第十五章 04 死んでも構わない
厩舎のドアが閉まる音がして、白衣の男が気だるげにため息をつく。同時にラティエルがいる檻の布に手をかけられ、急いで寝ころぶ。布が取り払われ、まぶしさに顔をしかめそうになったが、なんとかこらえた。
少し離れた場所から別の足音が近づいてくる。男たちの後ろにいた三人目だ。檻のそばまでやって来て、白衣の男に「叔父様」と話しかけた。その声はラティエルも知っている声で、思わず体がピクリと動く。
「モニカをどうするのですか?」
「もちろん実験に使う」
「そんな……、モニカは貴族令嬢ですよ?」
「魔力持ちでなければ魔人の器には使えない。ちょうどいいだろう」
「でも辺境伯の令嬢なんて……、すぐに捜索願いが出ますわ!」
「これはお前の失態を隠すためなんだぞ! 足がつく方法を取りおって! まぁどうせ“審判の日”がやってくれば、小娘どころではなくなる」
「あ……あたくしが面倒見ますから! モニカも助手にすれば、叔父様も助かるでしょう?」
「ミニス……、ドロリスの仇を討ちたくはないのか?」
「それは……もちろん、討ちたいですわ」
「そのためには被験体が必要なんだ。わかるな?」
「……はい、叔父様」
ラティエルが身じろぎしたのは見られていなかったようだ。ここまでの話を頭の中で整理しつつ、取るべき行動を考える。ミニスが『叔父様』と呼ぶなら、白衣の男はサルガス伯爵で間違いない。
(このふたりを押さえただけじゃダメな気がする。資金源にたどり着かないと。でもどうやって? マントの男はもう行っちゃったし……)
考えているうちに檻の扉がひらき、ラティエルは強い力で引っ張られた。手の大きさからしてサルガス伯爵だろう。今は気絶したふりをするしかない。
伯爵に両脇を抱えられ、ミニスに足を持たれ、固い台の上に寝かされた。
「……変ね、モニカってもっと痩せてた気がするのに」
ミニスの何気ないひと言が、ラティエルの心に突き刺さる。
(たしかにモニカほどじゃないけど、太ってはないから! ないよね⁉)
心の中で話しかける相手といえば女神くらいしかいないのだが、アストローダからの応答はない。しかもミニスの口撃はまだやんでいなかった。
「なんか……、足も短い?」
(足が短いんじゃない!! モニカより背が低いだけだからっ! そうだよね⁉)
口撃を受けるたびに顔をしかめそうになる。スカートの陰で拳を握り、なんとか耐え忍ぶ。ひとりでブツブツこぼすミニスに、サルガス伯爵が怪訝な声でたずねた。
「どうした? 何か問題があるのか?」
「……いえ、きっと気のせいですわ」
少し離れたテーブルからガシャガシャと金属質な音がして、伯爵の足音が戻ってきた。首に装着した魔力抑制カラーに手をかけられて、体が反応しそうになる。
伯爵が気づいた様子はない。カラーを外そうとしているのだろう。あれでもないこれでもないと、いくつかの鍵をあてていく。
(あ……このカラー、騎士団の備品だから合わないんじゃ……)
そう思った矢先にカラーが外れ、首から乱暴に取り去られた。
(痛っ……なんで? なんで外れたの⁉)
騎士団と同じ鍵を持っているということか。そうとしか考えられない。首をさすりたい気持ちを抑えて、どうするべきか考える。
このままいけば血を抜かれて魔獣の血に入れ替えられる。それに先ほど見た本には胸の下に呪核とやらを埋め込む図が載っていた。冷や汗が額に滲む。
(隙を見て逃げる? そしたら研究場所を移されるかも。ふたりを捕まえたら? 支援者を取り逃がす……)
サルガス伯爵がすなおに支援者の名を言うだろうか。ドロリスでさえ口を割らずに死を受け入れた。望みは薄い。
(頭目のやり方は正しいわ)
このままサルガス伯爵は泳がせておいて、支援者にたどり着いてから一網打尽にするべきだ。かといって、モニカを見捨てるという選択肢はなかったし、ここでラティエルが被験体になるのもごめんだ。
(何か……何か手はないの⁉)
目を閉じている今、頼りになるのは気配を察知する能力だけ。家令ジェームスには及ばないが、ラティエルもずいぶん鍛えられた。魔力抑制カラーが外されたことにより、誰がどの辺りにいるのかよくわかる。
(――ん? 気配が四人になってる? いつの間に……)
ラティエルの一番近くにいるのはミニス、少し離れた場所にサルガス伯爵。それよりもっと離れた場所――魔獣の檻付近にも人の気配がふたり分ある。
(ほかにも仲間が? でもそれなら隠れる必要は……)
考えているあいだにも準備は着々と進む。伯爵がミニスに固い物を手渡す音がした。
「これで服を切りなさい。まずは胸の下に呪核を埋め込む」
「……はい」
(ひっ⁉ そんなの、下手したら死んじゃうよ⁉)
こちらの世界に“外科手術”など存在しない。麻酔もない状態で胸をひらかれるなど想像もしたくない。ラティエルの鼓動が早まる。
先ほど読んだ本の内容が、またも頭をよぎった。
『生きた人間または死後三時間以内の人間に適用できる』
つまり、被験体が死んでも構わない。むしろ死んでいたほうが楽に処置できるということか。だからモニカがぐったりするまで待っていた。
(って、そんな答え合わせしてる場合じゃない! わたしの勘が正しければ――)
考えられる可能性を絞り込み、ラティエルは意を決した。制服に手をかけたミニスの手をひねり上げ、ナイフを奪い、台から飛び降りて後ろ手に拘束する。
「動かないで! ミニスの首をかき切るわよ?」
「モっ、モニカ⁉」
「チィッ、やはり殺してから作業に入るべきだったな」
ラティエルの言葉にも動じることなく、サルガス伯爵は奥のドアへと歩いていく。
「止まって! 止まりなさいっ!」
「フンッ、小娘が……やれるものならやってみろ」
鼻で笑い、伯爵はためらいもなくドアへ進む。しかしドアノブに触れる直前、物陰からあらわれた男に剣を突きつけられた。ラティエルは勘が当たったことにホッと息を吐き出す。
「――動くな」
「貴様は……ドレイクの店主か。どうしてここが……」
カモ柄のバンダナを頭に巻いたドレイクの店主――ラルフが伯爵に迫る。
「ウチの店に騎士団が踏み込んできた。テメェが売ったんだろう?」
「違うっ……私ではないっ!」
後ろに逃げようとした伯爵は、またもや物陰から飛び出した男に剣を向けられる。ランプの灯りに照らされたのは、騎士団にいたホクロの騎士ケネスだ。けれど、服装はラルフと同じようにバンダナを頭に巻いており、盗賊にしか見えない。
「逃がしませんよ。さて、この奥にあるのはお宝ですか? 埋め合わせしてもらわないとね」
「ハッ、下賎の者どもが!!」
吐き捨てつつ、サルガス伯爵がドアをあけた。すると奥の部屋からガシャンと鉄が落ちる音がして、ペタリ……ペタリと何かが近づいてくる。
音が近づくごとに異臭が鼻を刺し、たまらず口もとを押さえたラティエルの腕からミニスが抜け出す。
「あ、あなた……モニカじゃないわね! 声が違うわ、身長も……体型もっ!」
――体型は余計だ。サクッと心に刺さったナイフを抜き捨て、ラティエルはモニカの変身を解く。
「なっ⁉ ラティエルお姉様⁉ ど、どうやって⁉」
それを教える義理はない。だけどまた『ラティエルお姉様』と呼んでくれたことはちょっぴり嬉しかった。
「エル! 逃げろ!!」
ミニスに気を取られていたラティエルは、奥のドアから飛び出した何かに反応が遅れる。それでも、持ち前の運動神経でなんとか回避した。
「――!!」
後ろへ飛び退いて見れば、人の形をしたドブ色の魔人が立っていた。高身長で手足は長く、腹まわりは骨しかないみたいに細い。なのに腕や足の筋肉は異様に肥大化している。
爛れたような皮膚には、ところどころ鱗状の固そうな突起がある。グランリザードの血でも入れたのか。顔つきもトカゲっぽい。
駆け寄ろうとするラルフを、ラティエルは片手で制した。
「こっちはいいから、伯爵を逃がさないで!」
「しかし……」
(大丈夫、今度は動ける!)
もう昔の記憶がフラッシュバックしたりしない。それに目の前にいるのは、人間の体を骨格とした大きなトカゲだ。
女神の空間から剣を取り出し鞘から引き抜く。ジルにもらった剣は、魔力を流すだけで剣に軽量化と威力増大の魔法が、鞘には防御魔法がかかる。ひとつ深呼吸をして、二刀流に構えた。それを見たラルフはやけくそになって叫ぶ。
「ええい、信じるからな! 無理なら引けよ⁉」
「わかってる!」
魔人が腕を振り上げると、指先を破るように鋭いかぎ爪があらわれた。振り下ろされる腕を鞘で防御し、懐に入り込んで斜めに切りつける。吹き出した血は黒に近い紫色。魔人はギャッと短く鳴いて膝をつく。トドメを刺そうと振りかぶったラティエルの前に、ミニスが立ちはだかった。




