸で刺繍をしようかと思います」
薄く青銀を混ぜたような白色の布が、ステラシアの目を奪う。これで仕立てたドレスに銀糸で刺繍を施すなど、贅沢の極みだ。けれど、きっととても美しいドレスになるに違いない。まさに、夜空に浮かぶ星々のように。
「それでしたら、アクセサリーはこちらなど――?」
「――――! ダメですよ殿下!」
「そうだぞ、殿下。こういうときの女の子は時間がかかるんだから」
「だが、いましか会えないのだから、仕方ないだろう」
お針子の少女の言葉を遮るように、廊下から騒がしい声が聞こえてくる。
はぁ、とため息を吐いたマリンが扉に近づき開ける。その向こうには、今にも扉をノックしようとした格好のアルトラシオンと、彼を背後から羽交い締めにしているクリフォード、それからそんな二人をなだめている様子のイアンが見えた。
「ステラ」
マリンが扉を開けたのをいいことに、そのまま室内へと滑り込むアルトラシオンに、イアンがこめかみを抑えた。振払われて所在投げなクリフォードが、廊下から手を合わせて頭を下げている。
マリンはそんな二人を一瞥すると、扉を開けたままステラシアの背後へと戻ってきた。
「殿下におかれましては、ご機嫌……」
「そんな挨拶はいい」
慌てて立ち上がりスカートをつまむステラシアを制し、アルトラシオンが彼女の頬に指を伸ばした。さらりと撫でられ、顔にかかっていた髪を耳にかけられる。
「準備は進んでいるか?」
「えっと……はい。あの、ドレスのデザインは決まって、生地はこちらを……」
促されるまま、ソファに二人で腰掛けて、ステラシアはわずかに身動ぎをした。
近い。とてつもなく。
ステラシアがあたふたと指し示すデザイン帳や白い布を横目で見て、アルトラシオンがゆっくりと頷いた。
「ああ、いいんじゃないか? お前によく似合うと思う」
臆面もなく正面から褒められると、どうしていいかわからなくなる。一瞬で上がった頬の熱を冷ますように、ステラシアは口を開く。
「そ、それで、次はアクセサリーを選ぼうと言う話になっていて……」
ステラシアの説明をひと通り聞いたアルトラシオンは「そうか」とまた頷いた。そして、おもむろに懐からひとつの小箱を取り出した。
濃紺のベルベットに包まれたそれを目にした瞬間、室内の空気が静かに変わった気がした。
「あの、殿下……これは?」
「ああ、見てみると良い」
受け取った箱をおそるおそる開けたステラシアの瞳に、数粒の宝石が映り込んだ。透明に近い淡い石……けれど、光の角度によって、そこにほんのりと滲む、とある色。
――紫。けれど、ごくわずかにしかそれとわからない、儚いほどのそれ。
「“バイオレット・ダイヤモンド”だ。昔、母上……王妃陛下が、俺にくれたんだ。一番大事な人のために使いなさい、と」
「え……」
「あれから、この石を見かけるたびに買っていたが――今なら、使えるかと、思ってな」
告げられた言葉に、ステラシアは絶句する。
たかが側仕えの、それも適当に選んだパートナーというだけのステラシアには、とてもじゃないが重すぎる。
蓋をして、ステラシアは慌ててアルトラシオンに箱を返した。
うっかり手に取ってみたりしなくてよかった。
自身の手に戻ってきた箱をキョトンとした顔で見つめ、アルトラシオンは呆れたように苦笑する。
「この石を、アクセサリーに仕立ててほしい。……彼女のドレスに合わせるように。そうだな、ペンダント、イヤリング、髪飾り辺りだろうか」
アルトラシオンは、返ってきてしまった箱の蓋をもう一度開け、こんどはデザイナーに見えるようにテーブルに置いた。
静かになされた依頼に、室内の空気が張り詰めたのがわかる。
震える唇を指先でそっと押さえながら、デザイナーの女性が吐息とともに言葉を吐き出した。
「殿下……これは、かなり希少な宝石です」
「ああ、わかっている。構わない」
「すべて、使用してよろしいのですか?」
顎を引き、きっぱりと意思を告げるアルトラシオンに、デザイナーの女性とお針子の少女が姿勢を正す。
「今日は、急に呼び出して申し訳なかった。だが……あなたたちが、私の期待に応えてくれると、信じている」
その言葉に、目の前の女性二人が息を呑んだ。ステラシアの背後からは、マリンの「はゎ〜……」という間の抜けたような声が聞こえてくる。
(ちょっと殿下……こんなの、本当にどういうつもりなの……)
「……ステラ」
囁くように名を呼ばれて、顔を向ければ、アルトラシオンの瞳がすぐそこにあった。
銀の混じる、紫色。なんど見ても息を呑むほどに綺麗なその、色。
「楽しみにしている」
フ……と、蕩けるような笑みを浮かべて、彼はただ、それだけを言った。
頬がまた熱を持つ。自分がどうしてしまったのかわからない。
あの叱られた夜から、ステラシアの心はおかしい。
(ううん。もっと、前から……おかしいかも)
隣り合って座っている距離もおかしいが、ステラシアに向けられるアルトラシオンの表情もおかしい気がする。
座面で触れ合った指先が、ゆるりと絡められた。持ち上げられて、指先に触れた熱に思考がどこかへ飛んでいった。
「笑った……」と呟いたお針子の少女の口を、デザイナーの女性が素早く押さえて無かったことにしたことも、ステラシアには見えていなかった。
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