第十七章 02 怪しい魔術師
ヒューベルトが何を知っているのか、こちらの情報を与えずに聞き出す必要がある。ラティエル――あらため、ミニスはとぼける作戦に出た。
「なんのことかしら?」
「……」
ヒューベルトは眉間にシワを寄せて黙り込み、ジッとミニスを見つめるだけ。
(え……、なんで黙っちゃうの? もっとこう、言うことはないの?)
情報を聞き出すことは敵わず、ヒューベルトは離れて行った。「見ているからな?」とだけ言い残して。
「なんなのよ……」
「なんなんだろうねぇ?」
「――わぁ⁉」
後ろからいきなり降って湧いた声にミニスは飛び上がる。
教員たちとは違う紫色のローブは宮廷魔術師団のものだ。鋼色の髪に、青灰の瞳。第三騎士団でラティエルが取り調べを受けたときにいた、魔術師のカルロで間違いない。
(この人に渡したメモが消えたのはなぜ? 聞きたいけど、今のわたしはミニスよ)
カルロと面識があるかどうかもわからない。どんな態度で接するべきか。まずは距離を取ろう――そう考えて身を引こうとしたのに、柱に手を置かれて逃げ場を失う。
「今日、行くでしょう?」
「ど、どこに?」
「ルイーズ嬢の研究室。そろそろ“核”のストック、なくなるころじゃない?」
なんの話だと逡巡して、魔人を作り出す“呪核”の存在に思い至る。あれは呪術を込めた魔核でできている。こんな話を振ってくるということは、カルロもあちら側の人間に違いない。
「そ、そうね。でも……休みボケで部屋を忘れたわ。あなた、覚えてる?」
「もちろん。じゃあ放課後、裏門で待ってるよ」
「……ええ」
◆
研究棟は学園の裏門から道を挟んで向かいにあり、学生の見学も許されている。
「門の守衛室で名前を書けばいいだけだから」
カルロはそう言って、ミニスの影にトプンと身をひそめた。
「闇魔法⁉ ずるい! わたしも影に入りたいっ!」
『君……、本当にミニス? なんか雰囲気が違うね?』
足もとの影からくぐもったカルロの声が聞こえる。
アワアワと口もとを押さえ、咳払いでごまかした。
「あたくしはミニスですわ。行きますわよ」
ひとつ深呼吸をして、研究棟へ歩を進める。見学者のプレートを首にかけ、カルロの指示に従って歩く。研究棟は学園と同じくらい大きな建物なのに、カルロは地下へ進めと言う。
『まだまだ下の階だよ。あ、この階を進んで、次を左……、手前から二番目のドアだ』
魔道具のランプが煌々と通路を照らし、地下だと感じさせない清潔さもある。けれど示されたドアの向こうからは、ただならぬ空気が感じられた。例えるならば、血気盛んな魔獣の気配に似ている。
魔獣を相手にするだけならいいが、このドアの向こうにはルイーズもいるかもしれない。
「帰りたくなってきた」
『――早く』
影から飛んでくる苛ついた声に押され、渋々とドアをノックする。
しかし応答はない。
「誰もいないみたい。また日をあらためて――」
『登録者ならあけられる。ミニスは登録していたはずだろう?』
「え……」
まずい。ミニスの姿は取っていても、魔力までは同じにできない。ダメもとでドアノブに手をかけてみたが、やはりドアはあかなかった。
(このままじゃ、ミニスじゃないってばれる……かくなるうえは!)
心の中で女神に呼びかけ、お願いすると、ドアは風に押されるかのようにカチャリとひらいた。安堵のため息を飲み込んで、部屋に顔だけ突っ込み、様子を窺う。
ドアがあけば自動で部屋の明かりがつくようだ。ぐるっと見まわしたかぎり、魔獣の姿も、人の気配もない。
「……おじゃましまーす」
か細い声で断りを入れ、部屋に足を踏み入れる。嫌な気配を感じて右の壁を見やると、壁際に置かれた机の上に浄化されていない魔核が積まれていた。その隣には怪しい機材がある。魔核から何かしらの成分を抽出しているようだ。濃縮された粒が、イクラのようにビーカーに溜っている。
(魔獣の気配はこれのせいか)
棚には書類や本が乱雑に並んでおり、ほかに怪しいものはない。部屋の中央にある作業机や、奥にある重厚な机の上にも紙束があるだけだ。
サルガス別邸の厩舎を想像していたラティエルは、拍子抜けしてしまった。
「なんの研究……?」
作業机の紙束をそっとのぞき見る。『夢の大改造プラン』と題してどこかの屋敷の見取り図が描かれていた。かなり豪勢な造りだ。窓の数や部屋数からしてこんな大きな物件を建てるには広い土地が必要だろう。
(ん……? 大改造ってことは、すでにある建物ってことだよね?)
間取りを改めて見なおす。何枚か重なっている紙をめくっていくと、ラティエルの脳裏にある建物が浮かび上がった。
(これって……王宮の間取りなんじゃ)
王妃の寝室や居室はすべてドレッサールームに。国王の寝室はマカロンのような丸いベッドを中心にフリルとリボンたっぷりに。執務室はティールームにする予定らしい。
(なんで女性向けに改装?)
この間取りを見るかぎり、どの部屋もすべて女性向けの改装プランに見える。政を行う宮廷は演劇場に造り替えるらしく、国家を運営する気などないようだ。
「おい、目的を忘れるな。呪核を取りにきたんだろう?」
「わぁっ⁉」
カルロの声が耳もとで聞こえて飛び上がる。いつの間に影から出てきたのだろうか。影の中から見える景色は、真下からだと人間が透過して見える。だからスカートの中をのぞかれることはないのだが、それでも気持ちのよいものではない。闇魔法の使い手が嫌われるのは人の影から顔を出すせいだ、とラティエルは思っている。
睨んでもカルロは気にすることなく、怪しい機材が置いてあるテーブルの、隣の棚をあけた。顎に手をあて、品定めするかのように上から下へ視線を移していく。
「ああ、これだな」
そう言って木箱をひとつ取り出すと、横のテーブルに置いて蓋をあける。途端に禍々しい空気がまき散らされた。
おそるおそるカルロの後ろからのぞき込む。木箱の中には白い布が敷かれ、その上に三つの魔核が載せられていた。
ひとつの大きさは手の平に乗る程度。ブローチのように縁取られた楕円の金属からは銅線のコードが八本伸びている。見た目からしてクモみたいだ。
「たったの三つ? もっとザクザク入ってるものかと……」
思わずこぼすと、カルロは信じられないとでも言いたげにのけぞった。遠慮なく顔がしかめられている。
「呪術をなんだと思ってるんだ? そんなに量産できるわけないだろ」
「そっ、そうよね」
口では肯定しつつも、何も知らないことに冷や汗をかく。まだ学園に通いはじめて前期が終わったところだ。呪術なんて深くは教えてくれない。
箱を閉じたカルロはため息をつき、今度は書棚を物色しはじめた。
ヒマを持てあまし、魔核が積まれたテーブルに目を落とす。ふと、濃縮機器の後ろに小さな黒いブローチを見つけた。よく見れば、先ほどの呪核を小型化したものに見える。手に取ろうとしたが、カルロに声をかけられた。
「これでも読んで、勉強しておけ」
投げ寄こされた本を慌ててキャッチする。修練場で会ったときからどんどん扱いが雑になってきた。言葉遣いも荒い。騎士団でラティエルに見せた愛想のよさはどこへやら。こっちが素なのだろう。
(絶対に尻尾をつかんでやるんだから!)
ミニスは木箱の上に本を重ねて持つ。きっと女神の空間には入れられない。箱に入ってなお不穏な空気を発しているのだから。
帰ろうとドアに足を向けたとき、廊下から足音が聞こえた。
(ん? 人が来るわ……まさか)
廊下に響くあの音は、女性のヒールだろう。カルロも気づいたようだ。「戻って来たか」とつぶやいて、ミニスの肩を乱暴につかんだ。
「なっ――」
「――大人しくしていろ」
ガチャッとドアがひらく音がする。コーラルピンクの髪を左肩でまとめたルイーズが入ってきた。研究員らしく白衣を羽織っている。
部屋に入って中央の作業机に手をついたとき、目を瞠って声をあげた。
「なんでユスティアの気配がするの⁉ どこ⁉ 出てきなさいよ!!」
机の上にあるものを乱暴に落としていく。部屋の中で荒れ狂うルイーズの姿を、ミニスとカルロは作業机の下――影の中から見ていた。
おどろきのあまり声も出ない。カルロが影に引っ張り込まなかったら、どうなっていたことか。
(女神の気配がわかるの? でも成人の儀ではなんとも……)
ラティエルの疑問にアストローダが答えた。
『お主は今、我の力をまとっている。それを感じ取ったのだろう』
(ひぃっ……そういうことは早く言って!)
頭上の天窓から見えるルイーズは、床にペタンと座り込み、ギュッと自身の腕を抱きしめた。その歪んだ表情が意味するのは、怒りか、恐怖か。
「行くぞ」
カルロに腕を引っ張られ、闇の中をひたすら走らされる。前も後ろも真っ暗だが、頭上の天窓がふたりを導く。あれは廊下にできた影だ。
天窓から見えるのは廊下の天井だけ。ときどき、人が通り過ぎていく。下から見上げているので顔はよくわからない。
(この体勢、本物のミニスなら転んでるからね⁉)
両手で箱と本を抱えたまま、片腕を引っ張られている。研究棟の外まで走ってやっと、カルロが腕を離した。外だとわかるのは、天窓に青空が見えるからだ。
なぜ連れて逃げたのか。声をかけるより先に、カルロが振り向いた。
「ユスティアの気配だって?」
好奇の色を浮かべてカルロが距離を詰める。
「おかしいな。掟の女神は不在のはずなのに……。どうしてジャイルズ王子と同じ気配が、君からするんだろうねぇ?」
一歩近づかれるごとに、ミニスも後ずさる。疑問形の口調は取っているが、答えを欲しているようには思えない。
「あ、あなた何者なの?」




