第十四章 04 絞首刑に決まった
翌日の昼になっても、ラティエルは牢から出られなかった。代わりにほかの牢に入っていた男たちが次々に連れられていく。
ラティエルは膝を抱き、床に寝転んでいる店主に話しかける。
「ねぇ、あの人たちはどこへ行くの? 誰も戻ってこないけど」
「刑が確定したやつは、だいたい僻地へ飛ばされて畑仕事だな」
「ふ~ん。わたしも疑いが晴れなかったら、畑仕事かな?」
「ハッ、まさか。嬢ちゃんみたいな貴族令嬢は修道院行きだ」
それはつまらなさそうだ。辺境出身のラティエルとしては、畑仕事などお手のもの。足腰を鍛えるのにいいからと、よく兄弟子たちと一緒に畑をまわらされたものだ。
(最初のころ、ジル兄様は鍬も振り上げられなくて……ふふっ)
昔を懐かしんでいると騎士の足音が聞こえ、ラティエルの前で立ち止まった。見上げた顔には唇の下に大きなホクロ。取調室でラティエルを見張っていたケネスという騎士だ。ところが、気だるそうだった昨日とは雰囲気が違い、ピリッとした威圧感がある。
「囚人五十七番、刑が確定した。明朝、絞首刑とする!」
「「――⁉」」
これには牢内にいた誰もがおどろいた。
ラティエルは手首の番号札を確かめ、すっとんきょうな声をあげる。
「ええっ⁉ 裁判もなしに刑が確定するの⁉ まだ容疑者だよね?」
「嬢ちゃんが絞首刑⁉ この子、貴族の令嬢だろ⁉」
ケネスは表情も変えずに冷たく見下ろす。
「罪人は罪人だ。すべてを自白すれば酌量の余地はある。白状するか?」
「白状もなにも、わたしは生徒会の手伝いを――」
「――その生徒会は夏休み中で誰も登校していない。見苦しいぞ。誰の指示だ?」
「わたしはモニカから聞いて……、そうだ! トリマン辺境伯令嬢に話は聞いたの⁉」
「その生徒も指名手配中だ。どこで落ち合う予定だった?」
「そんな……、モニカが行方不明?」
ハーヴィーの言葉が思い出される。『ラティ……ごめん、モニカ嬢は……』その続きを聞けなかった。
(どうして謝ったの? モニカに何があったの?)
考え込んだラティエルをよそに、店主がケネスに向かって叫んだ。
「オイ!! 受け子が死刑はおかしいだろ!! さっき連れて行った奴らはどうした⁉ まさか……首刎ねたんじゃねぇだろな?」
ケネスは何も答えない。ほかの囚人たちも騒ぎはじめた。「冗談じゃねぇ!」と怒号が飛び交うなか、ケネスは剣の鞘で鉄格子をガンッと叩く。大きな音が牢屋内に反響して、いっせいに静まり返った。
「大人しく情報を渡さないからこうなる。お前たちも覚悟しておくんだな!」
その言葉を聞いた囚人たちは一転して命乞いをはじめた。
「おれはそこの店主が魔獣を買ってくれるって言うから、手を貸しただけだ!!」
「俺もだ!! 店は違うけど、生きた魔獣は今、高く売れるんだよ!」
彼らの口にする内容からして、ほとんどが魔獣を生け捕りにするハンターたちのようだ。槍玉に挙げられた店主は、明後日の方向を向いて口笛を吹いている。
なおも言い募る囚人たちを、ケネスが一喝した。
「そんな話は聞き飽きている!! それ以上の情報があるヤツだけ話せ!」
ある者はうなだれ、ある者は「そんなものねぇ」と叫び転げまわる。なんの情報も出ないままケネスが立ち去ろうとしたとき、ラティエルと同室の寡黙な男が立ち上がった。
「……。っ……」
必死に口を動かすが、言葉が出てこない。それに何だか苦しそうだ。
見かねた店主がケネスを呼び止めた。
「オイ、こいつが何か言いたがってるぜ?」
「――なんだ?」
「……っ」
「あー、こいつしゃべれねぇんだよ。上級魔術師連れて来てくれや」
「生まれつきのものは、どんな魔術師でも治癒できないぞ?」
「いや。こいつのはたぶん、呪いの類いだ」
「「呪い?」」
ケネスとラティエルの声がそろった。
「俺も最近になって気づいたんだが、“ある事”を伝えようとすると首に黒いもんが現れるみてぇだ」
「“ある事”とは、なんだ?」
「それは俺にもわからねぇ。――オイ、首のやつ見せてやれ」
寡黙な男の首もとはシャツがはだけており、何もないのが見てとれる。けれど男が口を動かすと、黒い鎖のタトゥーが浮き上がり、苦しげに喉を押さえた。
(これは……、お兄様がかけられた呪いに似てる)
あのときはジャイルズが女神の剣で解呪したが、第三騎士団にジャイルズはいない。
上級魔術師ならばと期待を寄せたものの、ケネスはむずかしい顔をした。
「解呪ができる魔術師なんて、そうそういない。探し出すのも骨だな」
「――え? 解呪ってそんなにむずかしいの?」
「あたりまえだ。だからこそ我が国では、呪術は禁忌であり極刑が科されるんだ」
(やっぱり女神の剣はすごいのね)
などと感心している場合ではない。ジャイルズは我が国の王子だ。囚人の解呪に借り出せる御方ではない。それならどうする――と考えて、女神と母の力を借りようと思い立つ。心の中で叫ぶように声をかける。
(アストローダ! この人の呪い、解ける?)
答えはすぐに返ってきた。女神はぶっきらぼうな声で言い放つ。
『他者には関与しないと言っただろう』
(ああ、できないんだ? だったらそう言って?)
『……可能だが』
(じゃあ合図したらお願い!)
『……メロンクッキーがもうない』
メロンクッキーとは、メロンパンが食べたくなったラティエルがパリスに作らせたもので、どこにも売っていない。薄く伸ばしたパン生地にクッキー生地を重ねたもので、もちろんメロンは入っていない。便宜上メロンクッキーと呼んでいる。
(また作ってもらうから。今はフィナンシェで手を打って!)
無言が返ってきたが拒絶する空気はない。
次は母の名声を借りる番だ。途方に暮れる大人たちの前で立ち上がる。
「その解呪、わたしにできるかもしれません」
「嬢ちゃんが? そのタイ……まだ一年生だろ?」
「わたしは“月の聖女”の娘です。こういうときのために教えてもらった呪文があります! 魔力抑制カラーを外してください」
「「…………」」
魔法を使って逃げるとでも思われたのだろう。大人たちが向けたうろんな瞳は、あからさまに信用していない。
「い……言っておきますが、逃げるならとっくに逃げてます。わたしは冤罪が晴れるまで逃げませんから!」
「まぁ、この嬢ちゃんは逃げないと思うぞ。それに月の聖女の名を出したんだ。興味あるだろ?」
店主の言葉にしばし逡巡したケネスは、「妙なマネをしたら切り捨てる」と剣を見せつけ、ラティエルのカラーを鉄格子越しに外した。
女神の力を使うのにカラーを外す必要はないが、着けたまま行えばラティエル自身が聖女だとバレてしまう。それは避けたい。
コホンと咳払いをして寡黙な男に手をかざし、日本語で呪文を唱える。
「痛いの痛いの、飛んでいけ~!!」(アストローダ、お願い!)
言葉とともに男が光に包まれた。兄アデルがそうだったように、声にならない悲鳴をあげて男がその場に膝をつく。アデルが言うには、解呪時に呪いが抵抗を試みて暴れるらしい。
「ぐはっ……、ハァ……あ……」
声が戻ったようだ。「どうだ」とばかりにケネスや店主を見上げれば、なぜかトイレに行きたそうな顔でラティエルを見ている。目を見ひらき、口をあけて震えているさまは試験監たちと同じだ。
だがケネスにも店主にも、気を遣ってやる必要を感じない。
「どうぞ、お花を摘んでくればいいわ!」
「「――はぁ⁉」」
やはり恥ずかしいとみえる。これくらいの仕返しは許されるだろう。息が整った寡黙な男が、とうとう沈黙を破った。
「……サルガス伯爵だ」
「「何――⁉」」
「オレはサルガス家に護衛として雇われていたが、秘密を知って口を封じられた」
(サルガス伯爵って、ミニスの叔父様⁉ 秘密って――)
ラティエルが口をひらく前に、ケネスが牢の錠をガチャガチャと外す。
「詳しく聞かせてもらおう」
ケネスは騎士仲間を呼び、男だけでなく店主も一緒に連れていった。ラティエルには再び魔力抑制カラーを装着し、牢にしっかりと施錠して立ち去ろうとする。
「待って! わたしも聞きたいことが……」
「貴様にはあらたな疑いが増えた。そこで大人しくしているんだな」
「――へ? あらたな疑いって何?」
「呪いを解けるのは呪いをかけた人物だけ。貴様があの男に呪いをかけた疑いだ」
「はぁ? 初対面よ⁉」
「容疑者の言葉をいちいち信じていたら、事件は解決しない」
もっともらしいことを言って、ケネスは去っていく。ひとり取り残されたラティエルは、体の力が抜けてへたり込んだ。
「そんな、ばかな……」
それから夜になっても、店主も解呪した男も戻ってこなかった。夏休みも残りあと一日。ラティエルの牢屋暮らし二日目の夜が過ぎていった。




