第二十章 02 王位を欲していたのは
降りやまない雨の中、やって来たのはラルフだった。騎士団の制服を着て、後ろに部下をふたり連れている。レジーナとティナは、すかさず右手の壁際へ控えた。
「ラルフ団長! お父様は⁉」
ラティエルは開口一番、父の安否について問い詰めた。向かいのソファに座ったラルフは、目を泳がせながら不思議な言葉を並べていく。
「レオのやつは……椅子に座れるようになったら来るだろう。いや、待てよ。精神的ダメージが回復してからじゃなきゃ、無理か……」
「椅子? 精神的ダメージ?」
まるで謎かけのようだ。首をかしげていると、ラティエルの右隣に座っていたハーヴィーが、わかったような口をきく。
「娘に男のケツを叩かせてきたツケが、まわってきたんじゃねぇの?」
「あいつ、そんなことさせてたのか。嬢ちゃん、もうやるなよ?」
「お尻叩き戦法はもう卒業したの。それより、本当にお父様は無事なの?」
「……命に別状はない」
「呪核が埋め込まれたりは……?」
「してない」
やっと心から安堵できた。その分、母セレーネが頑なに会わせなかった理由がラティエルにはわからない。詳しく聞こうと思ったのに、ラルフは話題を変えてしまった。
「それより、嬢ちゃんたちには学園に戻ってもらう」
「いいの?」
「ああ。学園の警備をさらに強化したからな。ここよりも学園のほうが安全だ」
「やったぁ!」
「ただし! 学園の外には絶対に出るなよ? また狙われるぞ」
「わかりました!」
学園に戻れる。みんなに会える。会ったらすぐさま誤解を解くのだ。ラティエルはグランリザードを生で食べたりしていないと。
意気込むラティエルとは裏腹に、ハーヴィーは浮かない顔だ。
「姉上たちは……捕まえたのか?」
「ディーンは確保した。が、ルイーズとエリスは姿を消した。研究室も、もぬけの殻だった」
「「――え?」」
「リシャド皇子の留学も切り上げられて、サーペント侯爵ともども国外に出たから、一緒に帝国へ逃げたのかもな」
「そんな……」
肩を落とすラティエルの隣で、ハーヴィーはソファにもたれて憎まれ口を叩く。
「後手後手じゃないか! 無能だな」
「それについては返す言葉もない」
ラルフは後ろに立つ部下から袋を受け取り、ラティエルに渡す。袋には折りたたまれたメモがつけられていた。
読んですぐ、ラティエルは右側に顔を向けそうになり、ラルフの咳払いで思いとどまる。ひとつ深呼吸をして袋をあけると、中には新品の魔力抑制カラーが入っていた。取り出してハーヴィーに見せる。
「見てこれ、新作だって」
「ファッションアイテムみたいに言うなよ」
「ちょっと着けてみて」
「エエ……」
ラティエルに上目遣いでお願いされると、ハーヴィーは断れない。嫌そうな顔をしつつも装着し、ぐったりしてしまった。
「これ……きついな」
「ハーヴィーもずいぶん慣れてきたからね。レグルス家の特注品じゃないと」
「もういいだろ? 外してくれ」
「ごめんね、ハーヴィー。それはできないの」
ラティエルは立ち上がり、ラルフの隣へ移動する。入れ替わりでラルフの部下がハーヴィーを立たせた。
わけもわからず、ハーヴィーはうろたえる。
「なんの、マネだよ?」
ラティエルは目を合わせられず、代わりにラルフが答えた。
「リシャド皇子たちが予定を変更したのは三日前、この宿でサーペント侯爵の名前を出してすぐだ。それまでは音楽祭を楽しみにしていたらしい。おかしいと思わないか?」
「……何が言いたい?」
「ここでの会話を聞いていた者が報告した……、そう考えるのが妥当だ」
「それが俺だって言いたいのか⁉ 俺はずっとラティと一緒に勉強に明け暮れてた! 伝えるのは不可能だろ⁉」
「方法はいくらでもある」
この部屋には換気用の窓がある。そこから変書鳩を飛ばすことができる。ハーヴィーは転移魔法も使えるようになったし、玄関の前室で剣の素振りもしていた。目の届かない時間はたくさんあった。
「ラティも疑ってるのか⁉」
話を振られてラティエルの肩が揺れる。気まずげに瞳を彷徨わせた。
その姿を隠すかのようにラルフが立ち上がる。
「決定的な証言をディーンが吐いた。『瞳の交換は弟の提案だった。用がなくなれば自分は殺される』と嘆いていたよ」
「なっ……⁉」
「王位を欲していたのは、お前だ――ハーヴィー!」
「っ……違う!! ラティ、信じてくれ!」
「連れて行け」
ハーヴィーの必死な声を背中で受けつつ、ラティエルは最後までハーヴィーの顔を見ることができなかった。
棒立ちしたまま唇を噛みしめていると、ラルフが肘で小突いた。
「ほかに聞いておきたいことはあるか?」
「あっ……ええと、じゅ……呪核は無事なの? ちゃんと保管できてるか、気になるな~なんて……」
「ああ。呪核はもっとも安全な場所に保管してある」
どこだろうかと逡巡して、ラティエルは見当をつける。
「王宮?」
「いんや、学長室だ」
「は、はぁぁ⁉ なんでそんなとこに⁉ 学園長は命を狙われてるのよ⁉」
「さっきも言ったが、学園が今一番安全な場所なんだ。それに、ルイーズたちはもう国外へ逃げてる。この件はハーヴィーが黒幕ということで、処理されるだろう」
ハーヴィーとディーンの共犯を疑い、主犯説を持ち上げたのはジャイルズだ。
ジャイルズの言葉は真実となり、主犯はハーヴィーとして解決を迎える。
「っ……、こんなのやっぱり――」
「国王陛下は事件の収束をお望みだ。嬢ちゃん、準備してくれ。学園まで送ろう」
レジーナやティナとも一旦お別れだ。音楽祭には招待すると約束をして、ラティエルはモニカとともに学園内にある女子寮へと戻った。
◆
女子寮の部屋をノックすると、慌てふためく音がして、アリアが勢いよくドアをあけた。
「ラティエル⁉ 心配しましたわ!」
「アリア……、ごめんね」
「レグルス領へお手紙を送ったのだけど、すれ違いになってしまったかしら?」
「あわわっ、そうみたい! 重ねて申し訳ない」
「いいの、入って!」
一週間授業に出られなかったラティエルのために、アリアはノートを作ってくれていた。友達のありがたみに泣きそうだ。
どこから話を聞きつけたのか、従姉のフェリシアとヴィクトリアがずかずかと上がり込み、声をそろえた。
「「ラティ! グルメツアーはどうだったの⁉」」
「ぐ……ぐるめつあー?」
「いろんな魔獣を狩って、食べ比べたんでしょう?」
「フェリ姉様、いったい誰から?」
「お味はどうでしたの⁉ 本当に生でも食べられますの⁉」
「食べてません!! ヴィー様、落ち着いてください!」
遅れてベネットとモニカもやって来た。みんなノックしてすぐ入ってくる。
返事を待つ気はないらしい。
「お邪魔しますわっ! わたくしたちも交ぜてちょうだい」
「おじゃましま~す」
普段は狭いと感じない部屋なのだが、六人も集まれば椅子も足りない。勉強机から椅子を引いてくる。
結局、噂の出所はわからないまま、消灯時間まで騒いで寮母に怒られた。
(久しぶりに楽しかったな……)
だが、ラティエルの心は晴れない。ベッドの中で寝返りを打ちながら、考えるのはハーヴィーのことだ。『悪いようにはしない』とラルフは言っていたが、『信じる』と言ってあげられなかったラティエルを、ハーヴィーはどう思っただろうか。
(でも、これで幕引きなんてことにはさせないから!)
ラティエルはまだあきらめていない。
女神エロイーズを葬らなければ、何も解決しないのだから。
(必ず見つけ出してやるわ!)




