第六章 04 初めてのお茶会
アルタイル侯爵家にはふたりの令嬢がいる。長女のブリジットはラティエルよりも三歳年上、次女のベネットはラティエルと同い年だ。
(できれば、ベネット様とお友達になりたい!)
お茶会は春を先取りした美しい温室でひらかれた。入口で主催者のアルタイル侯爵夫人とその娘たちに挨拶をする。金髪碧眼の見目麗しい母娘なのだが、夫人の縦に巻かれた金髪ドリルは攻撃力が高そうだ。
「お待ちしておりましたわ、セレーネ様」
「お久しぶりですわね、スカーレット様」
母セレーネとアルタイル夫人は学園の同期だったようで、親しげな口調で楽しそうに話す。
「ふふ。一時期、セレーネ様の死亡説が流れておりましたのよ?」
「あら、おかしなことですわね? こんなにも健やかですのに」
「そして今は、新しい噂で持ちきりですの」
アルタイル夫人がラティエルに顔を向け、意味深に目を細めた。思わず跳ねたラティエルの肩に、セレーネが手を置く。
「それは楽しみですわ。何が飛び出してくるのかしら」
「うふふ……」
「「おーっほほほっ!!」」
淑女たちの高笑いに顔を引きつらせ、そっとふたりの娘に目を向ける。長女ブリジットは能面のような固定された微笑みを浮かべ、次女ベネットは伏せ目がちにすまし顔をしている。
(さすが、慣れているのね……)
ラティエルもこれに慣れなければいけない。好きな人と結婚していいと言ってくれた母のためにも、家名に傷をつけないよう、兄のお荷物にならないように立ちまわらなければ。気合いを入れすぎて挙動がおかしいのは、自分でもわかっている。
落ち着かせるようにセレーネが耳打ちした。
「慌てず騒がず、噂はひとつずつ丁寧に潰していくのよ」
「はい、お母様」
ラティエルたちが最後の招待客だったようだ。アルタイル夫人に連れられて、セレーネは夫人たちが座るテーブルへ。ラティエルはベネットと一緒に、同じ年頃の令嬢が集まるテーブルへ着席した。
ラティエルの左隣に座ったベネットは主催者として、それぞれの令嬢を紹介していく。
「皆様、こちらはレグルス辺境伯令嬢ラティエル様です。お隣がカペラ侯爵令嬢アリア様、そのお隣がトリマン辺境伯令嬢モニカ様、そしてシリウス公爵令嬢フェリシア様です」
(ん? フェリシア……、シリウス?)
緊張から俯いていた顔を上げ、フェリシアのほうを見る。黒髪に青い瞳をした、懐かしい従姉の顔があった。
フェリシアと最後に会ったのは五歳のときだったから、実に四年ぶりの再会になる。
「フェリ姉様⁉」
「やっとこっちを見たわね! 久しぶり、ラティ」
「お久しぶりです。でも、どうしてこちらのテーブルに?」
フェリシアは二歳年上で、なおかつ公爵令嬢。ブリジットたちのテーブルへ着いてもおかしくない。
「わたくしね、来月から父と一緒に外遊するの。帰国して学園に通うとなると、ふたつ下のクラスになるわ。だから、今のうちに人脈作りよ」
「さすが、抜け目がないですね」
「ふふっ、そんなわけで、皆様よろしくね」
このテーブルに着いている令嬢は皆、ラティエルと同学年になる。トリマン辺境伯家とは同じ国境を守る家同士で話が合いそう。問題は、カペラ侯爵家だ。たしか王妃陛下のご実家ではなかったか。
チラリと隣に視線を送ると、銀髪に水色の瞳をしたアリアがやわらかく微笑んだ。
「ラティエル様は高度な魔法をお使いになるそうね?」
「高度な、魔法? で、ございますか?」
「そんなに固くならないで。このテーブルは同い年の集まりですし、気楽にお話してほしいわ」
まわりの令嬢たちもにこやかに微笑んでいる。ラティエルは警戒を解き、まず話の経緯を聞いた。
アリア曰く、とある令嬢がラティエルの魔法で髪の毛を切られてしまったと、大変な噂になっているという。とある令嬢が誰であるかは皆が知るところだが、そこはぼかすのが淑女の嗜みだ。
「あれは、わたくしの魔法ではございません。贈り物のリボンに細工されていたのです」
「――ずいぶんと下手な言い訳ね」
トゲトゲしい声が隣のテーブルから聞こえた。しかし、誰もラティエルに顔を向けてはいない。声が大きかっただけかと思い、話を続ける。
「兄弟子から、剣の稽古で髪を結ぶためにいただいたリボンで、魔法がかかっているとは知らず、その……とある令嬢が髪に着けてしまったのです」
「まぁ、無差別に魔法が発動するものだったの⁉」
目を丸くしたアリアの眉尻が下がっていく。正直に答えるべきか迷ってしまう。
(ジル兄様からだと言わなければ、大丈夫かな?)
ラティエルはセレーネから聞いた説明をなぞる。
「いえ、わたくし以外の髪に触れると、切れてしまう魔法で。結局そのリボンはお返ししました」
「そ、そう……なの、なんていうか情熱的、ね?」
アリアが明らかに引いている。瞳を泳がせて目を合わせてくれない。こわがらせてしまったか。ラティエルは話題を変えるべく、同じ辺境伯令嬢のモニカに話を振る。緑がかった金髪に琥珀色の瞳をした細身の少女だ。座っていても背が高いのがわかる。
「モニカ様も、剣の稽古をなさるのですか?」
「えっ? いえ、私……わたくしは、身長のわりに力がなくて……」
「ああ、モニカ様ってモデル体型ですものね。羨ましいです」
「も、もでる? ……あの、ラティエル様は、初の女性騎士を目指していると、父から聞きました。それはラティエル様のご意志なのですか?」
「はい! 父や母のように、魔獣と戦える強い魔法騎士になりたいと思っています」
ほう……と、ため息にも似た声がテーブルに落ち、ベネットがつぶやいた。
「女性の魔法騎士……、ステキだわ」
「ラティなら絶対になれるわ」
「陰ながら応援いたしますわ」
アリアも微笑みを返してくれ、先ほどの気まずさはなくなった。ただ、モニカだけが曇った顔をしている。
「あの、モニカ様――」
ラティエルが声をかけようとしたタイミングで、またも隣のテーブルから大きな声が飛んできた。濃淡のあるサンディブロンドの令嬢が歌うようにしゃべり出す。
「皆様知っていて? 剣を振りまわす野蛮な令嬢は、婚約を破棄されたそうですわ」
「まぁ、剣を? さすが悪役令嬢の娘、おそろしいわ」
「淑女にはほど遠いですわね。破棄されて当然でしてよ」
容赦ない言葉を受けて、ラティエルは黙り込む。レジーナからきつく言い渡された微笑みの仮面など、砂のように崩れてしまった。それを横目で見た三人の令嬢たちはニンマリと笑って追い打ちをかける。
「フレデリック様もおかわいそうに」
「ずっとお慰めしていた令嬢と恋に落ちて、その方と婚約を結びなおしたのでしょう?」
「きゃあ! ロマンスだわ」
フレデリックが婚約を結びなおしたことなど知らなかった。婚約を解消してからまだ一週間も経っていない。誕生日パーティーで婚約破棄を叫ばれたときから、態度が少しずつ冷たくなったとは感じていた。その後押しをしたのは、『亀』でも『お尻』を叩いたせいでもなく、『令嬢』だったということか。
(よかった……。ほかに好きな人ができたからだったのね)
ラティエルがホッと胸をなで下ろすと、隣のテーブルからイラッとした空気が立ちのぼった。そんな空気を踏み潰すように、夫人たちのテーブルからセレーネの声が響く。
「――そうなのよ。手癖の悪い子ネズミが盗んだリボンに、とんでもない仕掛けがしてあったの。人様の物に手を出した報いかしら? それに、婚約解消はわたくしの意向ですの。だって、わたくしの留守中に決められたことなど、許せるわけがないでしょう?」
「うふふ。さすがセレーネ様ですわ」
夫人たちの高笑いが聞こえる。斜め前に座っているフェリシアが話に乗った。
「そういえば、婚約を破棄されたと聞いたのだけど、レグルス家のほうからだったの?」
「いいえ、破棄だなんて! 話し合いしたうえでの円満解消です」
「そうだと思ったわ! わたくしのかわいい従妹が破棄などされるわけないもの。おもしろおかしく吹聴する俗物がいるようね。気をつけなさい」
「はっ、はい」
母といい、この従姉といい、シリウス公爵家の人間は覇気が違う。『俗物』との言葉に、隣のテーブルもすっかり大人しくなった。
ラティエルはフェリシアに顔を近づけ、小声で聞く。
「フェリ姉様、サンディブロンドのご令嬢はどちらの方ですか?」
「サルガス伯爵家のエリス嬢よ。現在の領主は未婚でね。兄の子どもを引き取ったらしいわ」
「サルガス……」
たしかミニスを引き取った伯爵家がサルガスだ。なるほど、噂の出所はミニスだったわけだ。言われてみれば髪色も似ている。このお茶会にミニスの姿はない。
「あれ? でも、ミニスは叔父様に引き取られたって……、エリス様とはどういう関係なんでしょうか?」
「エリス嬢とミニス嬢は姉妹よ。先代伯爵が亡くなられて弟が爵位を継いだときに、姉のエリス嬢だけを引き取ったらしいわ」
実の妹が言うことなら鵜呑みにしてしまうだろう。あることないこと吹き込まれていそうでおそろしい。
フェリシアとラティエルのあいだに座るベネットも、声を落として加わった。
「エリス様は戦の女神と契約した聖女なんですって」
「え……、戦の聖女?」
「五歳のときに契約したらしいですわ。魔力が二倍になるなんて、羨ましい」
フェリシアが頷きつつ話を引き継いだ。
「だから姉だけを引き取ったのよ。聖女を輩出した家は一目置かれるもの。でも妹君も引き取られてよかったわね。姉妹離ればなれなんて悲しいわ」
「そうですね……」
ドロリスとミニスは伯爵家から追い出されたということか。聖女であるエリスひとりを残して。貴族の代替わりではよくある話だとフェリシアは肩をすくめるが、ラティエルは割り切れなかった。
(追い出されたりしなければ、ドロリスは復讐なんて考えなかったんじゃ……)
ドロリスは取引を受け入れず、獄中で毒をあおったと聞く。エリスとミニスからしてみれば、レグルス家は親の仇なのだろう。せっかく同世代の聖女仲間だというのに、とても残念でしょうがなかった。




