第十二章 01 公爵令嬢からの召喚状
成人の儀から三日経ったある日のこと。
夏休みのあいだ辺境伯領へ戻るため、荷造りをしていたラティエルの元に、ヴィクトリアから手紙が届いた。嫌な予感はしたが、無視するわけにもいかない。意を決して開封し、おそるおそる目を通す。
手紙によれば、ヴィクトリアは騎士科での無理がたたり、デビュタントを欠席していたらしい。その後、パーティーの様子を耳にして、ラティエルに話があるという。
「しょ……、召喚状きたぁぁぁ!!」
「お嬢様⁉ どっ、どうなされたのですか?」
「お嬢様、淑女たるもの叫んではなりません」
オロオロするマルティナの後ろで、レジーナがため息をつく。いつもなら素直に返事をするラティエルも、今回ばかりは正気ではいられない。
「ティナ……、遺書を書くから便せんを……」
「い、遺書っ⁉」
「落ち着いてください、お嬢様。公爵家から恨みでも買いましたか?」
「うぅ……、知らなかったの! ヴィー様の想い人がジル兄様だったなんて……」
レジーナとマルティナの前にひざまずき、ラティエルは告解するかのように打ち明けた。
ヴィクトリアの言う『ジャイルズ様』が誰かも知らずに訓練のダシに使ったこと。デビュタントでジャイルズと踊ってしまったこと。そして、星の石を身に着けたラティエルを見たヴィクトリアは、死神のごときおそろしさであったこと。
今ならわかる。星の石は王族の瞳を象徴するものであり、それを身にまとうということは、王子との関係を仄めかす行為だ。
レジーナは口を挟むことなく聞き終え、ラティエルをソファに座らせた。
「お嬢様は、どうなさりたいですか?」
「そんなの……」
ラティエルはずっと騎士になることを夢見て研鑽を積んできたのだ。王子妃になんて間違ってもなりたくない。だから答えはひとつに決まっている。
(ジル兄様から剣を回収して、おしまいにする)
そう考えるたびに心が軋む。吸血鬼が銀の杭で心臓を打たれたら、こんな感じなのだろうか。
この気持ちは敬愛なのか恋なのか。それとも、今まで向けられていた甘く優しい温もりを失ってしまうのがこわいだけなのか。
「……わからないの」
「ではそのままのお気持ちを、ヴィクトリア様にお伝えするべきです」
「そのまま?」
「下手に取り繕うよりも、素直な気持ちを伝えたほうが、相手も心をひらいてくれるものですわ」
――素直な気持ち。
それはラティエルにとって沼の底をさらうようなものだ。『子どもでいてもいい』という言葉に甘えて、心の奥底に溜りつつある“何か”を見ないようにしてきた。それは決してピンク色の花などではない。
「撤退は……、許されないのね」
指定日時は明日の午後。その一分前まで、ラティエルは必死にドロドロの沼底と向き合った。
◆
カノープス公爵家の執事に連れられ、レジーナとともにお屋敷の廊下を進む。鉄の鎧でも着込んだかのように動きづらい足を、ガション、ガションと前に押し出す。
一睡もしていない頭は朦朧としていて、目の前の壁にも気づかない。ぶつかりそうになったラティエルを、後ろにいたレジーナがすんでのところで引き止めた。
「お嬢様、公爵閣下にご挨拶を」
(こーしゃく……?)
はっきりしない頭で見上げたラティエルの目に、蜂蜜色の髪をした美しい男性が映る。紫色の、魔術師のローブを着込んだ男性は、訝しげにラティエルを見下ろしていた。
「る、ルカさ……あ、カノープス公爵閣下!! 失礼いたしました!」
土下座せん勢いで頭を下げつつ、腰を落とす。頭上からホッとしたような笑い声が降ってきた。
「よかった、お元気そうですね。先ほどは死にそうな顔をしていましたよ?」
「そ、それは……」
――もうすぐあなたの娘さんに、吊し上げられる予定ですから。などと言えるわけもなく、錆びついた頭を必死に稼働させる。
「ほ、本日はお招きいただき――」
「――何をしているんですの?」
ふいにヴィクトリアが右側のドアから顔をのぞかせ、ラティエルの心臓が飛び跳ねた。はじめてグランリザードと目が合ったときよりも激しく、ビートを刻みはじめる。
「ラティ、あなたを招いたのはわたくしです。お父様ではなくってよ」
「も、もも、も、申し訳――」
「――お父様も早くお出かけくださいな。ラティはわたくしのお友達でしてよ!」
「はは、そうか。ヴィクトリアに友達ができてよかった。ラティエル嬢、娘をよろしく頼みます」
――お友達。
ヴィクトリアは確かにそう言った。頭にこだました『お友達』はラティエルの冷え切った心をわしづかみにし、生まれてはじめて秒速でダムが決壊した。滝のように目から水があふれ出す。
「――なっ、なぜ泣くんですの⁉」
「ラティエル嬢⁉ どこか痛いのかい⁉」
「う……うわあぁぁん! トモダチって、言った!!」
「えっ⁉ だめでしたの⁉」
ブンブンと首を横に振って、友達どころか死ぬ覚悟でやって来たことを話すが、ほとんど言葉にならず、後ろに控えるレジーナが通訳してくれた。
それを聞いて吹き出したルカは「青春だね」などと笑って出かけていった。こんな甘さの欠片もない青春があってたまるものか。
ラティエルは無言のヴィクトリアにテラスへと引っ張られ、丸テーブルを挟んだ向かいの椅子に座らされた。美しい庭がよく見える。
お互いの後ろにはそれぞれの侍女が立ち、静かに火花を散らす。今から決闘でも行われるかのような雰囲気だ。夏の生ぬるい風がテラスを吹き抜けていく。




