第十四章 05 斬首刑に変更
薄暗いなか、ラティエルはホクロの騎士ケネスに叩き起こされた。
「囚人五十七番、時間だ。――出ろ!」
「んにゃ? なんの時間?」
「処刑の時間に決まっているだろう」
「…………。なんだ夢か」
ろくでもない夢だ。寝なおそうとするラティエルを、ほかの騎士ふたりが両脇から引っ張り上げる。ぼんやりした頭で思い出したのは、『明朝、絞首刑』という言葉だ。
「ええっ⁉ ちょっと本気⁉ この国の法律はどうなってるの⁉」
「他者に対して呪術を使った者は極刑一択。刑は斬首刑に変更だ」
「ひぃっ⁉ わたしじゃないってば!」
何か否定する材料はないかと考えて、魔術師カルロに渡したメモを思い出す。
「そうだ、魔術師団で鑑定してもらったメモは? 何もわかってないの⁉」
「メモ? なんのことだ?」
「は……何を言って、あなたの目の前でカルロさんに渡したメモよ⁉」
ケネスは取調室にいたのだ。知らないとは言わせない。
けれどケネスの言葉は変わらなかった。
「そんなものは提出されていないが?」
ここまで来ればさすがに気づく。騎士たちはどうしてもラティエルを処刑したいらしい。牢から引っ張り出され、地上へ向かって階段をのぼっていく。
騎士団がどうして? これは学園内のイジメとはあきらかに違う。誰かが裏で糸を引いている。ふいにドロリスの侍女リリーの言葉がよみがえった。
『恨むなら母親を恨みなさい。悪役令嬢の娘に生まれたのが運の尽き。あの女はわたくしから何もかも奪ったの。まずは家族から奪ってやる』
これはレグルス家を標的にした攻撃に違いない。まずは一番弱いラティエルからということだろう。
(このまま大人しく処刑されてなるものか!)
今のラティエルには武器も実力もある。地上に出るまでは大人しく従い、逃げる機会を窺うべきだ。うなだれたラティエルに何を思ったのか、両脇を固める騎士たちの歩みが速まった。そんなに早く処刑したいのだろうか。
(鬼なの⁉ 悪魔なの⁉ これが騎士のやることなの⁉)
一階に上がり裏口のようなドアを通り抜けると、とうとう駆け足になり、ラティエルの体は宙に浮く。
「ちょっ――むぐっ」
口を塞がれて荷馬車へ押し込まれた。木箱がまばらに積んであり、ほんのり土や植物の匂いがする。野菜でも積んでいたのだろう。
「レグルス辺境伯令嬢、大人しく座っていてください。安全な場所へお連れします」
先ほどまで威圧的だったあのケネスが眉尻を下げ、別人のように丁寧な言葉を紡いだ。
「――えっ?」
「騎士団の門を抜けるまでは絶対に声を出さないように。いいですね?」
「は、はい…………はい?」
信じてもいいのだろうか。荷馬車の幌から布が下ろされ、外からは見えない。ただの目隠し布だからすぐに逃げられそうだ。空が白みはじめたけれど辺りはまだ暗い。騎士が荷台をコンコンと叩き、それを合図に荷馬車が動きはじめた。
唖然とするラティエルに、近くの箱が話しかけてきた。
「オイ、嬢ちゃん。もっと前のほうへ隠れろ!」
「はっ、箱がしゃべっ――」
「――いいから早く。検問で見つかるぞ⁉」
「あ、はいっ」
ラティエルを『嬢ちゃん』と呼んだ声は店主だろう。どうして箱に入っているのか。知りたいけれど検問のお時間だ。急いで前のほうへ分け入り、箱の陰に隠れる。数人の騎士と御者のやり取りが聞こえた。
「お疲れさん。後ろ見せてね」
「どうぞ。いつもご苦労様ですねぇ」
「ま、これが仕事だからね」
門を通る荷馬車はすべてチェックしているのだろう。騎士たちはのんびりとした口調で幌の布をめくる。
(わたしを探しているわけじゃない。大丈夫よ)
ラティエルは今や逃亡者だ。見つかったらどうなることか。喉を鳴らしそうになって息を止める。ランタンを持った騎士が荷台に乗り上げた。箱の隙間から見える床板を影がのろのろと這う。箱をカツンカツンと叩きながら騎士が近づいて来る。
仕事まじめな騎士を恨めしく思う日が来るとは。日々行われる検問なんてもっといい加減だと思っていた。ランタンの光が強くなり、騎士の影がラティエルの頭をかすめた。
(あっ、もうだめ! 見つかる――)
「――へっくしょいっ!!」
「おいおい、大丈夫か?」
御者の盛大なクシャミに騎士たちの同情が集まる。夏とはいえ早朝は冷える。荷台に上がっていた騎士も降りていった。布が下ろされて荷馬車が動き出す。
「「ホッ……」」
合わさったため息は三人分だ。
(――ん? 三人いる?)
ひとりはラティエルで、もうひとりは店主。残るひとりは誰だ? ひとつずつ箱をのぞき込んでいく。すると、ふたつの大きな箱がガタガタとゆれはじめた。御者台から差し込む光に照らされて、ラティエルが解呪した男と店主が飛び出した。
「なっ、なんでこのメンバー⁉」
「また会ったな、嬢ちゃん。これも何かの縁。腹を割って話そうぜぇ?」
「……おじさんのは腹を割ってるんじゃないでしょ。口を割らせてるだけよ!」
「ハハッ、違いねぇ」
この店主、ラティエルにばかりしゃべらせて自分の情報はまったく出さない。腹を割るというのなら、まずは自分から話をするべきだ。
「とりあえず、嬢ちゃんは着替えないとな。その制服じゃ貴族令嬢だってバレバレだ。ほらこれ」
箱の中からシャツとベスト、ズボンに茶髪のウィッグが出てきた。なぜか簡易型のコルセットまである。前紐で縛るのでひとりでも着けられる。
「なんでコルセット?」
「男装するには……あれだ。嬢ちゃんスタイルいいから……、なっ?」
「――へっっ、ヘンタイ!!」
その辺の箱を投げつけたが、店主は軽く受け止めてみせた。
「これでも言葉を選んだってのにっ、とにかく俺とバドは後ろ向いてっから」
言いながら店主は箱を積み上げて壁を作る。バドとは解呪した男の名前だろう。ふたりの男は馬車の後方へ移動し、外の様子を窺いはじめた。
(あの店主、見た目に反して紳士なんだよね……)
だから調子が狂ってしまう。ふとした瞬間に警戒心が緩みそうになるのだ。
脱いだ制服は女神の空間へ押し込み、胸のふくらみをコルセットで潰す。魔道具のペンダントはシャツの下に隠せたが、着けられたままの魔力抑制カラーまでは隠せなかった。着替えが終わったころ、見計らったように馬車がゆっくりと停車する。
「嬢ちゃん、準備できたら降りて来てくれ」
「あ、うん」
「それと、名前は?」
「ラティエル」
「じゃあ『エル』な! ここから先、本名は明かすなよ。あとしゃべり方も男らしくしろ」
「……わかった」
「それから俺のことは『頭目』と呼べ」
「とうもく? 盗賊の頭なの?」
ラティエルの問いには答えず、店主あらため頭目はさっさと馬車を降りた。バドはすでに降りている。ラティエルも箱の壁を乗り越えて、荷馬車から外をのぞく。
雰囲気からして中心街の裏通りだ。大通り側には万屋ギルドがある。まだ日が昇っていないせいか、誰もいない。
「オーイ、早く来い!」
頭目が明かりの漏れる店に入っていく。あとを追ってラティエルも足を踏み入れた。途端に酒の匂いが鼻につく。
(ふわぁ……、なんだかクラクラする)
おぼつかない足取りで進むラティエルに、店の客が絡んできた。装備からして剣士だろう。一晩中飲んだくれていたのか、酒瓶がまわりに転がっている。
「坊や。酒はまだ早いんじゃねぇか? 帰ってママのミルクでも飲んでな!」
「この首輪見てみろよ。罪人に着けるアレじゃねぇ?」
一般的に、魔力抑制カラーを着けられるのは“罪人”という認識らしい。ラティエルにとっては訓練の“相棒”という認識だ。
「でもアレって、着けたら動けなくなるんだろ? 坊主は歩いてるじゃねぇか」
「けどフラフラだぞ?」
フラフラなのは酒の匂いのせい。鼻から入った空気が体温を上昇させ、頭をぼんやりとさせるのだ。
頭目の姿を追っていたはずなのに、気づけば数人の男に囲まれ、ラティエルは立ち止まる。男たちとは知り合いではない。なのになぜ話しかけてくるのだろう。
「……どいて」
「聞いたか? 女みてぇな声だな!」
「坊や、仕事探してんなら紹介してやるぜ。おれたちと一緒に来いよ」
冷静であれば身を引くなりして争いは避けるのだが、今のラティエルは理性が薄らいでいた。肩に手をかけられて、とっさに腕をひねり上げる。
「コイツっ!!」
「小僧が! 調子に乗るなよ⁉」
次々につかみかかってくる男たちの攻撃をいなして、みぞおちや膝下に蹴りを入れる。いつもならケガをさせないよう気をつけるのに、本能が先走ってしまった。
「オイィ⁉ 何やってんだ⁉」
店の奥にある螺旋階段を登ろうとしていた頭目が、大慌てで戻って来た。
「すまん! こいつは俺の連れでな。あとで言い聞かせておくから!」
床に転がる男たちに言葉をかけて、頭目はラティエルの背中を押す。ピクリと反応して殺気を飛ばせば、頭目は両手をあげて降参を示した。
「わかった! 押さないから歩いてくれ。それにしても精巧にできた模造品だな」
「……何が?」
「その首輪」
「本物だけど?」
「いやいや、魔力抑制カラー着けて動けるだけでも不思議なのに、いくら聖女の子どもだからって、あんな動きできるわけないだろ」
魔力抑制カラーを着けていたからこそ、あの男たちは死なずにすんだのだが。それを説明する気力もない。
急かされて進むと奥に受付カウンターがあり、見たことのある女性が座っていた。
「あれ? 万屋ギルドのおねぇさん?」
「いらっしゃい! 私はエラ。リラの姉よ~」
「おんなじ顔……」
「――いいから、早く上がれ。ここはギルドの裏手にある宿屋だ」
螺旋階段を上がってまっすぐ進んでいく。正面には白い壁しかない。けれど頭目が手をかざすと、白いドアがあらわれてカチャリとひらいた。
「ふぁ?」
「ここは要人警護用の隠し部屋だ。オイ、まだ座り込むな。もうひとつ奥の部屋だ」
言われるままに小さな部屋の奥のドアをあけると、広い居間があった。ラティエルは目についたソファにへたり込む。
「……おなかすいた」
「ああ、それで様子がおかしかっ……、いや騙されねぇぞ。腹が減ったら力が出ないものだろ! 嬢ちゃんは何もかもおかしいからな⁉」
叫ぶように言い放って頭目は部屋を出ていく。何か食べ物を持ってきてくれることを期待して、ラティエルは目を閉じた。




