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作者は宇宙関連の知識はほとんどありませんので、そのあたりの描写が大変ふんわりしています。架空世界の宇宙だと思っていただければ幸いです。




「メーデー、メーデー、メーデー。こちらMC3400、MC3400、MC3400。メーデー、MC3400。クロノス・レアー間のワープ中衝撃を感知、はじき出された。座標不詳、おそらく未探索エリアと思われる。捜索、救助されたし。乗員1名、メルテ・コナーズ。シグナルはこのままループ発信し、乗員は生命維持のためコールドスリープに入る。くり返す。メーデー、メーデー、メーデー…………」



 このシグナルを、いったい何度聞いただろう。記憶を遡っていけば、万単位でも足りないくらいだ。

 ぼんやりと目を開けた青年――シオンは、何度か瞬きして意識を覚醒させた。金色の瞳にだんだんと強い意志が宿っていく。

 シグナルを流し続けている受信装置をミュートにし、シオンはジェルベッドから足をおろす。脱ぎ捨てたせいで空中を漂っていたパイロットスーツを素早く身につけて、仮眠室を滑り出た。

 

 シオンはデブリ拾いを主な事業とする宇宙開発会社のパイロットだ。その会社の少々ユニークな事業のひとつ、宇宙空間での探しもの受注。サルベージ専用のアームがついたロボットを操縦して、依頼を受けたものを広い宇宙で探し出し、拾ってくるのが仕事である。学生時代のアルバイトから、ずっと似たような仕事を続けている。

 

 依頼専用のサルベージ母艦は、パイロットの仮眠室と機体の整備エリアを目と鼻の先に設計している。

 愛機の足元にいたなじみの整備士が、やってきたシオンに気づいてサムズアップする。それに頷きで応え、シオンは床をひと蹴りしてコクピットへ飛び込んだ。

 ハッチを閉じた一瞬だけ、暗闇に包まれる。次の瞬間にはモニターが明るくなり、360度見渡せる光学映像がシオンを迎えた。

 

 目にかかるくらい伸びてきた群青色の前髪を無造作にかきあげて、ヘルメットを装着する。

 

「コントロール、こちらシオン・プルート。発進準備お願いします」

 

 シオンの送った通信に、これまたなじみのオペレーターがすぐに応答してくれた。

 

「OK、シオン・プルート。発進準備開始します。ワープの設定は……ってシオンさん、また未探索エリアですか?」

 

 呆れ顔のオペレーターに苦笑を返して、シオンは淡々と行先を告げる。

 

「ワープ設定、未探索エリアC―32。強制帰還ワープのタイマーはいつも通り12時間後で」

「はあ、ほどほどにしてくださいね。準備完了、発進どうぞ」

「いってきます」

 

 ほどほどになど、できるわけがなかった。

 シオンの探しものは、シオン自身の依頼……ずっと昔に行方不明になった大切な女の子の乗った、宇宙船なのだから。






 


 出会いはずっとずっと昔。シオンが13歳のときのことだ。


「ねえ、そのパン美味しい?」

 

 背中からかけられた知らない声の質問を、シオンは最初無視していた。

 

 街の灯りから少し離れた、展望公園のベンチ。側に一本だけ立っている外灯が丸く照らしている。昼間はそれなりに人がいても、夜はほとんど誰もいない。少なくとも、シオンがこのスペースコロニーに来てすぐ見つけてから約2か月、この夜までは。

 

「ねえってば。ここで一人で夜ご飯食べてるの? そのパン、代替小麦?」

 

 人工的に香りと味を調整された代替小麦のパンは、不味くもないが美味しくもない。もっともシオンは本物の小麦のパンを食べたことはないので、比較したわけではないが。

 ただでさえ一人になれる時間を邪魔されたシオンは、めげずに質問してくる知らない女の子に優しくできるほどの余裕はなかった。

 

「うるさい。話しかけるな」

「聞こえてた、よかった。ここ寒いよね、シチュー食べない? いっぱい作ったんだけど、今日は父さん帰ってこないって言うんだもん」

 

 シオンの言ったことなどまるで気にした様子もなく話し続ける相手に唖然として、思わず振り向いてしまった。

 目に飛び込んできたのは、あたたかなイエローのきらめき。

 

「……誰」

 

 自然と問いかけていたシオンに、少女はイエローの瞳に喜びの光をのせて笑った。丸くて大きな目だった。麦わら色のセミロングがさらさらと揺れる。

 

「私のこと知らない人、嬉しい。メルテだよ。君は?」

「……シオン」

 

 勢いに押されるようにシオンは名乗った。とたんにメルテが目を丸くする。

 

「シオン? シオン・プルート?」

 

 シオンは思わず顔を歪めた。このコロニーに来ることになって、少しはその名前を知らない人の中で生きられると思ったのに、プルートの名前はどこにいってもついてまわる。

 自分は知られていなくて嬉しいなんて言うからには、メルテも似たような思いをしているのだろう。それなのに、シオンのことは聞き返すなんて。

 

「ごめんね。だからここに一人でいたんだね」

 

 優しくそう言われて、シオンは驚いた。そして、無邪気な口調で勝手に同い年くらいだと思っていたメルテが、よくよく見ると自分より年上なのではないかと気がついた。

 

「あんたのファミリーネームは」

 

 シオンはなぜか悔しい気持ちになって、意地が悪いとわかっていても聞いてしまった。

 メルテは困ったように笑って言う。

 

「コナーズ」

 

 今度はシオンが驚く番だった。

 

「学園理事のコナーズ博士?」

「正解」

 

 メルテがため息交じりにそう言って、シオンの座っているベンチにどさっと腰かけた。

 

 この宇宙全体で、コナーズ博士のことを知らない人はいないだろう。それくらい、彼の発明は素晴らしかった。宇宙空間における移動を飛躍的に進化させたワープ装置。コロニー内に季節を作り出す技術。半年前までの宙域間戦争を終結させるに至った、最新防衛機構。

 

 天才的な頭脳だけでなく、コナーズ博士は人格的にも優れているともっぱらの評判だった。その理由の一つとして語られるのが、此度の戦争で家族を失った子供たちへの支援である。自らが理事を務める学園の寮に希望者を全員引き取り、無償で教育を施す制度を終戦後瞬く間に整えたのだ。

 

 シオンもその支援を受けた子供のひとりだった。先の宙域間戦争最後の大規模な戦闘で、両親が戦死したためだ。不沈艦の異名をほしいままにしていた戦艦のエースパイロットと、火器系統のオペレーター。生前はもとより死後は大げさなほどの英雄扱いで、シオンの口座には遺族への見舞金として大金が振り込まれたから、経済的に困っていたわけではない。

 

「いろいろ面倒だよね、親が有名人だと。……はい、シチューどうぞ」

 

 シオンの考えごとを見通したようなことを言いながら、メルテは当たり前のようにシチューをいれたカップを差し出してきた。ご丁寧にスプーンまで入っている。

 

「……」

 

 メルテは小さなスープジャーから直接スプーンですくって、美味しそうに一口食べた。

 反射でカップを受け取ったものの、いまだ戸惑っているシオンに気づき、メルテはいたずらっぽい表情を浮かべた。

 

「あ、今考えたこと当ててあげよっか。『げ、グリーンシチューかよ』」

 

 それも少しは考えた。それほど好きなメニューではない。なにせ野菜の緑ではなく、微生物の緑だ。動揺を隠すように首を振り、シオンは答える。

 

「いや、違う。なんでカップ……」

 

 まるで、誰かと食べることを想定していたかのような準備のよさだ。

 

「ここで君と食べようと思って準備してきたから」

「は?」

 

 思っていたことをそのまま言葉にしたようなメルテの答えに、シオンは気の抜けた声をあげてしまった。

 

「この展望公園、周りなーんもなくて人気ないけど、外がよく見えるから私は大好きな場所なの。ちょっと前から仲間が増えたと思って嬉しくて。ひとりの夜ご飯になったら話しかけようって決めてた」

 

 どこか得意げに言いながら、メルテはコロニーの外殻へ視線を向ける。展望公園から見える外殻は透過素材になっていて、果てしなく広がる(そら)がよく見えた。近くを漂うデブリ、遠くで光る星々、そして……もう今は宇宙人口の1割しか住んでいないと言われる、青い母星。

 

 宙を見て黙り込んでしまったシオンの顔を覗き込むようにして、メルテが問う。

 

「グリーンシチュー苦手だった? 栄養たっぷりなんだけどな」

 

 近い距離で見つめてくるイエローの瞳からどうにか目を逸らしたシオンは、顔ごとそむけて吐き捨てるように言う。

 

「苦手じゃないけど。栄養なんて、補助サプリ飲めば十分だろ」

「サプリなんて美味しくないじゃん。あったまるよ、食べてみて」

 

 じっと見つめてくる瞳から、今度はどうしてか目を逸らせなかった。

 なんで、今日初めて会ったばかりのメルテと、こんなに話しているんだろう。全部無視してここを立ち去ればいいのに、シオンはそれをしたくなかった。

 手に持ったカップから、火傷しそうなほどの熱が伝わってくる。浮かび上がる湯気が白く広がって、その向こうのメルテの笑みもあたたかくて、美味しそうなシチューの香りがする。 

 シオンは意地を張るのをやめた。

 

「いただきます」

 

 シオンの小さな声に、メルテが頷く。

 淡い緑色のシチューは、とろっと熱く、優しい味がした。具材はきっと代替食材がほとんどなのだろうけれど、この数か月で一番美味しい食事だった。

 

「美味い」

 

 シオンの口からこぼれた言葉に、メルテははじけるように笑った。

 

「よかった! そのパン、少しだけちょうだい」

 

 シチューとパンは、相性抜群だ。ちゃっかりしているメルテに、シオンは自然と笑っていた。もうずっと笑っていなかったから頬がぎこちなくひきつったけれど、気にならなかった。

 

「代替小麦だけど、いいのか」

「平気! 本物食べてみたいけど、食べたことないし。ありがと」

 

 ふわふわの大きなパンは、学園の食堂にいつでも置いてある。不味くもなければ美味しくもないけれど、柔らかな食感がシオンの好みだった。そのままかじりついていたので、食べかけの部分がなくなるようにちぎりとった半分を、メルテに渡す。

 パンに顔をうずめるようにかじりついたメルテを横目に、シオンは再びシチューを口に運ぶ。

 芯から温まる食事はシオンの口を緩めた。言葉が零れ落ちる。

 

「……あったかい」

 

 メルテは呟きにも鋭く反応して、シオンを頭から足先まで見回した。

 

「シオン、薄着だね」

「このコロニーは寒すぎる」

「冬だからね」

 

 自然現象でそうなるならともかく、わざわざ過ごしにくくする意味が分からない。シオンが顔をしかめているのを見て、メルテがたずねる。

 

「シオンが前いたところは、軍事工場コロニー? たしか季節ないんだよね」

「いらないだろ、季節なんて」

「そんなことないんだよ、作物にも家畜にも、大切なんだって」

 

 そういうものなのか。シオンは素直に感心した。たしかにこのコロニーは、シオンが両親と一緒に住んでいた軍事コロニーと違って、工場や研究施設もあれば農地や牧場もある総合コロニーだ。

 

 シオンはここにきてからまだ日が浅く、周囲との接触も避けていた。知らないことはたくさんあり、メルテとの会話でもっと他の疑問も生まれてきた。

 この気持ちはなんだろう。両親がいなくなってから止まっていた心が、動き出したのかもしれない。

 シオンは胸がいっぱいだった。中身がなくなってもまだあたたかいカップを手のひらで包んだまま、宙を見る。

 そんなシオンの横顔を眺めながら、メルテはぽつりとたずねた。

 

「シオンも、宙に行きたいの?」

「うん」

 

 シオンは素直にうなずく。

 

「どうして?」

「……どうしてかな」

 

 わからなかった。でもどうしても、宙に行きたい。そのために、嫌でも親と比べられるとわかってからも、パイロットになるためのカリキュラムで授業を受けている。

 

 コナーズ博士の支援制度では、生徒は学園での専攻を選べなかった。入学のための試験で一番成績がよく、適性があるとされる専攻に決められる。シオンはパイロット科だった。支援制度を利用した子供の中で一番の適性だったらしく、エースパイロットだった父親の名とともに騒ぎ立てた教師のせいで、一気に広まってしまった。以来、常に注目される生活で、息が詰まって仕方なかった。

 

「メルテ……さんは、どうして?」

「メルテでいいよ。私はね、まだ誰も行ったことのない宙を見つけに行きたいの」

 

 メルテの瞳は夢見るようにきらめいた。小さな子が描く夜空の星みたいに、きらきらしたイエロー。

 

「開拓ってこと?」

 

 シオンは授業で習った言葉を思い出した。現代を生きる人類の命題とも言える宇宙開発の中でも、開拓はとりわけ途方もない分野だ。宇宙人口の6割の居住地をまかなっているコロニーは、建造にも維持にも莫大なコストがかかり、耐用年数の問題もある。テラフォーミングすることで人類が住める惑星を見つけ出し、いわゆる第二の地球を作ることが、開拓の最終目標に掲げられている。

 

「もっと人が住める宙域が広がれば、前みたいな戦争が起きる理由を、ひとつ減らせる」

 

 メルテは真剣な声でそう言い切った。

 その言葉が、シオンの胸に鋭く刺さる。けれど嫌な痛みではなかった。星のような瞳が見つめる先の未来を、信じたいと思った。

 

「メルテは……宙の先を見てるんだ」

 

 シオンは自分の口調が熱を持っているのを感じた。すごいと口に出せるほど素直にはなれなかったけれど、その思いは隠せなかった。

 メルテは目を丸くしてシオンを見る。白い外灯の下で、彼女の頬がわずかに赤くなった。

 照れ隠しのように、メルテはパンの最後のひとかけを口に入れ、飲み込む。

 そして、シオンに向けてあたたかく笑った。

 

「やっぱり、誰かと食べた方が美味しいね」

「……うん」

 

 シオンも自然と微笑んで、素直に頷いた。

 冬の夜の出会いは、シオンの心にあたたかな光を灯した。



Signal.1 イエロー・メテオ

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