第十章 05 皇子の婚約者たち
休憩時間中、女子生徒だけで集まっていれば、リシャドはちょっかいをかけてこない。お昼も学食なら安心だ。皇子には専用のサロンがある。
いつものメンバーでテーブルを囲むが、モニカは呼び出しを受けてここにはいない。そこへトレーを持ったハーヴィーが、のこのことあらわれた。
「ここ、いいかな?」
向かいの席にはアリア、ヴィクトリア、ベネットが着いており、こちら側の席にはフェリシアとラティエルしかいない。その隣に座ろうというのだ。
昨日のパーティーで、ヴィクトリアに絡まれるラティエルを見捨てて逃げたことは記憶に新しい。
「裏切り者はもう友達じゃないわ」
「いや、さすがに女子のいざこざには入っていけないって! 頼むよ」
「……仕方ないわね」
ホッとして席に着いたハーヴィーが小声で切り出す。
「今朝、大丈夫だったか? あの皇子に何かされたんじゃ……」
「ちょっと! そんなこと防音結界もなく話さないでっ」
ラティエルは小さな魔法陣をテーブルに描いて防音結界を張る。このテーブルに着いていれば声は外にもれない。が、外の音はちゃんと聞こえる。
さらに、隣のテーブルに及ばないよう範囲を限定した結界はなかなかに高度な技だ。それを難なく張ったことで、ハーヴィーとフェリシア以外の面々がおどろいた。ヴィクトリアの声が裏返る。
「らら、ラティ⁉ こんな高度な結界、まだ習っていないでしょう⁉」
「――ふふん、シリウス家の縁者なら当然よ!」
ラティエルの代わりにフェリシアが胸を張った。
我が国ではいかに魔法が使えるかで優劣が決まる。特にシリウス家はその威信にかけ、幼少から厳しい訓練を受けて育つ。シリウス家出身の母から魔法指導を受けたラティエルも兄も、何度か美しいお花畑を体験している。
「これだからシリウス家の人間は……」
ブツブツとこぼすヴィクトリアをよそに、ハーヴィーが話を戻す。
「それで今朝のことだけど、さすがに女の子の顔をつかむなんてありえないから、物申してやろうと思ったんだよ。そしたら従者のネイトってヤツが……」
ハーヴィーの前にネイトが立ちはだかり、どうでもいい質問ばかりを投げかけたという。つまりは近づけさせないための時間稼ぎだ。
キレたハーヴィーはネイトに向かって、「これが帝国での淑女の扱い方なのか」と突き上げた。ところがネイトはしれっと――
「『――リシャド殿下に触れられて喜ばない淑女はおりません。光栄に思うべきです』だってよ! 吐き気がしたぜ」
「「うわぁ……」」
「でもまぁ、あの容姿であれば……」
「しかも皇子様ですしね……」
ベネットとアリアは理解を示す。顎骨に小指を引っかけられてみれば考えも変わると思うが、その話をする気にはなれなかった。きっとこわがらせてしまう。皇子の前で怯える素振りを見せれば、次のターゲットになりかねない。
(あの皇子、嗜虐趣味とかありそうだし)
幸い……と言えるかわからないが、ラティエルはいざとなれば逃げられる。問題はフェリシアだ。
「フェリ姉様は、大丈夫ですか?」
「…………。皆様にこれだけは言っておきます。リシャド殿下にはすでに婚約者が三人いらっしゃるの。愛人候補は星の数。甘い言葉にはお気をつけあそばせ」
「こ、婚約者が」
「「三人も⁉」」
第一妃から第三妃まで枠があるらしい。ベネットとアリアから表情がそげ落ちた。さすがに「麗しき皇子だから」ではすまされまい。
帝国では第一妃の座をめぐって熾烈な争いが繰り広げられていたとフェリシアは語る。
「下位の妃候補が、第一妃候補のお顔を焼いてのし上がったそうよ。ほかの妃候補も毒を盛ったり盛られたり。そんな話を毎日のように聞いたわ」
皆の顔から血の気が引いていく。そんななか、ヴィクトリアだけは「帝国ならさもありなん」で片づけ、フェリシアに疑問を投げた。
「リシャド殿下は第二皇子でいらっしゃるのに、側室を持てるのですか?」
「皇帝陛下はまだ皇太子をお決めになっていないの。リシャド殿下は、どんな手を使ってでも皇帝になられるおつもりよ」
「そういえば、第一皇子は側室の御子でしたわね。ハァ……、帝国って血生臭い話ばかりね。うちの国は大丈夫かしら?」
ヴィクトリアの言葉を受けて、視線がベネットに集まる。ベネットの姉ブリジットは第一王子の婚約者だ。ブリジットの卒業を待って結婚が発表されるはずだった。その予定が延びに延びているのだ。様々な憶測が飛び交っている。しかも、ふたりいる王子のうち、王太子もまだ決定していない。
「わ、わたくしから言えることは何もございませんわ」
ベネットは焦ったふうに両手を振り、フェリシアが笑った。
「まぁ、そうよね。知っていたとしても、王家の情報をもらすわけにはいかないわ」
こんな調子で昼休憩はずっと、王族や帝国の話で盛り上がった。
「ラティ、まだ食べますの? 先に行っていますわよ」
「はい! すぐ追いつきますっ」
ヴィクトリアにあきれた顔をされても、今日のデザートははずせない。三人分のミルフィーユを平らげて満足し、ラティエルは修練場の更衣室へと走った。
校舎から外へ出る直前、淡黄色の髪を見つけて立ち止まる。あれはリシャド皇子だ。かち合いたくない。
(アストローダ、わたしの姿を透明にして!)
校舎から修練場へは屋根付きの外廊下がまっすぐに続いている。その柱の陰で誰かと話をしているようだ。足音を立てないように、ゆっくりと進む。
リシャドの後ろに従者ネイトも控えているが、空気のように存在感が薄い。柱に手をついたリシャドの懐には、サンディブロンドの女子生徒がいた。会話の盗み聞きにならないよう、耳を塞ぎながら歩く。それでも少しだけ聞こえてしまった。
「……これが成功したら、君を皇后として迎えたい」
「ほ、本当ですか⁉」
内容に驚いて柱のほうを見ると、その女子生徒はエリスだった。
(どうしてエリス様を皇后に……あ、戦の聖女だから?)
ネイトが何かに気づいて辺りを見まわした。ラティエルは慌てて、気配を消すことに集中する。更衣室に着いてやっと、詰めていた息を吐き出した。




