第七章 03 悪者の常套句
ラティエルは十四歳になり、一歳年上の兄アデルは来月から王立貴族学園に入る。狩り納めとばかりに、母セレーネと三人でいつものように湿った森へ踏み込んだ。
そこで不思議な光景を目にした。数人の男たちが網をかけた魔獣を引きずっているではないか。あれはドリルタウロスだろう。牛が肥大化した凶暴な魔獣だ。ドリルタウロスは弱ってはいたが、まだ息がある。
「お母様、あれって……危険なんじゃ?」
「……そうね。あなたたち、今日は帰りなさい」
「お母様は?」
「わたくしは少し探ってくるわ。いい? すぐに帰るのよ」
そう言い残してセレーネは猫に変幻し、さっさと行ってしまった。どうするのかとアデルの顔を見る。
「俺は先に進むぞ。今日は新調した剣を試したいからな」
「じゃあ、わたしも行く!」
この森は散々歩き回った。ふたりにとっては庭と同じだ。軽い気持ちで進んだ数秒後、ふたりは地面に吸い込まれていく。
「ひゃあぁ⁉」
「ラティ、手を!!」
必死でアデルの手をつかみ、離れないようにして落ちていく。落ちるといっても砂の上を滑り落ちただけで、怪我をすることもなかった。砂埃が収まり、上を見上げる。
「こんなところに……穴が?」
「妙だな。大きさからして――」
アデルの言葉が止まった。その視線をたどると、大きなクモが三匹、首をかしげてこちらを見ている。一七〇センチに成長したアデルの身長よりも上背がある。
(でも、このクモは毒を持っていなかったはず)
アデルの合図でゆっくりと後ろに下がる。クモに対しては、剣を抜くよりまず防御結界を張れと習った。消化液を飛ばしてくるからだ。
「ラティは防御を」
「わかった」
アデルが麻痺の呪文を唱え、そのあいだにラティエルは防御結界を張る。クモたちに麻痺がかかったのを確認し、ふたりとも剣を抜いた。身体強化魔法をアデルと自分にかける。
クモは意外と体がやわらかい。無差別に飛んでくる消化液をかいくぐり、氷魔法で凍らせつつ、足をもいでいく。動けなくしたうえで、頭部にトドメを刺した。
心臓には魔核がある。これをナイフで丁寧に取り出していく。ぜんぶ父と母に習ったことだ。それらは体に染みついている。
いつもどおりに作業を終え、風魔法で浮上する。昇りきる前にアデルが手をあげた。止まれという合図だ。穴の出口より数メートル下で浮遊を保つ。土壁に背を預け、気配を探った。
アデルが睨んだとおり、人間ふたりの気配がする。どうしようかと目で会話していると、上から男の声がした。
「おーい、ふたりとも上がっておいで。お兄さんたちは悪者じゃないぞ~?」
――バレている。そして『悪者じゃない』は悪者の常套句だ。
アデルと頷き合い、二手に分かれて左右から飛び出す。右の男をアデルが、左の男をラティエルが相手取る。
右の男は剣士で、アデルの一太刀を難なく弾き返した。
「うぉっ、ちょっと待っ――」
左の男はローブ姿からして魔術師だろう。ラティエルはすばやく懐に入り込み、剣の柄で一撃を入れたが、とても小さな防御魔法陣で受け止められた。狙った場所がわかっているかのような動き。しかも魔法陣を一瞬で描けるとはかなりの実力者だ。
紫色のローブをまとった男は後ろに飛び退き、慌てたように手の平を突き出す。
「君たち、待ちなさいっ!」
フードが落ちて、蜂蜜色の金髪と整った顔立ちがお目見えした。
着地して距離をとったラティエルたちは、あらためて男ふたりを見る。精悍な顔立ちをした茶髪の剣士が、頭をガシガシと掻いた。
「剣を収めるからな? お前たちも下ろせ」
「さすが月の聖女の子どもたちですね」
「しかも剣は『閃光の獅子』仕込みだろ? おっかないねぇ」
「……せんこうのしし?」
「お嬢ちゃんの父君の、二つ名だよ」
どうやら父と母のことを知っているようだ。剣をしまったのを見て、ラティエルたちも剣を下げる。けれど、鞘には収めないし、警戒も解かない。そう教わったから。それを見て剣士が豪快に笑った。
「ぶはは! 見ろよ。子どもとは思えねぇな! 将来が楽しみだ」
「ハァ、本当に。ふたりとも、私たちはセレーネ様に遣わされたお目付役です。剣は収めなくて結構ですから、森の外まで大人しくついて来てくださいね」
そう言って魔術師はくるりと背を向けて歩き出した。剣士もそれにならう。少し距離をあけて、ラティエルたちも続いた。ふたりとも父より少し若く見える。
隣でアデルがボソッとつぶやく。
「あの剣士、王国騎士団の紋章を着けてる。獅子は第二騎士団だな」
「――え?」
「あっちの魔術師は、宮廷魔術師。ふたりともかなりの手練れだ」
「じゃあ、お母様がよこしたお目つけ役っていうのは本当?」
「わからない。良くも悪くも母上は有名だからな」
アデルの鑑定眼は間違えたことがない。ラティエルは緊張して唾を飲み込む。先を歩く男たちが顔を見合わせて笑った。どうやら聞こえたらしい。
やわらかい物腰の魔術師はルカと名乗り、歩きながらも肩越しに顔を向ける。
「おふたりは魔術師になるおつもりは?」
「……俺は騎士一択です」
「わたしも騎士を目指します」
「そうですか、もったいない」
人懐っこい騎士はリオンと名乗った。頭の後ろで手を組み、体をラティエルたちに向けたまま、森の中を器用にも後ろ向きに歩いていく。
「初の女騎士か。いいねぇ――」
「気が変わったらいつでも魔術師団へ。ご存じとは思いますが、魔術師は騎士団の三分の一もいないのです。歓迎いたしますよ」
食い気味にルカが魔術師団へ誘う。このころにはラティエルもアデルも警戒を解いていた。それでも剣はしまわない。森を抜け、つながれた馬たちの姿が見えてからやっと、剣を鞘に収めた。馬は貴重だから、巻き込むような戦闘は避ける。そんなの盗賊だって心得ていることだ。
リオンが感嘆のため息をもらす。
「その辺の騎士より心得てるな。教育の賜物か」
「まだ子どもなのに。どんな教育を施せばこうなるのでしょうね」
あきれたように言われ、ラティエルたちは顔を見合わせる。ふたりともこのようにしか習っておらず、何をおどろかれているのかさえわからない。
「ですが、大事なことを教わっていないようです」
やれやれと、ルカが軽く首を振る。
「いいですか、ふたりとも。そのギルドチップはいわゆる猫の首玉です。未成年の登録者は親猫の監視下にあります」
「くびたま?」ラティエルは首をかしげ、
「おやねこ……」とアデルがつぶやく。
「あなたたちが今どこにいるのか、セレーネ様にもレオネル殿にも筒抜けということです」
「「ええっ⁉」」
やっと子どもらしい反応が返ってきたと、リオンが笑った。
「親の言うことはちゃんと聞いておけ。戻れと言われたら戻るんだぞ」
「「はい……」」
「よしよし!」
リオンに頭を乱暴になでられた。あまりの力にラティエルは首がもげるかと思った。アデルも目をまわしている。
馬を引いて来たルカが、辺りを見まわす。
「ところで、あなたたちの馬は?」
「ああ、それなら」とアデルが土魔法で馬を作り上げる。ラティエルもそれに倣った。これは粘土で作られており、振動も音も吸収してくれる。術者の思いどおりに動き、乗り心地は最高だ。腰が痛くなることもない。
ふたりの男は黙り込み、苦瓜を前にしたかのような顔をした。ラティエルも苦瓜を見るとそうなるからわかる。
「こいつらにお守りなんぞ必要ないだろうに……」
「まったく……、過保護な親ですね」
それには同意だ。アデルもラティエルも頷いておく。ブツブツ言いながらも、リオンたちはレグルス家の屋敷まで送ってくれた。
「「ありがとうございました」」
「どういたしまして。……ふたりとも、しばらくあの森はやめておきなさい」
「なぜですか?」
アデルの問いに、ルカとリオンは目を合わせ、少し困った顔をした。う~んと唸ったリオンが「ここだけの話だ」と前置きする。
「あの森はこれから本格的な調査に入るんだ。俺たちはその下見に来たところを、聖女殿に見つかって、子守を言いつけられたってわけ」
「あなたたちが落ちた穴があったでしょう? あれは人為的に作られたものです。最近、魔獣の売買が行われているとの噂もありますし、巻き込まれるのは得策ではありません。賢いあなたたちなら、わかりますね?」
アデルもラティエルも素直に頷いた。
ルカたちを見送り、夜もとっぷり暮れたころ、ようやくセレーネが帰ってきた。アデルとラティエルは居間でずっと待っていた。心配で心配で堪らなかったのだ。
「お母様! おかえりなさい」
「まぁ、ふたりともまだ起きていたの?」
「だって、また帰って来なかったらと思うと……」
「ああ……、そうね。心配させて悪かったわ。ただいま」
アデルは嫌がったけど、セレーネは容赦なくラティエルともども抱きしめた。あのあとどうだったのかと聞いても、セレーネは微笑むだけで教えてくれない。ただ、あの森へは行かないようにと、ルカたちと同じ言葉を繰り返すだけだった。




