第九章 02 騎士科に合格した三人
「フェリシア様、お友達を紹介してくださる?」
蜂蜜色の髪に翡翠の瞳――彼女はたしか、カノープス公爵令嬢だ。フェリシア以外、立ち上がる。身分の高い御方を迎えるときのマナーが全員染みついている。ラティエルの場合は、魔獣と出会ったときのそれだったが。
フェリシアが「食事中よ、座りなさい」と手を振った。みんな顔を見合わせつつ、おそるおそると着席する。
フェリシアはぞんざいに横目で見やった。
「ヴィクトリア様……、ぼっちですの?」
「ちっ、違いますわ! 皆様、公爵令嬢に対して遠慮なさるのよ!」
「その高圧的な態度のせいでは? それではお友達などできませんことよ」
「うぅ……、助けてくださいませ」
「仕方ありませんわね。ここは学園、家格関係なく交友を持つ場です。それをお忘れなきよう」
「わかりましたわ!」
どうやら悪い人ではなさそうだ。しゃべり方がツンツンしているだけで、家格が低い者を顎で使うこともない。少しずつ話は弾み、夕食は楽しいものとなった。
すぐになじんだヴィクトリアは饒舌だった。
「ご存じかしら? 今年、騎士科に受かった女子生徒は三人いるのよ」
「「三人も⁉」」
皆がおどろくなか、フェリシアが指折り数える。
「ひとりはラティよね。もうひとりは、もしかして……」
全員の視線が辺境伯家のモニカに集まる。恥ずかしそうにモニカが頷いた。
「……はい、父に勧められて」
「やっぱりそうなのね! でも、あとひとりは……?」
誰ひとり思いつく人物をあげられない。それを眺めていたヴィクトリアが、笑いをこらえきれずに鶏のような声をもらす。
「クククク……。あとひとり、皆様お聞きになりたい?」
「ヴィクトリア様、もったいぶらないでちょうだい」
「「知りたいですわ」」
皆の視線を独り占めしていい気分になったヴィクトリアは、ふんぞり返って胸に手をあてた。
「ふふ。残るひとりは何を隠そう、この――わたくしですの!!」
その言葉に反応はふた手に分かれた。ラティエルやモニカのように「ええっ⁉」と素直におどろく者と、冗談だと受け取る者。うろんな目を向けたフェリシアは後者だ。
「冗談はおよしになって。あなた公爵令嬢ですのよ。それに、お父上は宮廷魔術師団の師長ではありませんか。騎士など許されるはずがありませんわ」
「ふふふ。父の目を欺き、魔法科と騎士科の両方を受験したのですわ!」
あまりのことに皆、口を半びらきにして固まった。
騎士科の試験は体力テストが中心。テスト内容を振り返ったラティエルは不思議に思った。はたしてヴィクトリアにクリアできるのだろうかと。
「あの、ヴィクトリア様。体力テストは結構キツかったと思うのですが」
「わたくし身体強化魔法も使えますの。余裕でしてよ」
「「――⁉」」
ラティエルとモニカは顔を見合わせ――ぶるりと震えた。体力テストは身体強化魔法“禁止”、本人の基礎体力で選抜される。基準に満たなければ、授業について来られないからだ。
公爵令嬢を前に、指摘するべきか迷う。それでもし合格が取り消されたら、女性ひとりの人生を左右する一大事だ。
(波乱の予感がするわ)
モニカと視線で相談しながらも、結局伝えられずに夕食を終えてしまった。
部屋に戻ったラティエルは、騎士科の試験を振り返る。
入試の山場は何と言っても体力テストだ。まずはグラウンドで三キロを二十分以内に走れたら合格。それから敏捷性を見るための反復横跳びを二十秒以内に五十回以上で合格。腹筋と腕立ては二分間で四十回以上、懸垂は三回以上。これらは最低合格ラインだ。ここから上位五十名が選ばれる。
落ちた者は魔法が使えない平民と一緒に、都立学園行きとなる。『魔法騎士』と名乗れないことは貴族にとって大変不名誉なことだから、みんな必死だった。
ハーヴィーと一緒に試験会場にやって来たラティエルは、すでにテストを終えた男子からわざとらしく大声を浴びせられた。
「あ~あ、女子はいいよな! オレたちよりも低い点で合格だってよ!!」
「そんなので枠を食い潰されるこっちの身にもなってほしいよな!」
聞くなとばかりにハーヴィーが遠ざけようとしたが、ラティエルは顔を輝かせた。
「ねぇねぇ、今の聞いた? 普段どおりにやれば受かるってことだよね?」
「……ああ、そうだな。気遣う相手を間違えた」
「ハーヴィーもがんばってね!」
「ハァ……がんばる」
貴族令嬢が騎士科を受けるという噂は社交界でも話題になっており、魔法科を受けつつ、騎士科も受験するという令嬢の姿がチラホラあった。この学園には魔法科と騎士科、あとは領地経営科の三つしかない。騎士を目指すのも、魔力が比較的少ない貴族の次男以下。跡取り以外はたいてい魔法科へ進む。
グラウンドに入る手前で、見知った顔を見つけた。トリマン辺境伯令嬢モニカだ。ラティエルより頭ひとつ分高いハーヴィーと同じくらいの身長がある。実に羨ましい。
「モニカ様! 騎士科を受験されたんですね」
「ラティエル様、ごきげんよう。魔法科と両方受けることにしたんです」
「それはいい考えですね」
「あの、ラティエル様……」
「はい?」
「私、なんだか受かりそうなんです。だから……」
「すごいじゃないですか!」
「だっ、だから、ラティエル様がもし落ちたら、い……一生恨みますから!!」
「――へ? う、恨む? あ、ちょっと……」
言うだけ言ってモニカは走り去ってしまった。恨むとは穏やかではない。どうして恨まれるのかはわからないが、俄然やる気になった。
「受かればいいのよね! わたし、全力でやるわ」
「ハァ……、やり過ぎるなよ」
さっそくグラウンド三キロを走るテストで、ハーヴィーと一緒に一キロを二分半でまわると、すぐに試験官が止めに入った。
「ちょっと君、試験での身体強化魔法は禁止だよ」
「使っていません」
「嘘はよくないな。ご令嬢がそんなに早く走れるわけがないだろう」
「本当です!」
一緒に立ち止まったハーヴィーが試験官に提案する。
「じゃあ、魔力抑制カラーを装着すればいいんじゃないですか?」
カラーとは首輪のことだ。試験官は大きく頷く。
「そうだね。まじめにやらないと、そういうことになるよ?」
「構いません。カラー着けます!」
「いやいや、魔力抑制カラーってのは、魔力がほとんど使えなくなるんだよ? 人間は生きるのにも魔力を使っているから――」
「知ってます。カラー着けて走ります!」
兄から聞いていたとおりだ。不正を疑われた受験者には魔力抑制カラーが着けられる。ラティエルの場合は必ず引っかかるからと、一年前からカラーを装着して訓練を行ってきた。当初は重力が増したように感じられ、普通に動くのも大変だった。
「そこまで言うなら」とカラーを手にやって来た試験官は、本当にいいのか再三確認を取ってからラティエルに装着した。途端に体が重くなる。カラー自体に重さはほとんどない。体を維持する魔力まで抑えつけられて重く感じるのだ。
「ほら、無理だろう? 大人しく普通に走りなさい」
「この重み、やる気が沸いてきます」
「――は?」
あらためてスタートラインに立ったラティエルは、ハーヴィーと一緒に走り出す。さすがに一キロ二分半とはいかなかったが、合計三キロを十五分で走り終えた。二十分以内に走ればいいのだから、文句なしの合格ラインだ。
先に着いていたハーヴィーが、ラティエルを肘でつつく。
「おい、さっきの試験官、おもしろい顔になってるぞ」
「……ほんとだ。どうしたのかな?」
「くくっ。トイレに行きたいのを我慢してるんじゃないか?」
「えっ……、そうなの?」
言われてみれば、体全体が小刻みに震え、口もとを押さえてあわあわしている。
(まさか、ジル兄様に会ったときのわたしって……あんな感じだったの⁉)
ラティエルは決してトイレに行きたかったわけではないが、ジルからはそう見えたのだ。これは乙女として由々しき問題である。
(ジル兄様の前でモジモジしないよう、訓練しなくっちゃ!!)
その後もカラーを着けたままテストをこなし、どのテストも合格ラインを大きく上回ることができた。そのたびに試験官の顔が気になる。皆トイレに行きたそうにしか見えない。しかもラティエルに向かって何か言いたげだ。
(行ってきていいよって、言ってあげたい)
でもジルに『行ってこい』と言われて、ラティエルはとっても傷ついた。だから言うべきではない。かわいそうだけど気づかない振りをして、ラティエルは会場をあとにした。
そして午後からの部で受験したカノープス公爵令嬢ヴィクトリアは、ラティエルのこともあり、何も言われずに試験を突破したのであるが、そんなことはラティエルが知る由もなかった。




