第十章 02 着けてはいけない宝石
新入生歓迎パーティーは夕方から行われる。自宅に帰ると間に合わない生徒のために、パーティーがあるときには学園が着付師や髪結師を用意してくれる。半数以上が利用するので予約は必須。ラティエルもアリアも家には帰らず、これを利用した。ふたりともタウンハウスが遠いわけではないが、馬車に乗るのが面倒くさい。
「ラティエル、準備できた?」
着付部屋に顔をのぞかせたアリアは準備万端のようだ。
「ええ、アリアも完璧ね。紫のドレスに銀髪がよく映えるわ」
「ありがとう。あら、そのイヤリング……すてき。バレッタまで、うふふ」
「えへへ。わたしにはもったいないけどね」
「そんなことないわ! 今日のラティエルは星の女神様みたいよ!」
「あ、ありがとう」
ドレスを着て化粧をすれば気分も変わる。お姫様にでもなったような気がして、いつもより歩幅も小さく、背筋も伸びた。
アリアと一緒に会場の入口まで進むと、ハーヴィーと兄アデルが立ち話をしていた。こちらを向いていたアデルが先に気づいて手を上げた。
「ラティ、そんなイヤリング持っていたか? ん? 髪留めまで……」
「これは……その――」
「まさか、私に内緒で狩りに行ったんじゃないだろうね? ドレス代もカツカツだったのに、そんな高価なもの買えないだろう?」
「うっ、買ったというか……、交換したというか……」
外面のいいアデルが笑顔で威圧してくる。ラティエルの後ろにいたアリアが、見かねて代弁してくれた。
「これはラティエルの大切な方からいただいたのですわ。ね、そうでしょう?」
「え、ええ。まぁ……」
アデルにそれを言うのは藪蛇な気もするが、買ったものでないことをわかってもらえるならいいだろう。チラリとアデルを窺うと、顎に手をやりつつも、すぐに頷いた。
「なるほど、ラティにそんなものを贈る人はひとりしかいないな」
相手を察したようだが、アデルもジルから剣をもらっているので大事にはしないだろう。ホッと胸をなで下ろし、ずっと黙っているハーヴィーに目をやった。トロンとした目でラティエルをボーッと見つめており、目の前で手を振っても反応がない。
「ハーヴィー? ねぇ、ハーヴィーってば、眠いの?」
「――ん、んあ⁉ そんなわけないだろう」
「そう? 眠そうな顔してたよ?」
真っ赤になってそっぽを向きながらも、ハーヴィーが腕を差し出す。エスコートしてくれるらしい。手を置くと、ぶっきらぼうに「行くぞ」と言い放ったが、歩幅はしっかりとラティエルに合わせてくれている。後ろではアリアのはしゃぐ声が聞こえた。アデルがエスコートを申し出たのだろう。
「わぁ……」
「王城にも負けない造りだな」
学生向けとは思えないほど豪華な舞踏会場の一角に、おいしそうな食べ物が並んでいる。
「さすが貴族学園!! グレードが違う!」
「ラティ……、久しぶりの令嬢モードだったのに、台無しだな」
ハーヴィーが光を失った目を向けてくる。台無しとは言い過ぎではないだろうか、と思いつつも料理を物色し、あれもこれもとサーバー係に取り分けてもらう。
さすがに頬張ることはせず、お上品に少量ずつ食べていると、見覚えのある男子生徒がやって来た。おどろいたように目を見ひらき、ラティエルを上から下まで観察している。もしかしてと思い、ラティエルから声をかけた。
「……フレッド?」
「や、やぁ、久しぶり。……ずいぶんと、雰囲気が変わったね」
「そう? 自分では実感ないけど。フレッドも変わったわね。思い出すのに時間がかかっちゃった。ふふ」
元婚約者のフレデリックは、吸い寄せられるようにしてラティエルに近づく。それをハーヴィーが咳払いで引き止めた。
「フレッド、俺もいるんだけど」
「あ……ああ、久しぶり」
短く挨拶をして再びラティエルに向きなおり、遠慮がちに声をかけた。
「ラティ、今も婚約者はいないんだっけ?」
「ええ、いないわ」
「――フレッド、もうラティは君の婚約者じゃないんだ。愛称呼びはやめたらどうだ?」
婚約者でないのはハーヴィーも同じなのだが、自分を棚に上げて言い切った。
途端にフレデリックの眉根が寄った。険悪な雰囲気を察して話を変える。
「そうだ、フレッドは婚約したのよね。おめでとう! お幸せにね」
「う……あ、ありがとう」
お祝いの言葉を述べたのに、フレデリックはうなだれてしまった。そのままハーヴィーに連れられてラティエルから遠ざかっていく。
(う~ん、やっぱり友達には戻れないのかな。……食べよう)
会場に背を向け、ラティエルは料理に舌鼓を打つ。しかしすぐに、後ろから聞こえてきた会話の内容に喉を詰まらせた。
「まぁ、見てよあれ。星の石よ」
「こんなに堂々と着けるなんて、信じられない」
(――んぐっ⁉ 星の石って、普通に着けちゃだめなの?)
お皿の料理は最後までいただき、おそるおそる後ろを振り返る。バレッタ、イヤリング、ペンダントと星の石づくしのラティエルに、令嬢たちの視線が集まっていた。不穏な空気に囲まれ、ラティエルは息を飲む。
「あら、誰かと思ったら……ラティじゃない」
令嬢たちで作られた円陣をかき分け、ヴィクトリアがやって来た。カッと見ひらかれた白目には充血線が走り、瞳孔もひらき切っている。扇子で口もとを隠しているので余計に目が強調されており、その眼光はどんな魔獣にも引けを取らない。
無言でラティエルのまわりをくるりと一周したヴィクトリアは、瞬きもせずにジッと目を合わせてくる。そらすことは許されないようだ。
「その宝石……、星の石ではなくて?」
「そう……だと、思います」
「ずいぶんと質のよいものだけど……あなた、そのアクセサリーをいったい誰から?」
「ぇえぇえぇと……」
(大切な方にいただいた……)
なんて匂わせていい空気ではない。返答次第では、ラティエルの首が物理的に飛びかねないと直感が告げている。理屈を超えた悪寒を感じ、本能が警鐘をぐわんぐわん鳴らす。
母が言っていた、直感は無視してはならないと。父が言っていた、本能は裏切らないと。こちらに戻って来たハーヴィーが、近づくことなく踵を返した。見捨てるつもりか。友達とは思えない所業だ。
「こ、これは、ですね。両親から贈られたものでして……」
まぁ、と低い声がヴィクトリアから発せられた。声に魔力が滲んでいる。
「星の石を娘に着けさせるだなんて。その意味を知らぬ家柄でもないでしょうに。まさか、狙ってやっているのかしら?」
「――ひぃ⁉」
ヴィクトリアの剣呑な目つきは鋭さを増すばかり。まったく意味がわからない。そして、右にも左にも逃げ道を見つけることができない。ちなみに後ろには料理が並んでいる。料理だけは守らなければ。
(もう、空に逃げるしかないわ!)
空想をふくらませ――できるだけ嘘をつかず、話術でもってこの危機を回避するのだ。
「あ、あのですね。この星の石は両親の思い出が詰まったものでして、ほら、願いが叶う石だというでしょう?」
ペンダントの石だけは、ラティエルが生まれたときに握っていた石だ。“思い出の石”というのもまったくの嘘ではない。これでどうにか納得してほしい。
軽く瞬きをしたヴィクトリアは、少し考えるような仕草をする。
「ふ~ん。思い出の石……そうでしたのね。いやだわ、わたくしったら。勘違いしてしまいましたわ。うふふ」
「う、うふふ。誤解が解けて何よりですわ」
はにかんだヴィクトリアの笑い声が辺りを包む。公爵令嬢ヴィクトリアが許したことで、まわりの令嬢たちも引かざるを得ない。令嬢たちの円陣が少しずつ崩れていった。
それでもラティエルはまだ警戒を解けない。ヴィクトリアの微笑み仮面から鬼気迫る何かが滲み出ているせいだ。ふいにピタリと笑い声が止まった。
「でもね、ラティエル。星の石はひそやかに持つものなの。このように人前で着けるなんて、はしたなくてよ?」
「そ、そうなのですか? あの、理由を教えていただいても……」
「ねぇ、ラティ?」
「――ヒッ⁉」
ヴィクトリアの瞳から光が消えた。翡翠色の美しい瞳が闇色に染まっている。
「あなたは学習できる優秀な淑女だと、――信じているわ?」
「ひっ、ひゃい!!」
「よいお返事でしてよ、うふふ」
「うふ、うふふ……」
こんなときだが、ヴィクトリアの放つ気迫を羨ましいと思ってしまった。魔獣の前で放てばどんな魔獣でも、たとえグランリザードでも震え上がるだろう。
(ヴィー様は騎士に向いているかもしれない)
それにしても、せっかくジルからもらった贈り物は、お蔵入りになりそうだ。なぜ星の石がだめなのか、誰に聞けばわかるのだろう。
兄やハーヴィーは宝石に疎いだろうし、星のペンダントに関して母は何も言っていなかった。アリアも知らなかったから、ほめてくれたのだ。
(こういうときのレジーナ先生だよね)
夏休みになったらレジーナに聞こうと心にメモしておく。頼れるのはいつだって家庭教師のレジーナだ。




