第十六章 03 選ばれなかった理由
フォルトナは『さて』とジャイルズを見やる。
胸に手を当ててはいるが、ジャイルズから痛がる素振りは見られない。
『王子よ、我からの贈り物はお気に召したかの?』
「ああ、それはもう。筆舌に尽くしがたい」
『では約束を果たしておくれ』
「もちろんだ」
その会話が最後だった。満足げに頷き、フォルトナが片手を振ると、一瞬の白い空間を経て、ラティエルたちは元いた場所――第四騎士団の団長室にいた。
テティスが手を下ろすと同時に、三人の手が離れていく。
「お疲れ様でした。課題は山積みですが、対策はあるようなので一安心ですね」
これに驚いたのはラルフとクリフだ。
「「――は? もう終わったのか⁉」」
「ええ。女神の会合は時を止めて行いますので、あなたたちから見れば一瞬だったでしょう?」
あっけらかんと笑ったテティスは、「今度こそ」とジャイルズに手を伸ばす。
「帰りますよ、殿下」
「あ、俺も一緒に」
クリフも立ち上がってテティスの肩に手を置く。「ああ」と頷いてジャイルズはテティスの手を取ったが、ふと立ち止まり、ラティエルを肩越しに見やる。それは今までのジャイルズとは違う、甘さのない顔だった。
「ラティエル、どうして私が選ばれたかわかるか?」
「――え?」
「掟の剣を愛し子が振るうことができれば、切り離す必要はなかった」
頭を叩かれたような気分だった。どうして女神は――フォルトナはラティエルを選ばなかったのだろう。剣の腕前はあると自負している。未来を見通せるフォルトナなら知っているはずだ。
(なのになぜ? わたしでは剣を振るうことができない?)
わからないとラティエルは首を振る。
ジャイルズは怒りを押し殺したように、震える声を絞り出した。
「そなたでは“人”を斬れないからだ。魔獣も魔人も同じ、人間に害を成すもの。だが、人の形を取っただけで、そなたの剣はなまくらになる」
「っ……」
ラティエルは何も言い返せない。魔人になったドロリスを解放したのはジャイルズだ。ラティエルはそれを引き止め、問題を先送りにしようとしただけ。
「ラティエル、そなたに騎士は向いていない」
それだけ言い捨てると、ジャイルズは魔法陣に包まれ、テティスたちとともに姿を消した。
体から力が抜けてへたり込む。
ラティエルが剣を振れないせいで、ジャイルズは異質な力を受け入れ、苦しんだ。アストローダが身を切ることになったのも――ぜんぶラティエルが弱いせいだ。
うなだれるラティエルの頭をレオネルが優しくなでる。
「ラティ、私が騎士を勧めたのは、幼いころ魔力欠乏症だったからだ。今なら魔術師にもなれる。無理に騎士を目指す必要はないんだよ」
「わ、わたしは……」
どうして騎士を目指した? 父に勧められたからではないか? フュージョンしてからは復讐に必要だからと腕を磨いてきた。だがその復讐もラティエルの願いではなかった。剣を握る必要はない。人を守りたいならば、魔法でも十分だ。
ラティエルはうなだれたまま動かない。部屋には重苦しい空気が漂う。
頭を掻いたラルフが、むだに明るくふるまった。
「んじゃ、嬢ちゃんはウチで預かるとして。牢屋と使用人の部屋、どっちがいい?」
「ラルフ、貴様……ラティエルをまた牢に入れるつもりか⁉」
「じょ、冗談だって! どっちかしかないのは事実だが、もちろん使用人の――」
「――牢屋に入ります」
力なくラティエルが答えると、男ふたりは無言で押し合いをはじめた。よたよたと男たちの足が床の上で踊る。
ふたりの足が止まったかと思うと、ラルフがしゃがみ込んだ。
「嬢ちゃん、騎士団で働いてる女性たちの寮があってな。そこにモニカ嬢も避難させてるんだ。一緒にどうかな?」
「モニカも?」
ラティエルが顔を上げると、ふたりはホッとした表情で微笑んだ。ひどく心配させてしまったようだ。
(こんなんじゃ、アストローダの心を癒やせない……)
パンッと顔を叩いてラティエルは立ち上がった。
◆
翌日、寮の面会室に呼ばれて行くと、ラルフがソファにどっかりと腰を下ろしていた。団長服は着ているが、マントは着けていない。
ラティエルに気づいて手を上げ、中途半端な笑顔で固まった。
「おはようございます。……団長?」
「……じょ、嬢ちゃん、その顔どうした⁉ 治癒師呼ぶか⁉」
「治癒魔法なら自分で使えますけど?」
「鏡見てみろ! どうやったらそんな顔になるんだ⁉ 泣いただけじゃねえだろ」
ラティエルが借りた部屋にも鏡はなく、ついさっきまでベッドに伏せていたから制服もヨレヨレだ。
「鏡なんて見たくありません。どんな人間でも泣き顔は不細工だって知ってるもの」
「いや、嬢ちゃんのソレは尋常じゃねぇからな⁉ なんで頬が二倍に腫れてんだよ⁉ まさか、誰かにぶたれたのか?」
「あ……、これは自分で」
「はぁ⁉」
昨夜、アストローダに聞いてみたのだ。ラティエルが肉体的な痛みを感じるとアストローダも痛いのかと。
『心の痛みは伝わってくるが、肉体的な痛みは伝わらない』
そう言われたものだから、マイナス思考へ向かうたびに、頬をつねったり叩いたりしてやり過ごした。自分と真剣に向き合うために必要なことだった。
ラルフがあまりに気にするので、渋々と治癒魔法を頬にかける。腫れも痛みもすぐに引いた。いつもの顔に戻ったのを確認すると、ラルフは大袈裟にため息をつく。
「ハァ……頼むから、自分を大切にしてくれ。俺の胃がもたねぇよ」
向かいのソファに座るよう言われ、モニカについての説明を受けた。昨日の夕方には意識を取り戻し、治癒を受けて起き上がれるほどには回復しているという。
モニカと話をしたラルフによれば――ラティエルにメモを渡した直後、モニカは物陰に引っぱられて気絶させられ、気づいたときには檻の中だったらしい。
「あのメモを書いて渡したのは、サルガス伯の姪、ミニスだ」
モニカにメモを渡したのがミニスだと明るみになれば、どんなに取り繕ってもサルガス家は監視対象になる。だからモニカを消すことにした。
なんて身勝手で短絡的なのだろう。
「モニカ嬢は一階の救護室にいる。会ってくるか?」
「いいの⁉」
途端にラティエルの顔が輝く。ラルフは苦笑しながら頷いた。
面会室を飛び出し、教えてもらった場所へ急ぐ。目的の部屋のドアがあいている。中からトレーを持って出た女性と入れ替わりで、ラティエルは部屋へ飛び込んだ。
「モニカっ、大丈夫?」
「ラティ⁉ よかった……心配していたの」
「わたしは平気……あっ、食事がまだだったのね。出なおすわ」
「いいの! こっちに座って」
三つあるベッドの一番奥――身を起こしていたモニカは、近くの椅子に手を向けた。ベッドの上には小さなテーブルが載せられ、パン粥と果物がある。ラティエルは椅子を引いてモニカのそばに腰を下ろした。
「今日から授業はじまっちゃうね」
「ね。ラティは行かないの?」
「わたしは領で療養中ってことになってるの」
「そっか」
午前中の座学はなんだっけ。初日はきっと先生の長話で終わるはず。モニカの食事が終わるまで、しばらくは他愛のない話に徹した。せっかく食べられるようになったのだから、おいしく食べてほしい。
(聞きたいことはいっぱいあるけど……物陰に引っ張られた話はだめね。こわい思いをしたばかりだもの)
お茶を飲んで落ち着いたころを見計らい、モニカに話しかける。
「ねぇ、ミニスとは親しいの?」
「寮で同室なの」
「えっ、そうなの⁉ 言ってくれたら……」
「口止めされていて。それに、ラティの悪口たくさん言ってたから、仲が悪いんだと思って……」
――ああ、それで最初のころ、モニカとのあいだに妙な溝を感じていたのか。
遠くを見つめて思い出にダイブしていると、モニカが慌てて頭を下げた。
「ごめんなさいっ! 言われたこと鵜呑みにしちゃって……、騙し討ちで生徒会に入るのもミニス様の提案だったの」
「さもありなん……。そうだ、ミニスのこともっと教えてくれる?」
ミニスに関することならなんでもいいからと、得意な教科や魔法、学校でのあれこれを聞き出す。首をかしげながらもモニカはつきあってくれた。
「また来るね! 今はゆっくり休んで」
魔人になるはずだったモニカは外に出せない。しばらくここにいてもらう。ラティエルは立ち上がり部屋を出る前になって、「あ」と振り返る。もうひとつ聞きたいことがあった。
「モニカ、ハーヴィーに会わなかった?」
「ううん? あっ……でも、誰かに捕まって気を失う前に、言い争う声が聞こえて。そのうちのひとりがハーヴィー様の声だったような……」
「そう……、ありがとう」
「ラティ、気をつけてね?」
眉の下がったモニカに笑顔で手を振り、ラティエルは騎士団の砦へ向かって走る。第四騎士団の敷地内に入ると、車寄せで馬車に乗り込もうとする紅茶色の赤毛を見つけた。
「ラルフ団長!」
「――お? モニカ嬢に会いに行ったんじゃ……」
「行ってきました。あの、わたし……一晩考えたんです」
「ん?」
「ミニスは牢の中ですよね? 学園に姿がないとまずくないですか?」
ラルフは顎をさすりつつ、低く唸る。
「う~ん、しばらくは病欠でやり過ごすしかないだろうな」
「だったらわたしが、ミニスの代役を務めます!」
「は……、はぁ⁉」
パリスのお菓子を補充できれば、女神の力で顔だけでなく声や体型もミニスそっくりに変えられる。しゃべり方さえ気をつければいけるはずだ。
「だって、ミニスにも誰かが接触してくるかもしれないでしょう?」
「それはそうだが……、レオがなんて言うか」
「わたし、やっぱりあきらめたくないんです。騎士になること」
「……そうか」
「第四騎士団なら、わたしでも役に立てますよね?」
呆けたように口を半びらきにしてラルフは固まった。
だが次第にその口もとは弧を描いていく。
「ならば、適性審査といこうか」
「はい!」
かくしてラティエルは、明日からミニスとして学園に潜入することになった。




