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女神の愛し子は創られた恋に悩まされる  作者: 夜高叶夜
第二部 パニックに陥る学園編
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第十八章 01 真なる軽蔑の眼差し

 セレーネが転移した先は、万屋ギルドの魔法陣ルームだった。


「ラティエル、あなたの姿は目立つから、フードから出てはだめよ?」

『はい、お母様』


 魔法のローブについているフードは、ラティエルをくるむように、顔だけ残してスッポリとおおっている。セレーネの背中から見る景色は、おんぶされているかのようだ。


『ねぇ、お母様。どうしてギルドに?』

「シーッ」


 セレーネは口もとに人差し指を立て、ギルドの奥へと進んでいく。受付カウンターの左脇にある通路を進み、ドアをあけるとお酒の匂いがただよってきた。

 途端にラティエルの思考はぼんやりとしていく。母の背中でゆらゆら夢心地だ。

 遠くに母の声が聞こえる。


「ラティエル……、ラティ? もう変幻を解いていいわよ?」

『……へんげん?』

「まぁ、どうしたのかしら? 熱があるみたいだわ」

「――奥様、お嬢様をベッドへ」


 若い女性の声も聞こえる。その声はマルティナに似ていた。

 続いて少年の声が頭上に落ちる。


「不思議な動物だな……、本当にラティなの?」


 その声を聞いてラティエルは覚醒した。

 カッと目を見ひらく。


『ハーヴィー? ハーヴィーだわ。ハーヴィーがいる!』

「わわっ⁉ なんだよ⁉」


 ラティエルは心に決めていたのだ。ハーヴィーと会ったら、殴り合いのケンカをすると。ここで会ったが運の尽き。


『さぁ、仲直りの儀式をはじめましょう? ――解除!』


 変幻を解くと、なぜかミニスの姿も解かれており、ヨレヨレの制服を身にまとったひどいありさまだった。ほかの願いで上書きされたのか。ミニスの姿に変身するからいいだろうと、身だしなみをおろそかにしていた。

 それを見たセレーネは目をおおい、マルティナは口もとを押さえた。それだけではない。後ろから怒気をはらんだ声がラティエルをくるむ。


「お嬢様、馬車にでもかれましたか?」


 セレーネよりも低い声音にラティエルの喉が鳴る。おそるおそる振り返れば、口もとだけ微笑んだレジーナが、背筋を正して立っていた。その瞳は絶対零度を宿やどしており、ジャイルズがラティエルに向けた瞳とは比べるべくもない。


(ジル兄様の瞳は、こんなに底冷えしてなかった。これこそが――)


 ――真なる軽蔑の眼差しだ。言い訳させてもらえるなら、浄化魔法はかけている。


「レジーナ先生、これにはワケが……」

「問答無用です。マルティナ?」

「――はいぃ! すぐにお湯を張りますっ」

「奥様、大変申し訳ございませんが」

「ええ……、服を見繕みつくろってくるわ」

「おそれ入ります」


 レジーナもマルティナも、お仕着せではなく簡素なワンピースを着ている。ハーヴィーも身ぎれいではあるが、平民のような格好だ。

 湯張りを待つあいだ、レジーナは食事が載ったワゴンを押してローテーブルへ並べていく。ハーヴィーの前にひとり分の食事を並べたあと、くるりとラティエルに振り向いた。今も目が笑っていない。


「ではお嬢様、参りましょう?」

「ど、どこへ? わたしも食事を……」

「もちろん、お花をみにですわ。お食事はそのあとです」


 これは遠くまで摘みに行かされそうだ。レジーナの肩越しにハーヴィーが、かわいそうなものを見るような視線を向けてくる。


(ハーヴィーめ、命拾いしたわね。覚えてなさいよ!)


 内心で叫んだ言葉は、ものの数分で忘却の彼方へ。ラティエルは身も心もみがき上げられ、しばし放心状態におちいった。


「お空がキレイですわ……、うふふ」

「ラティ、この部屋じゃ空なんて見えないぞ? 大丈夫か?」

「女神様のおわす世界には、昼夜を問わず、青空が広がっているのですわ」

「どこまで花を摘みに行った? いい加減に戻って来いよ」


 セレーネが持ってきたのは町娘風のワンピース数枚と、きれいな制服が一着。迷わず制服に手をかけたが、レジーナが許さなかった。

 着替える最中も淑女の心得こころえをこんこんとかれ、ケンカする気持ちなど、どこかへ吹き飛んでしまった。


「ハーヴィー、無事だったのね。学園に姿がなかったから、何かあったのかと」

「…………」


 ハーヴィーは唇を引き結んだまま、物言いたげな視線をセレーネに向ける。

 視線に気づいたセレーネは、マルティナとのおしゃべりを切り上げてこちらへやって来た。ラティエルの隣に腰かけ、向かいに座るハーヴィーに目を細める。


「ラティエル。ハーヴィーはね、ひとりで女神に立ち向かおうとしていたのよ」

「女神に……ってことは、ルイーズ様に?」

「そう。対策もナシ、実力もナシ。無駄死に(・・・・)するのは目に見えていたわ」

「うっ……」


 向かいでハーヴィーがうめいた。本人も自殺行為だとわかっていたのだろう。だからラティエルに『さよなら』なんて言ったのだ。


「ルイーズ様が女神を宿していることを、ハーヴィーは知ってたの?」

「昔から自分のことを『愛の女神だ』って言い張ってたからな」


 ハーヴィーは『あんなバケモノに敵うはずない』とおそれていた。力についてもよく知っているかもしれない。


「エロイーズの能力を見たことあるの?」

「ああ、唇を――」

「――ラティエル、あなたにはまだ早いわ。大人になるまで待ちなさい」

「お母様、ハーヴィーだって同い年です!」

「ハーヴィーはもう十六歳になっているわ」

「わたしだって、あと三十八日で大人です!」


 自分で言ってみて、結構あるなと思ったのは内緒だ。

 ハーヴィーが首をかしげる。


「投げキッスくらいで大袈裟おおげさだろう?」

「投げキッス?」

「唇を弾いて魔力を飛ばしてるみたいなんだ。ハート型の輪っかが放たれて、当たった場所が焦げてた」

「ヒェッ」


 おそろしいとは思うけど、この程度で規制するのはやりすぎだ。知っていたほうがお得な情報ではないか。

 セレーネを見やれば、安堵あんどしたような顔をしている。まだ何か隠していそうだ。問いただそうとしたとき、慌ただしい足音とともにドアが勢いよくひらいた。


「ラティエル!! 無事か⁉」

「――お父様?」

「第四騎士団に行ったら姿がないし、途中で信号消えるし! 心配したんだぞ!!」


 ギルドチップで追跡するのはやめてほしい。けれど、途中で信号が消えたとはどういうことだろうか。


「どうして消えたんでしょうか?」

「それはわたくしの結界内に入ったからよ。あらゆる追跡から遮断しゃだんできるようにしておいたわ。追われていると思ったらあの部屋へ飛びなさい」


 母よ、王宮の……それも王子の緊急避難所を、勝手に改造したのか。

 許可を得ていると信じたい。


「ところでお父様、後ろの御方は?」


 父レオネルの後ろにいかつい男性が立っている。着ているものからして貴族だろう。その顔には兄弟子パトリックと同じような二股に分かれた眉がある。聞いておいてなんだが、パトリックの父親ではないだろうか。よく似ている。


「彼はエルナト伯爵フィリップ。私の旧友で第三騎士団の団長だ」

「第三騎士団の?」


 また団長がふらふらと出てきた。騎士団長はひまなのか。それに第三にはよい思い出がない。

 フィリップは胸に手をあてて一礼し、ニッコリと笑った。


「ラティエル嬢とは二度目のご対面ですね」

「え……っと、小さいころの話ですか?」

「いえ、つい二日前のことです」

「んん?」


 言われてみれば声に聞き覚えがある……気もする。首をかしげていると、フィリップはいたずらが成功したかのように口もとに手をあてた。見た目に反して物腰ものごしがやわらかい。


「フッ。わからないのも当然だ。私は魔道具で姿を変えておりましたから」

「魔道具で、姿を……?」

「コホン。――囚人五十七番、時間だ!」


 突然叫ばれて思い出した。


「――あああ⁉ ケネス、さん⁉」

「ご名答。奴とは背格好が似ているものですから、ときどき顔を借りるのですよ」

「はぁ…………、はぁ? ラルフ団長の部下じゃ……ない?」

「ないですねぇ。ラルフに持ちかけたおとり捜査は第三と合同でしてね」


 ふと、ラティエルを取り調べたミルザム部隊長が頭に浮かんだ。


「じゃあ、ミルザム部隊長も?」

「いえ、彼は……勝手に刑を言い渡したことで、地方へ飛ばすことになりました」

「そうですか……」


 少しホッとしてしまった。裁判もせずに刑を言い渡すような人が騎士団にいると思うと、信用できなくなってしまう。


「それで、ケネス……じゃなくて、エルナト団長は」

「フィルで結構ですよ」

「フィル団長は、どうしてこちらへ?」


 レオネルが飛んでくるのはわかるが、第三騎士団の団長がなんの用だろうか。


「セレーネ様に呼ばれまして」

「お母様に?」


 一同はセレーネの顔を見る。鷹揚おうように頷いたセレーネは、異様な空気を発する木箱の蓋をあけた。


「こちらを預かっていただきたいの。ラルフ様とは連絡が取れなくて」

「これは……、魔人の呪核? 刻印ナンバーは、十二から十四までですね」

「ええ。娘がルイーズ嬢の研究室から持ち出したみたいなの」


 言いながらセレーネはラティエルをジッと見つめる。その目が『二度とやるな』と言っている。ラティエルはブンブンと首を横に振った。欲しくて盗んだわけではないし、頼まれてもごめんだ。



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