第十章 01 兄弟子が欲しいもの
新歓パーティーを明日に控えた夕方。食事を終えて部屋に戻ったラティエルは、窓の外を気にするアリアを不思議に思った。
「アリア、どうしたの? 外に何かあるの?」
「いぃいえ! ぁ雨が降りそうかなって……」
裏返った声をなんとか聞き取って、三階からの景色を見る。きれいな夕焼け空だ。そういえば、赤い夕焼けは雨の前兆だと前世で聞いたことがある。物知りなアリアに感心してしまう。
「本当だ、アリアはそんなことまで知ってるんだね!」
「えっ⁉ ええ、まぁ……うふふ」
アリアが目を泳がせたとき、カツンと窓に何かがあたる音がした。振り返ろうとしたラティエルに、アリアが早口で告げる。
「ラティエル! わたくし、食堂に忘れ物をしましたわ! 二十分後に戻って来ますから!」
「え? うん」
「二十分だけですからね⁉」
「うん?」
大きな声で言い置いて、部屋から飛び出していくアリアを呆然と見送った。カツンとまた音がして窓のほうへ振り返る。近づいてみると、空飛ぶトカゲの姿があった。
「――じ、ジル兄様⁉」
窓をあければ、シャンパンゴールドのドラゴンが飛び込んで来た。その手には手提げ袋がつかまれており、ドラゴンはゆっくりと勉強机の上に袋を置く。
『久しぶりだな、ラティ。元気にしていたか?』
「はいっ、ジル兄様もご健勝のようで何よりです。――あの! 素晴らしい剣をありがとうございました!!」
『そんなに喜んでくれると、贈った甲斐があるな』
「お返しがいつも手紙だけというのが心苦しいのですが、何かご希望はありませんか?」
いつもジルの誕生日には手紙しか送っていない。そうするようにとレジーナから言われている。
顎に手をあてたドラゴンは、チラリとラティエルを上目遣いに見やった。
『……なんでもいいのか?』
「はい! わたしに買えるものならなんでも!」
『買わなくていい。その……、前に刺繍で転移魔法陣を作ったのだろう?』
「はい、ハンカチに大きく刺繍しましたね」
『あれを貰えたら……うれしいんだが』
「え? あれはわたし専用なので、ジル兄様のものをお作りすればよろしいですか?」
『そうじゃない。ラティの転移魔法陣が欲しいんだ』
「…………んん?」
母から返してもらった刺繍は女神の空間に入れてある。だが、なぜラティエルのものを欲しがるのだろうか。出来栄えは悪くないと思うが、飾られてもラティエルの転移先に使われるだけだ。防犯上よろしくない。
もっとも、刺繍魔法陣はキッチリと広げていなければ用を成さない。折りたたまれていれば転移できないけれども。
わけもわからず眉を下げると、ジルが焦ったように話題を変えた。
『そ、そうだ! 今日は入学祝いを持ってきたんだ』
「――ええ⁉ 剣をいただいたばかりですよ⁉」
『あれは誕生日祝い。それにもう半年も経ってる。袋をあけてみてくれ』
ずいっと押し出された紙袋をあけると、箱がふたつ入っていた。ひとつ目の箱にはバレッタのような髪飾りが、もうひとつにはイヤリングが入っている。どちらも金細工の美しい土台に、星の石が散りばめられた豪華なものだった。絶対にお高い。
「ジル兄様、こんな高価なものはいただけません!」
剣のほうが圧倒的に高いだろうが、あれはもう手放せない。それにレジーナから、婚約者でない殿方からは、アクセサリーをもらってはだめだと言われている。
『ラティがいつも着けてるペンダントに合わせたんだ。ドレスも水色のドレスを買ったんだろう? よく似合うと思うぞ』
「たしかに合いますけど……、あれ? どうして知っているんですか?」
『う? それは……だな』
ここにはレジーナもいない。いったい誰から聞いたのだろうか。ジルと面識のある人間で……と考えて、ひとり思いあたる人物がいた。
「もしかして、アデル兄様に聞いたのですか?」
『あ……ああ、そんなところだ。とにかく、ドレスのほかに装飾品はペンダントだけだと聞いた。それはレグルス家としての沽券に関わるだろう?』
「……こけんに、かかわる?」
『アデルの顔に、泥を塗ることになるやもしれないな?』
「エッ⁉」
――それはまずい。ついこのあいだ微笑み仮面に亀裂を入れたばかりだ。その亀裂はいまだに修復されていない。そこへさらに泥を塗ったらどうなることか。
(確実に錆びる。錆びついた微笑み仮面なんてホラーだわ!)
ドレスコードに合わせて華美すぎなければいいと思っていた。ラティエルはいくつかの未来を思い描く。装飾品なしで行けばアデルに恥をかかせる。今から装飾品を用意しようにもお金がない。どう考えても詰んでいる。
「ジル兄様! わたしはどうすれば⁉」
『うむ。これを受け取るのが最善の選択だ』
「……うぅ、いいのでしょうか。……でもこの道しか……くっ、ありがたく頂戴いたします!! 代わりと言ってはなんですが、本当にわたしの転移魔法陣でいいのでしょうか?」
『譲ってくれるのか⁉』
ドラゴンの瞳がキラキラと輝いた。それはもう嬉しそうに見える。ジルにとってなんの得にもならないと思うのだが、ほかに差し出せるものなど何もない。
「あのようなものでいいのなら……」
『いい!! あれがいい! ありがとう、ラティ』
「い、いえ……」
女神の空間から刺繍を取り出す。
言われたとおりに持ってきた紙袋に入れて渡した。
『そろそろ戻らないと。そうそう、転移先に表示された場合は飛んできてくれ』
「――へ? ジル兄様のところへですか?」
『ああ。折りたたんでいるときは仕事中で都合が悪いときだ。広げているときならいつでも遊びに来てくれたらいい』
「なる……ほど?」
ジルのところへ遊びに行く。だがその方法は、いきなり部屋に乱入するようなものではないか。先触れもなしにだ。とてつもなくマナー違反な気がする。
『ではまたな!』
考えているうちにジルドラゴンは手を振って、窓から帰っていく。反射的に手を振り返し、ドラゴンが消えた窓をしばらく呆然と見つめていた。
「あっ! また剣のこと聞きそびれた……。ああああ!!」




