第十一章 09 ピンクのシュワシュワ
「私がラティエル以外を選ぶことなどない!!」
「では彼女に王子妃教育を受けさせるべきですわ。あなた様は、王子なのですよ?」
「っ……私は、」
言いかけてジャイルズは黙り込み、悔しげに眉根を寄せる。何を思ったかラティエルに矛先を向けてきた。
「ラティ、何を言われたのかはだいたい察した。いいか、テオはな。双子の利点を使って楽をしたいだけなのだ!」
「……りてん?」
「政務を私と半々に分ける魂胆だ。私が代わりに公務に出ても、誰も気づきはしないからな」
ふたりでひとりの国王を務めるということか。ブラックな職業から一気にホワイトへ。なるほど、それは捨てがたいだろう。向かいのソファから、テオフィルスの気が抜けたような声が落ちる。
「あ~あ、言っちゃった……。ラティ、アデル、これは国家機密だからね? バラしたら許さないよ?」
「「何も聞いていません!」」
「よろしい。――ではいただこうか」
テオフィルスがグラスを持ち上げ、ラティエルもそれにならう。
「きれい……」思わずもれた声に、ブリジットが微笑んだ。先ほどのやり取りなどなかったかのように切り替えが早い。
「女性に人気の発泡性果実酒よ。わたくしのお気に入りなの。どうぞ」
「いただきます」
期待に頬をゆるませて、ラティエルはグラスを半分ほど傾ける。ジュース感覚で飲んだそれは、果実の香りと甘み、そしてほどよい苦みとともに舌の上で弾けた。
(お……大人の味!! でも、おいしい!)
残りもクイッと飲み干してグラスをテーブルに置く。飲み込んだ液体は体の中で爆発的な熱を生み出した。ラティエルの白い肌がふわっとピンク色に染まる。
「……もっと、いただけますか?」
「ふふ、お気に召したようね。でもこれは特別だから、ひとり一杯までなの」
「それは残念です。なんだかお腹の底から力が湧いてきて。今なら……山ひとつ吹き飛ばせそう」
「「――⁉」」
その場にいた誰もが驚愕してラティエルを見た。新成人のために用意されたお酒はそこまで強いものではない。だというのにラティエルは、不思議な言葉をしゃべりはじめた。
「はっ、これはもしや……、伝説の万能薬“エリクサー”では⁉」
「嘘だろう⁉ 一杯でこれか」
おどろいたジャイルズが顔をのぞき込むと、あきらかに目が据わっている。それどころか魔力を練りはじめたのを見て、テオフィルスが慌てた。
「ラティ⁉ 頼むから魔力を抑えてくれ!! 王宮を吹き飛ばす気⁉」
「ふふ、ジル兄様見て! 雷のあやとりだよ?」
手から放たれる雷魔法により、指先を電流が行き交う。それを見たジャイルズは息を飲んだ。
「――くっ、かわいい!!」
「ジル⁉ バカなこと言ってないで、ラティエル嬢をお送りしろ!! アデル、頼んだよ⁉」
「あ、はい」
この緊急事態に、アデルはなんとも気の抜けた返事をしてくれる。
不安になったテオフィルスは、パトリックにも指示を飛ばした。
「パトリック!! 念のために魔力抑制カラーを準備して!」
「しょ、承知しましたっ」
しばしあっけに取られていたブリジットが、はじめて素で笑った。
「うふふっ、おもしろい方ね。ラティエル様、またお話しましょう」
「――あいっ!」
元気に返事をして、立ち上がると同時にジャイルズに手を取られた。そのままドアへ連れられて行き、ちゃんと礼をとっていないことに気づく。焦って頭を下げれば、熱がさらに体を駆けめぐった。
「この万能感は……、イケる!」
「――やめてくれ!! 大人しくしないと、本当に魔力抑制カラーをつけるよ⁉」
テオフィルスがドスのきいた声で凄んだというのに、ラティエルは胸を張った。
「訓練では、常時装着しております!」
「はぁ⁉ これだからレグルス家は!! 速やかに帰ってくれ!」
「うぅ……ヤダ、もっと飲みたい。ピンクのしゅわしゅわぁ……」
さっきまでニコニコしていたジャイルズが、急に真顔になってラティエルの両肩をつかんだ。
「ラティ、今度飲ませてやるから、人のいるところでは飲まないでくれ」
「えぇ~、せっかく成人したのに?」
「あと三ヶ月は子どもだ。――いいか、さっき飲んだピンクのドナ・ペリーナはなかなか手に入らない代物だ。それを手に入れてやるから、よそでは飲むな。約束してくれ!!」
「むぅ……、約束ですよ?」
「ああ、約束だ!」
こうしてラティエルの社交界デビューは幕をあけた。しかしながら、誰が手をまわしたのか、これ以降ラティエルにお酒の入ったグラスがまわってくることはなかった。




