第十九章 02 王子召喚
金色に光る魔法陣から、金髪の男があらわれた。メガネにエプロン姿。隠し部屋で魔道具作りに専念していたのだろう。
「またかよ!」と、ラルフのやるせない声が響く。ピエールの猛攻が止まった。突然あらわれた王子に警戒しているようだ。
メガネをポケットにしまい込んだジャイルズは、ラティエルに駆け寄った。
「ラティ!! 傷だらけじゃないか! 誰にやられた⁉」
「これくらい平気です。状況は最悪ですけど」
王子を戦場に召喚してしまった。いろんな意味で最悪だ。
ジャイルズはエプロンの上部を器用に外すと、着ていたシャツを脱いでラティエルにかけた。頬がほんのり赤い。
「着ていろ。肌を出しすぎだ」
「あ……、ありがとうございます」
ピエールは爪で執拗にもてあそび、服をボロボロにしてくれた。ありがたくシャツに袖を通して見上げると、ジャイルズはエプロンをかけなおしていた。
その姿は裸エプロン……、いや、ズボンは履いているから半裸エプロンか。これはこれで目のやり場に困る。
アストローダが呼んでしまったせいではあるが、できればお帰り願いたい。
ふいにラティエルの右手をジャイルズが指差した。
「ラティ、その剣を貸してくれないか?」
「え? ええ……、どうぞ」
受け取った剣と何やら格闘をはじめた。ポケットから取り出した青い珠と、剣に着けていた“威力増大”の珠を入れ替えたいようだ。
そこへピエールが容赦なく突っ込んで来た。
「ジル兄様!!」と叫び終わる前に、ジャイルズは体の向きを変え、ピエールに向かって剣を――突き刺した。そう、刺さったのだ。戦女神の加護を受けた鉄壁の体に。小石が割れる音がかすかに聞こえる。
「そんなっ! ありえない!!」
おどろきに声をあげたのはリリアだ。言葉を失ったラティエルは、ゆっくりと倒れゆく巨体を目で追うだけ。刺さった剣は胸の下を貫いていた。魔人の急所は心臓ではなく呪核だ。呪いに縛りつけられていた魂が解放されれば、動かぬ亡骸に戻るのみ。
倒れきる前に剣を引き抜き、ジャイルズは切っ先をリリアに向けた。
「帝国の人間と交渉していたのはピエールだと思っていたが、まさかそなたが?」
「さぁ? なんのことかしら?」
後ずさりながらリリアは辺りを見まわす。離れたところにいたはずのセレーネとマルティナの姿がない。
憎々しげに顔をしかめ、リリアが叫んだ。
「三号!! こっちへ来て、わたくしを守りなさい! 三号⁉」
耳障りな声がラティエルの心を掻き乱す。
「三号? それって、マルティナのこと?」
「名前なんて覚えてないわよ! ――三号⁉ どこにいったの⁉」
仄暗いものが、抑え込んでいた気持ちの蓋をあける。
「ジル兄様……剣を、返してください」
「……」
ジャイルズは逡巡したのち、剣の柄をラティエルに向けた。
柄を握ったラティエルは、怒りに染まった顔でリリアを睨みつける。
「許さない……、絶対に許さないから」
一歩ずつリリアへとにじり寄る。「ひっ」と小さく悲鳴をあげて、リリアは逃げ出した。どこへ行くつもりだろうと、鍛えてもいない女の小走りなど一瞬で追い越せる。目の前にまわり込んで、横腹に蹴りを入れた。
「ぎゃっ!!」
リリアはバラの茂みに倒れ込む。すかさず前方の逃げ道を塞いだ。後ろも横も、バラのトゲがリリアを阻む。これでもう逃げられない。
ラティエルは剣を逆手に構えた。その顔にはなんの迷いもなく、瞳はゴミを見るかのように温度が感じられない。
「まっ、待って!! わたくしを殺せば、情報を得られないわよ⁉」
ラティエルは顔色ひとつ変えず、ゆっくりと首をかしげる。
「あなたがサーペント侯爵と交渉していたとは思えない。たいした情報など持っていないでしょう?」
「さっ、サーペントまでたどりついてるの⁉ けど、ほかにも情報はあるわ!」
「あなたを殺せば、ティナにかけられた呪いが解ける。それより価値のあること?」
「くっ、うぅ……」
後ずさったリリアはイバラに腕を絡め取られ、唸ることしかできない。
そこへジャイルズが追い打ちをかける。
「ラティ、時間のムダだ」
「……そのようですね。せめて『審判の日』でも知っていれば別でしたが」
剣が振り上げられたとき、リリアが叫んだ。
「音楽祭よ!! 学園の音楽祭で、魔人を放つ予定なの!」
ラティエルはディーンの言葉を思い出す。『あの男の誕生日』が音楽祭なら、開催日に誕生日を迎えるのは――学園長のオスカーだ。
「どうして学園長の誕生日に?」
剣を下ろさないまま、ラティエルは無機質に問いただす。
リリアは観念したように話はじめた。
「あの男が、すべての元凶だからよ!!」
オスカーの兄、アントニー王の治世ではベガ公爵の天下だった。王妃の計らいで財務大臣に就き、国税を使って贅沢三昧。この世の春を謳歌していた。
そこへ引退したはずの王父が王宮に住み着き、アントニーに活を入れて正していった。
「それもぜんぶ、オスカーの策略だったのよ!! あの男のせいで、ベガ家は没落。母は北の監獄で病死したわ!」
「……それで?」
「だ、だから! 復讐だって言ってるでしょ!」
これではただの逆恨みだ。母親を亡くすのはつらいことだが、そもそも悪いことをしなければ、劣悪な環境に置かれて病気になることもなかっただろうに。
「どうして王子ふたりを殺そうとしたの?」
「それは、エロイーズ様が……」
「……エロイーズが、何?」
「お、王宮が欲しいとおっしゃるから! 簡単なところから排除しようと……」
ルイーズの研究室で見たあれは、やはり王宮の間取りだったのか。欲しいものを力づくで奪うだなんて、女神の風上にも置けない。だけど、ルイーズの怯えようからして、それだけではない気がする。
ラティエルの腕が疲れてきたのを感じ取り、ジャイルズが耳打ちした。
「――――。ラティエル、もういいだろう」
「……わかりました。ヤってみます!」
「ヒッ⁉」
剣先を天に向けて持ちなおし、ラティエルは振りかぶった。
そのまま、目をつむったリリアへと振り下ろす。剣の腹がリリアの左目付近に当たると、黒いモヤが霧散していく。悲痛な叫び声をあげて、リリアは気を失った。
「これで、マルティナにかけられた隷属の呪いは解けたはずだ」
「れいぞく?」
「強制的に命令をきかせるための呪いだが、片目だけだとあまり強いものではないな。魔女師匠の結界内にいれば、防げる程度のものだ」
結界のないギルドに身を寄せたせいで、隷属の呪いがかかるのを許してしまったということか。
剣を鞘に収めると、ラティエルはその場にへたり込んだ。緩みきった頭にお説教が降り注ぐ。
「もっと殺気を混ぜないとだめだ。手練れ相手だと、演技だって見抜かれるぞ?」
「うぅ……、がんばったのに……手厳しい」
ラティエルもジャイルズも、師匠レオネルの教えが染みついている。だから私怨で命を奪うこともなければ、怒りにまかせて剣を振り下ろすこともない。
ただ、ジャイルズをも焦らせるほどの演技力が、ラティエルになかったことが悔やまれる。
「だいたい、こんなボロボロになるまで私を呼ばないなんて!」
「そっ、それは……」
気安く王子を戦闘に巻き込めないと、いい加減に気づいてほしい。
不毛なお説教から逃げるためにも話をそらす。
「あの! ジル兄様、この珠はどういう仕組みなのですか? これのおかげですよね? 戦女神の加護を破れたのは」
「ああ。戦の聖女はどうやって力を付与しているのか、神官に聞いたのだ。それがなんのひねりもない付与魔法で――」
掟の剣から珠へ、女神の力を移譲させたと言うのだが、そんな簡単にできるものだろうか。
そもそも、移してもいいものか。その疑問はジャイルズも持っていたようだ。
「そこでだ、ラティエル」
「はい」
「女神を葬るのに影響がないか、聞いてみてくれないか?」
「そういうことはやる前に……、わかりました」
やっちゃったものはしょうがない。
心の中で女神に問う。しばらく沈黙が流れたのち、アストローダのあきれた声が返ってきた。
『まぁ、問題ないだろう。相手は死に損ないの下級女神だ』
ずいぶんな物言いだが、その下級女神は投げキッスで焦げ跡を作れるらしい。人間にとっては十分な脅威だ。
聞いたままをジャイルズに伝えると、ホッと表情を緩ませた。
「そうか。二割ほど大剣が縮んで焦ったが、差し支えないようだな」
「にっ、二割も⁉」
「それ以上の移動は無理だった。二割で戦女神の加護を断ち切れたことを考えれば、残り八割で女神を倒すことは可能だろう」
サルガス伯爵は七号から改良版を使っていると言っていた。この剣がなければ魔人は倒せない。毎回ジャイルズを召喚するわけにもいかない。
(この剣で、わたしが倒さなければ……)
グッと柄を握った手に、ジャイルズの手が乗せられた。
「そういうわけで、この剣は預かる」
「――へ? どういうわけで?」
「鞘の魔法陣……、解除しなくてもいいのか?」
「してください!! お願いします!」
手放すのは心許ないが、仕方がない。王子を召喚してしまう魔法陣を消してもらうためだ。




