第三章 01 ジルからの贈り物
ジルたちが帰ってから一週間も経たないうちに、家庭教師がやって来た。赤毛とまではいかない琥珀色の金髪に、優しそうなグレーの瞳。妙な既視感を覚えたが、気のせいだと思い、すぐに忘れてしまった。
父には話を通してあったようで、辺境伯領の領主館に住み込み、みっちりと教えてくれるらしい。
「ラティエルお嬢様。シャウラ伯爵家が長女、レジーナにございます」
「よろしくお願いします。レジーナ先生」
「……まずは、礼の執り方からはじめましょう」
挨拶を交わしてすぐに指導が入る。スラッと背が高く、姿勢も仕草も美しい。愛想よく微笑んでいるのに底が見えないけれど。質問すればすぐに返ってくるし、教え方も上手。
ラティエルが興味を持ちそうなことから教えてくれる。この国では女神信仰が強く、たくさんの女神がいる話はおもしろかった。
しかしながら、乳母のアンナよりも手厳しいかもしれない。目の前でしごかれているというのに、部屋の隅に控えたアンナは感動に打ち震えている。助けは見込めそうにない。ラティエルの淑女教育は――
「――前途多難」
「お嬢様、わたくしがついておりますわ。ですから、前途洋々と言い換えましょう」
「ぜ、ぜんとようよう……」
「背筋を伸ばして、もっとハキハキと」
「前途洋々!!」
「淑女たるもの、叫んではなりません」
「ふえぇ……」
「情けない声を出さない。はい、もう一度」
決して大きな声を出さず、穏やかに叱るレジーナに淑女の鑑を見た。同時に、母に対するのとはまた別の、畏怖の念を抱いたラティエルであった。
◆
秋も深まり、吹く風が冷たくなってきた。
母が見つからないまま、九歳の誕生日を迎える――その前日。ラティエルはレジーナから小さな箱と手紙を受け取った。差出人はジルで、小箱は誕生日プレゼントだという。
『ラティエルへ。誕生日おめでとう。剣を振るう君にふさわしいものを選んだ。本当はドレスを送りたかったけれど、レジーナに阻止されたので今はあきらめる。婚約者に愛想を尽かしたら相談してくれ。君の幸せを願っている』
小箱をあけてみると、光沢のある上質なリボンが入っていた。
母の瞳と同じスミレ色をベースに、金の刺繍が施されている。
「わぁ……、きれいな色。ポニーテールに映えそう」
剣の訓練をするときはいつもポニーテール。だからこのリボンを選んでくれたのだろう。ジルの気遣いは、ラティエルの心をギュッと締めつけた。
(この気持ちはなんだろう。まるで……、そう! 寒い日に温泉に浸かったような気分だわ! ギュッとなるのに溶けていく感じ……)
このリボンはラティエルにとって、心を温めてくれる温泉だ。何かお礼をしたいと考えて、はたと気づく。
「わたし、ジル兄様の誕生日を知らないわ。レジーナ先生は知ってる?」
「ジル様から、お礼なら手紙が欲しいと伺っております。わたくしに預けてくださればお届けいたしますわ」
「手紙だけで……いいのかな?」
「ええ、とてもお喜びになられますよ」
リボンをさっそくアンナに結んでもらう。その様子を微笑ましく見守っていたレジーナが、思い出したように笑った。
「ふふっ、ジル様ったら……、最初はドレス、それがだめならアクセサリーを贈ろうとなさったのですよ」
「そうみたいですね、手紙にも書いてありました。先生に阻止されたって」
「お嬢様には婚約者がいらっしゃいますからね。ほかの殿方から高価なものをいただけば、すぐ噂になります。それはすべて、女性側の瑕疵とみなされてしまうのです。気をつけなければなりませんよ」
「はい、レジーナ先生」
レジーナは女性としての心得まで教えてくれる。素晴らしい家庭教師を紹介してくれたと、あらためてジルに感謝した。