毒と薬の言の葉
保育士の方のインタビュー記事から思い付いたお話ですが、フィクションです。
当方男性なので、どこまでリアルに書けたかは不安で仕方ありません。
保育士になるのが子供の頃からの夢だった。
佐藤郁美、24歳。
3年制の専門学校へ通い、保育士の資格を取り地元に帰って、小さい頃に通った「わかば第2保育園」に勤めてもう3年になる。
最初は本当にただ大変で、初めての仕事、馴れない先輩たちや園長先生など、ずっと歳上の方との人間関係、子供たちの世話に、近隣の方とのトラブルを避けるためのコミュニケーションと、覚えること、気を使うことが沢山で、でも大好きな子供たちと憧れた保育士の仕事の中で充実感もあったし、楽しかったんだけれど。
保育園隣のお爺ちゃんに声をかけられる。
「おたくの子供らは元気でいいねー、子供は元気で騒ぐもんだからね」
園児たちの散歩の時間。最後方で列を乱さないように注意しながら監視する私へとお爺ちゃんは言った。
顔が笑って無かった。
お爺ちゃんが地域行政へと、「園の廃止か、出来ないなら、園児の声を聞こえなくしろ」とクレームしたことは有名だ。
『いつまで、子供たちを騒がせとるんだ。さっさと黙らせろ。そんなこともできんのか』
初めは聞こえなかった心の声が最近聞こえるんだ。
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通園バスでの送り迎え。
お母さんたちと交わす、ほんの少しの会話。
「先生は若くて可愛いわね、いつも」
「メイクも上手で見習いたいわ」
「メイク薄くても可愛いわね。若さかしら」
「この前、町で見かけたの。ミニスカートが似合ってうらやましい。私はもう穿けないもの」
初めは、年若く、なったばかりの私に優しくお世辞で誉めてくれているのだと明るく「ありがとうございます」とか「お母様こそ、お綺麗でうらやましいです」なんてハキハキ答えていた。
でも鈍い私でも気付いていく、ハキハキと答える私を嫌悪感のある目で見てることに。
『若いだけのくせに』
『結婚も育児もなくて、メイクも美容も手をかけられて良いわね』
『保育士のくせにミニなんて穿いて色気づいちゃって』
『気合いいれてメイクして同僚の男漁り目的なんでしょ』
お母さんたちの裏の声が聞こえだすと、私はぼそぼそと「そんなことありません」「ごめんなさい」と繰り返すしかできなくなって。
「あらー、先生、元気ないわね」
「大丈夫、謙遜しないでねー、可愛いわよ」
『暗いわね、子供預けて大丈夫なの』
『ふんっ、なに謙遜アピ、ウザ』
結局、やっぱり裏の声が聞こえてしまって、じゃあ、どうすればいいのと、ド壺に嵌まってしまっていた。
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「郁美は真面目だし頑張り屋だから、少し考え過ぎなだけだよ」
そう言ってくれるのは、同じ園で働いている先輩で、少し前から付き合いだした平野孝之さん。2つ上の先輩の彼は相談があると話した私に付き合って夕食を一緒にしてくれた。
園から離れたところにある駅郊外のステーキショップで夕食を食べながら、私はもう辞めたいと話していた。
孝之さんの言葉はもっともで、私の思い込み、考え過ぎだとも思う。でも、もう耐えられそうに無かった。
「せっかく、夢を叶えたんだし、園長には体調不良で休職扱いに出来ないか、僕からも話してみるからさ。取り敢えず、少し休みなよ」
孝之さんの言葉が優しくて。私は思わず泣いてしまって迷惑をかけてしまう。
隣にいた奥様が「女性を泣かすなんて」と孝之さんを責めて、店内も少し騒然とした。
その時、孝之さんは言い訳もせず、頭を下げて。
「本当に僕が不甲斐ないせいです」
と、そう言ったのを、私は慌てて奥様に事情を説明して。
「なんだ、いい男じゃないの、顔がいいから、てっきりこのお嬢様みたいな子を騙してるのかと思ったけど、良かったわね、いい彼氏で」
と、大きな声で言って、ごめんなさいね、勘違いしてと孝之さんの肩を叩いて。
「ちゃんと守ってやんのよ。女の嫌がらせってね、ホントなんだから、あの子の感じてるのはホントだから、信じてやんなさい」
そう言って席に戻っていかれた。
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「ごめんなさい、あんなとこで泣いてしまって迷惑かけちゃって」
帰り、私は孝之さんに謝ったのだけど。
「謝るのは僕のほうだよ。あのおばさんに言われてさ、僕が悪いってわかった」
不安で彼を見つめた私に彼の心の声は聞こえなくて。
「結局、郁美が頑張ってるのに、僕は郁美のサポートも出来てなくて、郁美の言ったことも信じてあげてなくて、疲れてるだけって考えてた。本当にごめん」
心の声が聞こえないのは、本心から語ってくれてるからなのかな。
私はまた泣いてしまって。抱き締めてくれる彼の胸の中で、子供になっていた。
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気にしないようにしよう。
私はなるべく、聞こえてくる心の声を気にしないようにした。そして、相手の表情を流すようにすることにした。
中々難しくて、相手の機微を読んで、上手くやっていたことに気付くと、結局は読まないこと、見ようとしないことが負担になっていく。
本当にどうすればいいのと、また落ち込んでしまう。
通園バスでの帰りの送迎、最初の子を降ろすと、玄関前には三人のお母様が世間話をされていた。
「あらー、先生。いつも大変ね」
お気遣いありがとうございますと頭を下げる。お子さんを帰してバスに戻ろうとした時、残りお二人のお母様もお子さんも降りてきた。
「ママがいるから、ここでおりるー」
そう言った子供二人にどうすればと混乱した私はお母様方を無言で見てしまう。
「いいわよ。一緒に帰ろーね、まーくん」
「私もいいわ、帰ろーね、ゆーちゃん」
ホッとして、バスに戻ろうと改めてした私に声がかかった。
「そう言えば、この前、平野先生と町中で抱き合っていましたわね。お付き合いされるのは結構ですけど、あんまり、ああいうのはお止めになってね」
私は何かが壊れたような気がした。
私って、こんなに泣きやすかった。
私って、こんなに……
気付くと私は泣きじゃくって怒鳴り散らしていた。
何を言ったかも覚えていなくて、冷静になって私は青ざめた、やってしまったと。
お母様方は怒りと、侮蔑の顔で「園に抗議にいきますから」と言っていて。
平身低頭謝るしかないと思った時、声をあげたのは子供たちだった。
「ママ、いくみ先生をいじめるママなんてだいっきらい」
まーくんが大きな声でそう言った。
「ママ、いっつも家で先生のこと悪口ばーっか。いくみ先生とたかちゃん先生はとってもなかよしで、とってもいい先生なんだよ。なのにさ、またわるくいうんだもん。たかちゃん先生のことまでわるく言って、いくみ先生おこる、あたりまえだよ。ママあやまって」
まーくんの言葉に隣にいたゆーちゃんもひとちゃんも同意して。
「ママだってパパに、たまにはデート連れてってって言ってるくせに」
「ママ、この前、外でパパとチューしてたくせに」
子供たちの攻撃に、私は取り敢えず三人に静かにしようね、先生、バスに戻るねと伝えたが。泣き出したまーくんが。
「あんな先生やめちゃえって、この前ママが言ってたんだよ、やっぱりママなんてだいっきらい」
その一言でママたちは撃沈した。
結局、後日にお母様たちが謝罪に来られて、私も申し訳ありませんでしたと。そんなやり取りの中で。
「ごめんなさいね。子供に気付かされてね。結局ね、若くて可愛くて、子供もいなくて恋愛も仕事も頑張ってて、そんな貴女に嫉妬して、僻んでいただけなの。わかったら情けなくて、本当にごめんなさい」
私も気付いた。
「いえ、結局、色々と大変で理想としてた夢だった保育士の仕事と、現実の違いで皆さんを悪者に考えて、信頼を得る、仲を深める努力を怠ったのは自分だったと、本当に申し訳ありませんでした」
自分だって、お母様たちを悪者にして、被害者面で甘えていたんだ。
まっすぐに私を守ってくれると言った孝之さんと、まっすぐに私を庇ってくれた大切な園児たちに私は教えられて。
今日も笑顔で働いています。
「いくみ先生ー、たかちゃんとはいつ、チューするのー」
園児たちの無邪気な質問に戸惑いながら。
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