第二十章 04 厳戒態勢なのに侵入者多過ぎ
『アリアを責めないでくれ! 私が悪いのだ』
「ジル兄様は引っ込んでいてください。これはわたしとアリアの問題です」
『しかし……』
「わたしは! 友達に隠し事をされたことが悲しいんです!」
アリアがやっとラティエルの顔を見た。今にも泣きそうだが、傷ついたのはラティエルのほうだ。
「アリアは……わたしのこと、友達とは思ってないかもしれないけど」
「そっ、そんなことありませんわ! ラティエルはわたくしの大切なお友達です!」
「じゃあ、わたしに言うべきことがあるよね?」
「えっ⁉ どっ……どうしてそれを…………、わ、わたくしは……」
アリアはなぜか追い詰められたような顔で、目にいっぱい涙をためて声を振り絞った。
「……そうです。わたくしは、“空の聖女”ですわ!!」
「…………へ?」
「黙っていてごめんなさい! でも、知られたくなくて……うぅ、わあぁぁん」
ラティエルは「ごめんなさい」のひと言が欲しかっただけだ。なのに思わぬ告白を受けて呆然とした。そのあいだにもアリアの弁明は続く。
「バラされたくなければ、ラティエルの情報を教えろって……ぐすっ、ジル様がっ」
アリアから大粒の涙がこぼれ落ちる。ラティエルは信じられない気持ちでジルドラゴンを見た。
「ジル兄様……、脅したのですか?」
『い、いや……そんなつもりはなくってだな……』
「では、どんなおつもりで?」
『冗談で言ってみたら、本気にされてしまったというか……、すまない』
ドラゴンはしおしおと萎びていく。その向かいでアリアは大号泣。あいだに挟まれたラティエルは困り果てた。
「ハァ……ふたりとも、仲直りしましょう」
そのひと言でアリアの涙がピタリと止まり、萎びたドラゴンがピンッと復活した。
「ラティエル、ごめんなさい! もう二度としませんわ!」
「あ、うん……涙止める技術、すごいね」
『私も誓おう! 今度からはラティに直接聞く!』
「そうしてください。手遅れ感は否めませんが……」
おかしいな。ラティエルは仲直りしようとしたはずなのに、うまく丸め込まれた気分だ。首をかしげていると、また窓に石が当たる音がした。
今度はなんだと窓をあけてみれば、二階の高さまである木の枝に、ふたりの人影が見えた。ちなみにラティエルの部屋は三階だ。もう日はとっぷり暮れている。
「ひっ――」
「――わわ、待った! お嬢ちゃん、俺だ!」
「その声は……、リオンさん⁉」
「ラティエル嬢、でん……ジルから武器は受け取りましたか?」
「そっちは、クリフ兄様? ……武器って?」
ジルドラゴンの舌打ちが聞こえて、後ろを振り返る。
『せっかちな奴らめ。今日はこれを渡しに来たのだ』
ドラゴンに手を引かれ、勉強机に置かれていた紙袋をのぞく。
ラティエルの剣が一振りと、羊のぬいぐるみが入っていた。
「あっ、この剣! 魔法陣は外してくれたんですよね?」
『ああ、涙を呑んで取り外した』
ドラゴンは寂しげに肩を落としたが、それを見てラティエルは安堵した。これでもう王子を危険にさらすことはない。
「ジル兄様、このぬいぐるみは?」
『少し早いが誕生日プレゼントだ。機能を説明しておこう』
ぬいぐるみの機能とはいったい。またおかしな魔法を付与したのか。疑いの眼差しから逃げるように、ズイッとぬいぐるみが持ち上げられた。
ジルドラゴンと同じくらいの大きさ。つぶらな瞳は星の石だろうか。ふわふわの白い毛に包まれ、手足は短い。丸い角もやわらかな素材で作られている。これはいい夢が見られそうだ。
「かわいい! ありがとうございますっ」
『うむ。これがラティエルの新しい武器だ』
「――は、はい? 枕ではなくて?」
『このぬいぐるみは、“掟の剣”の力を封入した特殊魔合金を核としている。人に対して剣を突き立てられないラティエルでも、鈍器で殴ることはできるだろう?』
「ど……鈍器? これが?」
『ぬいぐるみも、思い切りぶつけられたら痛いからな。言うなれば、ソフト鈍器だ』
あらためてぬいぐるみを見る。つぶらな瞳に触れてみればアストローダと同じ力が感じられた。その瞳の中には魔法陣が見える。
「この瞳には何が?」
『ぬいぐるみを、“想像したもの”に変える魔法陣だ。羊毛は魔力を伝達する特殊繊維でできている』
「想像したもの?」
『例えば……羊を持って、ムチを想像してみろ』
ぬいぐるみを片手で持ち、長いムチの形を想像すると、羊のフォルムが変わっていく。
「わっ、伸びた!」
『最長十メートルが限界だが、使えないほどではないだろう。巨大化もできる。ハンマーにするもよし、想像次第で何にでもなる。ただし、伸びるのは繊維だけで、魔合金の割合は少ないから、剣などは作れない。あくまでソフト鈍器だ』
「すごい……、十分です」
『ラティエル。魔人をこれで殴れば戦女神の加護は解ける。体に剣が通るようになるから……。まぁ、無理はしなくていい』
「っ……、はい」
魔人に埋め込まれた呪核を壊せば、囚われていた魂は解放される。だがそれは、魔人としての死を意味する。殺すと考えるか、解放すると考えるか。ラティエルはまだ確固たる決意を持っていない。最初に出会った魔人がマルティナだったせいで、気持ちが割り切れないでいる。
窓の外で木が折れる音がして、男ふたりの慌てた声が聞こえた。
「ジル! 早く戻って来い!」
「これじゃ不審者ですよ!」
ジルドラゴンは名残惜しそうにラティエルを見た。
『次に会えるのは音楽祭だな』
「そうですね」
『アリアの歌も楽しみにしているぞ』
「ええ。張り切って歌いますわ」
階下から女子の悲鳴もあがり、渋々とドラゴンは窓から帰っていく。ふたりと一匹が、無事に女子寮の柵を乗り越える姿を見届けて、ラティエルはアリアに向きなおった。
「アリアはどうして、聖女であることを隠したいの?」
「わたくしは……歌い手になりたい。というのもあるけれど、空の聖女だから歌が上手だとは思われたくないの」
「ああ……」
空の女神セレステが司るのは空気や風だ。空気を震わせて歌うからと、結びつけられたくないのだろう。ラティエルだって、今まで積み重ねてきたものを『聖女だから』のひと言で片づけられたらやりきれない。
「女神の力って意外と制限多いのにね」
「まったくですわ!」
笑い合い、なごやかに就寝する流れだったのに、ふとアリアの顔が翳った。
「ねぇ、ラティエル」
「ん?」
「魔人というのは……何かしら?」
ジャイルズとの会話に突っ込んでこなかったのは、知っているからだと思っていたが、違ったようだ。
アリアは聖女だし、知っておくべきだとは思う。けれど――
(――夜にする話じゃないんだよね。眠れなくなっちゃう)
明日話すからと約束して、その日は眠りに就いた。
羊の枕は寝心地も最高で、朝までぐっすりだった。
◆
音楽祭は学園内の歌劇場で行われる。生徒は招待券を二枚配ることができ、大抵は両親を呼ぶ。兄アデルが両親を招待したので、ラティエルは家庭教師のレジーナと、その妹マルティナ――あらため、ティナを招待した。
西門から次々と乗りつける馬車の中に、レグルス家の家紋を見つけて走り寄る。先に降りてきたのは、レジーナとティナだった。軽く挨拶をしながら、両親が降りてくるのを待つ。父レオネルの顔を見た途端、ラティエルは瞳を潤ませた。
「お父様!! ご無事で――」
「――ラティエル! 剣を出しなさい」
「へ? 剣……ですか?」
「王子を召喚する剣だなんて、お父様は許さないよ」
「あの機能はもう、外してもらいました」
「信用ならないな。――アデル?」
いつの間にか後ろに立っていたアデルが、気だるそうに手の平を上に向けた。ラティエルは女神の空間から剣を取り出し、その手に置こうとした――瞬間、剣がアデルの手を弾く。ラティエルはおどろきつつも、剣を空中でキャッチした。
「え……、なんで?」
「ラティエル、そのまま持っていろ」
「あ、はい」
アデルのこめかみに青筋が立っている。ラティエルは大人しく剣をかざす。睨みつけるように剣を眺めたアデルが、わざとらしく息を吐き出した。
「“男”は剣に触れられないようになってる。転移魔法陣はついていないようだが……、前に着けてた威力増大の珠が、別のものに置き換わってるな。なんだこれ?」
「ラティエル、見せてちょうだい」
母セレーネまでジッと見つめるが、鑑定魔法を使っている素振りはない。
「お母様も、見るだけでわかるの?」
「……女神の力よ」
それならラティエルにもできそうだ。とはいえお菓子は有限。こんなことで消費するわけにはいかない。
「何かわかりましたか?」
「……そうね、アデルが読めなくても仕方がないわ。これ、漢字で書いてあるもの」
「かんじ……ハッ、異世界の⁉ 母上、なんと読むのですか?」
セレーネは嫌そうに顔をそむけたが、アデルにせがまれて渋々と答えた。
「強火担」
「「つよびたん?」」
「このネーミングセンスは、アイリス様の影響ね」
――栄養ドリンク剤か? いや待てよ。前世でクラスメイトが、アイドルの団扇を持ってこの言葉を叫んでいた気がする。あれが珠に込められたということか? 頭の中に浮かぶのは、団扇を持って応援するジャイルズの姿だ。
(う~ん、剣には実用的な機能が欲しかった……)
ラティエルは頭を抱え、アデルは飲み込めていない様子。
父からは暗黒オーラが立ちのぼる。
「ラティエル強火担だと⁉ 断固、同担拒否だっ!!」
「はいはい。もう行かないと、はじまってしまうわ」
「お母様、機能については……?」
「う~ん、応援機能としか書いてないのよね」
「そうですか」
ラティエルは女神の空間へ剣を納め、レグルス家一行は人の流れに乗って歌劇場へと向かった。




