第十六章 01 アジトで待っていたのは
厩舎をあとにしたラティエルたちは、用意された馬車へ乗り込む。外はすっかり闇色に包まれている。それでも王子がここにいるのはマズい。ジャイルズはドラゴンに変幻して馬車に飛び込んだ。
ラルフのこめかみに青筋が浮かぶ。
「――いや、帰ってくださいよ⁉」
ジルドラゴンはラティエルから離れず、ちゃっかり膝の上に乗っている。先ほどまでジャイルズを連れ帰ろうとがんばっていたクリフは、すでに諦観の悟りをひらいたようだ。目を閉じたまま向かいの席から動かない。
その襟首をラルフが引っつかみ、ラティエルの隣へ投げた。向かいの席にはラルフとケネスが腰を下ろす。
(頭目とクリフ兄様はどういう関係なんだろう?)
動き出した馬車はなんの紋章もない辻馬車で、軽やかにサルガス邸の正門をくぐり抜けていく。あれ? とラティエルは首をかしげた。お飾りでも門番がいたはずだ。
「ねぇ、門番に止められないの?」
「あれはウチの者だ。屋敷内の使用人は全員取り押さえて入れ替わってる」
「ほえぇ⁉」
「問題はミニス嬢だな。明日から学園だろう?」
「わたしもなんだけど」
「嬢ちゃんは領地で療養中だ。そのあいだはウチにいてもらう」
ジルドラゴンの眉根がピクリと動いた。火を噴かんばかりにラルフに詰め寄る。
『なんだと⁉ ラティを男だらけのところへ置けるか! 王宮で預かる!』
「無茶言わないでください、殿下」
『そうだラティ、あの隠し部屋で一緒に過ごそう。おいしいものたくさん用意するぞ』
「――おいしいもの⁉」
「食いもんに釣られてんじゃねぇよ! あぁ……胃が痛いうえに頭痛まで」
ラルフの一喝を最後に、馬車がゆっくりと停車した。もう着いたのか。腰を上げようとするも、ラルフが片手で制した。
「嬢ちゃんたちはこのまま乗ってけ。俺は用をすませてから合流する。クリフ、あとは頼んだぞ。軽く説明もしといてくれ」
「……帰りたい」
「嬢ちゃんを送り届けたら帰っていい。てか、殿下を連れてさっさと帰れ」
ラルフとケネスは馬車を降り、酒場へと消えて行く。クリフが向かいの席へ移動し、馬車はまた走り出した。
「あ、そうだ」
大切なことを思い出したラティエルは、膝上のドラゴンと向かい合い、逃げられないように両手で翼を押さえた。どうしても確認しておかねばならないことがまだある。
「ジル兄様、お聞きしたいことがあります」
『うっ……なんだ? 笑顔がこわいぞ?』
「どうやってあの場所に転移したんですか? わたしの剣になんか細工したでしょ」
『ああ、ラティが防御を三回取ったら、知らせが来るようになってる』
「はっ⁉ なんでっ⁉」
『三回も防御するんだぞ? それだけ手こずる相手だと心配だ』
「三回なんてすぐです! せめて十回に……うん? じゃなくって! そんな機能は外してください!!」
『本当なら一回で飛んでいきたい。それを三回にしたんだぞ?』
いくらなんでも過保護の領域を飛び超えている。『がんばったのに』なんて、潤んだ瞳で見つめられても絆されるわけにはいかない。
「それだと今後、防御なしで戦わなければいけません」
『……わかった。五回でどうだ?』
「外してください」
『七回』
「だめです」
馬車が目的地に着くまでずっと、『十回』「ダメです」『頼む』「だめです」を延々と繰り返した。結局、クリフが「ポラリス魔宝伯にお手紙を書けば」と提案して、慌てたジルドラゴンは泣く泣く引き下がった。
ラティエルたちを乗せた馬車が、見覚えのある門をくぐる。途端にラティエルは不安になった。
「わたし、また牢屋に入れられたりしませんよね?」
『――また? どういうことだ?』
「あれ? 新聞に載っていませんでしたか?」
『いいや』
あのヒューベルトなら新聞社にでも写真を売ってそうなのに、ラティエルが逮捕されたことはまったく公になっていないらしい。
モニカと学園を出てからの話をジャイルズたちにすると、金色のドラゴンが赤く染まった。
『ラティを牢へ入れただと⁉ 許せん!!』
「……調べもせずに懲役刑はありえませんね。ミルザム子爵ブレイズといえば、その父親は第一騎士団の前団長でしょう? 期待されていたのに……落ちぶれたものですね」
「女神を貶めたとかで、わたしの両親をひどく恨んでいました」
「ああ、その話なら父から聞いたことがあります」
クリフによれば、ミルザム子爵は学生時代、婚約者をないがしろにして、ある女性に入れ込んでいたという。
「もしかして、その女性が“女神”ですか?」
「“女神の化身”と呼ばれていたみたいですね。今はカストル辺境伯夫人に収まっていますが」
「ハーヴィーのお母様?」
ハーヴィーの名を聞いて、ジルドラゴンが低く唸った。
『ウゥ……、ラティ。カストル家には近づくな。あそこはきな臭い』
「でも、わたしはハーヴィーとケンカしなければなりません」
『ケンカ?』
「友達だって約束したので、ケンカからはじめようと思います」
『クリフ、通訳してくれ』
「無茶言わないでください」
馬車が停まり、御者がドアをあける。外に降り立って見上げると、堅牢な建物に掲げられた旗は『銀狼』。ここは第四騎士団の砦だ。ラティエルは目を瞬かせる。
「あれ? 盗賊のアジトじゃ……ない?」
ラティエルの肩に乗ったドラゴンがぷはっと吹き出す。
『あれじゃ、誤解されても仕方がないな』
「ラティエル嬢、騎士団は四つに分かれているでしょう?」
説明しながらクリフが歩き出す。ラティエルもそのあとに続いた。
第一騎士団は王家の警護、第二は魔獣討伐、第三は王都内の警備、とそれぞれ役割があるらしい。そして第四は……別名、雑用団と呼ばれているという。
「雑用団……」
「表向きは第一から第三までの下請け、助っ人要員ですが、真の目的は情報収集です」
「情報収集……あ、もしかして潜入捜査⁉」
「そういうことです。第四はそんな仕事ばっかりですよ」
建物内の階段をどんどん上がり、三階に着くと一番奥の部屋へ進む。クリフがノックした部屋の頭上には“団長室”のプレートが下がっていた。
「入れ」と短く応答があり、クリフのあとについておそるおそる入室する。団長の椅子に座っていたのは、ミルクティ色の髪をした男。見慣れた顔がそこにあった。
「お……お父様⁉」
「ラティエル、お父様との約束を破ったね? 出歩かないようにと言ったのに」
「ごめんなさい」
「しかもドラゴンなんか連れて……、串焼きと釜ゆで、どっちにする?」
「どっちにもしません!」
ドラゴンを隠すように抱きしめると、父レオネルから暗黒オーラが立ちのぼった。ドラゴンが舌を出して挑発していることにラティエルは気づかない。剣呑な雰囲気を、ドアから入って来た赤毛の男が一蹴した。
「俺の部屋で、殺気をまき散らすな!!」
紅茶色の赤毛を束ねた男はレオネルにも負けない美丈夫だ。紺青色の騎士服には煌びやかな装飾に重厚な徽章。それに団長を示す白いマントを羽織っている。
知らない男なのに、声には聞き覚えがある。ラティエルは目を白黒させ、男は「ああ、そうか」と思い出したように名乗った。
「頭目あらため、ベラトリクス伯爵ラルフ。第四騎士団の団長だ」
「はぇ⁉ 顔がぜんぜん違う! スキンヘッドじゃないし……顔の傷は?」
「うちには変装用の魔道具があってな。道具提供者はもちろんポラリス魔宝伯だ」
「えっ……欲しい」
「嬢ちゃんも第四に来るか?」
しれっと勧誘するラルフに、ドラゴンが噛みついた。
『だめだ!! ラティは第二がもらう!』
「クリフから第四について聞いただろ? 女性の潜入捜査官がいれば助かるんだけどなぁ?」
「お、女スパイ……」
ラティエルが瞳を輝かせるさまを見て、ドラゴンが変幻を『解除』した。至近距離でジャイルズが迫る。
「ラティ、一緒に魔獣を狩ろう。そのほうが楽しいぞ?」
「はわわ……」
「――殿下、適切な距離を保ってください。婚約者でもないのですから」
ラティエルはすぐさまレオネルに引き寄せられた。また殺気が部屋を漂いはじめたが、ラティエルはそれどころではない。
「クリフ兄様と同じ髪色……」
「親子だからな」
「ええっ⁉」
ニッと口の端を上げ、ラルフは一人掛ソファに腰を下ろした。クリフを見れば気まずげに目をそらす。
「全員座れ。――レオ、ソファにだ!」
団長の椅子に座りなおそうとしたレオネルは渋々と長椅子に座り、その向かいにラティエルとジャイルズ、クリフが腰かけた。
ラティエルは思わずといったふうにつぶやく。
「どうして団長自ら潜入なんて……?」
「部下には任せられない極秘任務だからな」
王家と関係があると言っていた。それで団長直々に動いたのか。
ラティエルが見た灰色マントの男は元ベガ公爵ピエール。その妹グレイスは先代国王の妻だった。ジャイルズにとっては祖母にあたる。
ピエールは妹である王妃の計らいで財務大臣を務め、横領に手を染めてベガ公爵家は取り潰し。一家は北の監獄へ送られたが、十年前に脱獄が明るみになった。
「魔人を作っていたのはサルガス伯爵。それを直接支援していたのはピエールで間違いない。だが、資金提供者は別の者だろう。ピエールたちの脱獄を手伝ったのもそいつかもしれない」
そこへジャイルズが、険しい表情で突っ込んだ。
「カストル辺境伯はどうなんだ? 一番怪しいだろう?」
カストル領は北の監獄を有しており、管理する立場にある。だが、カストル辺境伯はそんなことをするような人ではないと、意外にもレオネルが首を振った。
「カストル卿は面倒なことが大嫌いな御仁だ。金を積まれても動かないと思うぞ」
「……違いねぇ」
ラルフも同意して、レオネルとふたりで遠くを見つめている。ジャイルズはまだ納得がいかない様子だ。
ラティエルはふと、ドロリスの侍女リリーを思い出した。彼女が叫んだ『復讐』の声は、星の石を濁らせたあの声に似ていた。彼女も魔人の件に絡んでいる気がする。
「お父様、リリーは見つかりましたか?」
「いや、まだ……」
歯切れの悪いレオネルからラルフが引き継ぐ。
「ふたりに毒を盛ったその侍女が、ピエールの娘リリアだろうな。一緒に脱獄したことはわかっているんだが、その先がまるでつかめない」
ラルフもレオネルも黙り込み、ジャイルズは考え込むように腕を組んだ。しばらく流れた沈黙を、窓を叩く音が打ち破る。
いっせいに立ち上がり、皆の視線が窓に集中する。窓の向こう、暗がりの中に青白いものが浮かんで見えた。




