表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の愛し子は創られた恋に悩まされる  作者: 夜高叶夜
第一部 すでに死にそうな幼少編
33/180

第七章 05 女神が知らない男になっていた

 頭はえているのに、ラティエルの体は動いてくれない。


「しょうがないっ、俺が行く!!」


 リオンの声が遠くに聞こえる。

 鞘から剣を引き抜く音に反応し、ゴブリンが右腕を振り上げた。いびつな手の先には獣のような鋭い爪があり、ラティエルを射程にとらえた。あせったリオンが声を張り上げる。


「おい!! お前の相手はこっちだ!」


 ゴブリンはラティエルしか見えていないようだ。殺意がまっすぐラティエルに向かう。ああ、ここまでか、とぼんやり思った。

 空気すら引き裂くような力強い腕が振り下ろされる、刹那――大きな黒い壁がラティエルの前に落ちてきた。


(――壁? ……違う、人の背中?)


 ケルシュの森でラティエルの前に立ったのは母だった。今はもっと大きな背中が、容赦なく剣を振り下ろす。ゴッという鈍い音がして、斬ったのではなく剣の腹で殴ったのだとわかった。

 それだけで、ラティエルの詰めていた息がほどける。体は金縛りのように動けないのに、頭は冷静にまわりの音を拾っていた。


(よかった。殺したんじゃない)


 壁に見えた男が着ている服は、リオンと同じ黒い騎士服。輝く金髪の束が背中に落ちる。それを呆然と見ていたラティエルは、くるりとこちらを向いた男の顔を見上げる前に、ふたたび黒い壁に視界をおおわれた。


「ラティ、無事でよかった」


(――だれ?)

 知らない男の声。なのに知り合いのような口ぶりで抱きしめられ、混乱したラティエルは一拍遅れて叫んだ。


「なぁっ⁉ はっ、離して!!」


 みぞおちに一発入れてやろうと思ったのに、軽々と避けられた。やっとおがんだ顔は不服そうに眉根を寄せているが、とんでもない麗人だった。その美しさに思わずジルの顔が頭をよぎったが、彼はもっと線が細くて女神のような人だ。記憶とは合わない。

 この不埒ふらちな男をどう締め上げてやろうか。男をキッと睨みつける。


「どちら様ですか⁉ どうしてわたしの名前を……しかも愛称で呼ぶなんて」

「――は? 私だ……、ジルだ!!」


 何を言ってるんだこいつは。ジルの一人称は『おれ』だ。『私』なんて言わない。ラティエルの敬愛するジルをかたるとは、いい度胸ではないか。


「ジル兄様は! 女神のように美しくて、わたしのお姉様的存在です! それをっ」


 男の目が大きくひらいた――直後、空からひょうが降り注ぐ。


「いたっ! あいたっ、なんで⁉」


 これはまるでジルの魔法と同じではないか。しかも以前食らったものよりも粒がでかい。

 だいの男たちからも悲鳴があがる。リオンがたまらず叫んだ。


「うげっ⁉ ジル、やめろ! 痛ってぇ~!!」

「ジル、抑えてください!!」


 後ろからやって来た男に肩をつかまれ、やっと雹が止んだ。肩をつかんだ男は紅茶色の赤毛に青灰の瞳。ずいぶん男前になっているけれど、しっかりと面影がある。


「……クリフ兄様⁉」

「お久しぶりです、ラティエル嬢」

「なぜだ⁉ クリフのことは覚えているのに――」

「まぁまぁ、それだけジルが見違えたってことじゃないですか?」


 クリフがこの男をジルと呼ぶのだから、そうなのだろう。先ほどリオンもジルと呼んでいた。何より地雷を踏んだら雹が降ってきたのだ。間違いない。


「本当に、ジル兄様なんですね」

「ああ。そんなに変わっただろうか?」

「変わったも何も、性転換――もがっ」

「ラティエル嬢、これ以上の雹は……、民家に被害が出ます」

「クリフ、ラティから離れろ」

「はいはい」


 身長もすっかり伸びて顔が遠い。線の細さはどこへやら。変わらないのは無頓着な前髪のおかげで、瞳がよく見えないことだけだ。


「ジル兄様、かがんでもらえますか?」

「ん? こうか……?」


 よく見える高さに降りてきた顔を見てやっと、海のような青に金の光が走る瞳を見つけた。


「うん、ジル兄様ですね」


 納得して頷いたはいいが、麗人の顔を独り占めしていることに気づき、後ろに飛び退く。


「あああ、ありがとうございますっ」

「いや……」


 ラティエルの顔に血が集まる。そっと見上げれば、ジルは何かをこらえるように片手で口もとを覆っていた。その瞳は溶けそうなほど熱っぽく、眉尻が少し下がっている。

 男性を前にして恥ずかしい気持ちになる、というはじめての体験をしたラティエルは、落ち着くためにも深呼吸をする。吸って吸って、けれど、いつ吐いたらいいのかわからない。

 もういっぱいいっぱいだと思ったとき、リオンから助け船がやって来た。


「お~い、帰るぞぉ」


 我に返ったジルが早口に聞く。


「ラティ、どこへ行くつもりだったんだ?」

「ぷはっ、……あ、鍛冶屋に」

「鍛冶屋?」

「はい、ダガーが欲しくて」

「…………。そうか、贈り物がすべて返って来た理由がわかった」

「おくりもの?」


 あの物騒なリボン以降、ジルからはプレゼントをもらっていない。『返って来た』とはどういうことだろう。


「次ははずさないようにする」

「んん? ジル兄様、なんの話――」

「――すまない。まだ仕事中で送ってやれないんだ。迎えを呼ぼう」

「いえ! 土馬で帰るので大丈夫です」

「土馬?」


 気絶しているマルティナの体を支えつつ、足もとの地面から魔法で土を盛り上げる。いちいちまたがる必要もなく、騎乗した状態で土馬ができあがった。やはり魔法の馬は目立つようで、騎士も警ら隊も二度見して立ち止まる。


「ほう! すごいな、本物の馬とはまた違う美しさだ」

「ティナもこの状態ですし、今日は帰ろうと思います」

「それがいいだろう」


 回収された魔人のことは気になったが、マルティナを早く連れて帰りたい。ジルたちと別れ、ラティエルは帰路についた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ