第十七章 01 手がかりを求めて
学園へ向かう馬車にはサルガス家の家紋が入っている。ラティエルが焼き菓子を補充しているあいだにいろんな小道具がそろえられていた。
ミニスが使っていたカバンや教科書。ロッカーの場所などもミニスから聞き出してメモに記されている。モニカからは得られなかった情報だ。
一緒の馬車に乗っているのは第四騎士団の団長ラルフ。今日は黒髪にメガネをかけ、執事のような格好をしている。
「メモは今ここで、全部記憶してください」
「……わかりました」
「お嬢様、私が団長服を着ていないときは――」
「あ、敬語はなしでした……だった」
「切り替えは私たちにとって重要です」
ラルフは知らない顔を着けている。魔道具で一時的に顔を借りることができるらしい。ラティエルを送り届けたあと、ラルフはサルガス家の本邸に向かう。
「そろそろ学園に着きますよ」
「わかったわ。……あたくしはミニス、……サルガス家のミニス」
「……、俺のほうが緊張してきた。本当に大丈夫なんだろうな?」
「今は話しかけないで。ミニス……ミニスでしてよ……」
「ああぁ……、胃が痛ぇ」
ミニスとしての見た目は完璧だ。メロンクッキーが手に入ったアストローダはご機嫌で願いを叶えてくれた。女神の力は一度使ったら解くまではずっと有効。お菓子を節約するためにも、しばらくはミニスとして過ごすことになる。
馬車を降りて一歩踏み出す。
「なんだか地面が近い」
ミニスに合わせて背丈も変わっている。小指ほどの身長差でも見える世界は変わるものだ。髪型もツインテールにしてみたが、少し落ち着かない。
メガネをなおした執事がうやうやしく礼をとる。
「ではお嬢様、いってらっしゃいませ」
「ええ」
ミニスとしてやるべきことは三つ。ちゃんと学園に通っていると印象づけること。接触してきた人物を探ること。そしてサルガス伯爵が言っていた『審判の日』をつきとめることだ。ミニスの姉エリスなら知っているかもしれない。
登校中の生徒に紛れて歩く。
(あと、ハーヴィーの安否も確認したいな……、ん?)
ふと、視線を感じて振り返るも、その方向には誰もいない。
(いけない。今わたしはミニスなんだから、視線を察知したりしないわ)
以後は振り返らずに、Dクラスの教室へ向かう。一学年四クラスあるうちの最下位が集まったクラスだ。夏休み気分が抜けていないのか、生徒たちはみんな気だるそう。Aクラスのようなピリッとした空気は感じられない。挨拶を言い合う雰囲気でもなさそうだから、無言でミニスの席に着いた。
クラスが違っても学ぶ内容は同じ。授業を受けられたことに安堵して、つつがなく昼休憩を迎えた。
Aクラスをこっそりのぞいて見ても、ハーヴィーの姿は見当たらない。仕方なく昼食を取ることにする。
(お昼はいつもひとりで食べてるって、メモには書いてあったっけ……)
しかも売店でパンを買って裏庭のベンチで食べる。一緒に食べる友達はいないらしい。
第四騎士団に連行されたミニスは意外と協力的で、聞かれたことにはすべて答えている。だが、汚れ仕事はやらされても、『期日』など重要なことは聞かされていなかった。
ベンチでパンをもそもそ頬張っていると、生徒会長のディーンがやって来た。立ち上がり、礼をとろうとしたミニスの腰にディーンが手をまわす。
「ひっ⁉」
思わず小さな悲鳴をあげてしまった。それを面白そうにディーンは見下ろして、ミニスの顎を持ち上げる。
「どうした、嬉しくないのか? 王子様と結婚するのが夢なんだろう?」
まるで自分が王子だと言わんばかりのセリフだ。
「そ、その……、今日は気分が塞いでおりまして……」
「ああ、モニカ嬢のことか。彼女のことは残念だったね」
「っ――⁉」
――残念だった? ディーンはモニカがどうなるのか知っていたということか。
顔をしかめそうになり、慌てて俯く。
「それで、うまく行ったのか?」
「え……?」
「成功したのかと聞いている。駒は一体でも多いほうがいいからね」
――駒だと? モニカを魔人にして使役するつもりだったのか。それをこの男はさも当然のように言ってのけた。
ギュッと拳を握ってこらえる。
「……わ、わかりませんわっ。わた、あたくしは途中で抜けましたの」
「そうか。とにかく期日に間に合わせるよう、伯爵に伝えてくれ。もっと数が欲しい」
――期日。それは灰色マントの男、ピエールも言っていた。
サルガス伯爵が口走った『審判の日』と同じかもしれない。
「あ、あの! 期日って、いつですか? 叔父様は教えてくれなくて……」
「あの男の誕生日だ。その前日には納品してくれよ? それより、ラティエル嬢について何か知らないか?」
「――へ?」
「しばらく牢屋に閉じ込めておく手筈だったのに、愚か者が懲役刑をつけてどこかへ飛ばしたらしい。その行き先がわからないんだ」
「あ、あたくしは何も……」
「……それもそうだな。もう行くよ、昼休憩が終わってしまう」
「ま、待って――」
振り返ることなくディーンは歩きながら手を振り、足早に去って行った。
(あの男って誰⁉ その人の誕生日に何をしようとしているの? 数が欲しいって、魔人のことよね?)
棒立ちしたまま考え込んだミニスの後ろから、冷たい水がかけられた。夏用の薄い制服はすぐに肌まで浸透する。人の気配は感じていたが、まさか水を浴びせられるとは思っていなかった。
(冷た……うわ、これジュースじゃない? まぁ、浄化魔法ですむけど)
振り返ってみれば女子生徒が三人、ミニスを見てコロコロと笑っている。紫色のネクタイからして三年生だ。一年生のラティエルやミニスは水色、二年生は緑色と学年ごとに違う。
真ん中に立つ金髪の女子が、こぼれる笑みを扇子で隠す。
「あら、そんなところにいらしたの? 目に入らなかったわ」
「……そうですか」
こういう手合いは無視するにかぎる。脇を通り抜けようとするミニスの足もとに、金髪の女子が足を伸ばす。それをミニスはひょいと飛び越えた。そのまま校舎へ向かって歩いていると、後ろから怒号が飛んできた。
「お待ちなさいっ!! この泥棒ネズミっ!」
「……どろぼうネズミ?」
ミニスはまた何かやらかしたのか。以前、ラティエルの誕生日プレゼントを勝手にあけた記憶がよみがえる。だが上級生三人の口から出たのはただの嫉妬だった。
「ディーン様のおそばをうろつくなと、あれほど注意したのに!」
「そうですわ! あなたごときが口をきくなんて、おこがましいのよ!」
「ディーン様の優しさにつけ込んで、いい気にならないことね!」
なるほど、この三人はディーンの親衛隊か。ならば少しは情報を持っているかもしれない。
「でも先輩方は、ディーン様のこと何も知らないでしょう?」
「「なんですって⁉」」
「ディーン様が気にかけている御方の誕生日とか……、ご存じなのですか?」
「そ、そんなの……」
女子生徒三人はミニスにくるりと背を向けて円陣を組む。ヒソヒソと声を落としているつもりだろうが、丸聞こえだ。
「あなたご存じでして?」
「ディーン様には気になる御方が⁉」
「そんなの、わたくしが知りたいわ」
これは収穫なしだ。今のうちに逃げてしまおうとゆっくり離れるも、この行動は読まれていた。
「お待ちなさい! ディーン様はお姉様ととっても仲がよろしいのよ。気になさっている御方はお姉様に違いないわ!」
「お姉様の研究室によく出入りされていらっしゃるのよ! わたくしたちに知らないことなどありませんわ!」
「「おーっほほほ!」」
ディーンは『あの“男”の誕生日』と言っていた。姉でないことは確かだ。しかし、姉のルイーズが研究室を持っているとは知らなかった。
「さすがは先輩方ですね、お見それしました」
高笑いする女子生徒をおだて上げ、ミニスはフッと姿を消した。といっても転移したわけではない。もう休憩時間が終わりに近づいたものだから、疾風のごとく走り抜けただけ。走るなど淑女にあるまじき行為である。誰も見ていないことを祈る。
「魔法科の更衣室ってどこだっけ?」
そこにローブと杖がある。移動する生徒たちの中から黒髪の従姉フェリシアの姿を見つけ、あとを追いかけた。
無事、更衣室にたどり着いたミニスは、ロッカーの裏側にいるフェリシアたちの会話に釘づけで動けない。
「あのラティが腹痛で療養だなんて、信じられないわ。昔はなんでも口に入れて平気な顔をしていたのに……何を食べたのかしら?」
「心配ですわ……。やはりわたくし、レグルス領までお見舞いに行こうかしら」
フェリシアとアリアのやり取りに、ベネットも加わった。
「グランリザードを生で食べたって聞いたわ」
「生はキツいわね」
「わたくしは焼いても無理ですわ」
――どうしてそうなった⁉ 誰から聞いた⁉ 問い詰めたい気持ちを必死にこらえて、みんなのあとについていく。
(騎士団に連行されたのが、ばれてないだけマシ……)
そう思うしかない。
休憩中に過去の学園新聞もチェックしてみたが、ラティエルのことはまったく載っていなかった。ヒューベルトはなんのために写真を撮ったのだろうか。
修練場に着いてヒューベルトの姿を探せば、わりと近くにいて目が合った。途端にヒューベルトの表情がおどろきに変わる。大股で近づき、ミニスを修練場の柱の裏に連れ込んだ。
「ちょっと、何するのよ⁉」
「どうして君がここにいる⁉ 捕まったはずだろう?」
「――え?」
ミニスが捕まったことを知っている? それともラティエルだとばれている?
下手なこともいえず、固まるほかなかった。




