始話:100物語の始まりとwifi環境の確認
ミーンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミー
ジメジメとしていて、ただひたすらに暑い8月の夏。6日の夏。中三の夏休み前日。
僕はこの夏に実用性?なんか、意味というものを感じない。ただ暑いだけでなく、汗のにおいが気になってしまう。もし匂いのせいで嫌な顔をされようものなら、心に一生傷を負ってしまう。
もちろん夏が好きな人もいると思う。でもそんな事言う人は大抵アウトドア派で、さらには陽キャと相場が決まっている。僕はそのどちらでもない。
「だからお前は、どんな企画が良いんだよ。」
この暑い中周りをさらに暑くするような勢いで問いかけてくるのはクラスの男子。名前は覚えていないが、野球部なので良い印象はない。ちなみに、その横には超ギャァルという見た目の人がいてその両者がずっと黒板の方の椅子に座っている。しかしながら僕はずっと立っている。
沈黙は罪というのが極限までに追い詰められた会議の暗黙のルールだ。
今、クラスが重い海の底にいる。38人の誰もが早く終わらないかと願っている。
そう、僕は今企画会に参加している。
1週間前に「山島中学校最後のおもいでを作ろう!!」という議題でクラス長会で進められていた企画らしいが、あまりにも難航したため、議題の最後に(クラス別)がつけられて、それがさらに難航して、一人一人強制的に意見をだせと、順番に聞かれて…………
「で?」
今に至るというわけだ。
正直案はいくつか思いついている。ただそれが全て被っていて、ここでは同じ案は認めてもらえない。
さっきなんて追い詰められすぎた人が、「なっ、なにもしないなんてどうでしょう…………?」といって。陽キャやこの会を指揮する者達に、罵倒に近い大きな小言を言われて目が潤んでいた。そのとき以外にも
超ギャァルさんが、「かわいそう」みたいな目で見ていたので、少し評価を見直しておく。
それはそれで、僕は同じ道をたどらないためにも、どうにかしないといけない。
「おい、アツカミぃ。早くしてくんね?」
後ろから言われるが、逆にあいつはなぜあんなに余裕なのだろうと考えてしまう。どうせ、誰も上げてない、女子の露出を見るためだけの案を出すつもりなのだろう。
そろそろ、足が痛い。いいよな。役人は椅子に座っていて。
しょうがない、後ろの方には申し訳ないが僕も限界だ。
そもそも、今日はなぜか知らないがみんなキレてるんだ。普段はもっと優しいのに、あの野球部ですらもう少し優しいのに、僕のことをアツガミと呼んだあいつはいつもと同じだ。まったく同じだ。
でもあいつより僕の方がひどいよな。名前覚えてないし。
「では、100物語なんてやってみればどうですか」
めんどくさそうな雰囲気で言った。あくまでも自分が責任に問われないような言い回しで。
野球部の人が黒板に「100物語 灰木庵志」と書き
「次、…………………、お願いします」
と聞いた。うしろからがたっと音がして、また沈黙が始まった。
でも僕は気づかなかった。安心していたせいだ。
教室の雰囲気が変わっていたことを。
一人、このクラスで一人だけこちらを見ていたことを。
「では、我々のクラスは100物語を行います」
「「「「「いぎなーし」」」」」
クラス中が又となく一丸となった瞬間、僕の心は今までにないほど汗をかいていた。
なぜあれで通った?もっといい案もあったじゃないか。例えばなにもしないとか。
「それでは、発案者の灰木さんは前に出てきてくださーい」
野球部の人が進行のためそういうが、明らかに個人の感情が入っている。やっぱりストレスのかかる立ち位置なんだろう。明らかに喜んでいる。
(はーーー)
こうなってしまったら諦めるしかない。こうなってしまったらなるべく恨みを買われないように進めるしかない。
僕が覚悟を決め席を立つと、一斉に拍手が起こった。早速出鼻が砕かれた気がするが、耐えよう。
割れんばかりの拍手に耐え自分は黒板の前に出る。既に役人は左右によって中央を開けている。こんな時だけ行動が早い奴らだ。
中央に立つと拍手が止み、僕のターンとなる。
ここに歩いてくるまでに何を決めるかは決めてはある。それは主に4つ。場所。実行日。発表の順番。誰が三回発表するか。
夏休みに注意しなければいけないのは、実行日だ。日付だけは先に決めておかなければ、「あっ、今日予定入ってたんだー。ごーめーん。いけないやー」なんてことになりかねない。一つの綻びは大きな崩壊の始まりなのである。徹底的につぶすためにもここだけは譲れない。
「夏休みに一日行うので、予定がある日を教えてほしいです」
個人の都合がよい日をいちいち聞いているとキリがない。よってこれが予定を決める際一番確実な方法だと自負している。全員がスマホを見始めたので、視線を外された僕はようやく一息つく。本当に心労がかかる。
自分はスマホを見なくていい。見なくてもいつでも予定が空いている悲しき男なのでね、少し休ませてもらおう。
少し休んだらいつの間にか大変なことになっていた。
僕が見ているのはスマホに映った色がついたカレンダーだ。
「100物語をするにあたって都合の悪い日を教えてください」という題名で投票を全員に投票してもらい、それぞれの日付に投票した人数が書かれており、一人も投票をしていない日を白色で表すように設定した。
つまり白色の日が実行日となる。見つけることは簡単なはずだが………
(一つもない)
いやいやいや!!そんなことある!?一日ぐらい空いてるでしょ!
焦っているとクラスの一人が手を挙げて「あの、まったく予定あってないんですけど」と大きな声で言った。
結果既に共有されていている。その一言でクラス中がざわざわし始めた。
そのうち男子からは「おい!どうすんだよ」とか、「やっぱ、海じゃ…………」
万策尽きた。
?
あ。企画変更のお願いできるじゃん。
僕は少し期待を込めた困ったようなまなざしで左を見た。そこには、超ギャァルさんが座っていてスマホを凝視している。なにがそんなに珍しいのかは知らないが、僕が助かる道が見えたんだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「あの……………」
どうしましょう。そう言う前に超ギャァルさんがいきなり立ち上がった。椅子を引く音がとても大きくクラス中の注目を集めている。僕はビクッと後ろに下がってしまった。
「提案があります」
自信ありげなはっきりとした声でそう言われた。だが提案?正直あるとは思えない。あるとしても型破りな……………
「リモートで100物語をします」
は?
「リモートで100物語をして、後日録画したそれを見るというのはどうでしょうか。ちなみになんですが、投票により実施日を複数にする代わりに決定できていますし、録画をするための環境がそろっている場所もすぐに用意できますよ」
なんて計画性のある発言だ。まさか実施日を複数にするなんて………。
あれ?
今のでそこまで…………でもその口ぶり…………
「私たちにお任せください!」
「8月14日。夏休み企画『リモート100物語』一日目の今日はよろしくお願いします。企画長」
そう真面目にそう聞かれるが実際はこの人が既に準備を一人で終わらせている。
あの会議の後のこの人の行動は早かった。僕が問題としていた4つ、これらを全て一日で解決してしまったのだ。どうやったか聞いたら「友達にお願いしたら、秒でokだったよ」と言われてしまった。これがギャルの力か……………。
「にしても暑いね」
そういってギャルさんはただでさえ短く薄い服をパタパタさせている。種類は………少なくとジャージではない事は分かる。
「……………」
僕は反応に困り無言で、半ば無視してしまった。それで空気が少し重くなる。
僕たちがいるのはこの超ギャルさん家の所有している土地、建物だ。今いるのは離れで、使っていないので簡単に許可が取れたのだ。つまりかなりの財力を持っている。なんと今は使っていないにも関わらずフリーwifiが使えるのだ。そのため「え………あ、そうですね」なんて口が裂けても言えない。というかそんな暑いか?今日29度ってスマホには書いてあったけど、玄関先でもう20度位に感じる。
「と……とりあえず、準備しましょう」
そう言うとギャルさんは大広間に案内してくれるらしく、カラフルなスニーカーを脱いで歩いて行ったので僕もついていく。
案内してもらったのは畳がいくつあるか分からないほどの大きさの部屋。三方を障子に囲まれていて、もう一方は縁側になっている。セミの声がやけに大きく聞こえると思ったら、近くにとんでもなく大きなとんでもなく大きな木があった。この部屋はそこには仕切りもなくだだっ広いが、ポツンとテレビがある。割と最新の物に見えるが、これももう使っていないらしく、簡単に借りれたらしい。ギャルさんはそこでパソコンとテレビを接続しているらしく、ここでも僕が手伝えることはない。
部屋にパソコンのかたかた打つ音が響く。僕は手持ち無沙汰なので、畳の数でも数えていることにする。
「設定完了しましたよ」
畳をちょうど全部数えたところでそう呼ばれた。テレビとは数メートル離れていて、結構小さく見える。
「今行きます」
なるべく大きな声で言ったつもりだが聞こえただろうか。
というか24?どんな権力者なの?
理由を聞いてみると、5人家族で一緒に住んでいる祖父の祖父あたりの代からの代物らしい。
「じゃあ、もう一度確認しますと、5日で7、7、8、8、8人でリモート会議を行います。1人2つ話をしてもらってそれの画面を録音、録画をします。そしてそれら夏休み後に鑑賞するといった流れになります」
そして………………とギャルさんはそう言って突然僕に泣きついてきた。
「どうしよう。まだ半分しか考えれていないよー」
おそらく話の事だろう。38人が1人2つ話をすれば、当然76話が集まることとなる。ではあと24話はどうするか。当然主催者が集めることとなる。というわけで1人12話を集めるのだが……………
「手伝ってよー」
正直ため息をついてしまいそうだが、全部任せっきりにしてしまったのでこれぐらいは手伝おう。
「じゃあ、2話ぐらいなら」
「……………」
そう言うとギャルさんがなにか考えているように口を手で覆っている。
数秒後、「そういえば…………」とやけにニコニコしながら言われた。
なんだろう嫌な予感しかしない。手伝いをしていないことをネタに脅されるというのか。それならお手伝いの値切りが始まるがどうだろう。
「そういえば灰木君ってクラスの子の名前、誰も覚えてないでしょ」
「え?」
なぜ気づいた?同じクラスになって3年間。誰にもばれなかったのに……………
慌てて否定しようとするが事実なので反応が遅れた。心臓があの企画会の時以上にどきどきしている。冷や汗も出てきて、背中の毛がゾワゾワする。
「これってクラスの人に言っちゃっていいやつなのかなぁ」
おどけて言われる
「6話ですね」
そう言うとニコニコ顔でテレビのパソコンの前に座った
「じゃあそろそろ始まるから、隣座って」
ほんとに、なぜ気づいたのか……………
しばらくは従うしかない。
僕は恐る恐る隣へ座った。すると今度はこちらを向いて
「私星山鸚っていうから。今日から改めてよろしくね」
と言われた。
はぁ、ほんとに。
「あっ、あと数分で始まるから、あとは司会係に任せて」
裏の意は、「画面外に行ってくれと」という意味だ。従おう。
まあこれから長いし、誰かに見られ続けられるのは大変だから、適材適所ということで任せよう。
始まる。100物語。