第七章 07 淑女の洗礼
翌日、マルティナが目覚めたとレジーナが知らせに来た。ラティエルは安堵しつつも面会を申し出た。
「今は奥様とお話中ですので、終わったらお呼びしますね」
「ええ。あの……レジーナ先生、お疲れですか?」
微笑んでいるのにどこか不自然だ。顔色もよくない。つきっきりで看病したせいだろうか。
「いいえ、お嬢様。また後ほど」
いつもと何も変わらない微笑みなのに、なぜか不安に駆られた。
それから少しして、呼ばれるまでもなくマルティナ本人が母セレーネと一緒にやって来た。レジーナもいる。大人たち三人の顔を見ただけで、わかってしまった。
(わたしが子どもだからって、また隠しごとをするつもりね)
三人とも淑女の鑑だ。完璧な仮面を身に着けている。
(でもね、子どもって身近な大人のことだけは見抜けるのよ)
ラティエルの私室のソファで、セレーネと一緒に座り、向かいにマルティナとレジーナが座る。とてもにこやかな雰囲気のなか、マルティナが明るく切り出した。
「お嬢様、ご心配をおかけしました。このとおり元気になりましたので、明日からまた侍女として勤めさせていただきます。あ、そうそう! 街中で倒れたときも、お嬢様が運んでくださったのでしょう? 本当にありがとうございました」
不自然なほどよくしゃべるマルティナを見て、ますます疑念が強くなる。セレーネもレジーナも他愛のない話をするばかり。まるでマルティナの空元気をフォローしているかのようだ。そっちがその気なら、こちらも無邪気に切り込んでみようではないか。
「よかったわ、ティナ。だけど、ずいぶんうなされていたでしょう? どんな夢を見ていたの?」
淑女三人が押し黙る。微笑み仮面を着け忘れないところはさすがだ。いち早くセレーネが切り返してきた。
「まぁ、ラティエル。悪夢なんて思い出させるものではないわ。それに、夢なんてすぐに忘れてしまうものよ」
「申し訳ございません、お嬢様。たしかに夢見は悪かったのですが、もう覚えてなくって……」
ラティエルだって、マルティナにつらい記憶を思い起こさせたくはない。だけど、何があったのか知りたいのだ。そこから魔人になってしまった人を救う手立てが見つかるかもしれない。
「そう。……ではお母様、わたしにケルシュの森で唱えた呪文を教えてください」
「ラティエル……、あの魔法は完璧ではないの。わかっているでしょう?」
「そうだとしても、ティナのように救える命があるかもしれないんですよ⁉」
今度こそ、淑女三人の仮面が崩れ落ちた。セレーネは苦しげに眉根を寄せ、マルティナとレジーナは……とても傷ついた顔をしていた。
(どうしてそんな顔をするの? 言ってくれなきゃわからないよ)
大人たちの愛想笑いは見抜けても、心を読むことまではできない。
隣に座るセレーネはラティエルの両手を包み、こっちを見ろと言わんばかりに体を引き寄せた。
「ラティエル。あと二年は、子どもでいるんじゃなかったの?」
「――えっ⁉ ど、どうしてそれを⁉」
それはジルと交わした約束だ。なぜセレーネが知っているのだろうか。
「この屋敷内で、わたくしの知らないことなど、あってはならないの。それが女主人の務めよ」
「っ――!!」
つまり、ジルが来ていたことはバレている。もしかしたらラティエルがモジモジしていたことすら知っているかもしれない。
――形勢逆転。
一気に分が悪くなり、必死に突破口を探る。最後まであきらめるなと言ったのは、この母なのだから。
しかし両手を押さえられ、ジッと目を見据えられては思考がまとまらない。セレーネの目を見ないようにしているのに、合わせるかのように顔をのぞき込まれた。
「ラティエル。ドラゴンの串焼き、食べてみたい?」
「ひぃいっ⁉」
ジルの身が危ない。ドラゴンの串焼きには興味があるけれど、ジルはだめだ。ここは撤退するほかないだろう。そう、これは戦略的撤退だ。あきらめたわけじゃない。
「お母様、あと二年、よい子にしています!!」
「あら残念。おいしそうだと思ったのに……、うふふ」
「う、うふふ……ふ」
誰もおもしろいとは思っていないが、四人の淑やかな笑い声が部屋を満たす。思わぬところで淑女の洗礼を受けたラティエルであった。




