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女神の愛し子は創られた恋に悩まされる  作者: 夜高叶夜
第二部 パニックに陥る学園編
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第十六章 03 選ばれなかった理由

 フォルトナは『さて』とジャイルズを見やる。

 胸に手を当ててはいるが、ジャイルズから痛がる素振りは見られない。


『王子よ、われからの贈り物はお気にしたかの?』

「ああ、それはもう。筆舌ひつぜつくしがたい」

『では約束を果たしておくれ』

「もちろんだ」


 その会話が最後だった。満足げに頷き、フォルトナが片手を振ると、一瞬の白い空間をて、ラティエルたちは元いた場所――第四騎士団の団長室にいた。

 テティスが手を下ろすと同時に、三人の手が離れていく。


「お疲れ様でした。課題は山積みですが、対策はあるようなので一安心ですね」


 これに驚いたのはラルフとクリフだ。


「「――は? もう終わったのか⁉」」

「ええ。女神の会合は時を止めて行いますので、あなたたちから見れば一瞬だったでしょう?」


 あっけらかんと笑ったテティスは、「今度こそ」とジャイルズに手を伸ばす。


「帰りますよ、殿下」

「あ、俺も一緒に」


 クリフも立ち上がってテティスの肩に手を置く。「ああ」と頷いてジャイルズはテティスの手を取ったが、ふと立ち止まり、ラティエルを肩越しに見やる。それは今までのジャイルズとは違う、甘さのない顔だった。


「ラティエル、どうして私が選ばれたかわかるか?」

「――え?」

「掟の剣を愛し子が振るうことができれば、切り離す必要はなかった」


 頭を叩かれたような気分だった。どうして女神は――フォルトナはラティエルを選ばなかったのだろう。剣の腕前はあると自負じふしている。未来を見通せるフォルトナなら知っているはずだ。


(なのになぜ? わたしでは剣を振るうことができない?)


 わからないとラティエルは首を振る。

 ジャイルズは怒りを押し殺したように、震える声を絞り出した。


「そなたでは“人”を斬れないからだ。魔獣も魔人も同じ、人間に害を成すもの。だが、人の形を取っただけで、そなたの剣はなまくら(・・・・)になる」

「っ……」


 ラティエルは何も言い返せない。魔人になったドロリスを解放したのはジャイルズだ。ラティエルはそれを引き止め、問題を先送りにしようとしただけ。


「ラティエル、そなたに騎士は向いていない」


 それだけ言い捨てると、ジャイルズは魔法陣に包まれ、テティスたちとともに姿を消した。

 体から力が抜けてへたり込む。

 ラティエルが剣を振れないせいで、ジャイルズは異質な力を受け入れ、苦しんだ。アストローダが身を切ることになったのも――ぜんぶラティエルが弱いせいだ。

 うなだれるラティエルの頭をレオネルが優しくなでる。


「ラティ、私が騎士をすすめたのは、幼いころ魔力欠乏症だったからだ。今なら魔術師にもなれる。無理に騎士を目指す必要はないんだよ」

「わ、わたしは……」


 どうして騎士を目指した? 父に勧められたからではないか? フュージョンしてからは復讐に必要だからと腕を磨いてきた。だがその復讐もラティエルの願いではなかった。剣を握る必要はない。人を守りたいならば、魔法でも十分だ。

 ラティエルはうなだれたまま動かない。部屋には重苦しい空気がただよう。

 頭を掻いたラルフが、むだに明るくふるまった。


「んじゃ、嬢ちゃんはウチで預かるとして。牢屋と使用人の部屋、どっちがいい?」

「ラルフ、貴様……ラティエルをまた牢に入れるつもりか⁉」

「じょ、冗談だって! どっちかしかないのは事実だが、もちろん使用人の――」

「――牢屋に入ります」


 力なくラティエルが答えると、男ふたりは無言で押し合いをはじめた。よたよたと男たちの足が床の上で踊る。

 ふたりの足が止まったかと思うと、ラルフがしゃがみ込んだ。


「嬢ちゃん、騎士団で働いてる女性たちの寮があってな。そこにモニカ嬢も避難させてるんだ。一緒にどうかな?」

「モニカも?」


 ラティエルが顔を上げると、ふたりはホッとした表情で微笑んだ。ひどく心配させてしまったようだ。


(こんなんじゃ、アストローダの心を癒やせない……)


 パンッと顔を叩いてラティエルは立ち上がった。


 ◆


 翌日、寮の面会室に呼ばれて行くと、ラルフがソファにどっかりと腰を下ろしていた。団長服は着ているが、マントは着けていない。

 ラティエルに気づいて手を上げ、中途半端な笑顔で固まった。


「おはようございます。……団長?」

「……じょ、嬢ちゃん、その顔どうした⁉ 治癒師呼ぶか⁉」

「治癒魔法なら自分で使えますけど?」

「鏡見てみろ! どうやったらそんな顔になるんだ⁉ 泣いただけじゃねえだろ」


 ラティエルが借りた部屋にも鏡はなく、ついさっきまでベッドに伏せていたから制服もヨレヨレだ。


「鏡なんて見たくありません。どんな人間でも泣き顔は不細工ぶさいくだって知ってるもの」

「いや、嬢ちゃんのソレは尋常じんじょうじゃねぇからな⁉ なんで頬が二倍にれてんだよ⁉ まさか、誰かにぶたれたのか?」

「あ……、これは自分で」

「はぁ⁉」


 昨夜、アストローダに聞いてみたのだ。ラティエルが肉体的な痛みを感じるとアストローダも痛いのかと。


『心の痛みは伝わってくるが、肉体的な痛みは伝わらない』


 そう言われたものだから、マイナス思考へ向かうたびに、頬をつねったり叩いたりしてやり過ごした。自分と真剣に向き合うために必要なことだった。

 ラルフがあまりに気にするので、渋々と治癒魔法を頬にかける。腫れも痛みもすぐに引いた。いつもの顔に戻ったのを確認すると、ラルフは大袈裟おおげさにため息をつく。


「ハァ……頼むから、自分を大切にしてくれ。俺の胃がもたねぇよ」


 向かいのソファに座るよう言われ、モニカについての説明を受けた。昨日の夕方には意識を取り戻し、治癒を受けて起き上がれるほどには回復しているという。

 モニカと話をしたラルフによれば――ラティエルにメモを渡した直後、モニカは物陰ものかげに引っぱられて気絶させられ、気づいたときには檻の中だったらしい。


「あのメモを書いて渡したのは、サルガス伯のめい、ミニスだ」


 モニカにメモを渡したのがミニスだと明るみになれば、どんなに取り繕ってもサルガス家は監視対象になる。だからモニカを消すことにした。

 なんて身勝手で短絡たんらく的なのだろう。


「モニカ嬢は一階の救護室にいる。会ってくるか?」

「いいの⁉」


 途端にラティエルの顔が輝く。ラルフは苦笑しながら頷いた。

 面会室を飛び出し、教えてもらった場所へ急ぐ。目的の部屋のドアがあいている。中からトレーを持って出た女性と入れ替わりで、ラティエルは部屋へ飛び込んだ。


「モニカっ、大丈夫?」

「ラティ⁉ よかった……心配していたの」

「わたしは平気……あっ、食事がまだだったのね。出なおすわ」

「いいの! こっちに座って」


 三つあるベッドの一番奥――身を起こしていたモニカは、近くの椅子に手を向けた。ベッドの上には小さなテーブルが載せられ、パン粥と果物がある。ラティエルは椅子を引いてモニカのそばに腰を下ろした。


「今日から授業はじまっちゃうね」

「ね。ラティは行かないの?」

「わたしは領で療養中ってことになってるの」

「そっか」


 午前中の座学はなんだっけ。初日はきっと先生の長話で終わるはず。モニカの食事が終わるまで、しばらくは他愛たあいのない話にてっした。せっかく食べられるようになったのだから、おいしく食べてほしい。


(聞きたいことはいっぱいあるけど……物陰に引っ張られた話はだめね。こわい思いをしたばかりだもの)


 お茶を飲んで落ち着いたころを見計らい、モニカに話しかける。


「ねぇ、ミニスとは親しいの?」

「寮で同室なの」

「えっ、そうなの⁉ 言ってくれたら……」

「口止めされていて。それに、ラティの悪口たくさん言ってたから、仲が悪いんだと思って……」


 ――ああ、それで最初のころ、モニカとのあいだに妙なみぞを感じていたのか。

 遠くを見つめて思い出にダイブしていると、モニカが慌てて頭を下げた。


「ごめんなさいっ! 言われたこと呑みにしちゃって……、騙し討ちで生徒会に入るのもミニス様の提案だったの」

「さもありなん……。そうだ、ミニスのこともっと教えてくれる?」


 ミニスに関することならなんでもいいからと、得意な教科や魔法、学校でのあれこれを聞き出す。首をかしげながらもモニカはつきあってくれた。


「また来るね! 今はゆっくり休んで」


 魔人になるはずだったモニカは外に出せない。しばらくここにいてもらう。ラティエルは立ち上がり部屋を出る前になって、「あ」と振り返る。もうひとつ聞きたいことがあった。


「モニカ、ハーヴィーに会わなかった?」

「ううん? あっ……でも、誰かに捕まって気を失う前に、言い争う声が聞こえて。そのうちのひとりがハーヴィー様の声だったような……」

「そう……、ありがとう」

「ラティ、気をつけてね?」


 眉の下がったモニカに笑顔で手を振り、ラティエルは騎士団の砦へ向かって走る。第四騎士団の敷地内に入ると、車寄せで馬車に乗り込もうとする紅茶色の赤毛を見つけた。


「ラルフ団長!」

「――お? モニカ嬢に会いに行ったんじゃ……」

「行ってきました。あの、わたし……一晩考えたんです」

「ん?」

「ミニスは牢の中ですよね? 学園に姿がないとまずくないですか?」


 ラルフは顎をさすりつつ、低くうなる。


「う~ん、しばらくは病欠でやり過ごすしかないだろうな」

「だったらわたしが、ミニスの代役を務めます!」

「は……、はぁ⁉」


 パリスのお菓子を補充できれば、女神の力で顔だけでなく声や体型もミニスそっくりに変えられる。しゃべり方さえ気をつければいけるはずだ。


「だって、ミニスにも誰かが接触してくるかもしれないでしょう?」

「それはそうだが……、レオがなんて言うか」

「わたし、やっぱりあきらめたくないんです。騎士になること」

「……そうか」

「第四騎士団なら、わたしでも役に立てますよね?」


 ほうけたように口を半びらきにしてラルフは固まった。

 だが次第にその口もとは弧を描いていく。


「ならば、適性審査といこうか」

「はい!」


 かくしてラティエルは、明日からミニスとして学園に潜入することになった。



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