第十五章 03 衝撃の事実を知る
ラティエルが取りに行った注文の品は人間のご遺体。ラルフはその注文を受けるために店を構えていたかのような口ぶりだ。
ふらりと後ずさり、後ろにあった机に腰を打ちつける。
「痛っ……、ん? 何これ?」
ラティエルは机の上にひらかれた一冊の本に釘付けとなった。ぱっと見には医学書のように思えたが、目に入った一文には『生きた人間または死後三時間以内の人間に適用できる』とあった。
――適用? 人間に対して何を?
ほかにも『呪核は心臓を避け、太い鮮血管に這わせるのが好ましい。暗血管は効率が悪い。背骨の体液にも浸潤可能だが時間がかかる』などと、魔人の作り方にしか思えない内容が書き連ねてある。
「呪核? なんのために……?」
ラルフも隣にやって来て、本を取り上げた。
「人間兵器を作るためだ。が、こんな高度な技術をサルガス伯が創造したとは思えない。著者名は……載ってないか」
「人間兵器って……頭目は、何者なの?」
「それについてはアジトで話す。今言えるのは……そうだな。俺たちは、ある没落貴族を追っている」
「ベガ一家?」
「ああ。そしてこの件は、王家にも関わることだ。ここで見たことはしゃべるんじゃねぇぞ?」
ラティエルは黙って頷いた。詳しく知りたいとも思うけど、危険な香りがプンプンする。王家と言われただけで、こめかみに青筋を立てた母の顔が思い浮かんだ。
ラルフを先頭に三人はさらに奥へと進む。突き当たりにあるドアの前には鉄製の檻が置かれている。檻はイノシシの魔獣が一頭入るほどの大きさで、黒い布が被せてあった。
「布を取るが、悲鳴をあげるなよ?」
ラティエルは頷き、両手で口を押さえた。ラルフとバドが片方ずつ布を持ってバサリと引き抜く。
「「――!!」」
悲鳴こそあげなかったラティエルだが、すぐに檻へ駆け寄った。
「モニカっ!! モニカ、起きて!」
「オイ、声を落とせ」
檻の中に入れられていたのは制服姿のモニカだった。青白い顔をしているが、胸は上下している。首にはラティエルと同じく魔力抑制カラーが着けられていた。
「大丈夫だ、まだ生きてる。一旦戻って態勢を整えよう」
「いやだっ、置いて行けない!」
「エル、これは命令だ」
「もし間に合わなかったら⁉ ティナを助けた魔法を、お母様は教えてくれなかった! わたしじゃ……誰も助けられない!!」
マルティナを浄化し、欠損を修復したあの魔法が、ラティエルには使えない。女神にも『他者は契約外』と言われている。もしモニカが魔人になってしまったら、ラティエルに救える手立てはない。
「エル、聞き分けてくれ。今助けたら侵入したのがバレる。そしたら別の場所に移されて、また振り出しに戻っちまう。ここまでたどり着くのに十年かかったんだ」
十年も。ラティエルと母が襲われるよりも前からずっと、ラルフたちは犯人を捜していたということだ。逃げられたらまた、ほかの誰かが狙われるかもしれない。
そんなことはラティエルとしても不本意だ。
「頭目、わたしね……魔法騎士になりたいの」
「……ああ、学園の騎士科に受かった女子生徒ってエルだろ?」
「でもね、友達を見捨てるような騎士にはなりたくない」
友達ひとりも助けられない人間が、騎士になって何を守るというのか。
鉄格子から手を離さないラティエルの隣に腰を下ろし、ラルフは目線を合わせる。言葉を選ぶように逡巡したのち、重々しく口をひらいた。
「エル、この子は必ず助ける。だから今は――」
「――はい、言質取りましたぁ!!」
「は……?」
ビシッとラルフに人差し指を突きつけ、今度は天に向かって叫んだ。
「女神アストローダ、わたしとモニカの位置を交換して!」
何を言ってるんだという顔をした男たちは、次の瞬間――度肝を抜かれて石化した。瞬きもしないうちにラティエルとモニカが入れ替わったのだ。檻の中でラティエルがにこやかに手を振る。女神の力は、ラティエルを巻き込んだものであれば、他者にも影響を与えられる。
受け入れられる限界を超えたバドが、膝から崩れ落ちた。
「魔力抑制とはいったい……」
「とうとう壊れたんだな⁉ そうに違いな……ん? 女神?」
何かに思い至ったラルフが、信じられないといった目でラティエルを見つめる。
「まさか、エルも聖女なのか?」
「……わたしは、女神アストローダと契約した“星の聖女”。だからこんなこともできるの」
目を閉じたラティエルは心の中でまた願う。願いはすぐに聞き届けられ、ラティエルはモニカの姿に変わった。といっても首から上だけだが。
「「っ――⁉」」
「これで時間は稼げるし、必ず助けに来てくれるんでしょう?」
声はラティエルのまま、モニカの顔であっけらかんと笑う。ラルフはヒュッと喉を鳴らして頭を抱え込んだ。
「こんなの……確実に殺される!!」
「何よ⁉ 助けるって言ったじゃない!!」
「……安心しろ、死ぬのは俺だけだ」
「えっ、なんで?」
「それより服はどうするんだ?」
「女神の空間に入れてある制服に着替えるよ」
「親子揃ってなんでもアリか!! あぁくそっ、頼むからそこで大人しくしてろよ!馬車を待たせてる。バド行くぞっ」
ラティエルが入った檻に布を被せ、ラルフがモニカを担ぐ。オロオロと振り返るバドの肩をもつかみ、棚が作る影に向かってトプンと身を沈めた。おどろいたバドの悲鳴が遠くに聞こえる。
「あっ……、頭目って闇魔法使えるんだ」
闇魔法は影の中を自由に出入りできる。ラティエルも母から教わったが、残念なことに適性がなかった。
「いいなぁ……」
布の隙間から暢気に見送り、女神の空間から制服を取り出して着替える。
全身を変えるには足りなかったのだ……女神の好きなお菓子が。
「選り好みが激しすぎるでしょ……」
魔力は温存しておきたいし、お菓子を補充するまでは女神の力は使えそうにない。でも、いざとなればラティエルには剣がある。敬愛する兄弟子からもらった最強の剣が。
◆
鉄製の檻には床底に木の板が一枚敷いてあるだけ。寝心地も居心地も最悪だ。ひと寝入りするのはあきらめたほうがいいかもしれない。筋トレしようにも檻のサイズからして、手足は伸ばせない。できるとすれば腹筋くらいか。
「ハァ……、ひま。暇。ヒマ……」
どうにかして体を動かしたい。そうしないと悪いことばかり考えてしまう。例えば、ラティエルが“星の聖女”だと明かしたことで、騎士にはなれないかもしれないこととか。だけど実力を見せなければ、ラルフはラティエルを置いて行かなかっただろう。
「バレたら神殿務めの大聖女かぁ。エリス様は帝国に行っちゃうかもしれないし」
エリスはリシャド皇子からプロポーズされていた。何かが『うまくいったら』という条件付きではあるが、可能性は高いだろう。
「もうだめなのかな……魔法騎士」
ほらやっぱり暗い思考に落ちていく。それでもこの場所で夜な夜な行われていることを考えるよりはマシだった。ラティエルだって女の子だ。こんな場所に閉じ込められて、おそろしく思わないわけがない。
――そう思っていたときもありました。
すっかり爆睡していたラティエルは、ガタリとドアがひらく音で目を覚ます。厩舎内の仄暗さからして、今は夕刻だろうか。
厩舎の床は踏み固められた土だ。ザッザッと地面を踏みしめる音が近づいてくる。足音はひとり、ふたり――いや、三人分だ。布にあけておいた穴から外をうかがう。壁際のランプがいっせいに灯り、まぶしさに目を細めた。
男たちの話し声がすぐ近くで聞こえる。灰色のマントを着た男が声を荒げた。
「わかっているのか⁉ 期日までに完成しなければ出資は打ち切りだ。すべてがムダになる!」
マントの男は白髪混じりの暗い茶髪で、年齢はラティエルの祖父くらいだろうか。
もうひとりの白衣を着た男は、父と同じ世代に見える。
「結果なら出している! 仕方ないだろう? 魂を縛りつける呪術でなければ魔人として機能しないんだ」
「だが人格が邪魔だ。もっと簡単に操れなければ」
「七号からは改良版を使っている。精神に作用する呪術も組み込んだから、効果はあるはずだ」
あとひとりは男たちの後ろにいて姿が見えない。「それよりピエール殿」と白衣の男が唾を飛ばす。
「被験体三号の回収はどうなっている⁉ あの娘から辿られたら我々は終わりだ!」
「わかっている。あの聖女がどうにも邪魔だ。だが、聖女を屋敷から引き離す手は打った。もうじき娘を探しに出かけるだろう。そのタイミングで回収する」
ピエールと呼ばれたマントの男は踵を返し、水槽の向こうへ姿を消した。
ラティエルは耳に残った単語をつなぎ合わせていく。
(被験体三号? 聖女が邪魔……娘を探しに)
聖女だと認知されているのは現在四名いるが、最悪の状況を考えるなら――彼らのいう聖女とはラティエルの母セレーネのことだろう。脳裏に浮かび上がったのはマルティナの顔だ。
(ティナが……被験体三号?)




