第十四章 01 罠にかかってお縄にかかる
夏休みもあと三日で終わるというころ、ラティエルは学園の寮に戻った。なかにはもっと早く戻って学業の予習をする人もいる。それに、来月の音楽祭にむけて楽器や歌の練習をする生徒もおり、窓をあけると軽やかな音楽が流れてきた。
(うちのクラスからはアリアが出るのよね。楽しみだなぁ)
聴く側のラティエルが今やるべきことは、クラスを落とさないための勉強だ。机に向かおうとしたとき、遠慮がちなノック音が聞こえた。アリアかと思いあけてみると、制服姿のモニカが申し訳なさそうに立っている。
「モニカ、久しぶり。元気だった?」
「うん。――あのね、生徒会から手伝いの要請があったの。緊急なんだって」
「そうなの? ちょっと待ってて」
急いで制服に着替え、モニカと一緒に寮を出た。生徒会へ向かうのかと思いきや、モニカはポケットから取り出したメモをラティエルに広げて見せた。
『ドレイク』という店の住所と、その下には――
『注文した魔法の巾着を受け取るように。デニスと言えば伝わる』
――と書いてある。
「音楽祭に使うものなんだって。でも、午後三時までに行かないとだめみたいで」
「――えっ⁉ もうすぐ三時だよ⁉ 急がなきゃ!」
学園から中心街へはすぐだが、目的地付近に見える大きな時計台は、もうすぐ三時になろうとしている。
パタパタと走りながらも会話ができるくらい、モニカも体力がついてきた。
「ラティ……私ね、お父様とお話したの」
モニカは魔法科に入って刺繍魔法を生かした仕立屋になりたかった。けれど婿を取らなければならないため、騎士団に入って相手を探してこいと言われたのだ。
「……どうだった?」
「騎士科に入ったからには、卒業までがんばれって言われたわ」
「そっか」
「でもね、卒業後は騎士団に入らずに、研究室に入ってもいいって」
研究室とは大学のような機関だが、学園の卒業生なら面接だけで入れる。そこに入れば、モニカのやりたいことができるだろう。
「よかったね! モニカ」
「うん! 背中を押してくれてありがとう」
ニッコリ笑い合ったが、ラティエルの心境は複雑だ。モニカもヴィクトリアも騎士団には入らない。元からひとりでも入るつもりだったから、なんの影響もないけれど、寂しいものは寂しい。
店まであと少しだが、モニカの息はすでに切れており、とても苦しそうだ。速度を落としたいけれど、もう時間がない。
「モニカ、メモ貸して! わたし先に行って受け取ってくる!」
「ハァ……ハァ、お願い……」
メモをもらって速度を上げる。三時になる直前、ドレイクの看板を見つけて店に滑り込んだ。途端に異臭が鼻をつく。
乾燥した草や小瓶が並ぶ店内は、薄暗くてカビ臭い。思わず鼻をつまみそうになったが、カウンターに人影を見つけてこらえた。これから商品を受け取ろうというのに失礼な態度は取れない。
「すみません、注文したものを受け取りに来たのですが」
言いながらカウンターに近づくと、スキンヘッドにバンダナを巻いたガタイのよい男が、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。頬には派手な斜め傷があり、三白眼で目つきも鋭い。年齢はラティエルの父と同じくらいか。この男が店主だろう。
「嬢ちゃん、ここがどういう店だが知ってて入ってきたのか?」
「さぁ……、薬屋とか?」
「ハッ、なかなか肝が据わってんな。で、モノはなんだ?」
薄暗いなか、ラティエルは目を凝らしてメモを読み上げる。
「ええと、魔法の巾着を。デニスって言えばわかるって……」
メモから店主へ視線を上げると、店主の顔からニヤついた笑顔はなくなっていた。おもむろにカウンターから出て、店の看板を『準備中』に変える。
「ついて来な」
顎でしゃくって店の奥へ入って行く。
(あ……どうしよう、モニカ……待っててくれるかな)
少し迷ったが、早く終わらせようと決めて、店主のあとを追いかけた。
軋む木の階段を下りて、薄暗い地下をランプの灯りを頼りに進む。嘔吐いてしまいそうな異臭が強くなってきた。店主が鉄製のドアの前で立ち止まる。ドアの前には鋼の鎧を着込んだ重装備の男が椅子に腰かけていた。店主が何やら話しかけ、鎧の男がドアの中へと消えて行く。
ここへ来てやっと、ラティエルはその異様さに気づいた。
(こんな場所に、音楽祭に必要なものが……あるわけないよね?)
そうは思えど、モノを確かめるまでは動けない。
鎧の男がドアから出てきた。その手には巾着袋が握られている。なじみのあるその巾着は、ラティエルが狩りのときに使う魔道具だ。中には縮小魔法陣が刺繍されており、入れたものは時間が止まるから劣化もしない。
何が入っているのか、注文しておいて聞くのもおかしな話だ。それでも尋ねざるをえない。
「あの~、これには何が――」
言いかけてやめたのは複数の足音がやって来たからだ。ドカドカと階段を下りる音がして、薄暗い廊下をまぶしい光が満たす。
「全員動くな!! 王国騎士団だ!」
騎士団と聞いてホッとするも、ラティエルまで問答無用で取り押さえられた。ここで逆らうのは悪手だろう。痛いけど我慢して、事情聴取のときに誤解を解けばいい。
光に目が慣れてきて騎士たちの顔を見まわしたが、知っている人はいなかった。騎士団は第一騎士団から第四騎士団まであるし、その中でも部隊数が五十近くある。以前リオンやジャイルズと街中で会えたのが、奇跡だったのだ。
地上に引きずり出されて深呼吸をする。店のまわりには野次馬がたくさん集まっていた。その中に見知った顔を見つけた。モニカではない。カメラのような魔道具を顔の前で構えているのは、クラスメイトのヒューベルトだ。
(あいつはまた!! なんでここに⁉)
騎士団に拘束され、魔力抑制カラーを着けられたところをバッチリ撮られてしまった。このままだと、容疑が晴れたとしても貴族の醜聞として広まってしまう。思わず脳内に浮かんだのは、兄の微笑み仮面が完全に砕け散るところだ。
(まずい! お兄様に殺されるわ!!)
かといって、ここで抵抗するのも間が悪すぎる。ラティエルを拘束して馬車に乗せた騎士に、おそるおそる話しかけた。
「あの……。わたしは人に頼まれて、商品を取りに行っただけで……」
「そういうことは騎士団で聞くから、大人しく乗って!」
「……デスヨネ」
座席も窓もない馬車に、店主たちと一緒に押し込められる。魔力抑制カラー装着のうえ、厳重に縛られている男ふたりとは違って、ラティエルは首にカラーを着けられただけだった。
隅っこに座り、手持ち無沙汰にカラーをクルクルとまわして遊ぶ。それを見た店主が顔を寄せてきた。
「なぁ、嬢ちゃん。動けるならこの縄ほどいてくれや。そしたら逃がしてやるぜ?」
魔力抑制カラーを着けると普通はぐったりとして動けない。なのにこの店主だけは元気そう。常習犯だろうか。近くなった頭をよく見ればバンダナの柄がアヒルだ。
「……アヒルが好きなの?」
「アヒルじゃねぇ、これはカモだ。頭の部分が緑だろーが」
それならもっとわかりやすく、ネギを背負っていてほしかった。そしたら近づかなかったのに。
店主はさらに、ラティエルの顔を興味深げにのぞき込んだ。
「……嬢ちゃん、珍しい瞳の色だな? それ本物か?」
「本物に決まってるでしょ? 偽物ってどうやるの?」
「そりゃぁ、魔道具で……」
店主の声がごにょごにょと尻すぼみになっていく。
よく聞き取れなかったが、それよりも気になることがある。
「ねぇ、さっきの袋には何が入ってたの?」
「はぁ⁉ 知らずに受け取りに来たのか?」
「だって、音楽祭に使うものを取ってこいって、言われただけだもの」
「へぇ、学園の音楽祭でねぇ。そいつは楽しいことになりそうだな」
くつくつと笑う店主にムッとして、そっぽを向く。答える気がないならこちらも用はない。店主も期待はしていなかったようで、それ以上は話しかけてこなかった。
(モニカはどうしたのかしら? それに、誰からメモを受け取ったの?)
『生徒会から手伝いの要請があった』としか聞いてない。面識があるのは生徒会長のディーンと庶務のエリスだけ。あとのメンバーは顔も名前も知らない。
(けど、学生が考えつく嫌がらせとは思えないし……)
そもそも、本当に生徒会からの依頼だったのか。
レグルス家は誰かから狙われている。そちらの線も捨てきれない。
(これってハメられたのよね。マヌケもいいところだわ)
騎士団に到着したラティエルは、一番に取調室へ放り込まれた。馬車を降りたときに見えた騎士団の旗は『黒馬』――これは第三騎士団の紋章だ。
第一は『瑠璃鷲』で第二は『金獅子』、第四は『銀狼』と授業で習った。
(ジル兄様やリオンさんは獅子だった。ここにはいないのね)
取調室では見張りの騎士がひとり部屋の隅に座って、気だるそうに足を組んでいる。唇の下に大きなホクロのある男で、それ以外の印象は薄い。
だんだん心細くなってきたラティエルは、ノックもなくドアをあけられて飛び上がった。




