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女神の愛し子は創られた恋に悩まされる  作者: 夜高叶夜
第二部 パニックに陥る学園編
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第十五章 01 父がすっ飛んで来た

 しばらくして男たちの声が遠くに聞こえる。


「よくも私の娘を牢になど……」

「知らなかったんだよ! つか、お前が隠すからこうなったんだぞ⁉」

「セレーネにそっくりだろうが!!」

「いや、ぜんぜん雰囲気違うからな⁉ それに魔道具がありゃ、姿なんていくらでも変えられるだろうが!」


 まだ夢うつつのラティエルは、眠くて目をあけることもままならない。


「とにかく、娘を巻き込むな!」

「んじゃ、大切にしまっとけ。それより、ベガ一家いっか行方ゆくえに進展は?」

「だめだ。尻尾すらつかめない」

「くそっ……まぁいい、嬢ちゃんのおかげで手がかりは得られた」


 人の手が伸びてくる気配を感じて体が勝手に動く。迫り来る手をはたき落としてまたウトウトする。


「ラティエル……、お父様だよ?」

「う~ん……にゃっ!」


 頭をなでようとする手を何度も弾き返し、あまりのしつこさに蹴りを入れた。しかし、相手も心得ているかのようにガードする。やり合っているうちに、少しずつ意識が浮上していく。再び男の声が耳に入ったとき、やっとラティエルは覚醒した。


「ラティエル、寝ぼけてないで起きなさい」


 まず目に入ったのはミルクティ色の髪、そして緑がかった金の瞳だ。


「んにゃ? おとうさま?」

「そうだよ。罠も仕掛けないで寝るなんて、お父様はガッカリだ」

「ごめんなさい……」


 まだ少しボーッとした頭で部屋を見まわすと、近くにあったローテーブルが見るも無惨むざんな姿になっていた。いったい何があったのだろうか。頭目は額を押さえ、バドは部屋の隅で震えている。


「オイ、レオ! 自分の娘に何仕込んでんだ⁉」

「身を守るすべだが……?」


 頭目が父レオネルを『レオ』と呼ぶ。まるで友達みたいだ。


「お父様、頭目と知り合いなの?」

「…………知らないよ?」

「オイッ⁉ 無理があんだろ!! まぁいいけどよ!」

「ラティエル、今は状況がよくないんだ。しばらくラルフと一緒にいてくれ」

「ラルフって、頭目のこと?」


 頭目に目をやれば渋々と頷いた。名前で呼び合っているなんて、やっぱり仲よしではないか。

 レオネルが言うには、ラティエルはしばらく領地で療養すると、学園には申請済みらしい。あんな写真を撮られたのだ。学園に通わせるのはむずかしいと判断したのだろう。いくら体術や剣術を磨いても、言葉の刃を防ぐ手立てはない。


「お父様、家名に泥を塗ってごめんなさい」

「ん? うちには泥よけの結界が張ってあるから平気だよ? それよりラティエル、不用意に出歩かないようにね」

「……はい」


 レオネルの冗談はわかりにくい。ときどき本気で言っているふしがある。さすがに今回はラティエルを思っての冗談……だと思いたい。しおらしく頷くラティエルの向かいで、頭目あらためラルフが悪態をつく。


「こんだけ鍛えておいて、過保護にも程があんだろ……」

「まだ足りない……、こんなことならもっと詰め込んでおくんだった!! ラティ、領地に戻ったら、魔力抑制カラーを着けて野外演習に出かけようね」

「はぁあ⁉ もしかしてその首輪、模造品じゃないのか⁉」

「……ん? ああ、ウチのとは違ってしつが悪いな。騎士団の備品か」


 同じ魔力抑制カラーでも注文先によって品質がばらつく。レグルス家が考案して作らせたものは“生かさず殺さず”を徹底した特注品だ。

 レオネルの言葉にラティエルも納得して頷く。


「そっか、それで力が入れやすいのね」

「……もうヤダこの親子。早く帰ってくんねぇかな」

「離れがたいが、もう行かなければ……。ラティエル、男を見たら迷わず叩きのめしていい。お父様が許す」

「オイ⁉ この子にお守りなんていらねぇだろ⁉ 連れて帰れ!!」

「ではラルフ、頼んだぞ。娘に手を出したら――殺す!」

「ガキに興味はねぇし、こっちの身が危ねぇよ!」

「ああそれから、娘に酒は飲ませるな。死にたいなら止めないが」

「――死⁉ 危険なんだなっ⁉ くそっ、落ち合う場所を間違えた!!」


 名残惜しそうにラティエルの頭をなで、レオネルはドアの向こうに消えて行った。レオネルが残した言葉を思い出し、ラティエルはラルフをしげしげと見上げる。


「ラルフさんって強いんですね」

「頭目と呼べ。今のやり取りでなんでそう思った?」

「あの父が『頼んだ』なんて言うのは、限られた相手だけです」

「……そうかよ。とりあえず飯でも食え」


 ボロボロのローテーブルを脇に寄せ、無事だった小さなテーブルにパンとシチューが並ぶ。

 フイッと顔をそむけたラルフの耳が赤い。今なら本当のことを教えてくれるかもしれない。


「頭目、わたしたちはどうして牢屋から出られたんですか?」

「敬語は使わなくていい。しばらく潜伏せんぷくするから、言葉遣いにも気をつけろ」

「わかった。それで、ケネスはどうしてわた……ぼくたちを逃がしたの?」

「あいつは俺の知り合いだ。いろいろとツテがあってな」

「――えっ? じゃあ、死刑のやり取りは⁉」

「嬢ちゃ……エルにせられた刑は懲役ちょうえき刑だ。それもおかしいけどな。死刑って言ったのはエルが何か隠してないか、暴くために一芝居打った」


 ケネスが死刑をチラつかせてラティエルをこわがらせる。さらにラルフがあおって不安にさせ、命乞いするラティエルに本当のことを吐かせる――という筋書きだった。

 ところが、ラティエルはおどろきこそすれ動じないし、もっと泣きわめいてほかの囚人にも揺さぶりをかけたかったのに――飛んだ誤算だと、ラルフは天井を仰いだ。


「まぁ、『聖女の娘』と聞いて、連れ出す作戦に変更したけどな。ここでレオと落ち合ったのは確認のためだ。本当にレオの娘かどうか」

「……頭目はいったい何者なの?」

「それはアジトに移動してから話す。本当は連れて行きたかねぇが、仕方がない」


 移動は夕刻になってからだという。それまで休めと言われても、先ほどまで寝ていたからもう眠くない。出て行こうとするラルフとバドを引き止めて、話につきあわせた。


「ねぇ、『ベガ一家いっか』って?」

「聞いてたのか……、レオから『巻き込むな』って言われてっからなぁ」

「もう巻き込まれてるよね?」

「まぁそうなんだが……」


 ラティエルはドアの前に先まわりして腕を組む。


「話してくれるまで通さないから!」

「いやさすがにこんな場所じゃ――」

「――じゃあ防音結界張って話せば……」


 言って結界を張ろうとしたラティエルだったが、首に着けられた魔力抑制カラーは伊達だてではなかった。


「誰か結界張れない?」

「んな高尚こうしょうなもん、誰にでもできると思うなよ?」

「うっ……、カラーをはずす鍵は……?」

「騎士団に戻ればあるぞ?」


 あんなところ、もう戻りたくない。ラティエルは必死に次の手を考える。ずっと黙って見ていたバドが進み出た。


「頭目、一緒に連れて行ってはどうだ? この子は強い」

「ああ、この子は強い。その父親はもっと強い。俺はまだ死にたかねぇよ」


(なるほど、お父様がこわいのね。じゃあ……)

 ラティエルはニヤリと笑い、ドアから離れて奥の窓辺へと向かう。身をちぢめたラティエルがやっと通れるくらいの小さな換気用の窓をあけ、ふちに腰かけた。


「わたしから目を離したらどうなるか、知りたい?」

「っ……」


 置いていくなら、ラティエルは自由を獲得したも同じだ。勝手に動いてやる。言外ごんがいほのめかした意味をくみ取って、ラルフは肩を落とした。


「ハァ……いいか、俺の指示には絶対に従え! 勝手に動いたらまた牢屋に入れるからな⁉」

「うん! やったぁ!」

「ああぁあぁぁ……、胃が痛てぇ」


 胃をさすりながら歩くラルフのあとにラティエルが続く。その後ろからバドが小声で話しかけた。


「――ラティエル嬢、礼を言いたい。呪いを解いてくれてありがとう」

「どういたしまして! エルって呼んで。そういえば、どんな秘密を知ってしまったの?」

「それは……、馬車の中で話そう。オレのことはバドでいい」


 酒場を出てまた荷馬車に乗り込む。日はもうすっかり昇っていた。



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