第十一章 03 切り裂かれたドレス
生徒会から召集を受けたのは、前期テストの十日前だった。テストまでまだ時間もあるし、今まで呼び出されなかったのだからと、ラティエルはモニカと一緒に生徒会室へ向かった。
「「失礼します」」
「ああ、来てくれたか」
生徒会長の席は相変わらず逆光がひどい。執務机の前に女子生徒が立っているけれど、近づくまで誰だかわからなかった。生徒会長ディーンが女子生徒に手を向ける。
「こちらは庶務を担当している、サルガス家のエリス嬢だ」
「――!!」
とっさにラティエルは身構えた。逆光の中からあらわれたエリスが、不機嫌を隠しもせず、こちらを睨みつけていたからだ。
「頼むから、生徒会室でケンカはやめてくれよ。ふたりとも、エリス嬢は上級生だ。指示に従って作業を進めるように」
「「……はい」」
元よりそのつもりだが、睨みつけるのをやめてもらえないだろうか。モニカまで萎縮している。
エリスはついて来いとばかりに顎をしゃくった。部屋の隅に積んである木箱を指差す。ひとつの箱自体はそんなに大きくはないが、数が多い。
「これを女子寮まで運びなさい。わたくしは寮の特別準備室で待っているわ」
言い捨ててさっさと生徒会室を出て行った。ラティエルとモニカは顔を見合わせ、身体強化魔法をかける。空間魔法を使える人は少ないらしく、アリアから人前では使わないよう注意を受けていた。魔術師団に知られたら勧誘がひどいらしい。
ラティエルは一度に箱三つ、モニカは四つが限界だ。重さ的には問題ないのだが、それ以上重ねると視界が遮られてしまう。
(いいなぁ、モニカ。背が高くて)
いつも猫背で俯きがちなことから、モニカ本人は気にしているのだろうけれど、事あるごとに羨ましく思ってしまう。ラティエルだってまだ育ち盛りだ。もう少しは背が伸びるはず。
そんなことを悶々と考えていたら、女子寮の前に着いていた。手を振る寮母を見つけて足を早める。
「まぁ、走らなくていいのよ! 危ないわ」
朗らかな寮母が特別準備室へ案内しながら、この箱の中身について説明してくれた。これらは化粧品や髪結いの道具。本来は女子寮に届くはずだったのに、手違いで生徒会室へ運ばれたという。
「生徒会の皆さんも大変よねぇ。パーティーがあるごとに着付師を手配しないといけないし」
なんと、パーティーのたびに着付師や髪結師を手配し、必要なものを用意するのは生徒会の仕事だった。この学園では生徒が主体となって運営し、大人たちは添え物。相談には乗ってくれるが、手は貸してくれない。ゆえに生徒会役員を勤め上げることは、社会的評価にもつながるのだとか。
「今回のパーティーはあなたたちのデビュタントでもあるんだから、がんばってね」
王宮で行われる成人の儀に参加するため、王都にあるタウンハウスへ帰る人は多い。だというのにこの箱の量はどうしたことか。
「着付けの予約がそんなに入っているんですか?」
ラティエルの問いかけに寮母は深く頷いた。
「デビュタントを迎える一年生の予約は少ないのだけど、二年生、三年生が多いわね。自宅に戻るのが面倒なんじゃないかしら?」
パーティーの主役であるデビュタントたちは気合いが違う。なじみの侍女にきっちりとウエストを締め上げてもらうのだろう。
(仕事で来る着付師さんは生徒に優しいから、痛がることはしないんだよね)
特別準備室に着くと、先に来ていたエリスが化粧台をチェックしていた。この部屋でいっせいに着付けと髪結いを行うのだ。
ラティエルたちを見るなりキッと眦をつり上げる。
「ボーッとしてないで、箱を全部持ってきてちょうだい!」
「「はっ、はい!!」」
「ああ、それから! あなたたちも当日、生徒会の手伝いをしてもらうわ」
「え……、わたしたちも準備が……」
「着付けの予約は入れておいたから、ここで着替えて直接王宮へ向かえばいいわ」
いきなりのことで面食らう。モニカと顔を見合わせていると、エリスがたたみかけた。
「試験が終わったあとなんだから、なんの問題もないでしょう⁉」
そう言われてしまえば頷くしかない。決して生徒会の手伝いが嫌だったわけではない。ただ、デビュタントは家族とのイベントでもあるから、できるだけ一緒に過ごしたかっただけなのだ。
(まぁ、王宮で会えるからいいか……)
ぼやぼやするなと再びエリスに睨まれ、ラティエルたちは箱運びに奔走した。
◆
夏休みの初日、ラティエルはデビュタントを迎える。お酒は十六歳になるまでお預けだが、今日から社交界の仲間入りだ。
浮き立つ気持ちはエリスに顎でこき使われ、早々に霧散していく。主な仕事は予約の順番どおりに案内していくことだ。上級生の名前を覚えるのにはちょうどいいけれど、順番でケンカになったときには焦った。下級生にケンカの仲裁なんてできっこない。なのに、こういうときに限ってエリスの姿がない。それでもなんとかやり切った。
「お、終わった……。疲れたぁ」
「お疲れさまぁ」
「モニカも、お疲れ様」
へたり込むのはまだ早い。次は自分たちの番だ。ラティエルとモニカが準備室に入ると、着付師の女性が泣き崩れていた。何事かと思い近づくと、床に白い布が散らばっている。
「も、申し訳ございません!! 気づいたらこのように……」
「これ、もしかして……、わたしのドレス?」
「――申し訳ございません!!」
この日のためにラティエルが用意した純白のドレスは、ちょっと目を離した隙にズタズタに引き裂かれていたらしい。
隙間時間でできるとは思えないこの惨状は、さながら血の流れていない殺人現場だ。しかも犯人は通り魔ではない。怨念のこもっためった刺しだ。
昼休憩中に見たときはまだ無事だった。この部屋に入っても着付師が不審に思わない人物の仕業――まぁ、あの人だろう。
(女神の空間に入れておくべきだった……)
王宮主催の舞踏会は夕刻から始まる。国王王妃両陛下にご挨拶することで成人と認められるデビュタントを、欠席するわけにはいかない。
幸いモニカのドレスは無事だ。無残なドレスをかき集めて適当な空き袋に入れる。
「モニカは着付けしてもらって」
「ラティはどうするの⁉」
「わたしは……、家に帰って白いドレスを探してみる。王宮で会いましょう!」
「う、うん……!」
すでに外出届けは出してある。まわりに誰もいないことを確認して転移魔術を発動させた。
タウンハウスの自室に着いてすぐ、クローゼットを勢いよくあけてみる。しかし白いドレスなんて一着もない。
「ないよねぇ、だって一着しか作ってないもん。魔法でなんとか……あっ、女神にお願いすれば……!」
目を閉じて手を組み、ラティエルは真剣に願った。
(女神アストローダよ、このドレスを修繕して! お礼に焼き菓子を好きなだけ食べていいから!)
『――ならば、菓子を用意するがよい』
女神の声が頭に響いて目をあける。目の前に空間魔法陣が浮かび上がり、中心部から空のカゴが三つ飛び出した。ご丁寧に三つともラティエルのおでこに直撃する。これはラティエルが焼き菓子を入れていたカゴだ。
「しまった!! ちょこちょこお願いしてたから、もうなくなったんだわ!」
リシャド皇子とかち合わないよう、ときどき姿を消すのに女神の力を使っていた。この女神は気に入ったお菓子しか食べない。今のところ、うちの料理人パリスが作るお菓子だけだ。
「じゃ、じゃあ! わたしの魔力と交換で!」
『……いいだろう』
不服そうな声が聞こえると同時に、体から魔力がごっそり抜ける。魔道具が発動して黒い動物の姿になってしまった。急いでペンダントの石に顎をのせ、人間の姿に戻った。
期待に満ちた顔でドレスを袋から取り出す。バラバラ死体だったドレスはところどころ縫合されているが――
「――ほとんど直ってない。食い意地のはった女神め!」
『菓子のほうが、うまいに決まっておるだろうが!』
「ぐぬぬ……てか、普通に頭の中で会話できるのね」
食い意地については人のことを言えた義理ではない。ラティエルが女神の立場でも、魔力をもらうよりお菓子が欲しいと思う。似たもの同士というやつだ。
「詰んだ……」
今までの経験からして、服を修繕してもらうにはカゴ一杯分のお菓子は必要だろう。どんどん要求がエスカレートしている。
そんな大量のお菓子を、今から作ってもらって間に合うだろうか。いくらパリスの腕がよくても焼き時間は短縮できない。それに着付けの時間を考えれば、まず不可能だ。
「くっ、シンデレラには魔女がドレスを用意してくれるのに! 詰ンデレラに手を差し伸べてくれる女神はいないの⁉」
『…………』
女神は聞こえないフリをしているようだ。ばかなことを叫んでいるあいだにも、時刻は迫っている。「白いドレス」という言葉を念仏のようにくり返しつつ、ひとつだけ我が家にもあることを思い出した。
「……こうなったら、宝物庫に眠るお母様のウェディングドレスを」
二十年前のドレスだが、大事に保管してあるのを知っている。
すっくと立ち上がり、部屋を飛び出してグレアムを探す。執事だったグレアムは、今は家令見習いだ。宝物庫の鍵は彼が持っている。
一階に降りると、すでに準備を終えた兄とグレアムが立ち話をしていた。




