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Signal.5


 長い長い時がたった。ワープももう少し発達したし、サルベージ用のアームロボも技術革新が進んだ。

 けれどシオンの仕事はずっと変わらない。メルテの捜索もずっと続けている。

 

「コントロール、こちらシオン・プルート。未探索エリアC―32へのワープは成功。任務を開始する」

「こちらコントロール。了解、シオン・プルート。よいサルベージを」

 

 未探索エリアに漂っているのは、星のかけらと迷い込んだ宇宙船、そしてどこかから流れてきたいろいろな破片。

 探索済みの宙域の端に設置されたワープを起点として、少しずつ座標を記録していく。未知の宙域は計り知れないけれど、少しずつ少しずつ、探索の手を広げていくのだ。

 メルテの宇宙船のシグナルと、シオンと対になっているメルテのデバイスのシグナル。両方とも発進源の座標はエラーの表示。けれど方向を絞り込むことはできて、そのわずかな手がかりをもとに捜索を続けている。

 

 長い時の中で、くじけそうになったこともあった。けれどいつも、一人になってしまった寒い夜にもらったあたたかさを思い出して、シオンは前に進んできた。いつか、必ず。そう思い続けてきた。


 

 それは突然だった。

 メルテの声が聞こえた気がして、シオンは思わず辺りを見回す。

 操縦桿のそばにセットしてある通信デバイスは、ミュートになったままだ。

 シオンは素早く機体の通信制御システムを操作した。

 

 メルテのシグナルが、オープン通信で発信されている。

 愛機の通信制御システムの画面は、そう告げていた。オープン通信は一定の範囲内であれば送受信できる。

 

 つまり、メルテの船が近くにいる。

 シオンの心臓が、どくんと音を立てた。次第に鼓動は強くなり、喉元にまで響いてくる。シオンはヘルメットがくもるほど深い呼吸をした。

 

「メルテ」

 

 小さな声で呟く。

 

「メルテ……!」

 

 オープン通信の範囲内であれば、送信元をターゲットロックできる。半オート航行のスピードがもどかしく、モードをマニュアルに切り替えてシオンは機体のスピードを上げた。

 次々に迫ってくるデブリをよけながら、宙を駆けていく。

 やがて、子供の描いた星のようなイエローを、シオンはその目でとらえた。

 間違いない。メルテのプライベートシャトルだ。SOSの赤いランプが点滅している。

 シオンははやる心を抑えて、機体同士のドッキング作業を慎重に進めた。何度も何度も確認してから、強制帰還ワープを起動する。

 青白い光に包まれながら、シオンはぎゅっと目をつぶった。熱い雫が浮かんでは、ヘルメットの中で漂って繋がり、大きな雫になっていく。

 

「やっと……やっと見つけた」


 




 サルベージ母艦のクルーの厚意で、シオンは様々な手続きをとばして下船許可を得た。学園のあるコロニーへ帰ってくるのは随分久しぶりで、景色はかなり様変わりしていた。

 けれど学園に併設された病院は、すぐにメルテを受け入れてくれた。長い年月が経っても、コナーズの名は人々の心に強く残っている。博士が亡き今もこの学園と関連施設が医学も含めたあらゆる学問の最先端だった。

 

 ここまで長期間のコールドスリープの解除は、あまり前例がないそうだ。メディカルスタッフたちの慎重な対応のもと、面会が叶ったのは二週間も後のことだった。

 

 病室のドアの前で、シオンは立ち尽くした。

 もちろん今すぐにメルテに会いたい。無事を確かめたい。

 けれどシオンは、今の自分のことをメルテに説明するのが怖かった。

 覚悟はできていたはずだ。深く息を吸って、ドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

 懐かしい声だ。ドア越しに聞いただけで、シオンの頬を涙が伝った。

 

「……シオン?」

 

 シオンは素早く涙を拭って、ドアを開ける。

 別れたときとほとんど変わらないメルテが、そこにいた。

 彼女はベッドの上で身を起こしていて、日記帳を膝にのせていた。お気に入りのペンで、なにか書いていたようだった。

 

「シオン、大人になってる」

 

 メルテは目を丸くして、そしてにっこり笑った。

 

「約束、守ってくれてありがとう」

 

 にっこり笑ったメルテの頬を、涙の粒がいくつも伝っていた。笑っているのに、泣いている。

 

「ずっと探してくれたんでしょう? 私、まだ自分がどのくらい寝てたのか、正確な年数は聞いてないの。シオンに聞きたくて……体についての説明は聞いたから大体想像はついてるけど、それだとシオンの今の年齢が合わないね。私、私……シオンに、何を犠牲にさせちゃったんだろう」

 

 震える声で話すメルテを、シオンはそっと抱きしめた。

 

「なにも。犠牲になんてしてない。メルテを見つけられて、よかった」

「シオン」

「でも、博士は……亡くなった。最期までメルテのことを考えてた」

 

 一番に伝えなければいけないことは、やはり博士のことだと思った。メルテは何度も頷いた。シオンの服の肩が、メルテの涙で濡れていく。

 しばらくシオンは、次の言葉を口にすることができなかった。メルテが次に知りたいだろうこと。それを話せば、シオンが話すのを怖がっていることも告げなければならなくなる。

 やがてメルテは顔を上げて、シオンとしっかり目を合わせた。

 

「お願い、教えてシオン。私はどれくらいの間、眠ってた?」

 

 もう先延ばしにすることはできなかった。シオンがそっとメルテの体を離して一歩距離をとると、メルテが不安そうに眉を寄せる。

 

「168年3カ月と7日間」

「168年……」

 

 メルテは呆然と呟いた。

 

「ごめん、メルテ。俺はシオンだけど、メルテの知ってるシオンじゃない」

 

 シオンはとうとう自分の正体を明かした。

 

「オリジナルじゃないんだ。今の俺は、肉体更新措置4回目のシオン・プルート」

 

 できる限り冷静に、淡々と告げる。拒絶されたらと思うと、白状してしまった今でさえ、どうしようもなく怖かった。

 

「待って、でも……まだ認められてなかったでしょう?」

 

 こんな状況、誰だってひどく混乱するだろうに、事実確認から入るのはなんともメルテらしかった。

 

「メルテの船がワープ事故にあってから何年か後に、認可されたんだ。オリジナルが26歳の時に、措置のための準備が完了した」

 

 肉体更新措置とはよく言ったもので、同一個体とみなすかどうかは技術が完成して実用化され100年以上がたった今も定義が曖昧で、議論は続いていた。クローン技術を応用して、オリジナルの遺伝子情報と全く同一の新しい肉体を作る。そこへ、本来の寿命を全うしたオリジナルの晩年の脳の、すべての記憶を移植する。ここで問題になるのが、人間の脳は完全に解明されたわけではないということ。現時点の技術力ではすべての記憶でも、取りこぼしが存在する可能性を否定することはできない。

 新しく作られた肉体は、見た目年齢がオリジナルから遺伝子情報を採取したときの年齢で固定されてしまう。しかし体内の老化は早く進み、自然に生まれてきた人類と比べると寿命は極端に短かった。技術が進歩して多少のびてきた現在も、40年が限度と言われている。


 そんなことを語るシオンの言葉を、メルテはどこか硬い表情で聞いていた。

 無理もない。シオンは苦い笑みがこぼれるのを抑えられなかった。

 

「受け入れてもらえなくても仕方ない。約束を果たすことが、オリジナルも今までのシオンも全員、一番の望みだった」

 

 辛いことだが、本心だ。

 シオンにだってわからないのだ。何度肉体更新措置を経ても、心は一人のシオンのまま変わらないと思う気持ちもあるけれど、信じきることはできない。アイデンティティは簡単に揺らいでしまう。

 それでもシオンをシオンたらしめてきたのは、これまでの記憶と、そしてメルテとの約束だった。

 

「受け入れられないなんて、私言ってない」

 

 シオンの思考を打ち破るように、メルテが大きな声で言った。

 歓喜と期待が、シオンの全身を駆け巡った。心が震えるのを感じながら、シオンは口を開く。

 

「メルテ、でも」

 

 無理をして言っているのではないか。臆病にも言いかけたシオンの言葉を、メルテは首を横に振って振り払う。

 

「オリジナルじゃないからなに? 私のことを覚えてるでしょ?」

「……ああ」

 

 強い光を宿したメルテの瞳は、変わっていなかった。頷くシオンの声が震える。

 メルテは今度こそ、屈託のない笑みを見せた。


「それなら、君は私の知ってるシオンだよ」

 

 迷いもなく言い切ったメルテの声が、シオンに届いた。

 あの日、約束をした日と同じように、メルテはシオンの手を握った。二人のぬくもりを分け合うように、優しく、強く。

 

「私を見つけてくれて、私のことを覚えてて、約束を忘れないでいてくれた。君はシオンだよ」

 

 シオンもその手を握り返した。

 

「私こそ、謝らないといけないことばっかり。せっかく見つけてくれたのに、コールドスリープが長すぎたせいでもう寿命があんまり残ってないだろうって」

 

 語られた内容は、なんとなく予感がしていた。シオンは悲しかったけれど、メルテは悲観した様子もない。目が覚めておおよその状況を把握してすぐに聞かされたらしく、シオンとの面会までに考える時間はたくさんあったとのことだった。

 シオンの話をすぐに飲み込んだのも、ある程度予想していたからだったのだろう。

 

「ねえ、私たちのチームが見つけた星、どうなった?」

「……あのあたりの宙域の重要な拠点になったよ。第二の地球とまではいかなかったけど、テラフォーミングは7割成功した。コロニーからの移住者も多い」

 

 シオンは言葉を尽くして説明した。メルテの夢が導いた過程と、その結果。見ることが叶わなかった彼女に、せめてもの誠意を込めて。そんな思いで見届けてきたのだった。

 メルテは何度も頷きながら、シオンの話を聞いた。時折シオンが画像や動画を見せると、目を輝かせて見入っている。

 

「あの星を見つけられて、よかった」

 

 聞き終えたメルテはそう言って笑った。悲しみも悔しさもすべて、その笑みに込められていた。

 彼女にはそういう強さがあるのだった。懐かしさに微笑んだシオンに、メルテも笑みを返す。

 

「私、あと少しの命でも……シオンと一緒にいたい」

「いいのか、本当に」

 

 メルテの答えを疑った問いではなく、最後の確認だった。

 それはメルテにも伝わったようで、彼女はいたずらっぽく目を光らせる。

 

「シオンは? もう私から解放されたい?」

「そんな言い方するなよ」

 

 ゆるく首を振って、シオンはもうひとつ伝えるべきことを告げる。

 

「俺の体も、そろそろ次の更新が必要な時期だった。約束を果たしたから、もう更新はしないことにしている」

 

 シオンの目的は果たされた。

 

「残された時間がどれくらいかはわからないけど……一緒に過ごそう、メルテ」

「うん」

 

 その日の面会時間の最後まで、繋いだ手はずっと離されなかった。

 

「あと何日か検査したら、退院できるって」

「メルテに見せたいものと、食べさせたいものがある」

「私、そんなに食い意地はってる?」

「そうじゃないけど、食べるの好きだろ」

「なんだろう、教えてよ」

 

 たわいない会話が、泣きたいほどに嬉しかった。目の奥が熱くなるのを感じて、シオンは強く瞬きをした。まるで眩しい光を目にしたときのように。

 

「退院してからのお楽しみだ」

 

 シオンは、メルテたちのチームが見つけた惑星に家を買って、わずかな休暇をそこで過ごしていた。

 家のすぐそばには黄金色の麦畑が広がっている。本物の小麦のパンを食べられると知ったら、メルテはどんな顔をするだろう。

 

 永い永い旅路の果て。悲しみも切なさもあるけれど、今持ちうる一番の望みを叶えて、これからを生きていく。

 ふたつの星は、最後までとなりで輝くのだ。



Signal.5 星を結ぶ約束

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