第九章 01 学園生活の始まり
春を迎え、ラティエルは王立貴族学園の騎士科に入学する。貴族は魔法が使えることが前提であり、この学園の騎士科は魔法騎士養成コースだ。他校の騎士科を出た場合は『魔法騎士』と名乗れない。平民で魔法が使える者もたまにいるが、そういう人材は貴族の養子として迎えられ、この学園にやって来る。
ラティエルの家に居候していたハーヴィーも騎士科に合格し、一緒に学園の門をくぐった。今日から寮に入るため、ハーヴィーとはここまで。グレーの制服姿でお互いに手を振り合う。水色のネクタイは一年生の証だ。
「んじゃ、俺はこっちだから。明日の入学式でな」
「うん、また明日」
全寮制のため身分に関係なく、みんな相部屋。協調と規律を学び、身のまわりのことも自分でやる。侍女や侍従の同伴は認められていない。分単位での行動を取るため、各部屋には振り子時計が置かれている。辺境伯領のように、一時間おきに鐘で知らせるのんびりとした気風ではない。時間管理も学びの一環だ。
お金持ちの生徒は懐中時計を持っていたりする。ラティエルにそんな余裕はない。稼いだお金は狩りの装備に消えていった。
受付で教えてもらった部屋へ向かう。念のためノックをすると応答があった。出迎えてくれたのはお茶会でも会ったことがある、カペラ侯爵令嬢アリアだった。
「まぁ、ラティエル様! お久しぶりですわね」
「アリア様、お久しぶりにございます」
「わたくしたちはルームメイトよ。堅苦しい挨拶はやめにしましょう」
儚げな見た目に反して、アリアは闊達な性格のようである。
室内の壁紙はベージュに金糸の蔓が巻いたような植物柄。腰壁は家具と同じローズウッド材。家具は猫足で統一され、長年使われて紫がかった褐色が、大人っぽい空間を演出している。光魔法で点灯する照明もアンティーク調だ。
あらかじめ運び込まれていた荷物を整理しながら話すうちに、敬語も敬称も取れていった。
「ねぇ、ラティエル。そのペンダントは贈り物?」
「ううん。ポラリス魔宝伯様に作っていただいた魔道具なの」
「あら、てっきり殿方から贈られた石かと……」
「まさか。これは生まれたときに持っていた石で――」
――あっ、と気づいたがもう遅い。聖女であることは隠したほうがいいと、ラティエルは母から注意を受けていた。こちらの世界では、女神の愛し子が生まれたときに、石を持っているのは有名な話らしい。
「まぁ! あなた聖女なの⁉」
「あー、う~……それは……」
「でも……ラティエル、あなたは魔法騎士になりたいのよね?」
「もちろん!」
「だったら、聖女であることは明かさないほうがいいわ」
そういえば、隠す理由までは母から聞いていなかった。
「どうしてなの?」
「女神と契約して聖女になるとね、必ずひとりは神殿勤めの大聖女になることが決まっているからよ」
「――えぇ⁉」
「現在の大聖女は海の聖女よ。わたくしたちの世代では、三年生のエリス様が戦の聖女でしょう? このまま黙っていればエリス様が大聖女になるわ」
「う、うん……」
黙っているなんて卑怯な気もするけれど、ラティエルがなりたいのは魔法騎士だ。非常に悩ましい。エリスはそれでいいのか聞いてみたいが、藪蛇になりそうでこわい。
アリアはいいことを思いついたとばかりにラティエルを揺さぶった。
「ねぇ! その星の石、誰かから贈られたことにすればいいわ」
「誰かって……誰?」
「ふふ。それはほら、『大切な方から』と仄めかすのが淑女の嗜みでしてよ」
「な、なるほど」
「そろそろ夕食の時間ね。行きましょう、ラティエル」
「あっうん、待って! アリア」
片づけもそこそこに、慌ただしく部屋を出た。
一階の食堂に着くなり、前方から黒髪の美女が抱きついて来た。この年頃の二歳差は大きい。従姉のフェリシアはずいぶん大人になっていた。
「フェリ姉様? お久しぶっ――」
「わあぁぁん、ラティ!! 部屋を一緒にしようとしたのに、賄賂が利かなかったの!」
「姉様、そういうことは大声で言っちゃだめです」
「きぃぃ、さすがは王家の管理下にある学園ね。鼻で笑われたわ!」
「うふふ、残念でしたわね、フェリシア様。ラティエルはわたくしと同室ですの」
「何よ、もう呼び捨て? じゃあ、わたくしもそうしてちょうだい」
「そ、それはさすがに……、畏れ多いことですわ」
フェリシアの実家――シリウス公爵家は初代王女が降嫁してできた家だ。その上、四代前には第三王子を養子として受け入れている。相手が公爵家の筆頭ともなれば、“学友”という免罪符では乗り越えられない壁があるようだ。
ちなみにフェリシアの同室はカノープス公爵令嬢ヴィクトリアで、王族が通っていない今は、このふたりが家格的トップである。
食堂に続々と女子生徒たちが集まる。バイキング形式なのでトレーに好きな料理を載せ、フェリシアに連れられて窓際の席に着く。
窓際から出入口に向かって家格が下がっていくのは、もはや暗黙のルールだ。我が国で辺境伯はそれなりの地位を得ており、侯爵家と同じ扱いではあるものの、ラティエルは気後れしてしまう。
「フェリ姉様、わたしはもう少し内側の席へ……」
「何を言っているの。シリウス家と縁戚で、剣の名門レグルス家の令嬢なのよ。堂々としていなさい」
そうは言われても、上級生を差し置いてまで窓際に座るのはいかがなものか。向かいの席を陣取ったアリアをチラリと見たが、まったく動じていないようだ。
(メンタル強い……)
そこへ、アルタイル侯爵令嬢ベネットがラティエルたちの姿を見つけ、トリマン辺境伯令嬢モニカを引っ張ってきた。モニカの顔が引きつっている。ラティエルと同じ気持ちだろう。
「皆様、お久しぶりですわね。こちら、よろしいかしら?」
「もちろんよ」
最初は借りてきた猫のようだったラティエルとモニカも、久しぶりにそろったお茶会メンバーに話が弾む。好きな食べ物の話は定番だ。そんな和気あいあいとした食卓に、突如、温度の違う声が割って入った。




