第八章 01 男友達ができない理由
学園が夏休みに入り、兄のアデルがタウンハウスへ帰って来た。なぜかハーヴィーを連れている。聞けば、屋敷の前でうろうろしていたらしい。
応接室に父レオネルと母セレーネ、アデルとラティエルがそろう。四人の前で一人掛のソファに座ったハーヴィーは、学園に入るまでレグルス家に居候させてほしいと懇願した。
「師匠、お願いします!! 人助けだと思って! あ、これ父からの手紙です」
ハーヴィーの父親とは、廃嫡された第一王子で、現国王の兄だ。レオネルは手紙を受け取り、半分ほど読んで破ろうとした。見かねてセレーネが取り上げる。
「どれどれ……、あ~……これはただの家庭内不和ね。それでウチを頼るなんて、相変わらずいい度胸しているわ」
「俺が父に頼み込んだんです。ほかに頼れるところもなくて……」
ハーヴィーはしょんぼりと肩を落とす。セレーネは「ふ~ん?」と片眉を上げた。
「じゃあハーヴィー、ウチの子になる?」
「「――はっ⁉」」
レオネルとハーヴィーの声がそろった。ハーヴィーはポカンと口をあけて固まり、レオネルはセレーネに縋りつく。
「セレーネ⁉ やっぱりアーサー殿下のことを……」
「そんなわけないでしょう。ウチにはかわいい娘がいるのよ。弟子とはいえ、よその男子をひとつ屋根の下には置けないわ」
「うむむ。それはたしかに……」
我に返ったハーヴィーが慌てた。
「待ってください! それだと、ラティと結婚できなくなります! そうだ、養子ではなく婿に――」
(ん? けっこん?)
聞き慣れない単語にラティエルは首をかしげる。その向かいで、レオネルが鉄製微笑み仮面を装着した。
「耳が遠くなったかな。今、なんと?」
後光の代わりに暗黒オーラを背負っている。
気圧されつつも、ハーヴィーは言葉を重ねた。
「だ、だから……、ゆくゆくはラティエルと結婚を――」
「ハァ、ラティエル。お父様が教えた戦法で、ちゃんと叩きのめしたのか?」
「うん? お尻叩き戦法? もちろん兄弟弟子みんなにやったわ。おかげでわたしには男友達がハーヴィーしかいないの」
「……そうか、思わぬ伏兵がいたものだ。どうやらフレデリックの二の舞になりたいようだね?」
フレデリックの名を聞いて、ハーヴィーが不敵な笑みを浮かべた。
「師匠は勘違いなさっているようだ」
「――何?」
「フレッドはケツを叩かれたくらいでは、ラティを嫌いにはならなかった。だから俺が手を貸したんですよ」
「……詳しく聞こうじゃないか」
レオネルの微笑み仮面からのぞく目が、赤黒く充血している。アデルもラティエルも、猛獣を前にして死んだふりを決め込んでいるというのに、この殺気を感じ取れないのか、ハーヴィーは勇敢にも語りはじめた。
曰く、フレデリックはラティエルにベタ惚れだった。剣でも魔法でも勝てないことに焦り、どんどん口は悪くなっていったが、それでもあきらめる気はなかったという。
そこでハーヴィーは知り合いの令嬢をけしかけた。優しくておっとりした彼女にフレデリックの心は癒やされ、次第に絆されていったのだ。ほかにも、歳の近い兄弟弟子たちを遠ざけたのも、自分の功績だと豪語する。
「要するに、俺はラティエルの盾になりえます! まずは婚約――」
「ほう、盾にねぇ……。さっそく、試してみようか」
「では婚約――」
「何を言っている。盾は盾だよ。さぁ、行こうか」
「い、行くってどこへ?」
レオネルの微笑み仮面が形を変えていく。それはもう楽しそうな笑顔だ。秘めたる思いが滲み出ている。
「パーティーだよ。ハーヴィーの歓迎会をしよう。さぁみんな、着替えておいで」
有無を言わさぬ気迫で追い立てられ、ハーヴィーはアデルに連れられて行った。ラティエルも自室に戻り、マルティナに着替えを手伝ってもらう。
「もう! わたしに友達ができないのって、ハーヴィーのせいじゃない!」
「でもお嬢様、できないのは男友達だけではないですか」
「そうだけど、騎士って男社会でしょう? だったら男友達は必要じゃない?」
「残念ながらお嬢様、殿方との友情はむずかしいかと」
「そうなの?」
「はい。本人同士が友人だと思っていても、まわりはそのように受け取ってはくれません。それである御方の逆鱗に触れてしまい……」
マルティナが自分の話をするのは珍しい。記憶が戻ったのだろうか。ラティエルが「ある御方って?」と聞いたタイミングで、ドアがノックされた。
「ラティ! 時間かけすぎだ。もう行くぞ?」
「わっ、待ってお兄様! すぐ行きます!」
剣士スタイルに着替え、慌ただしく部屋を出ていく。それを笑顔で見送ったマルティナは目を伏せ、そっと胸の下あたりを押さえた。




