第十四章 03 俺を選んでくれ
(さて、どうしよう。武器は女神の空間から取り出せるけど……)
こちらは鉄格子の中だ。ひとまず相手の出方を見てからでも遅くはないだろう。身じろぎもせず息を殺していると、相手が小声で話しかけてきた。
「おい、寝てるのか?」
聞き覚えのある声にガバッと毛布を取り払う。薄暗いなか、鉄格子のそばまで寄って顔を確かめる。フードからのぞくピンクの髪。この男は――
「ハーヴィー⁉」
「シッ……、警備は手薄だったけど、見張りはいるから。さっさと出よう」
そう言って鉄格子に触れようとするハーヴィーに、慌てて待ったをかける。
「だめ! 結界に手を触れないで!」
「なんだ? ラティが怯えるほどのものなのか?」
「この結界、塵のように儚い結界なの! お願いだから触らないで!」
「――は?」
「わたしがクシャミをしただけでも吹き飛びそうなの!!」
「……」
額に手をやり、ハーヴィーは眉間を揉む。頭でも痛いのか。
「ラティ、俺の心はもう折れそうだよ」
「どうしたの、何があったの?」
「俺には一生、王子役はまわって来ない気がする」
「ハーヴィーも王子様になりたいの?」
「いや現実の王子じゃなくて……、もういいや。とにかく一緒に逃げよう」
「わたしは逃げないわ。無実を証明したいのに、逃げたらやましいことがあるみたいじゃない」
ラティエルは腕を組み、ここに居座ると態度で示す。いつもならため息でもつくか半眼で睨みつけるハーヴィーが、苦しげに顔を歪めた。それはまるで迷子になった子どもが親を探しているときのような――
「あいつを……待っているのか?」
「え?」
――否、親に置いて行かれた子どもみたいに、今にも泣き出しそうな顔だ。
「あの王子は女神に狙われてる。一緒にいたらラティまで危ない」
「め、女神に? どういうこと?」
「あんな……あんなバケモノに敵うはずないんだ!」
「待って、ハーヴィー落ち着いて……」
あの王子とはジャイルズのことだろう。
幼少から命を狙われていたことと関係あるのだろうか。
「頼む、ラティ。俺を選んでくれ!」
鉄格子のあいだからハーヴィーが手を差し入れ、結界に弾かれてうめく。にわかに階下がせわしくなってきた。吹けば飛びそうな結界でも、意味があったらしい。
「ハーヴィー、もう行って! わたしの無罪はモニカが証言してくれるわ」
「ラティ……ごめん、モニカ嬢は……」
言いかけて口を閉じる。ハーヴィーの揺れる瞳が何かを迷っていると訴えているが、もう時間切れだ。
「いたぞ! 侵入者だ!!」
左右からやって来る騎士たちが取り囲む前に、ハーヴィーは転移術で姿を消した。最後にひと言だけ残して。
『さよなら、ラティ』
ハーヴィーはどんなときも『またな』と返す。『さよなら』を言ったことは一度もない。まわりで騎士たちが大声で騒いでいる。それを遠くに感じつつ、ラティエルの胸を引っかいた言葉が頭を離れない。
(なんでそんなこと言うのよ?)
呆然として反応がないラティエルの前に、部隊長のミルザムがあらわれた。
「貴族用の牢になど入れるからだ。地下牢へ移せ!」
「しかし部隊長、地下牢は男たちで満室ですが……」
「かまわん! どうせすぐに刑が下される。犯罪者たちにくれてやれ!」
ミルザムの部下たちは、戸惑いながらもラティエルを立たせる。ぼんやりしたままのラティエルに魔力抑制カラーを着け、両脇を支えて引きずって行く。
俯いたまま、なされるがままに足を動かす。ひんやりした空気に乗って、カビと埃の臭いが鼻をつく。
地下牢の各部屋は、先ほどまでいた部屋と変わらない大きさだったが、ベッドもテーブルも何もない分、広く感じる。一部屋に二~三人ずつ、目つきの悪い男たちが入れられていた。ラティエルを見て色めき立つ。
「おい、こっちまだひとり入れるぜ!」
「べっぴんじゃねぇか、コイツと交換してくれよ!」
「――静かにしろ!!」
騎士が怒鳴ってもどこ吹く風だ。やがてひとつの牢の前で立ち止まり、鉄格子をひらく。騎士に背中を押され、ラティエルは大人しく中へ入った。今が夏でなければ凍えているだろう。湿った空気がラティエルの体を冷やしていく。入ってすぐの壁際に背を預け、膝を抱いて小さく座り込んだ。
牢を施錠しようとする騎士に、同じ牢の中にいた男がつかみかかった。
「オイ待て! こんなガキに首輪なんか着けてんじゃねーよ! 外してやれや!」
つい最近聞いたことのある声だ。重たい頭を持ち上げて男を見れば、バンダナを頭に巻いたあの店主が、唾を飛ばしながら騎士に説教している。
「お前らは騎士だろうが! 恥ずかしくねぇのかよ!」
「うっ……、これは部隊長命令で……」
店主の剣幕に騎士たちが気圧されている。見た目によらず熱い男のようだ。少し気持ちが落ち着いたラティエルは、店主をなだめた。
「おじさん、いいの。今はこれ着けてないと、辺り一帯を吹き飛ばしそうだから」
「ふきとば……? オゥ……そうか」
目を泳がせた店主は、頭をガリガリ掻きながらラティエルの前に座り込む。店主の首にも、同室のもうひとりの男にもカラーは着けられていない。腕に番号タグがついているだけだ。
「どうした? 昼間より元気ねぇな。飯食わなかったのか?」
「……。ねぇ、『さよなら』ってどういう意味?」
「さよなら? そりゃぁ、別れの挨拶だろ?」
それぐらいラティエルにもわかっている。知りたいのはハーヴィーが言った『さよなら』の意味だ。
(別れの挨拶? ハーヴィーが言うと永遠の別れみたいじゃない)
「それって、二度と会わないってこと?」
「ん~……まぁ、そういうときにも使うな」
「まさか、友達を辞めるってこと?」
「――ん?」
一生友達だと約束したはずだ。それを一方的に反故にしようだなんて許せない。フツフツと沸き上がる怒りが拳に集まる。収まりきらない気持ちを床のレンガに叩きつけた。
中低音と高音が混ざったような音がして、レンガにヒビが入った。これくらいですんだのは抑制カラーのおかげだ。魔力を伴っていればこんなものではすまない。
「――ヒッ⁉ じょ、嬢ちゃん⁉ その首輪は飾りか⁉ そうなんだな⁉」
「ゆるさない……。こんなことなら、契約書作って血判押させるんだった」
「オイ、なんの話だ⁉ 友達の話じゃねぇのかよ?」
「そう、友達なの。一生友達って約束したのに……」
「……友達ならケンカもするだろ。仲直りすればいいんじゃねぇの?」
「そう、ね……そうよね。まずはケンカからはじめればいいんだわ!」
「なんでそうなるんだよ?」
俄然やる気がわいてきた。すっかりいつもの調子を取り戻し、さっそく作戦を練る。
「木剣でボコボコにするのと、体術でひねり潰すの、どっちがいいかな?」
「……そりゃ友達も逃げるだろうさ」
店主のつぶやきを無視して考える。まずはここから出なければならない。ラティエルが期待していたのはモニカが無実を訴えてくれることだった。だが、ハーヴィーはモニカの名前を聞いて言い淀んだ。
(モニカに何かあったの? わからない。外の情報がほしい)
魔力抑制カラーを着けているため変書鳩も飛ばせない。そもそも窓がないけれど。
「う~ん」とラティエルが首をひねっていると、店主が下からのぞき込んだ。
「なぁ、嬢ちゃん。同じ牢に入ったのも何かの縁だ。腹を割って話さないか?」
「……話って何を?」
下衆な笑みを浮かべた店主が声を落とす。
「嬢ちゃんは受け子だろ? 今回の報酬、いくらもらう予定だったんだ?」
「もらわないよ? 生徒会の仕事だもん」
「……マジなのかよ」
「おじさんの報酬はいくらだったの?」
「俺ももらってねぇよ? 誰かさんのおかげでパァだ」
大げさに肩をすくめてみせる店主に、今度はラティエルが詰問する。
「ねぇ、いい加減あの袋の中身教えてよ! 何が入ってたの?」
「あ? あれは……、あれだ……魔獣?」
店主はなぜか疑問口調だ。ラティエルはさらに質問攻めにする。
「そんなの森へ行けばタダで手に入るのに、商売になるの?」
「嬢ちゃん、なかなか鋭いな。けどよ、魔獣を狩るにも人手がいるだろう? 手間を考えれば、買った方が早いって考えるやつもいるんだよ」
「買ってどうするの?」
「さぁな? 俺らは売ったら終わり。使い道は知らん」
またもや「う~ん」と悩みはじめたラティエルを見て、店主はあきらめたように向かいの壁にもたれかかった。
「まぁ、その様子だと本当にはめられたんだろうな。誰かに恨みでも買ったのか?」
「そうみたい。でも誰なんだろう? 正面からケンカを売ってくれたら、いくらでも買ってあげるのに……」
「ブハッ!! おもしれぇ嬢ちゃんだな! まぁ明日には出られるだろ」
部屋の隅に置いてある毛布を店主が投げて寄こす。臭いを嗅いでみれば、一応洗濯はしてあるようだ。
「俺もそっちのヤツも、ガキには興味ねぇから、安心して寝ろ」
寝転んだ店主が親指で示した方向には、寡黙な男がムスッとした顔で目を閉じている。この男は鎧姿で鉄製ドアの前にいたやつだ。今は鎧をはずしてシャツとズボンだけになっている。
「わかった。おやすみなさい」
言われるまま毛布にくるまって横になる。父から野営についても学んでいたから、寝るべきときに寝られるよう訓練もしている。
目を閉じて一分も経たずに、ラティエルは寝息を立てはじめた。それを聞いた店主が飛び起きる。
「嘘だろ⁉ マジで寝やがった……」
「っ……」
寡黙な男もさすがにおどろいたようで、目を見ひらいてあっけにとられた。ラティエルが寝言をつぶやくたびに、ふたりの男はビクリと肩を揺らす。
「寝言の内容がえげつねぇ……」
「……」
ラティエルはハーヴィーと友情を育みなおす夢を見ていたのだが、ふたりには違ったふうに聞こえたようだ。
こうしてラティエルの牢屋暮らし初日は過ぎていった。




