第十四章 02 投獄される
不遜な態度で入って来た男は、ほかの騎士とは違い左肩に布が下がっている。たしかこの肩章は部隊長だ。年齢はラティエルの父と同じくらいに見える。亜麻色の髪に青い瞳。
(この人、誰かに似てる気が。……誰だっけ?)
部隊長の後ろから魔術師が続く。
その魔術師は記憶にしっかりと残っていた。
「あっ、路傍の石Aの人」
「「は?」」
声に出ていたらしい。慌てて口を塞ぐ。路傍の石Aとは、ヴィクトリアの父カノープス公爵と一緒に学園に来て、立ち去るときにラティエルたちを魔術師団に勧誘した人だ。こちらは鋼色の髪に、青灰の瞳。二十代半ばに見える。
面食らったふたりだったが、部隊長はすぐにまた不遜な態度を取り戻す。
「やはりあの獣と魔女の娘だな。こんな悪事に手を染めるとは」
「……けだもの?」
「貴様の父親のことだ。あいつは血も涙もない魔獣のような男だ」
「お父様は人の痛みがわかる優しい人よ!」
「あいつは魔女と手を組んで女神を貶めた人間だ!!」
「魔女? 女神? なんの話?」
「まぁまぁ、ふたりとも落ち着いて。本題に入りましょう」
こめかみに血管を浮かせた部隊長を制して、路傍の石Aが名乗った。
「僕は魔術師のカルロ、こちらは第三騎士団八番部隊隊長のミルザム子爵。君はレグルス辺境伯のご令嬢で間違いないかな?」
「はい、ラティエルと申します」
答えながらもラティエルはミルザムの名前で思い出す。騎士科の授業でラティエルたちを『田舎者』呼ばわりした男子生徒がマイルズ・ミルザムだった。
魔術師カルロは前のめりで自身の顔を指差した。
「ラティエル嬢か。学園で会ったことあるんだけど、覚えてる?」
「あっはい! カノープス公爵様の後ろで石になっていた人ですよね」
「――うっ、あれは身を守る術ってやつさ! 娘さんのことになるとルーシャン様はめんどく……止められないんだ」
「ルーシャン様……? ルカ様では?」
「ルカは愛称だね」
「――エッ⁉」
何度か愛称で呼んでしまったではないか。寿命がかなり縮まった気がする。この人生では長生きしたいのに。
苛ついた様子のミルザムが、乱暴に机を叩いた。
「ムダ話はいい! 貴様は現行犯で逮捕したのだ。もう逃げられないぞ!」
なんだか聴取する前から決めつけられている気がする。嫌な感じだ。
「わたしは生徒会に頼まれて、音楽祭に使うものを取りに行っただけです」
「なんだと⁉ 音楽祭でバケモノを放つ気だったのか!!」
「バカモノ……?」
「――バ・ケ・モ・ノ! バカモノは貴様だ!!」
「まぁまぁ。これは聴取ですから、まずは話を聞かないといけませんよ。それで、ラティエル嬢。どうしてあの場所にいたの?」
ちゃんと話を聞こうとするカルロにホッとして、ラティエルはモニカから受け取ったメモをポケットから取り出す。
「友人のモニカが、このメモを生徒会から受け取ったんです。ふたりで取りに行くようにって」
「そのモニカ嬢はどちらに?」
「それが……、時間に間に合わないと思ったから、わたしだけ先にお店へ」
「時間?」
「午後三時までに取りに行くように言われたと、モニカから聞きました」
「う~ん、騎士団にも、その時間に取引があるって通報が入ってたんだよねぇ」
――取引。それはラティエルが受け取りに行った巾着のことだろうか?
「あの……、このメモにある品は結局、なんだったのですか?」
「貴様、知っていて取りに行ったのだろう⁉ 下手な芝居はよせ!」
「だから知りませんって!」
「ハッ、どうだか。嘘をついてもムダだぞ。調べればすぐにわかる」
「では調べてください!」
望むところだ、おおいに調べてほしい。おでこがくっつかんばかりにいがみ合うふたりを、カルロがベリリと引き離す。
「はいはいっ、では調査しましょう! このメモは魔術師団で鑑定します」
「よろしくお願いします」
立ち上がり、カルロに向かって頭を下げる。もう終わりだろうとラティエルがドアへ向かうと、部屋の隅に座っていた騎士――ホクロの男が立ちはだかった。後ろからミルザムが鼻で笑う。
「ふん、貴様には牢に入ってもらう。容疑がかかったままで帰れると思うなよ」
「なっ⁉ 冗談でしょう⁉」
「ごめんね、ラティエル嬢。君を外に出せる材料がないんだ。君が取引相手であることに変わりはないから」
「だからそれは――」
「――現行犯逮捕だ。容疑は固まっている。反省の色もないし懲役刑は確定だな! ケネス、連れて行け!」
ケネスと呼ばれたホクロの騎士が、青ざめたラティエルを拘束する。腕には五十七番というタグをつけられ、外で待機していた騎士とともに容赦なく引きずって行った。
それを見届けたミルザムは、帰ろうとするカルロを引き止める。
「カルロ殿、そのメモはどうする?」
「ああ、そうですねぇ。……こうしましょうか」
懐にしまっていたメモを取り出し、カルロは闇魔法で燃やした。黒い炎に包まれたメモは、灰すら残らず消えてしまった。
「これで、証拠は何もありませんね。あるのは彼女の証言だけです」
「証言など証拠にはなりえない。刑は確定だな……ふっ」
「「ふはははは――!!」」
男たちの高笑いが遠くに聞こえ、ラティエルは振り返った。それもすぐ騎士たちに押されて前を向かされる。
「入れ」と押し込められたのは窓のない部屋。けれど入口側の壁一面に鉄格子が張られているので風通しは抜群だ。明かり取りの窓は鉄格子の向こう、廊下側にしかない。
レンガ造りの牢内は掃除もきちんとされていて、シングルベッドと小さなテーブルに、椅子がひとつ置かれている。部屋には何かしらの結界が張られているようで、ラティエルの首からは魔力抑制カラーが外された。
騎士たちは牢の施錠を確認すると、足早に廊下を戻っていく。
「疑わしきは罰せずって言葉、この世界にもあるといいな……」
こちらの世界に弁護士なんていない。裁判はあるが、それは国王の前でひらかれ、その時点で刑はほぼ確定している。国王は頷くだけだ。学園で習った知識が絶望を誘う。
(きっとモニカが話してくれるよね! それにヒューベルト君が撮った写真は学園新聞に載るだろうから、家族が動いてくれるわ)
あの父と母がラティエルを見捨てるはずがない。兄だってブツブツ言いながらも、きっと疑いを晴らしてくれる。ただ、そのあとがこわいけど。
三日後には後期授業が始まってしまう。それまでには間に合ってほしい。ベッドに腰かけ、祈るような気持ちで静かに目を閉じた。
「…………もうだめ、ヒマ過ぎる」
牢に入れられてわずか三十分ほどで、ラティエルの我慢は限界に近い。以前、母の小屋に閉じ込められたときには本がたくさんあったし、もっと広かった。この小さな部屋では筋トレしかできない。
「でも学園の制服って、筋トレには向いてないんだよね」
腕立てをすれば肘の部分が突っかかるし、腹筋をすれば背中の合わせ部分が破けそうだ。貴族令嬢らしく、お淑やかな動きにしか対応していないらしい。
「そういえば、この結界はどの程度なのかな?」
何か魔法を使ってみようと手を伸ばし、使うと同時に騎士が駆けつける未来が思い浮かんだ。それは心証が悪い。ふと授業で習った結界の強度を測る方法を思い出す。
「ヒマだし、やってみましょ!」
目に見えるわけではないが、なんとなくで結界の縁に片手をかざす。反対の手の平に感じ取った魔力を載せていく。同程度になるよう無心で行わねばならず、術者の技量に左右される方法だ。その点ラティエルは母に魔力制御を叩き込まれている。結界の強度はすぐに判明した。
「っ……、この結界は……」
ラティエルは慄いて後ずさり、部屋の中心であるベッドの縁に腰かける。それからはずっと、息をひそめて大人しくしていた。疑いが晴れることだけを祈って。
――それからどれだけの時間が経ったのだろうか。外はもう真っ暗だ。
夕刻を知らせる鐘の音とともに食事が運ばれて来たのは、体感で二時間ほど前になる。これから長い夜がやって来るのだろう。牢内に明かりはない。鉄格子を挟んだ廊下側にはぼんやりと火が灯っているが、ラティエルのいる部屋までは届かない。
食事を運んで来た騎士は、何を聞いても答えてくれなかった。容疑者に捜査状況を漏らすうっかりさんはいないようだ。
ベッドに丸まってウトウトしはじめたとき、人の気配を感じて毛布を頭から被る。ヒタヒタと近づく足音は、あきらかに騎士のものではない。足音はラティエルの牢の前で止まった。




