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女神の愛し子は創られた恋に悩まされる  作者: 夜高叶夜
第一部 すでに死にそうな幼少編
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第七章 01 瘴気漂う湿った森

 レグルス家の周囲はいろいろときな臭い。悪役令嬢として恨みを買った母だけでなく、父にだって政敵せいてきはいる。

 父の侍従から執事になったグレアムは、王都のタウンハウスで研修にいそしんでおり、今日もネズミを捕まえたようだ。


 ラティエルが剣の稽古をするため庭に出ると、ふたりの男が木にぶら下がっているのを見つけた。ひとりは修繕屋のような格好で、もうひとりは酒屋のエプロンを着けている。手をはたきながら、グレアムが下からながめていた。


「いやぁ、毎日ご苦労なことですね」

「ねぇ、グレアム。執事の仕事って、ネズミ取りじゃないよね?」

「いえいえ! レグルス家の家令かれいを目指すなら、当然のことです」

「そう、なんだ?」


 さすがは家令ジェームスの息子。そう言われてしまえば納得するほかない。ちなみに警備はちゃんと雇っているが、注文を受けて来たのだと業者に言われたら通さざるをえない。


 グレアムと警備員に回収されていく男たちを見送って、ラティエルは剣を握った。十歳になってから木剣は卒業し、今は刃を潰したはがねの剣を使っている。大人たちが使う剣の中でも小ぶりだが、子ども用というわけではない。しっかりと重さがある。自分に合わせたものしか使えなければ、戦場では生き残れない。

 ラティエルが剣士となるには身体強化魔法が命綱。常に強化魔法を切らさず、剣を振り続ける。


「お嬢様、精が出ますね」

「ティナ! 今日の体調はどう?」

「いつもどおりです。もう慣れました」


 目を覚ましたマルティナはとても夢見が悪いようで、顔は青白くいつも目の下にクマを作っている。なぜか魔法が使えなくなっており、学園への復帰はあきらめた。代わりにレジーナからいろんなことを教わりつつ、レグルス家の侍女として働いている。

 マルティナの記憶が戻らないため、彼女をあんな目に遭わせた犯人も特定できていない。

 ふたりの両親はすでに亡くなっており、叔父がシャウラ伯爵家を取り仕切り、帰る場所もないらしい。


(ミニスたちと同じ境遇なのね。これが貴族のあたりまえ……なの?)


 雑念を払うようにラティエルは剣を振るった。


 ◆


 父レオネルが王都のタウンハウスへ帰って来たある日、ラティエルは剣士のような動きやすい格好に着替えさせられた。練習着とは違い、革製の胸あてまで着けている。玄関に向かうと、レオネルと兄アデルも同じような格好で待っていた。母セレーネは魔法使いらしくローブ姿だ。


「お父様、こんな朝早くどこへ行くのですか?」

「今日は万屋ギルドへ登録に行くんだよ」

「よろずや、ぎるど?」


 説明を聞いたところ、前世のファンタジーゲームに出てくる冒険者ギルドのようなものらしい。この世界に冒険者という職業はない。言い換えるならば傭兵だ。

 万屋ギルドはもっと生活に根ざしたもので、家の修繕や子守から魔獣討伐と幅広い。そんなギルドだから、十歳以上の子どもなら登録できるという。


 馬車ではなく、二頭の馬にラティエルとレオネル、アデルとセレーネが分かれて乗った。

 万屋ギルドの本部は王都の中心部にある。国から認められた公的機関で、石造りの堅牢けんろうな建物。天辺てっぺんには大きな時計台もあり、定時には鐘の音が鳴り響く。

 中に入ると、左右にはドアのない部屋があり、その床一面に大きな転移魔法陣が描かれている。


「ふたりとも、魔力を登録しておきなさい」


 セレーネに従い、アデルとラティエルは登録パネルに手を置く。魔力を流せば登録完了だ。これで何かあったときには転移術で戻って来られる。


「転移したらすぐに部屋を出るようにね。あとがつかえてしまうわ」

「「はい」」


 次に正面の受付で銀色のチップを受け取った。親指の爪ほどの大きさで、これに実績が記録されていく。身分を証明するものにもなるそうだ。

 レオネルとセレーネは常連だったようで、受付のお姉さんが愛想よく応対する。


「お久しぶりです! 最近おふたりがいらっしゃらないから、魔獣たちが幅をきかせちゃってぇ~」

「あら、それは都合がいいわ」

「あはは! 相変わらずですねぇ」

「リラ、紹介しておくわ。今日からこの子たちが、代わりに討伐してくれるの」

「「――エッ⁉」」


 おどろいたラティエルたちを気にすることなく、受付のお姉さん――リラはあっけらかんと言い放つ。


「わぁ~、そうなんですねぇ。おふたりのお子さんなら期待できそうです!」


 親指を立てて送り出され、依頼が載っている左右の掲示板コーナーの右側へ進む。右側の掲示板は魔獣討伐など危険な依頼が多く、左側は生活に根ざした依頼が多い。

 レオネルが依頼書を掲示板から引き抜いていくのだが、その量が半端なかった。


「お、お父様……。ぜんぶこなすおつもりですか?」

「いや、雑魚は残しておくよ。この仕事を生業なりわいにしている者もいるからね」

「……ソウデスカ」


 ラティエルとアデルは顔を合わせ、生唾を飲み込んだ。ギルドに登録に行くだけだと思っていたふたりは、これから何が待っているのかを察っする。もちろん、この服装からして訓練はあると思っていた。けれど、実戦だとは思わなかったのだ。


「お兄様、実戦は?」

「これが初めてだ」


 ガチガチに緊張したラティエルたちを馬に乗せ、両親が向かったのは――王都から北へ二十分――高い木々におおわれ、ジメジメした深い森だった。陽の光は遮られ、苔むした地面に足を取られる。転びそうになったラティエルをレオネルが支えた。


「お父様、ここは?」

「南を見てごらん。王都の古城が見えるだろう? 建国したばかりのころ、この場所で敵を迎え撃ったんだ。この森は、我が国で最初に魔獣が発生した場所なんだよ」


 南に見える古城は初代国王が建てたもの。大小さまざまな鉛筆を束ねたような城だ。現在は王都の北門をねた、第一騎士団のとりでとして活躍している。


「じゃあ、ここが発生源?」

「発生源はここだけじゃない。昔、戦争ばかり繰り返す人間に怒った女神が、瘴気しょうきを生み出したと言われている。遺骨は拾ったけど、魂までは拾えない。魔獣は人間の残した怨念によって育つんだ」


 戦地から魔獣が発生するとわかってからは、むやみに戦を行うこともなくなった。だがすでに多くの血が流れており、人間の怨念は強く残り続けた。その怨念はやがて森に住む獣たちを凶暴化させ、肥大化させていった。

 人間の場合、長くとどまれば気がれて、ほとんどの者は自死してしまう。だから定期的に浄化魔法をかけながら進んでいく。


「おんねん……」


 聞くんじゃなかったと耳をふさいでももう遅い。途端にただの森には見えなくなってしまった。どこを見てもオバケが出そうな雰囲気だ。

 及び腰になったラティエルたちをセレーネが叱咤しったする。


「ふたりとも、しっかりなさい! そんなことでは騎士になどなれませんよ」

「「はいっ」」


 セレーネの言うことはもっともだ。ラティエルは騎士を目指しているのだから、これしきのことで怖がっていたら話にならない。だが、急に白いものが視界を横切り、ラティエルもアデルも飛び上がった。



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