第十章 03 元義妹とその姉、襲来
ヴィクトリアはラティエルの後ろへ視線を移した。
「それで? ラティ、どれがオススメなの?」
「あっ、まずはあっさり系のジュレから……」
ヴィクトリアに何がおいしかったのかをレクチャーしていると、またもや不穏な気配を感じて振り返った。
後ろに立っていたのはサルガス伯爵に引き取られたミニスだった。髪も令嬢らしく伸びて、ツインテールにしている。
「ミニス! 元気だった? 寮でも姿を見ないから心配して――」
「――エリスお姉様! この人ですわ!! あたくしに暴力を振るったのは!!」
「ぼ、暴力?」
ミニスの大声に人が集まっていく。今度は令嬢だけでなく、令息たちも興味津々に見てくる。あっけに取られていると、人垣からエリスが姿をあらわした。
「まぁ! さすがは悪役令嬢の娘だわ! 何をやっても許されると思っているのね」
またそれか、とラティエルはため息をつく。学生時代に母が何をやったかは知らないが、ラティエルには関係のないことだ。
隣で料理を口に運んでいるヴィクトリアが『加勢しましょうか』と目で促したが、虎の威を借るのはラティエルの矜持が許さない。軽く首を振って辞退した。
「ミニス、あなたと会うのは六年ぶりよ。寮でも会わないのに、どうやって暴力を振るうっていうの?」
ラティエルだって声の大きさでは負けない。肺活量など学園一を自負できるくらいだ。よもや反撃が来るとは思っていなかったのか、ミニスはたじろいでエリスに振り返る。舌打ちをこらえたエリスは、ミニスをかばうようにして前面に立った。
「なんて威圧的なの⁉ そうやってミニスのことも脅したのね? 会ってないなんてウソよ! ミニスは何度もあなたに呼び出しを受けたと言ってたわ!!」
「それはいつですか? わたくしは常に友人と行動をともにしております。ひとつずつ、誤解を解いて参りましょう?」
ラティエルは母の微笑み仮面を思い出し、気品をもって微笑んだ。よくできたと思うのに、エリスたちだけでなく集まった人垣がいっせいに青ざめた。
あれ? と見まわして隣のヴィクトリアを見れば、視線を彷徨わせて飲み物を口へ運ぶ。目は合わせてくれないが、口はきいてくれるようだ。
「ラティエル、あなたもシリウス家の血を引いているのね……」
「へ? ええまぁ、そうですね?」
こんなときに、いったいなんの確認だ。それよりも今はエリスだ。
『言いがかりはひとつずつ丁寧に潰すのよ』
母の教えは絶対だ。いざ、臨戦態勢を取ろうとしたとき、人垣を割ってピンク色の髪をした令息が近づいて来た。
「なんの騒ぎだ?」
「――生徒会長!! 聞いてくださいませ!」
エリスは生徒会長ディーンに駆け寄り、瞳を潤ませ、祈るように手を組んだ。
「あの黒髪の女子生徒が、わたくしの妹に暴力を振るったのです!」
「なんだと?」
ディーンは眉間にシワを寄せてラティエルたちを見る。けれどすぐに困惑した様子でエリスに視線を戻した。
「……どちらの生徒かな?」
「ですから黒髪の――」
「――黒髪? わたくしが何か?」
ラティエルよりも少し低い、艶のある声が場に響く。ディーンしか見ていなかったエリスはその声に振り返り、黒髪の女子生徒が増えていることに気づいた。
ラティエルの隣に立つ黒髪の――フェリシアに耳打ちする。
「フェリ姉様、これはわたしに売られたケンカです」
「いいじゃない、おもしろそうだわ。わたくしもまぜなさい!」
「エェ……」
話がややこしくなりそうだ。そう思った矢先にフェリシアが動いた。持っていた扇子をパチリと畳み、エリスに突きつける。
「わたくしを『黒髪の女』呼ばわりしたあなた、名乗りなさい!!」
「う……、あ、あなた様のことでは……」
血の気が引いたエリスの体がカタカタと震え出す。
エリスの名前をラティエルに教えてくれたのはフェリシアだ。知らないわけじゃない。公爵令嬢に名前を覚えてもらうのは誉れだが、皆の前で扇子を突きつけて「名乗れ」というのは、もはや公開処刑にほかならない。ラティエルは慌ててフェリシアの腕を引き、声を落とす。
「フェリ姉様、これ以上はオーバーキルです!」
「おーばー……なんですって?」
「相手はもう“死に体”ってことです!」
「死にたいのならトドメを――」
「言葉を間違えました! もう死んでるってことです!」
「虫の息だけど、まだ死んでないわよ? ――ねぇ、そこのあなた。早く名乗りなさいな」
殺気にも似た覇気がエリスを襲う。戦の聖女を相手取っても、フェリシアはおそれも遠慮もしない。これは息の根を止める気だ。察したラティエルは、興味深げに傍観しているヴィクトリアに助けを求めた。
「ヴィー様、フェリ姉様を止めてください!」
「どうして? 後学のためにもぜひ見届けておきたいわ。相手は戦の聖女よ、牙を剥くのかしら?」
誰かまともな人はいないのか。ジリジリと歩み寄ろうとするフェリシアの腕をつかみ、引きずられそうになってヴィクトリアの腕をつかむ。慣れないヒールでなんとかその場に踏みとどまった。
しかし、距離はかなり近づいていたようで、エリスを囲み、三人で凄んでいるような絵面になってしまう。当のエリスは腰も砕けて白目を剥いていた。
フェリシアは困った子どもを見るように、頬に手をあてた。
「あら、戦の聖女といっても、好戦的とはかぎらないのね。つまらないわ」
「姉様、もうそのくらいで……」
「つついてみたら覚醒するかしら?」
「お願いですからやめてください!」
まわりに助けを求めたが、いつの間にか生徒会長は消えておりミニスもいない。気まずい空気のなか、歓迎パーティーの夜は更けていった。
◆
翌朝、朝食の席にいつものメンバーが集まる。遅れてやって来たベネットのトレーには“学園新聞”なるものが載せられていた。
「皆様ご覧になって! わたくしたちが一面を飾りましたのよ!!」
嬉々としてベネットが広げた新聞には、一面にデカデカと写真が載っている。ラティエルを中心に、左右にヴィクトリアとフェリシア、その外側にベネットとアリアが決めポーズを取っている。しかも五人の足もとに写っているのはエリスの後ろ姿ではないか。
一面の見出しは『女帝降臨!』。突っ込みどころ満載なのだが、一番気になったのはこちらの世界に写真があることだ。辺境伯領では見たことがない。
「しゃ、写真? 絵じゃなくて?」
「あら、念写魔道具をご存じないの?」
ベネットの説明によれば、撮影者の見たままに映像を取り込めるものらしい。どう考えても見たままにではなく、感じたままにだと思うのだが。
公爵令嬢たちに腕を絡ませたラティエルの顔は、悪女のような形相を呈しており、確かに『女帝』と呼ぶに相応しい。けれど、実際のラティエルとはあまりにかけ離れていた。
「わたし、こんな顔ではありません!」
「そこはほら……念写だから。どうしても撮影者の主観が反映されるのよね。でも、なかなかの出来じゃない? みんなとっても美人に写っているわ。ねぇ、アリア?」
「ええ、この立ち位置も完璧ですわ~」
ベネットは嬉しそうにアリアと盛り上がっている。なぜかヴィクトリアとフェリシアも満更ではないご様子。得意げに口角が上がっている。
中見出しを読めば『虎の威を借る狐と思いきや、彼女こそが女帝だった! 伝説の悪役令嬢ふたたび!』と好き勝手に書いてある。記事の内容も、ふたりの公爵令嬢を脇に従え、さらに王妃の姪と第一王子の婚約者の妹までも、ラティエルの傘下だと匂わせている。
「こ、こんなの大嘘じゃないですか!! 抗議しないと!」
「やめておきなさい。火に魔力を注ぐだけよ」
「ですがフェリ姉様」
「抗議なんてまだるっこしいわ。本当の女帝は誰か、思い知らせてあげればいいのよ」
フェリシアが不敵に笑い、案外早く鎮火しそうだと胸をなで下ろす。
とはいえすぐには鎮火しない。登校中、誰しもがラティエルに道を譲るのだ。女子生徒など道の端に寄って怯えている。
(早くフェリ姉様に女帝の座を奪還してもらわないと……)
先にラティエルの心が折れそうだ。
死にそうな顔をして教室に入るなり、一番会いたくない相手がにこやかに近づいて来た。




