第九章 03 学園の王子様
入学式当日、ハーヴィーとの待ち合わせ場所へ行こうとしたら、食事時のメンバーがゾロゾロとついて来た。
すっかりボスになってしまったヴィクトリアが、興奮気味に扇子を広げる。
「殿方と待ち合わせだなんて! ラティエルのいい人なのね⁉」
「違います」
「恥ずかしがらなくてもいいのよ?」
「本当に違います。ただの弟弟子で、友達ですから」
「おとうとでし?」
行きすがら、レグルス家の剣術を求めて騎士や騎士見習いたちが集まることを説明した。ふんふんと聞いていたヴィクトリアの眉間に、少しずつシワが寄っていく。
「じゃぁ、あなた……生まれながらにして剣術を教わる環境にあったのね⁉ ずるいわっ!!」
「……ず、ずるい?」
「わたくしだってそんな環境にあれば、すぐにでもジャイルズ様に見初められたのにっ!!」
「ジャイルズ様?」
キーキー言って話にならないヴィクトリアの隣から、フェリシアが引き継ぐ。昨晩、部屋に帰ってから、なぜ騎士科に入ったのかを問い詰めたという。
「ヴィクトリア様の想い人よ。その方が『強い女性が好きだ』と言ったらしいの」
「ええっ⁉ それなら魔術師でも強さを示せるのでは?」
「それがね、どうも剣を振るう女性が好きみたいなの」
「はぁ……」
そんな理由で騎士科に入ったのかと、ラティエルは落胆した。人の好みなんて変わるものだから、そのジャイルズとやらがほかに興味を持てば、ヴィクトリアはすぐに辞めてしまうだろう。
(せっかく女性の騎士仲間ができたと思ったのに……。でもモニカ様がいるわ)
気を取りなおすと同時に、待ち合わせ場所――学園内の講堂前に着いた。
ラティエルを見つけて手を振りかけたハーヴィーは、その後ろに居並ぶ女性陣を見て後ずさる。
「ハーヴィー、待たせてごめんね」
「あ、いや……友達がたくさんできたようで何より……」
「そうなの! この調子で騎士仲間もたくさん作るわ!」
たくさんの騎士仲間に囲まれる光景に思いを馳せていると、横からヴィクトリアが咳払いで促す。紹介しろということだろう。
「あっ、こちらは、カストル辺境伯令息ハーヴィー……様ですわ」
ぎこちなくも貴族令嬢として、ハーヴィーにも皆を紹介していく。モニカとヴィクトリアが同じ騎士科だと告げると、ハーヴィーはヴィクトリアに対してうろんな眼差しを向けた。
「ああ、今年は初めて騎士科に女性が入るって話題ですからね。乗っかろうとする人がいるとは思ってました。――で、どんな手を使ったんですか?」
「ハーヴィーっ!!」
相手は公爵令嬢だというのに、なんて態度だ。肝が据わり過ぎているにもほどがある。けれどヴィクトリアは笑顔を崩さない。胸を張って言い放った。
「わたくしの実力ですわ!!」
「……そうなのか? ラティ」
「へ?」
どうしてラティエルに聞くのか。目の前に本人がいるではないか。わかりやすく目を泳がせば、それ以上突っ込まれることはなかった。
そうこうしているうちに、フェリシアが鶴の一声をあげる。
「皆様、時間ですわ。講堂に入りましょう」
入学式では新入生代表として、首席で入ったフェリシアが挨拶を行う。それを迎え入れる在校生の代表挨拶は生徒会長――カストル辺境伯令息ディーンと名乗った。ハーヴィーの兄で二歳年上らしい。
(ディーン? うちの領には研修に来てなかったな……)
瞳の色は遠目でよくわからないが、髪の色は同じくピンクがかった金髪。顔立ちはあまり似ていないが、美しい顔であることには違いない。事あるごとに女子生徒から黄色い悲鳴が飛んでいた。それも「王子様」と。
隣に座るハーヴィーに、こそっと声をかける。
「ハーヴィーのお兄様、大人気だね。王子様だって」
「……本人もその気になってるから質が悪いんだ。あいつには絶対に近づくなよ」
「その気って?」
「うちは、ほら……父が元王族だろう? バカ兄貴を担ぎ出そうとする輩がいるんだよ。王位継承権なんてないのにな」
「ああ、なるほ……ど? うわぁ……」
学園内できゃっきゃ言っている分にはいいだろうが、下手をすると造反を疑われる行為だ。お願いされても近づきたくない。
学園長の挨拶でもって入学式は終わり、次はクラス分けの発表がある。これが今日一番のイベントであり、ラティエルの家庭教師レジーナたちの命運が決まる。
試験の一週間前にあった、母とレジーナのやり取りが頭から離れない。
『ラティエル、主席を取れなんて言わないわ。ただ、わたくしの娘として、Aクラス以外は認められないの。ああ……でも大丈夫ね、レジーナがついているんだもの。あなたがAクラスでなかった場合、レジーナに責任を取っていただきましょう』
『お嬢様、お気になさることは――』
『――レジーナの素揚げ、レジーナの釜ゆで。串焼きは美しくないから却下ね』
『お、お嬢様、いつもどおりに実力を発揮すれば、きっと大丈夫ですわ』
『う~ん、あっ! そうだわ、美人姉妹の“ごった煮”なんてどうかしら?』
『お嬢様、試験直前までがんばりましょう! 今日から一週間、睡眠を削れば間に合いますわ!』
妹マルティナのことになるとレジーナは人が変わる。おかげで学力テストには自信があった。けれど、いざ掲示板の前に立つと足の震えが止まらない。
クラス分けは全科一緒くたに行う。どの科も午前中の座学は同じで、午後から別行動となるから、一学年一四〇名が、学力のみで四クラスに分けられるのだ。
(レジーナ先生とティナの運命がここに……)
ギュッと手を組んで深呼吸する。いざ、と掲示板を見上げようとしたとき、横からフェリシアが飛びついてきた。
「ラティ、一緒のクラスよ!! よくがんばったわね!」
「ほ……、本当ですか? Aクラス?」
「そうよ! アリアもベネットもヴィクトリア様も一緒よ」
「あの、モニカ様は?」
「彼女は、えーと……Bクラスみたいね」
「そうですか」
とりあえず今は、レジーナとマルティナの命を守れたことを喜ぶべきだろう。アリアやベネットもやって来て、同じクラスであることを喜んだ。
ふいに後ろから、兄の声が降ってきた。
「よかったな、ラティ」
「――お兄様」
「もしAクラスじゃなかったら、母上から特別訓練が課せられるところだったんだぞ」
「特別訓練って?」
「聞きたいか?」
「ううん、やめとく」
十五歳になったラティエルは、世の中には知らないほうがいいこともあるとわかっている。
フェリシアが兄にも飛びつかん勢いで「久しぶり」と声をかけると、兄はスッと身を引き、流れるように礼をとった。
「お久しぶりです、フェリシア様」
「あらまぁ、大人っぽくなっちゃって」
「私はもう大人の仲間入りを果たしておりますから」
兄は去年デビュタントをすませ、年齢的にも十六歳だ。いつのまにか一人称も『私』になっている。まぁ人前だけだろうけど。
一年で背も伸びてたくましさが増した。身内びいきかもしれないが、父と母のいいとこ取りをしたなかなかの美男子だ。
「妹がお世話になります。皆様どうか、よろしくお願いします」
よそ行きの顔でアリアやベネットにも話しかけ、さわやかに去って行った。周囲の女子生徒たちを見れば、ポーッと頬を染めて後ろ姿を目で追っている。
「ラティエルのお兄様、すてきね」
「そう? アリアが言うなら、そうなのかな」
「婚約者はいらっしゃるの?」
「いないけど……ベネット、侯爵令嬢とは釣り合わないよ?」
「そんなことないと思うわ」
アリアもベネットも、兄にとってはこれ以上ない相手ではあるが、あの辺境伯領に嫁ぐのは、彼女たちの両親が反対するだろう。辺境の地はいざこざが多い。




