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女神の愛し子は創られた恋に悩まされる  作者: 夜高叶夜
第一部 すでに死にそうな幼少編
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第八章 03 兄弟子からの贈り物

 十五歳の誕生日を迎えたラティエルは、家族会議にかけられていた。ちょうど週末だったこともあり、兄アデルも帰って来た。なぜかハーヴィーまで家族(づら)をして参加している。

 居間のソファには、両親が座った向かいにラティエルとアデルが座り、ハーヴィーは一人掛ソファに腰かけた。

 ローテーブルの上には、ラティエルに送られたプレゼントが置かれている。家族や友人からもらったものは問題ない。ひとつだけ、桐箱に収められた “一振りの剣”だけが問題なのだ。

 ラティエルはソワソワして落ち着かない。父レオネルが憎々しげに眉間を揉んだ。


「ジルか……あれは手強いな」

「お父様、手に取ってみても――」

「だめだ! これはお返しするべきだ」

「っ……そうやって、今まで送られてきたプレゼントも突き返したのですか⁉」


 魔法のリボンはおそろしいものだったけど、ラティエルに見せもせず送り返していたのはさすがにひどい。ところが両親は、当然のように言い捨てる。


「おかしいな。ジルからの婚約は断ったはずだぞ?」

「ええ、ラティエル本人にもちゃんと確認を取ったわ」

「うぅ……、で、でも! これは兄弟子から送られた剣です」

「世間はそう受け取ってはくれない」

「むぅぅ……」


 ジルから送られてきたロングソードはとても素晴らしいものだった。装飾品の魔石は軽量化と威力増大の魔法が付与されたもの。これなら身体強化魔法がきれているときでも軽く振りまわせる。鞘にも複雑な防御魔法が付与されており、盾としても使える。何よりもアデルが羨ましがったのだ。


「これ作るのにいくらかかるんだ? 欲しい!! 超絶羨ましい!!」


 鑑定眼を持つアデルを叫ばせた一品だ。とてつもなく質のよい剣に決まっている。それを両親は突き返そうというのだから不満しかない。

 レオネルだって剣には興味があるはずだ。ラティエルは別方向から攻めることにした。


「お父様、この柄頭つかがしら、どうして穴が空いているのですか?」

「ここには褒章ほうしょうをはめ込む。国に貢献すると国王陛下から褒章珠をいただき、それを飾ることで騎士は権威を示すんだ」

「お父様も持っているの?」


 途端にレオネルが目を泳がせた。チラチラと泳がすその視線の先には母セレーネがいる。


「あ~、そうだな……。お父様も昔は持っていたぞ」

「昔? 褒章珠っていつかお返ししないといけないの?」

「いや……そんなことは、ないんだが……この話はよさないか?」


 レオネルの額に汗が浮く。視線は相変わらずセレーネを気にしている。おもむろにセレーネがため息をこぼし、レオネルの肩が揺れた。


「ラティエル、お父様の褒章珠はね、お母様が先代国王陛下へ投げつけてしまったの」

「「なっ――⁉」」


 いくらシリウス公爵家が王家の血脈だとはいえ、それは許されないのではないだろうか。子どもたち三人は唾を飲み込む。向かいでレオネルはうなだれていた。


「昔、王家とひと悶着もんちゃくあったのよ。レオネルを褒章珠で釣ろうとするものだから、つい……」


 つい、なんだ? カッとなって投げましたとでも言うのか。レオネルはどんな気持ちでそれを見ていたのだろう。思わずあわれみの目で見つめていると、レオネルは定まらない視点のまますっくと立ち上がった。


「とにかく、これはお返ししてくるから」


 剣を納めた桐箱のふたを閉め、レオネルはポラリス魔宝伯家へ出かける用意をはじめた。途端に憐憫れんびんの気持ちも飛んでしまう。どうにかしてあの剣が欲しい。


(わたしはあと一年、子どもでいられる。我儘わがままは子どもの特権よ!)


 急いで自室へ戻ってペンを走らせる。いかにあの剣を気に入ったのかを書きつづり、封もせずに超特急で桐箱の中に滑り込ませた。


「どうか、ジル兄様に届きますように!」


 馬車に乗り込むレオネルに向かって、手を合わせておがみ倒す。それを見ていたハーヴィーは残念そうな表情で見つめた。


「ラティ、呪いでもかけてんの?」

「失礼ね、願掛けよ!」


“呪い”のひと言で、ラティエルはふと思い出す。ハーヴィーが魔法を使うとき、目のまわりに黒いモヤがわずかに立ちのぼるのだ。


「ねぇ、ハーヴィーも呪いにかけられてたりする?」

「なっ⁉ 何言ってるんだよ! そんなわけないだろ! それより、ジルって誰?」


 そういえば、ハーヴィーはジルたちが帰ったあとに来たから面識がない。


「ジル兄様は、ハーヴィーと同じように研修に来ていた兄弟子よ」

「どこの家⁉ 性格は? 顔は? ラティの好きなタイプなのか? 剣の腕は? 魔法も使える? 同じ兄弟弟子として知っておきたい」


 なんだか既視感のある質問攻めだ。以前、ジルもそうやってフレデリックのことを聞いてきた。


「ええと、ポラリス魔宝伯の息子で……、剣の腕は……」


 思い返してみれば、ジルのお尻を叩けたのは最初の四、五戦くらいだ。すぐに勝てなくなっただけではない。ジルはラティエルに怪我けがをさせずに勝つ。力の差が少なければ、多少なりとも怪我をするのが常だ。

 つまり、ジルはラティエルよりも技量が上だということ。最初のうち勝てたのも、怪我をさせずに勝つ方法を探っていただけかもしれない。

 悶々と考え込んでいるうちに、ハーヴィーが鋭く突っ込んだ。


「ポラリス魔宝伯って一代限りの爵位じゃないか。その息子なら、ゆくゆくは平民だろう? ラティ、今はお金があるように見えても、いずれは――」

「あのね、ジル兄様は兄弟子だって言ってるでしょう? どうしてみんなすぐ結婚に結びつけるの⁉」

「そ、そうか、そうだよな!」

「あなたもよ、ハーヴィー!」

「――俺?」

「わたしに男友達ができないのはハーヴィーのせいなんだから、責任を取ってもらうわ!!」

「お……、おう!! もちろん、責任は取るつもりだ」

言質げんち取ったからね! これでハーヴィーは一生、わたしの友達よ!!」


 笑いかけの顔でハーヴィーが固まった。ラティエルの言葉を繰り返す。


「イッショウ、トモダチ……?」

「そうよ! 男女の友情はないってティナが言ってたけど、わたしたちはその友情を育むのよ!」

「あの……やっぱりそれは――」

「なに?」

「うっ…………、わかった。でも、男友達は俺ひとりだけだ!! いいな⁉」

「え? 嫌よ。友達はたくさん欲しいもの」

「ぬぉぉ――――!!」


 頭を抱え込んでハーヴィーが絶叫する。それを尻目にラティエルは玄関に目を向けた。馬車の音がしたのだ。

 玄関口を見つめていると、入ってきたのはレオネルだった。ずいぶん早いお帰りだ。


「お父様、どうされ……あら? 桐箱が増えてる?」

「こちらの行動は読まれていたようだ。まさか馬車で待ち構えているとは……。すぐに交渉のテーブルに着かされたよ」


 居間へ進むレオネルのあとをハーヴィーと一緒に追いかける。まだソファでくつろいでいたアデルも箱が増えていることに目を丸くした。


「父上⁉ お返ししてきたのでは?」

「そのつもりだったんだが……。まず、これは先ほどのラティエルの剣。で、こちらはアデルにとのことだ」

「――お、俺にも? あけてもいいですか?」

「ああ」


 アデルへの桐箱にも剣が納められており、ラティエルより少し剣幅が広く、こちらもついている魔石はふたつ。ひとつは軽量化の魔石、もうひとつは存在を希薄きはくにするような認識阻害が付与されていた。


「すごい……、この鋼、不純物がほとんどない」

「アデルの鑑定眼を生かすには、対象に近づく必要がある。認識阻害魔法を詠唱なく使えるのは便利だろう」

「父上、頂いてもいいのでしょうか?」

「兄弟子から弟弟子のふたりへということで手を打ったから、そのつもりでな」

「はい!」

「――やったぁ!!」


 ラティエルも手放しで喜んだ。桐箱をあけてみると、手紙が入ったままだ。読んではもらえなかったのか。


(――あれ? この封筒、わたしのじゃない)


 はやる気持ちを抑えて手紙をひらく。昔とは違う、達筆な文字が綴られていた。


『ラティエルへ。十五歳の誕生日おめでとう。プレゼントを気に入ってくれてうれしい。あと半年もすれば学園に通うのだろう。それにデビュタントの年でもある。あと一年、子どもでいることを楽しんで。困ったことがあれば何でも相談してくれ。いつも君を想っている』


 手紙の内容が、頭の中でジルの声に変換されていく。読み終えたときには顔を上げられなくなっていた。


(いつも君を想っている……だって! でもこれは、わたしが女神の愛し子だからよね。勘違いしちゃだめ。早く女神の剣を回収しないと……、ああでもっ)


 赤らんだ顔で百面相をしていることにラティエルは気づかない。ハーヴィーがうろんな目を向ける。


「ラティ、なんて書いてあったんだ?」

「え? あ~……、あと半年で学園に通うこととか、デビュタントだねとか、ありきたりのことよ」

「……へぇ?」


 社交界へのデビューは早ければ早いほど有利だ。両親の代では二年生になってから行われていた成人の儀だが、デビュタントの時期が早まり、今では学園に入って三ヶ月後の夏に成人の儀(デビュタント)が行われる。

 そのため、秋生まれのラティエルは十五歳のまま、形だけの成人を迎える。形だけというのは、社交界へは参戦できるが、お酒は飲めないということだ。


「そろそろ、ドレスも注文しないと……」


 やるべきことはたくさんある。けれど今は、何も考えずにこの幸せにひたっていたい。ゆるみきった顔で剣を眺めていると、ハーヴィーがため息をつく。


「まぁ、ラティは色気より剣だよな」

「――剣がなんですって?」


 静かに忍び寄った声に、居間にいる全員が身をこわばらせた。


「レオネル……、剣を返しに行ったのではなかったの?」

「う、うん、まぁ。アデルにもあるから、兄弟子からの贈り物ということで――」

「あら、そのふところに入っているものは何かしら?」


 セレーネの言葉に全員の目がレオネルの懐に集まった。言われてみれば、上着の胸ポケットが小さくふくらんでいる。目ざとい。


「こ、これは……、その……」

「あなたが賄賂わいろに屈するなんてね」

「いや、決してそういうものでは……」


 セレーネは素早い動きでレオネルの胸ポケットから丸い石を取り出した。


「ふぅん? いくさ女神の加護……、最上級の褒章珠ね?」

「あ、うん。ほら……我が国には珍しく、戦の聖女が生まれたから……ね?」


『戦の聖女』と聞いて、ラティエルの脳裏にエリスの顔が浮かぶ。神殿の指導書“聖女の心得”によると、隣国レプタイル帝国は戦の女神だけを信仰しているため、戦の聖女も帝国に生まれやすい。

 我がセイクリッド王国でもまつっている領はたくさんあるのだが、ごくまれにしか生まれない。女神だって信仰の高い国を選びたいのだろう。


(エリス様は女神の加護を物に宿やどせるのね……、わたしにもできるかな?)


 それにはまず付与魔法を学ばなければならない。魔法の勉強と目の前の剣をくらべて、剣に目が行ってしまう。

 その後ろでは、セレーネの目つきがさらに鋭くなっていた。


「レオネル、もう少し広い場所でお話しましょう?」

「は、話し合いなら狭い場所でも……」

「裏庭と修練場、どっちにする?」

「…………裏庭で」


 セレーネに首根っこを押さえられ、うなだれたレオネルが連行されていく。

 ラティエル十五歳の誕生日は、こうして平和に過ぎていった。


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