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女神の愛し子は創られた恋に悩まされる  作者: 夜高叶夜
第二部 パニックに陥る学園編
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第十五章 05 ピンチを救ったのは

「やめてっ!!」

「ミニス⁉ どいて、危険よ!」

「お母様なのっ!」

「え……?」


 ミニスの母ドロリスに似た魔人は、一年前に騎士団が回収したはずだ。ここにいるはずがない。しかも目の前の魔人はもう人の顔をとどめていない。爬虫類のような顔つきで、舌なめずりをしている。

 何を思ったのか、ミニスの後ろからゆっくりと爪を伸ばした。


「――ミニス、危ないっ!!」


 とっさに足でミニスを引っかけて横に流し、さやで爪を受ける。魔人はミニスごと、ラティエルを引き裂こうとしていた。


「本当にドロリスなの⁉ ミニスのこと、わかってないみたいよ?」


 それでもひとまず剣を鞘に収め、ラティエルは体術に切り替えた。身体強化魔法をまとって魔人の腹部に蹴りを入れる。ふいを突かれた魔人はあっけなく壁際まで飛んでいった。

 ミニスはペタンと座り込み、震える声でぼそぼそとつぶやく。


「そんな……、前はちゃんと……話だって……」


「お母様」と泣くミニスの前でドロリスを斬ることなど、ラティエルにはできない。いくら蹴り飛ばしても向かってくる魔人から逃げまわっていると、ラルフがラティエルに手を振った。


「エル、そいつを檻に戻す! 誘導してくれ!」

「わかった!」


 ドロリスなら魔法が使えるはずなのに使ってこない。魔人になったせいだろうか。

 誘うように魔人の前をうろつき、奥の部屋へ足を踏み入れる。そこには円柱型の水槽が五つ、いや、後ろにも五つあるからぜんぶで十(そう)ある。さらには鉄の檻が左にふたつ、右にひとつ。見れば右の檻があいていた。


 四角形の一面だけ鉄格子が上にスライドされ、鎖で固定してある。入れると同時に格子を下ろせば閉じ込められるだろう。


「こっちだよっ!」


 左右にステップを踏みながら檻のほうへ誘導する。檻の中へ一緒に入り、格子が降りる直前にラティエルだけ抜け出せばいい。ラルフもそのつもりで鎖に手をかけている。

 檻の中にラティエルが先に入り、誘い込むように魔人を挑発する。魔人は鉄格子を持ち上げるようにして手をかけ、出し抜けに、もう片方の長い手で檻の横にひそんでいたラルフをつまみ上げた。


「「――あ⁉」」


 そのままラルフを、ラティエル目がけて投げつける。ラルフが手にしていた鎖は重りを失い、ふたりの面前で鉄格子が下がった。

 ラルフをお姫様抱っこするラティエルを見て、魔人はキシャシャと笑いをもらす。


「とっ、閉じ込められた⁉」

「こいつ、知能高ぇ!!」


 人間の会話が理解できるなら、先ほどのやり取りは筒抜けだろう。ふたりとも魔獣(・・)を相手にするように行動した結果がこれだ。人間(・・)相手と考えれば、こんなずさんな作戦は立てなかった。

 ひとしきり笑った魔人が踵を返す。向こうの部屋へ戻る気か。あちらにはサルガス伯爵を拘束したケネスと、腰を抜かしたミニスがいる。


「待って! ドロリスお義母かあ様!!」


 ラティエルの呼びかけに、魔人が足を止めて振り返った。やはり人間と同じく話が通じるようだ。


「お願い、ここから出してください! 元の姿に戻る方法を一緒に考えましょう?」


 首をかしげる仕草しぐさをした魔人が、ゆっくりとこちらへやって来る。口の中でモゴモゴ言いながら檻のそばまで近寄り、プクッと頬をふくらませて頭を振りかぶった。


(あっ、なんか来る)


 とっさに剣の鞘に魔力を流して防御魔法を発動させた。おかげでラティエルたちは無事だったけれど、魔人の口から吐かれた緑色の液体が、床板を溶かしていく。鉄格子にはまったく影響ないのが恨めしい。

 用はすんだとばかりに魔人は再び隣の部屋へ向かっていく。


「待って! 行かないで!!」

「こりゃまずいな、ケネスひとりじゃムリだ」

「お願い! お義母様!」


 なんとか魔人を引き止めようと足掻あがく。そんなふたりの前に、金色の魔法陣が忽然こつぜんとあらわれた。その光はラティエルが持つ剣の鞘から発せられているようで、よく見れば鞘の装飾――防御魔法が付与された珠が光っている。

 また魔法陣のほうへ視線を移すと、大きく展開された魔法陣から金髪の男が飛び出して来た。鉄格子の向こう側、見覚えのあるその男は――


「じっ、ジル兄様⁉」

「なっ⁉ で、殿下ぁ⁉」


 白いシャツとズボンに紺色のガウンをひっかけただけのジャイルズは、髪の毛がしっとりしている。その手にはの剣が握られており、履物はきものは見るからに室内専用だ。


「すまない、湯にかっていた。ラティ、無事か?」

「なななんで⁉ あわわ、うそでしょう⁉」

「ぬおぉぉぉ⁉ どうしてこうなった⁉」


 パニックにおちいったラティエルたちは、何から突っ込めばいいのかわからず奇声しか出てこない。そうこうしているうちに、気づいた魔人が引き返してきた。

 ラティエルとラルフは全力で叫ぶ。


「「逃げてえぇぇ――――!!」」


 当のジャイルズは魔人を目にして、口もとにを描いた。


「ああ、ここにいたのか。探す手間がはぶけたな」


 魔人の攻撃を軽やかに避けながら、ジャイルズは何事かを唱え、剣に光魔法をまとわせた。魔人に向かって放たれた一閃いっせんは、ラティエルの父レオネルの一閃と重なって見えた。あっけなく魔人の胴体が上下ふた手に分かれていく。


(ジル兄様には迷いがない。わたしは……)


「やったか?」と喜色きしょくを浮かべたラルフの前で、魔人の上半身がうごめく。片手をついてバランスを取りながら、もう片方の手でジャイルズを引き裂こうと腕を振り続けている。


「うへぇ……、まだ動けんのかよ」

「心臓の下に埋め込まれた核を砕かねば、死なないらしい」


 淡々と言い放ち、ジャイルズが剣を逆手に持つ。心臓に向かって振り下ろそうとしたとき、ふたつの声が重なった。


「「――待って!」」


 ひとつはラティエルで、もうひとつは――ドアの向こうからやって来たミニスの声だった。ミニスは魔人に走り寄り、横から抱きついた。


「待ってくださいっ、あたしのお母様なんですっ!」

「……知っている」

「どうか、お慈悲じひをっ!!」

「そしてまた、実験の道具にするのか? そのほうがよほど無慈悲だ」

「うっ、もう、させないから……だから……お願い――」


 ミニスに抱きつかれて大人しくしていた魔人が、突如、豹変(ひょうへん)した。ミニスを突き飛ばし、鋭いかぎ爪をミニスに向かって(・・・・・・・・)振り上げる。

 おどろきと恐怖におののくミニスの前で、ジャイルズが剣を振り下ろす。剣は肩から貫通かんつうして胸下をつらぬいた。

 小石が砕けるような音が聞こえ、魔人がゆっくりと倒れていく。細長い手の先にはもう鋭い爪はない。ゴム手袋のようになった手が、ミニスの頬を優しくなで、力なく地面に落ちていった。


「いっ、いやあぁぁぁ――!!」


 ミニスの慟哭どうこく厩舎きゅうしゃにこだまする。悲鳴のようなその声がすすり泣きに変わるまで、誰もその場を動けなかった。


 最初に動いたのはジャイルズで、檻の仕掛けをたどり、鎖をリールに引っかける。重そうなハンドルをまわせば、鉄格子が少しずつ上がっていった。

 檻の外に出たラティエルとラルフは、礼を言うのも忘れてジャイルズを揺さぶった。


「ジル兄様! どうやってここに⁉ また禁術に手を出したの⁉」

「殿下! まさかおひとりで⁉ クリフはどうした⁉」


 ラティエルに迫られてジャイルズは頬を緩め、ラルフをチラリと見て、半眼で睨みつけた。ラルフから引き離すようにラティエルを抱き寄せる。


「誰だお前は。なぜクリフを知っている。ラティとどういう関係だ?」

「俺です……って、あ~……う~……」


 ラルフはもどかしそうに頭を掻く。


「――あ、その声……ラルフか」

「そうです。で、あのバカはどこに?」

「そのうち来るんじゃないか?」

「ハァ……、胃が痛てぇ」


 ラルフは胃をさすりながらも、ミニスを立たせて隣の部屋へ連れていった。


「ジル兄様……、どうして胸の下に呪核があることを?」

「ラティ、十六歳になるまであとひと月ある。まだ今は――」

「教えてください。もう成人の儀はすんでいます!」


 ラティエルの表情はいつになく切迫せっぱくしており、ジャイルズも心を決めたようだ。部屋の中を見まわして、円柱状の水槽に目を止めた。


「七年前、ラティエルたちを襲った魔人だが……、あれが初めてではないのだ」

「――え?」

「こちらへ」


 ジャイルズに手を引かれて歩き出す。水槽が並ぶ前までやって来た。手前の五つのうち左端は、スライムのような液状化した何かが入れられている。残りは空っぽだ。


「この水槽にナンバーが振ってあるだろう?」

「……はい。ⅠからⅤ、後列はⅥからⅩでしょうか」

「Ⅰは失敗したようだな。人間の形を留めていない」

「うっ、これ……人間?」

「Ⅱは私が九歳のころ、王宮にあらわれた。黒く変色した人間で、巨人のように大きかった……」


 ジャイルズが九歳といえば、十年前の話だ。王宮の庭に突如あらわれた黒い男は、二メートルをゆうに超え、筋肉は肥大化し、魔獣の気配をただよわせていた。


「私はすぐに隠し部屋へ避難させられ、あの魔人の末路まつろを聞かされたのは成人してからだ」


 応戦した魔術師は、どうやっても死なない魔人の心臓とは別に、“核”があることに気づく。心臓の下に埋め込まれた核を破壊してやっと、魔人は死を迎えた。その魔人から取り出した核には複雑な呪術式が込められており、『Ⅱ』の文字が刻んであったという。


「そのときの魔術師というのが、ラティエルの母君……魔女師匠だ」

「お母様が? どうして王宮に?」

「魔女師匠は、ポラリス魔宝伯のマネジメントを担当している」

「ま……マネジメント?」

「母は商売には向いてないからな。正直助かっている」

「はぁ……」


 何をやっているんだうちの母は。



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