第十一章 01 騙し討ち
昼食時には姿を見せなかったモニカも、午後からの騎士訓練には出ていた。訓練も終わり更衣室で着替えていると、モニカはモジモジしながらラティエルに近づく。お花摘みのお誘いだろうか。
「あの、ラティエル様」
「はい、どうかされましたか? もしかしてお花――」
「――ほ、放課後につき合っていただきたいのです!」
「あっ」
危うくモニカを傷つけるところであった。モジモジしたり震えている人を見ると、トイレに行きたいのかと疑ってしまう。これはもう、トラウマと呼んで差し支えないレベルだ。
「もっ、もちろん!」
なんとか笑顔を取り繕い、更衣室を出る。ヴィクトリアは訓練が終わるとへとへとで、話しかけても反応が薄い。
「ヴィー様、おひとりで寮に戻れますか?」
「……むり。運んでちょうだい」
「大丈夫そうですね。わたしは寄り道して帰りますから、気をたしかに持って歩くんですよ?」
「ラティが冷たいですわ」
口がきけるなら十分だ。たまに意識が朦朧としていることがあるので、そんなときはさすがに放っておけないが、この程度なら問題ないだろう。
ヴィクトリアを見送り、モニカは校舎の階段をどんどん上っていく。ラティエルもついて行きながら首をかしげた。これより上は三年生のクラスがある階だ。
「モニカ様、どこへ向かっているんですか?」
「生徒会室です」
そういえば生徒会室もあったなと納得する。だがなぜ、そんなところに用があるのだろうか。
「理由をお聞きしても?」
「……実は、役員に指名されてしまって」
お昼に呼び出されたのは生徒会へのお誘いで、モニカは必死に断った。しかし生徒会長に指名されると、よほどの理由がないかぎり引き受けなければならないという。
「そうですか……それで、なんでわたしまで?」
ひとりで行くのがこわいのだろうか。女の子にはありがちな理由だが、なんだか嫌な予感がする。
三階の階段を上がって右手の突きあたりが生徒会室だ。ラティエルの質問には答えず、モニカはドアをノックする。間を置かずして「入れ」との応答があり、ドアをひらきつつモニカが振り向いた。
「ラティエル様も選ばれたのですよ」
「は……はい⁉」
ドアの前で足を止めたが、ラティエルの手を引いてモニカが入室する。入ってすぐ会議室に置いてあるような幅広の長机と椅子が六脚。その奥にどっしりとした執務机がひとつ置かれている。窓を背にしているため逆光で顔は見えづらいが、座っているのは生徒会長だろう。
「生徒会へようこそ。ふたりとも歓迎するよ」
立ち上がり、こちらにやって来た男子生徒はやはり、カストル辺境伯令息ディーンだった。ハーヴィーの兄であり生徒会長だ。自分の容姿を理解しているのだろう、甘く微笑んで手を差し出す。モニカは握手に応じたが、ラティエルは納得がいかない。
(こんな騙し討ちはないわ)
差し伸べられた手を見ることもなく、まっすぐにディーンを見上げる。
「わたしは勧誘を受けておりません。ここには友人につきあってほしいと言われて来ただけです。用はすみましたので失礼いたします」
「そ、そんな、ラティエル様……」
泣きそうな顔のモニカを尻目に、スカートの裾をつまんで腰を落とす。向けた背中に、ディーンから声がかけられた。
「待ちたまえ! モニカ嬢にも説明したのだが、生徒会長の指名は絶対だ。これを覆すには納得のいく理由が必要なのだが、君にはその理由があるのかな?」
――理由ならある。それも人命に関わる理由だ。ラティエルはディーンに向きなおり、真剣な表情で訴えた。
「わたしがAクラスを維持しないと、わたしの家庭教師とその妹がごった煮にされてしまうんです」
「ご、ごったに?」
“ごった煮”が通用するのは我が家だけだ。聞き慣れない言葉につまずいているうちに、ラティエルはたたみかける。
「それは絶対に避けねばなりません。ふたりの命がかかっているんです!! 人命は何よりも優先されるべきです!! これ以上の理由があるでしょうか⁉」
「ま、待ってくれ。……話がよく見えない」
「要するに、わたしは今すぐ寮へ戻り、机にかじりつかねばならないということです! では!!」
くるりと体の向きを変え、今度こそ逃走しようとしたがドアがあかない。ドアの左上を見れば、長くて大きな手が置かれていた。後ろから壁ドンとは卑怯ではないか。振り返るのも癪なので、ドアをこじあける作戦に出る。
(ぐぬぬ、力は強いほうなのに、やはり男子には敵わないの⁉)
こうなったら身体強化魔法を、と魔力を滲ませたとき、後ろから吹き出すような笑い声が降ってきた。
「ぶっ、くくく……、ドアの鍵、閉まってるよ?」
「――エッ⁉」
男女の力量差は関係なかった。しかし、今度は鍵がまわらない。魔法で施錠しているのだろう。
「おもしろいご令嬢だ。ますます気に入ったよ」
「おもしろくありませんので、お気に入りからはずしてください!」
ラティエルはドアノブをつかみ、こじあけようと必死だ。ディーンは一転してくだけた物言いになった。
「まぁ、聞いてくれないか。一年生に頼める仕事はそう多くないんだ。手が足りないときに助けてくれるだけでもいいんだけど、どうかな?」
「む……」
それなら断る理由もない。最初からそう言ってくれたらいいのにと思わないでもないが。くるりと振り返ったラティエルは、距離の近さに後ずさる。間近で見たディーンの瞳は――青地に金の筋が差し込んだ――ジルと同じ色の瞳だった。
(珍しい。ハーヴィーとは違うのね)
この色合いはジルとテオ以外ではじめて見る。
「……あの、テスト前は絶対に無理ですから」
「学生の本分を妨げるようなイベントはないから安心して。それと、君たちは身体強化魔法が使えるんだろう?」
「ええ、まぁ」
「音楽祭でたくさんの楽器を運ぶときなどに、手伝ってくれると助かるんだ。お願いできないかな?」
「……そういうことでしたら」
「ありがとう! あらためてよろしく」
また手を差し出され、今度はラティエルもしぶしぶと握手に応じた。
「よろしく、お願いします」
「本当は生徒会のメンバーに、君たちを紹介しておきたいんだけど。また次の機会にしよう」
今日はもう帰っていいよと、ディーンは笑顔で送り出した。キツネに抓まれたような顔で、トボトボと階段を下りていく。
(意外と気さくな人なのかな。考えてみればハーヴィーのお兄様だもんね)
それはそうと、ラティエルの斜め後ろを歩くわだかまりをどうにかしなければ。ここでこじらせたら友達ではいられなくなりそうだ。せっかくできた友達を失いたくはない。
「モニカ様」
「ひっ、ひゃい⁉」
ラティエルにも覚えのある裏返った声だった。自分もヴィクトリア並にこわいのかとショックを受けた。きっと正面から話しかけたら、モニカは耐えられないだろう。背を向けたままゆっくりと歩きながら、つとめて明るく話す。
「あのね、わたしモニカ様から誘われて、すごく嬉しかったの。……だから、騙し討ちみたいなことされて、ちょっと悲しかった」
「っ……、ごめんなさい」
「次はさ、カフェとかに誘ってほしいな。定食屋でもいいけど……」
「――え?」
「だって、わたしたち花のJKなんだよ! 食べなくっちゃ!!」
「じぇ、じぇーけー? ……食べ盛りという意味でしょうか?」
「そんなところよ! おいしいものたくさん食べて、楽しい話をいっぱいするの」
ラティエルは星乃だったときにできなかったことも叶えたい。健康な体でみんなが普通にしていることをやってみたいのだ。
ふと、後ろを歩くモニカの足音が聞こえなくなった。かわりに苦しそうなうめき声が聞こえ、おどろきに振り返る。
(あれ? いない⁉)
視界から忽然と消えたかに見えたモニカは、膝を抱えてうずくまっていた。がんばってがんばって、それでも押し殺せなかった嗚咽が廊下に響く。どうして泣いているのかなんて聞くのも野暮だろう。ラティエルにできたのは、一緒に座り込んで優しく背中をさすることだけ。
「ねぇ、モニカって呼んでもいい? わたしのことはラティって……」
うんともすんとも返答はなかったが、モニカは何度も何度も頷いた。ずっと廊下に座り込み、足が痺れて立てなくなった。
そんなふたりが同時に笑い出すまで、あと一秒もない。




