第十一章 04 元・悪役令嬢の勘
兄アデルには目もくれず、ラティエルはグレアムの襟をつかみ上げた。
「グレアム、お願いがあるの! 宝物庫をあけて!!」
「うぉ⁉ ほ、宝物庫、でございますか?」
「そう! 急いでるの!! もう! 時間が、ないのっ!!」
殺気立ってグレアムを揺さぶるラティエルの手を、アデルが振りほどく。
「宝物庫にラティのものなんて置いてないだろう? 理由を話せ」
「ドレス、どれすが……。お兄様のドレスが……」
「落ち着け、俺はドレスなんて着ない。ラティのドレスに、何かあったんだな?」
コクコクと頷きながらも、ラティエルは涙目で「どれす」を繰り返す。
アデルは訝しむような顔をして、ため息をついた。
「ハァ……、本当に母上の言ったとおりになったな」
「――どれす?」
「こっちへ来い」
アデルに連れられて行ったのは、ドレスを作るときに利用するフィッティングルーム。そこにはレジーナとマルティナに、アンナも控えており、純白のドレスがトルソーに飾られていた。
見たところラティエルにピッタリのサイズで、デザインも自分で作ったドレスに似ている。こちらのほうがもっと質が高くて豪華だけれど。
「ドレス! お兄様……、これは?」
「お前のために作られたドレスだ。母上が『間違いなく必要になるから』と」
「な、なんで……?」
「前に学園新聞に載っただろう? あれでピンときたらしい」
もしや元・悪役令嬢の勘というやつか。母の差配に泣いてしまいそうだ。自分でオーダーした経験があるからこそ、このドレスのありがたみがよくわかる。
「うぅうぅぅ……」
「泣くな。時間がないんだろう? 玄関で待っているからな」
「あいぃ……」
「プッ、間抜けな返事だな」
アデルがフィッティングルームのドアを閉めると、三人の侍女たちが腕をまくる。アンナがラティエルの制服に手をかけた。
「さぁお嬢様、お覚悟を!!」
「――ふぇ?」
ドレスを着るのになぜ覚悟がいるのだろうか。喉を鳴らしたラティエルは、そう時を待たずして知ることになる。
いかなる高級魚でさえ、ここまで鱗をそぎ落とし、磨き上げられることはないだろう。骨を全部抜かれて刺身にされた気分だ。それを再び骨の上に盛りつける作業は、もはや『神業』と言うほかない。
「し……しぬ……」
純白のドレスに合わせるのは真珠のアクセサリー。等間隔に並んだ真珠のチェーンを、片側に編み込んで垂らした髪に巻きつけるように飾る。イヤリングとネックレスは、真珠を花に形作ったもので、ほんのりサクラ色だ。
魔道具はいつも身に着けておくものだから、ペンダントは見えないように服の中へ隠しておく。その上から真珠のネックレスを合わせた。
すべてが終わったとき、ラティエルに生きる気力は残っていなかった。口から魂が抜け出したまま、戻って来そうにない。
「あれに見えるは三途の川か……」
「お嬢様、これからパーティーなのですよ! お気をたしかに!」
アンナに背中をドンと叩かれ、ふらふらと惰性で前へ進む。玄関では時間を気にするアデルがうろついていた。ラティエルを見つけて即座に腕をつかむ。
「来たな! よしラティ、行くぞ!! キビキビ歩け!」
「ふぇぇぇ……、――あれ? お父様たちは?」
「馬車の中で話す。とにかく急げ」
「力が出ないぃ……」
「ほら、馬車までがんばれ!! イチ、ニー! イチ、ニー!」
エスコート……否、介助されながら馬車に運び込まれた。馬車が走り出してやっと、両親がいない理由をアデルが話しはじめる。
「三日前に大雨が降っただろう? レグルス領は王都以上の降水量だったようで、どの川も増水してるんだ。その対処で……」
話の途中でアデルが口を閉ざす。眉尻を下げた顔なんて久しぶりに見た。
「すまない。せっかくのデビュタントに、俺だけしかいなくて……」
「いいえ。お兄様がいてくださるだけで、心強いです」
「……そうか」
フイッと窓の外を見たアデルの耳が、真っ赤になっている。怒ったように顔を背けているが、かける言葉は優しい。
「そのドレス、よく似合ってる」
「えへへ。ありがとうございます」
「普段も化粧くらいしたらどうだ?」
「それはごめん被ります」
ぽつりぽつりと会話をしながらも、王宮に着くまでずっと、アデルはラティエルと目を合わせようとはしなかった。




